上 下
9 / 42

9 金色の髪の王子さま

しおりを挟む


 頬を涙で濡らしたまま、ピアは昔の夢を見た。

「ピア、お仕事中かしら? お疲れさま」
「あっ、ロゼルタさま」

 青い花模様をちりばめたドレスを着た王女が、美少女然とした笑みをたたえて近づいてくる。
 ピアの前にある大きな机の上には、十二歳になった王女の誕生日を祝うため国の内外から贈られてきた品々がずらりと並べられていた。

「品目を書き留めていたのですが、こちらのご本の表紙があまりにもきれいで、つい見とれてしまっていました」
「それは……リブロー王国からいただいたものね」

 王女は本を手に取り、興味深そうに眺める。

「確かに、色づかいが幻想的で惹きつけられるわ」

 表紙には、木々に囲まれた白亜の城を背景に、ピアたちと同じような年頃の少年と少女が微笑み合っている姿が描かれていた。

「『リラと秘密のお城』……」

 異国の言葉で書かれた題字を、王女は声に出して読む。

「きっとこの女の子がリラね? ハシバミ色のかわいらしい瞳がまるでピアみたい。金髪の男の子は……服装からして王子さまかしら?」

 王女はピアからもよく見えるように机の上で本を開くと、ゆっくりとページをめくっていった。
 本文もリブロー語で書かれていたが分量は少なく、王女と共に外国語を学んでいるピアも途中で引っかかることなく読み進めることができた。

「あら、冒険ものかと思ってたら……」

 物語の終盤、悪漢の魔の手から逃れたリラと王子さまは互いの恋心を打ち明け合い、花々が咲き乱れる庭園でしっかりと抱き合って大団円を迎えた。
 紙の上で結ばれた年若い恋人たちを嬉しそうに眺めているピアの横顔を見て、王女は微笑む。

「ピアはこういうお話が好きなの?」
「えっ……」

 ピアはハッとして、恥ずかしそうに頬を染めた。

「もう男嫌いは治ったのかしら?」
「き、嫌いというか、以前はなんとなく苦手だっただけです。こちらに上がってからは、王配殿下はじめ宰相さま、お医者さまやご進講の先生方も、皆さま温かく接してくださるので、そんな意識は薄れました」
「よかったわ」

 王女は満足げに目を細める。

「でも、今あなたが挙げたのはずいぶん年上の男性ばかりよね。もっと若い、同年代の男の子についてはどうなの?」
「同年代の方ですか……。ほとんど接する機会がないのでよくわかりませんが……」

 少し照れくさそうに、ピアは『リラと秘密のお城』に視線を落とした。

「このご本に出てくる王子さまは、素敵だと思いました」
「そうなの!?」

 王女の顔がパッと輝く。偶然にも、物語の中の王子さまは王女と同じ金髪に藍色の瞳の持ち主だった。

「ピアは、こういう王子さまが好きなのねっ!?」

 声を弾ませた王女に、ピアは少しはにかみながら答えた。

「どんなときも諦めずにリラを助けようとしてくれるところが、とっても格好よかったです」

 王女はうんうんと何度も嬉しそうに頷く。

「ねえ、ピアが将来結婚するお相手って、この王子さまみたいな人なんじゃない?」
「えっ……」
「きっとそうよ! そんな予感がしてならないわ……!」

   ◇  ◇  ◇

 楽しいはずなのになぜか切ない夢からピアが目覚めると、室内には灯した覚えのないろうそくの火が揺れていた。
 その明かりに照らされ、金の髪に藍色の瞳の、あの絵物語の王子さまがピアの顔を覗き込んでいる。

 まだ夢の中にいるのかしら……などと考えながら、ぼんやりと姿を眺めていると、王子さまはどこか不安そうに口を開いた。

「ピア……」

 わたしの名前をご存じなのねと、ピアはゆったりと微笑む。すると、金色の髪の王子さまはホッとしたように表情を緩めた。

「よかった。まだ近くにいてくれて」

 王子さまの指が優しくピアの頬を撫でる。不思議なことに、実際に触れられているようなその感触は、何やらとても馴染み深いもののように思えた。

「王……子さま……?」
「そうだよ。ロゼルだよ」

 嬉しそうに応えた彼を見て、ピアはハッと息を呑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

リィングリーツの獣たちへ

月江堂
ファンタジー
※この小説はギャグ作品ではありません  王子の身代わりに選ばれたのは、殺人鬼の少年だった!?  寒さの厳しい大国、グリムランド王国。その国の王となる資格を得るためには『王別の儀』と呼ばれる厳しい試練を乗り越える必要があった。しかし王の正妻の子、イェレミアス王子は生まれつき体が弱く、試練を乗り越えることは不可能だろうと見られていた。  そこで王妃インシュラと、護衛の女騎士ギアンテが目を付けたのは、リィングリーツと呼ばれる、黒き深い森の傍にある小さな村にいる、王子にそっくりな少年であった。彼を身代わりにすることで『王別の儀』を突破する作戦。  リィングリーツの名を冠する森と王宮、少年の周りでは次々と不穏な事件が起こり始める。果たして少年はいったい何者なのか。

あれは媚薬のせいだから

乙女田スミレ
恋愛
「ひとりにして……。ぼくが獣になる前に」 銀灰色の短髪に氷河色の瞳の女騎士、デイラ・クラーチ三十四歳。 〝鋼鉄の氷柱(つらら)〟の異名を取り、副隊長まで務めていた彼女が、ある日突然「隊を退きたい」と申し出た。 森の奥で隠遁生活を始めようとしていたデイラを、八歳年下の美貌の辺境伯キアルズ・サーヴが追いかけてきて──。 ☆一部、暴力描写があります。 ☆更新は不定期です。 ☆中編になる予定です。 ☆『年下騎士は生意気で』と同じ世界が舞台ですが、うっすら番外編とリンクしているだけですので、この物語単独でもお読みいただけるかと思います。 ☆表紙は庭嶋アオイさまご提供です。

【完結】湖に沈む怪~それは戦国時代からの贈り物

握夢(グーム)
ミステリー
諏訪湖の中央に、巨大な石箱が沈んでいることが発見された。その石箱の蓋には武田家の紋章が。 ―――これは武田信玄の石櫃なのか? 石箱を引き上げたその夜に大惨劇が起きる。逃げ場のない得体のしれないものとの戦い。 頭脳派の時貞と、肉体派の源次と龍信が立ち向かう。 しかし、強靭な外皮をもつ不死身の悪魔の圧倒的な強さの前に、次々と倒されていく……。 それを目の当たりにして、ついに美人レポーターの碧がキレた!! ___________________________________________________ この物語は、以下の4部構成で、第1章の退屈なほどの『静』で始まり、第3章からは怒涛の『動』へと移ります。 映画やアニメが好きなので、情景や場面切り替えなどの映像を強く意識して創りました。 読んでいる方に、その場面の光景などが、多少でも頭の中に浮かんでもらえたら幸いです^^ ■第一章 出逢い   『第1話 激情の眠れぬ女騎士』~『第5話 どうやって石箱を湖に沈めた!?』 ■第二章 遭遇   『第6話 信長の鬼伝説と信玄死の謎』~『第8話 過去から来た未来刺客?』 ■第三章 長い戦い   『第9話 貴公子の初陣』~『第15話 遅れて来た道化師』 ■第四章 祭りの後に   『第16話 信玄の石棺だったのか!?』~『第19話 仲間たちの笑顔に』 ※ごゆっくりお楽しみください。

再生の星のアウレール

ぽとりひょん
ファンタジー
 人類社会が滅んで、新人類国家が生まれて100年後、各都市は軍隊を持つようになるが争いの火種になる。少年アウレールは、砲弾の雨の中、ファーストフレーム・ワルカに乗り込み戦に身を投じる。彼は人を殺すことに悩みつつも最強の戦士になっていく。  この小説は、「戦場で死ぬはずだった俺が、女騎士に拾われて王に祭り上げられる(改訂版)」の100年後を描いた作品です。

【完結】相棒の王子様属性キラキラ騎士が甘い言葉で誘惑するの、誰かなんとかしてください

かほなみり
恋愛
王都の騎士団に所属する女騎士ゾーイ。怪我のため思うように任務につけずままならない気持ちを抱え日々を送っていた。そんな中、現場での仕事を退き指導者にならないかと打診を受け、同じ頃に実家からお見合いの話が上がる。人生の岐路に立ち選択を迫られる中、長年相棒としてペアを組んできたレンナルトが突然甘い言葉で囁いてくる。「俺のこと、好きだろう?」「男としてみたことなんかない!」女性たちに人気のレンナルトに甘い言葉で翻弄されながら、自分の道を見つめるゾーイが選択する未来とは? ※毎日7:00、17:00の2回投稿。 ※完結投稿済。

ケットシーの異世界生活

曇天
ファンタジー
猫又 透《ねこまた とおる》は、あるとき目が覚めるとケットシーになって異世界にいた。 トールは女騎士リディオラや王女アシュテアに助けられ異世界生活を送っていく。

【R18】抜き差しならぬ仲ですが一戦交えてみませんか

花麒白
恋愛
「ブチ犯して欲しいの!」 24歳の女性騎士クラリスは独身処女をこじらせすぎた。戦の褒賞金で購入した美男子性奴隷にクラリスは頼み込む。結果は大満足。挙句には彼を夫に迎え入れた。平穏な夫婦生活が続いていたが、彼のとんでもない事実が発覚。その日を境にして二人は抜き差しならない関係に発展してしまう。 孤独を抱える女騎士と謎多き元敵国出身の性奴隷。訳あり夫婦が互いを知るまで。 ※残酷描写ありです。 ※「ムーンライトノベルズ」様でも掲載しております。

冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
フィア・リウゼンシュタインは、奔放な噂の多い麗しき女騎士団長だ。真実を煙に巻きながら、その振る舞いで噂をはねのけてきていた。「王都の人間とは絶対に深い仲にならない」と公言していたにもかかわらず……。出立前夜に、片思い相手の第一師団長であり総督の息子、ゼクス・シュレーベンと一夜を共にしてしまう。 宰相娘と婚約関係にあるゼクスとの、たしかな記憶のない一夜に不安を覚えつつも、自国で反乱が起きたとの報告を受け、フィアは帰国を余儀なくされた。リュオクス国と敵対関係にある自国では、テオドールとの束縛婚が始まる。 フィアを溺愛し閉じこめるテオドールは、フィアとの子を求め、ひたすらに愛を注ぐが……。 フィアは抑制剤や抑制魔法により、懐妊を断固拒否! その後、フィアの懐妊が分かるが、テオドールの子ではないのは明らかで……。フィアは子ども逃がすための作戦を開始する。 作戦には大きな見落としがあり、フィアは子どもを護るためにテオドールと取り引きをする。 テオドールが求めたのは、フィアが国を出てから今までの記憶だった――――。 フィアは記憶も王位継承権も奪われてしまうが、ワケアリの子どもは着実に成長していき……。半ば強制的に、「父親」達は育児開始となる。 記憶も継承権も失ったフィアは母国を奪取出来るのか? そして、初恋は実る気配はあるのか? すれ違うゼクスとの思いと、不器用すぎるテオドールとの夫婦関係、そして、怪物たちとの奇妙な親子関係。 母国奪還を目指すフィアの三角育児恋愛関係×あべこべ怪物育児ストーリー♡ ~友愛女王爆誕編~ 第一部:母国帰還編 第二部:王都探索編 第三部:地下国冒険編 第四部:王位奪還編 第四部で友愛女王爆誕編は完結です。

処理中です...