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うちに帰りたくない

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 怜のお葬式。
 泣いている女性がたくさんいる。

 怜は頭も運動神経も良くて、眉目秀麗でおまけに性格もいい。
 気が利いて頭の回転も速いから、きっと仕事だって、かなりできたと思う。

 あの女性たちの中には、怜の事を好きだった人もいるのかな。
 僕と別れた後、怜は誰かと付き合ったのだろうか。

 喪主は怜のお父さんだった。
 日本有数の大企業、八雲グループの社長。

 会った事があるから、向こうも僕の顔は知っている。
 でも……
 目が合ったけれど、すぐに視線は逸らされた。

 短大に入学して数日後、怜のお父さんに呼び出された僕。
 「優陽くんと怜は絶対に結婚できないし、子どもを持つこともできないだろう? 怜の将来を思うなら、別れて欲しい」と頼まれて。 
 何も言い返すことができなかった。

 怜には絶対に幸せになって欲しい。
 大切な人だから、怜のお父さんに提示された以外の選択肢は無い。

 僕は怜に、別れを告げた。
 短大で好きな女の子ができた、これからは普通の恋愛がしたい、と怜に初めて嘘をついて。

 返事は「わかった」と一言だけ。
 言葉では責められなかったけれど、怒りと悲しみを帯びた視線を向けられ胸が苦しくなった。

 それ以来、怜とは一年以上会っていない。
 亡くなったのを知ったのは、怜の弟で僕と同い年の嵐から久しぶりにかかってきた電話だった。

 その電話が無かったら、僕は怜の死を知ることはできなかったと思う。

 式は滞りなく終わり、帰ろうとしていた僕の耳に、怜と同じ会社の人らしき人達の話す声が聞こえてきた。

『八雲専務、おそらく過労死だよなぁ……』
『働き過ぎでしたよね、ほとんど寝てなさそうで』
『入社当時は違ったけどな。いつからだろう、あんな風に変わったのは』
『失恋とかきっかけがあったのかもしれませんね……』
『いやいや、専務が失恋なんてありえないから』

 専務……って確か怜の役職だったと思う。
 怜が仕事に没頭し過ぎたのは、もしかして僕と別れたせい?
 僕が怜の死を、招いてしまったの?
 怜のために別れを選んだはずだったのに。

 うちに帰りたくなかった、帰っても誰もいないから。
 ひとりでいるのは、つらすぎて。

 目に入ったバーに、ふらりと入る。
 今日は僕の、二十歳の誕生日。
 付き合っていた頃、二十歳になったら一緒にお酒を飲みに行こうって怜と約束していたのを思い出す。

 薄暗いバーカウンターで脚の長い椅子に座り、とりあえず聞いた事のあるカクテルを頼んだ。
 飲み終わるとまた他の知っているカクテルの名前をバーテンダーに告げて。
 そうやって何杯か飲んだあとはその中で気に入ったカクテルを繰り返し頼む。

 葬式帰りだと一目見て分かる格好だったからか、それともバーはそういうものなのか、お酒を頼む時以外に話しかけられる事は無かった。

 だんだんお酒の味がしなくなってきたような。
 酔ったの、かな、お酒を飲んだの初めてだからこれが酔った状態なのかよく分からないけど。
 意識はハッキリとしてる……と思う。
 ほんの少し、目の前がぼんやりとしているだけ。

 気がついたら、公園にいた。
 バーを出ているのだから、お金は払ったのだろう。
 なんとなく、記憶にある。
 大丈夫ですかと心配する声に見送られて、大丈夫ですと答えた気がする。

 う~きもちわるい
 なんか、あたま、ぐるぐる、するぅ……

 ぼげぇ、と公園のベンチの横で吐いてしまった。

 ごめんなさい、あしたそうじします……

 そう反省した途端、頭が割れそうなくらいの激痛に襲われて。

 消された瞬間のテレビ画面のように、世界が暗くなった。





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