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25 銀の仮面は涙に濡れる
しおりを挟む「なっ、何を考えていらっしゃるんですかっ!」
ロゼルトの手から解放されたピアは、警戒心をあらわにして後ろに飛びすさる。
ダンスが始まって間もないためか、幸いなことにテラスに他の人影はなかった。
「あ、あなたは招待されていないはずですよね!?」
「……本当にごめん」
王子はしょんぼりと肩を落とした。
「最初は人込みに紛れて君の姿が見られただけで嬉しかったんだけど、せっかく別人になりすましてることだし、ひょっとしたら正体に気づかれずに踊ってもらえるかなーって……」
ピアは憤りと呆れが混ざったような顔になる。
「十年もおそばにいたわたしに、そんな雑な変装が見破れないはずないでしょう」
「雑って……」
王子は自分の姿を見回した。
「今夜は仮面もつけてるし、カツラは王都で評判の〝フサフサ工房〟のものだし、衣装だって――」
ふと、ピアの視線がロゼルトの手首のあたりで止まる。
「袖丈が少し短いですね……。どなたかからの借り物ですか?」
「ああ、男性用の衣装はまだそんなに持ってないから、父上が若いころに着てたのを譲り受けた中から選んできたんだ」
「ほどいて直せば、ぴったりにできましたのに。それくらいならすぐにわたしが――」
つい現役の側仕えのようなことを口走りかけたピアは、急いで言葉を飲み込んだ。
気まずい沈黙が漂いそうになり、ロゼルトがなんとか話をつなぐ。
「あ、新しく男子の側仕えが来てくれたんだけど、彼はこれまで貴族の子息として世話を焼いてもらう側だったから、まだ勝手がよく分かってなくてね」
「そう……なんですか」
「とりあえず彼が慣れるまで、君にしてもらってたことは小間使いのマティナの手も借りてるんだ」
「マティナさんの……?」
胸の奥が疼くような奇妙な感覚に、ピアは思わず顔をこわばらせた。
「あっ……」
ロゼルトは焦ったように付け加える。
「せ、洗顔の準備とか、衣装の汚れ落としなんかを頼んでるだけなんだけどね」
それでも表情が硬いピアに、なぜかロゼルトは身に覚えのない浮気を疑われて潔白を証明しようとしている恋人のように慌てて言い連ねた。
「み、身支度は新しい側仕えに手伝ってもらってるし、入浴はひとりでできるし、〝しるし〟を磨くのだってもちろん自分だけで――あ……」
ピアが無言でうつむき、ロゼルトも黙って視線を下げる。
建物の中から漏れてくる音楽や笑い声が、やけに大きく耳に響いた。
「……ずっと君にしてもらってたから、うまくできなくて」
再び口を開いたロゼルトの言葉に、ピアはぎょっとして顔を上げる。
「正確にはうまくできないわけでもないんだけど、気持ちの良さが全然――」
「なっ、何をおっしゃってるんですかっ!?」
まさかその話を続けると思っていなかったピアは、うろたえながら話を遮った。
「でも、ピアもそう感じない?」
ロゼルトは真顔で訊ねる。
「えっ?」
「自分で触ってみても、あのときと同じくらい気持ち良くなれる?」
ピアはわなわなと震え、爆ぜるように大声を出した。
「そ、そんなことしてませんっ!」
「そうなんだ……。いつもすごく心地良さそうにしてたから、僕はてっきり」
〝王女〟から夜ごとにもたらされる悦びに溺れていたころを思い出し、ピアの頬はカッと熱くなる。
「好いところに触れると自分からも押しつけてくれて、可愛い声もいっぱい――」
「やめてくださいぃッ!!」
もし会場内が盛り上がっていなかったら、「ただらなぬ悲鳴が聴こえてきた」と騒ぎになりそうなほどの金切り声だった。
「じょ、女王陛下からは、深く反省されているのだと聞いていましたのに……!」
「心から反省してるよ」
ロゼルトはしんみりと言う。
「特に、あれが〝王位継承者のしるしを育てるため〟なんてばかげたものじゃなく、愛し合う者同士が交わす親密な行為だと君に知らせずにいたことを。ただ、僕のほうはいつも――」
「もうやめてっ……!!」
銀の仮面の奥のハシバミ色の瞳から涙がどっと溢れ、ロゼルトはハッと息を呑んだ。
「む……無神経なことばかり……。わたしがお慕いしていた高潔で思慮深い王女さまは、もういないのだと改めてよくわかりました」
「ピア……」
「いいえ、もともとそんな方なんて存在していなかった……。わたしが長い間感じていた幸せも、きっと幻想だったんでしょう」
そのとき、双方の姿が見当たらないことに不安を覚えて捜し回っていたアルドが、ようやくテラスに現れた。
「ああ、こんなところにいらっしゃっ――」
顔を覆ってすすり泣いているピアと、立ち尽くしたままハラハラと涙をこぼしている王子を目にした騎士は、残念そうに呟く。
「遅かったか……」
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