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誕生日ですから

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 もしかしたらベルダー様は、私に仕事をして欲しくてひきとめただけなのかもしれない。
 先ほどの外での行為は夢だったんじゃないかと思うくらいベルダー様の様子は普段と変わらなかった。

「いくつかサクラに書いてもらいたい書類があるんです。休みの日に申し訳ありませんが、書いていただいてもよろしいでしょうか」

 ベルダー様が持ってきてくれた書類は、いつも仕事で目にしている魔石解析の報告書の書式。

 今週は特に仕事を頑張ったからか、報告書の量もけっこう多い。

 書かれている数値を見ながら報告書の確認者欄に私のサインを記入していく。

 召喚された私は、この世界の話し言葉は不思議と分かるけれど、文字は分からない。
 
 だけどこの書類はベルダー様に見方を教えてもらって、もうずっと仕事でも接しているので内容は分かっている。

 見慣れた書類にサインを終えた後、続いてベルダー様が持ってきてくれたのは仕事で使う新しい書式なのか初めて見るものだった。

「この書類にもサインをお願いします」

 内容はまた時間のある時にゆっくり教えますね、と言われたので今回はベルダー様に指で示された所へ自分のサインを記入していく。

 書類が書き終わったため「帰ります」とベルダー様に伝えた。

「夕食の下ごしらえを二人分してしまったので、よかったら食べていってください」

 にこやかにベルダー様から言われ、夕食までご馳走になってしまった。

 美味しくてお腹いっぱいで、ソファに案内されてウトウトしてしまった私。

 今週は疲れたでしょう、と言いながらベルダー様が肩をマッサージしてくれたところまでは覚えている。

 いつの間に寝てしまったのか、気付いたらベッドにいて朝だった。

 今日は次に開発する魔導具について、ベルダー様が陛下と直接会って話し合う大切な日。

「も、申し訳ありません、すぐに帰りますね」

「いい機会だからサクラも一緒に来てください。魔導具開発に欠かせない人物だと陛下に紹介したいので。陛下との話し合いのあと、第二王子とも会う予定があるのでヒメカ王子妃にも会えると思いますよ」

「ぇ、でも、私は仕事があるので……」

「研究所の方には、私が連絡を入れるようにするので大丈夫ですよ」

 一緒に召喚された姫華さんは王子妃なので普段なかなか会えない。
 元同期でもあるし、日本を知る人物は他にいないので、会って懐かしい話をしてみたいとも思う。

 結局私は、王宮からベルダー様を迎えに来た馬車へ一緒に乗って行く事にした。

 外に御者と護衛の方はいるけれど、馬車の中は私とベルダー様のふたりきり。

 沈黙が流れたので少し緊張していると、ベルダー様がポツリと呟いた。

「一昨日の事ですが……」

「ぇ、一昨日?」

 突然話を振られて思わず聞き返してしまった。

「本当に、あんな事になるとは思わなかったんです。サクラと雨宿りをして話すきっかけになる程度の雨が降ればいいなぁ、と願う気持ちは普段からあったのですが」

 ベルダー様が普段から、私と雨宿りをして話すきっかけが欲しいと思ってくれていたなんて。

 なんだか召喚前に日本で読んだ少女漫画を思い出してしまって、ふふ、と笑ってしまった。

「天気はベルダー様のせいじゃないですから」

 私がそう言うと、ベルダー様は少し困ったように微笑んだ。

 もしかしたら雨が降ったのがきっかけで私に淫らな行為をしてしまった事を後悔しているのかもしれない。

 そう懸念したけれど、ベルダー様の口から告げられたのは意外な言葉だった。

「サクラ、私と結婚してください」

「けけ、結婚!?」

「そうです、私と結婚してベルダーになってください」

「むむ無理です。ベルダー様、公爵家の方ですよね。私にそんな高位貴族の方との結婚なんて、絶対に無理です」

 隣に座るベルダー様に、ギュッと両手を包み込むように手を握られた。

「では公爵家の名を捨ててから、もう一度プロポーズしますので待っていてください」

「すす捨てる!?」

 どうしよう、ベルダー様なら本気でベルダーの名を捨ててしまいそうな気がする。

 気付いたら首をコクコク縦に振っていた。

「しますします。私と結婚しましょうベルダー様」

 ベルダー様が、ぱぁぁああッと輝くような笑顔を見せた。

「ありがとうございます、サクラ」

「ぁ、でも……結婚するって、研究所の人にはしばらく言わないでいてくれませんか? 徐々に伝えていかないと、仕事に支障があるかもしれませんから」

 もしかしたらベルダー様がすぐに正気に戻って、結婚が白紙になるかもしれない。
 むしろ白紙になる可能性の方が高いと思う。
 結婚の話が無くなっても私は仕事を続けないとだから、研究所の人には伝えない方が絶対にいい。

「私はすぐにでも伝えたいのですが……わかりました、研究所の皆に伝えるのはサクラが良いと言ってからにします」

「ありがとうございます、ベルダー様」

 馬車が王宮に近付くにつれ、段々と緊張が高まってきた。
 私が陛下と会うのは召喚の時以来。
  
 陛下はもの凄い威厳を感じさせる方で、私は召喚されてすぐに萎縮してしまったのを思い出す。

「本当に、私が一緒に行ってしまってもいいのでしょうか……」

「大丈夫ですよ。サクラはただ隣にいてくれるだけでいいですから」

「何もしなくていいのなら、やっぱり行かなくてもいいのではないでしょうか」

「そうですね……では、もし私が陛下に対して失言でもしてしまいそうな時は、名前を呼んで止めてください」

 ベルダー様が片目を瞑ってニコッと笑った。

 珍しくベルダー様が冗談を言って和ませてくれているのだと思い、私もつい笑ってしまう。

「ふふ、分かりましたベルダー様」

「陛下の前ではベルダーではなく、ルゼドと呼んでくださいね。今日は私のふたりの兄もその場にいます。ベルダーだと、誰を呼んだのか分からなくなってしまいますから」

 ベルダー公爵家のご長男は宰相だと聞いた事がある。
 真ん中のお兄様は陛下の身辺を守る騎士団の団長。

 なるほど、ベルダー様が三人もいる。

「今、練習しておきましょうか。ルゼド、と言ってみてください」

「わかりました。る、るぜ、ど、さま……」

「可愛いですね、サクラ。そうそう、これを渡しておかないと」

「鍵……?」

 ベルダー様が私の前に差し出したのは、見覚えのある鍵だった。

「私の家の鍵です。ひとつ持っていてください。警備魔法を解除するための番号はもう教えなくても大丈夫ですよね、サクラの誕生日ですから」

「ぇ……」

 番号の件は偶然じゃなかったのかと心の中で驚いていると、王宮についたのか馬車が止まった。





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