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12 ぬけがら
しおりを挟むロゼルトの誕生日から、するりと半月が過ぎた。
「――率直に申し上げて、困っております」
厚みのある灰色の髭をたくわえた宰相リエーレは、言いにくそうに女王夫妻に告げた。
「この二週間、王太子となられたロゼルトさまをお披露目するためできるだけ多くの人々と接する機会をもうけてまいりましたが……領主や各国大使を招いての晩餐会、祭りや馬上槍試合などの催し物のご観覧、さまざまな施設へのご訪問、どの場面でも生気が抜けきったご様子で、反響はあまり芳しいものではありません」
「でしょうねえ……」
玉座の肘掛けに腕を乗せ、フォルタはため息をつく。
「中には『行事続きでお疲れなんだろう』といった優しい見解や、若い女性たちの間では『憂いを漂わせる美貌の王子さまって素敵~』などと好意的に取ってくれる向きもありますが、いささか戸惑いつつも居合わせた人々が揃って胸を打たれていたようだったのは、ご先祖であるゲランデ二世のお墓参りのときくらいですかね」
「あのときのロゼは……さすがに泣きすぎだっただろう」
げんなりしたようにレンスロットが言うと、フォルタも「そうよ」と渋い顔をした。
「ゲランデ二世なんて、私ですら直接会ったことのない三代も前の王さまなのに」
「身近な者を突然亡くしたかのような号泣ぶりだったぞ」
かいつまんだ事情は聞かされている宰相も、困ったように苦笑を浮かべる。
「霊廟の厳かな雰囲気に、傷心が揺さぶられてしまわれたのでしょうね。初恋が破れた傷痕はなかなか癒えないものかと存じます」
「自業自得だわ」
女王は突き放すように言うと、宰相に訊ねた。
「それで、ピアのほうはどう? ここのところロゼ関連の行事が立て込んでたんで、直接顔を見にいけていなかったんだけど……」
「はい、西の塔を警護している騎士からの報告によりますと、こちらも相変わらず沈み込んでおられるようで……」
「かわいそうに。いい落ち着き先を早く見つけてあげないと」
「食も細く、少し痩せられたそうです」
レンスロットも気づかわしげに質問する。
「父親のバレンテ伯爵は何と言ってきてるんだ?」
リエーレは顔を曇らせた。
ピア本人が実家に受け容れを打診しても色よい返事がなかったため、宰相からも口添えをしてみたのだ。
「まあ、有り体に申しますと『今さら戻ってこられても困る』と。何でもいいので王宮で別の仕事を与えてやって欲しいとのことでした」
「あんのクソ親父……」
フォルタはぎりりと歯を食いしばる。
「幼いピアを修道院に放り込んで以来、徹底して我関せずを貫いてるわね……。先代のバレンテ伯爵が国の功労者だったからあまり厳しいことは言わずにきたけど、できることなら今すぐ爵位を剥奪してやりたいくらいよ」
「ピアさまのことよりも、後妻の連れ子――ということになっていますが、どうやら再婚前から不貞関係にあったため血の繋がった実子らしいのですが、ピアさまから数日遅れで生まれた次女のことばかり売り込んできまして……」
宰相は不愉快そうに灰色の眉をひそめた。
「やれ『私どもの次女を後任の側仕えにいかがでしょう?』だの、『次女は来月十九になるのですが、社交界に出たらたちまち注目を集めてしまいそうな自慢の娘でして!』だの……」
いらいらとしながら報告を聞いていた女王は、はっと何かに気づいたかのような表情になり「そうだわ!」と声を弾ませた。
「ピアだってもうすぐ成年を迎えるんだから、社交界に出ればいいじゃない! 前はロゼとの婚約が調ってからお披露目するつもりでいたんだけど」
「さようですな。しかし、おそらくバレンテ伯爵の頭の中にはピアさまのお支度のことなど……」
「私たちが後ろ盾になるわっ!」
女王が嬉しそうに宣言すると、王配も「なるほど、いい考えだね」と口元をほころばせる。
「幼いころから長きにわたり王家に尽くしてきてくれたピアの真心に報いるときだ」
「そうよ。ピアこそどこに出しても恥ずかしくない自慢の娘ですもの! きっと、たくさんの貴公子たちから見初められるわ」
フォルタは藍色の瞳をきらきらと輝かせた。
「薄情な実家なんかに頼らなくても、とびきり素晴らしい結婚相手を見つけて、一緒に末永く幸せに暮らせばいいのよ!」
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