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24 ダミ声の貴公子
しおりを挟む「ピアさま……ですわよね?」
舞踏会の始まりを待ってさんざめく人込みの中、金色の仮面の若い女性から声をかけられ、ピアは銀色の仮面の下でほっと表情を和ませた。
「ヴェーラさまですか?」
主催者であるエスト侯爵家の令嬢ヴェーラ・スィ・クローリスも、「やっと見つけましたわ!」と嬉しそうに黒い瞳を輝かせる。
あの読書会の後に慈善市でも顔を合わせた二人は、名前で呼び合う仲になっていた。
「仮面をつけた大勢のお客様の中から、お友達を探すのがこんなに大変だなんて! ピアさま、ようこそお越しくださいました」
「お招きありがとうございます」
「もしかして、このような形の舞踏会は初めてでいらっしゃるのかしら?」
「は、はい」
いつもの夜会なら、女王から依頼された人物が会場内までピアに付き添ってくれるのだが、今夜は匿名性を楽しむ催しということで馬車を降りてからはずっとひとりで、知り合いも見当たらず所在なげに佇んでいたところだった。
「今はまだ手持ち無沙汰でしょうけど、音楽が始まればひっきりなしにダンスに誘われて、きっととても忙しくなりますわよ」
自分が誰なのか名乗らなくても良いこの会では、踊る約束をした相手の名前を書き留めておく手帖も当然使わない。申し込みの声がかかったら、その都度応じるかどうかを決めるのだそうだ。
「通常の舞踏会とは勝手が違うので最初は少し戸惑われるかも知れませんが、当家は身元のしっかりした方しかお招きしていませんからね」
安心させるようにそう言うと、ヴェーラは「あとはアレアティさまだけですわ……」とあたりを見回す。
すでにほとんどの〝読書会のお友達〟と挨拶を済ませてきたという彼女は、残りの一名を捜しに行くとピアに告げた。
「慌ただしくてごめんなさいね。ではピアさま、楽しい夜を」
「あ、ありがとうございます」
「また読書好きたちで集まりましょうね」
ヴェーラが立ち去って程なくして、どこか夕暮れを思わせるような音色が響いてきた。
先端が広がった長い笛が奏でるその音に呼応するように、他の楽器の音も重なっていく。
ダンスが始まる先触れに、何組かの男女がさっそく手を取り合って会場の中央に歩み出た。踊る相手が決まっていない招待客たちも急いで誘い合う。
「――水色のドレズのお嬢ざん」
不意に、背後から喉が詰まったような男性の声がして、ピアはどきっとした。
「わ……わたしでしょうか?」
緊張しながら振り返ると、銀色の仮面をつけた黒髪の貴公子が立っていた。
「ぞうでずよ、水色のドレズがよくお似合いの、美じいお嬢ざん」
男性はなぜか襟元にめり込むほど顎を引いていて、ひどく聴き取りづらいくぐもった声でピアに申し込む。
「私ど踊っでぐだざいまぜんが?」
仮面越しの藍色の瞳に気づいたピアはハッとして、思わず叫び出しそうになった。
「ロッ――」
大きな手が、素早くピアの口を覆う。
「んぐっ……!?」
「お、お願いだから、大声は出さないで」
押し殺した囁きは、まごうことなきロゼルトのものだった。
「バレちゃった……」
どうしてここに!? というピアの質問は、ロゼルトの手のひらが押しつぶす。
「テラスに出て話そう。いいね?」
いいとも悪いとも伝えられないピアの口元を押さえたまま、ロゼルトは「失礼。こちらのご婦人が、気分がすぐれないので外の風に当たりたいと……」などと言い訳をしながら、もう片方の手でピアの肩をしっかり抱いて人々の間を通り抜けていった。
「驚かせてごめんね、ピア」
「んうぅ」
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