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4 近寄れなかった理由
しおりを挟むうつむいたままのフルーラの耳が赤く染まる。
「だ、だから、結婚して子宝にまで恵まれたお姉さまがたは、もう体質を悪用される心配はないのよ」
手のひらの上の薄紅色の花を眺めながら、しばらく考え込むような顔をしていたリシャードは、ふっと口許に皮肉な笑みを浮かべた。
「ああ、それで君は……」
驚くほどひんやりとした声だった。
「その特異体質を終わらせるために、幼なじみの僕を使おうと考えたわけか」
「えっ……?」
訝しげにフルーラが顔を上げると、リシャードの冷たい横顔が目に映った。
「陛下に忠誠を尽くしている公爵家の息子なら、国益にならないようなことは決して口外したりしないしな」
「な、何を言いたいのか解らないんだけど」
「君は自分の体質のことを『気持ち悪い』なんて言ってたし、姉上たちのように大変な思いをしないためにも、ごく普通の身体になっておいてから、人生を共にする男のもとに嫁ぐつもりなんだろう?」
「は……?」
リシャードはひとつ溜め息をつくと、自嘲気味に呟いた。
「君の最初のダンスの相手にはなれなかったけど、最初の男としてはお声が掛かったんだから、光栄だと思うべきなんだろうな……」
「ね、ねえリシャード」
フルーラは困惑しきりといった様子で訴える。
「どうしてそんなややこしい受け取り方をするの? さっき大きな声で伝えたばかりよね? 私は、あなたのことが……」
「――悪いけど」
リシャードはフルーラの方を見ずに遮った。
「君が僕を好きだなんて信じられないよ。長い間、あんなにあからさまに避け続けておいて」
「だからっ、それには理由があったの。言ったでしょう? お花が出るのには条件があるって……!」
フルーラはリシャードの肩に手を置いて腰を浮かせると、ぎゅっとまぶたを閉じ、唇で彼の頬に触れた。
「っ……!?」
その途端、野ばらに似た可憐な花が、綿雪のようにいくつもいくつも降ってくる。
目を丸くしたリシャードが見たフルーラの顔は、染め上げたように真っ赤になっていた。
「ときめくと……出ちゃうの」
フルーラの碧色の瞳が、恥ずかしさで潤む。
「だからずっと、あなたのそばに近寄れなかったのよ」
呆然と瞬きを繰り返すリシャードの周りを、ふわふわと花が舞う。
「――最初にお花を出したのは、あなたが初めて剣の模擬試合に出たときだったわ」
「……たしか……十一になる年だったっけ……」
驚き醒めやらぬ様子のまま、リシャードは記憶をたどった。
「……僕は、最年少の部門で優勝して……ご褒美にもらった小さな勲章を君に見せたくて……」
「すっごく強くてかっこよかったから、試合の後、あなたはたくさんの貴族の女の子たちに囲まれてたわ。なのに、遠くにいた私を見つけて、嬉しそうに大きく手を振ってくれたのよ。……そしたら、胸がきゅっとなって」
初めての花は、純白の花びらに一刷毛の紅色が入っていた。
そのときの気持ちを思い出したせいか、似たような花たちがフルーラの周りに現れ、くるくると回りながら落ちていく。
「一輪だけだったから、私の他には一緒にいたマイアしか気がつかなかったんだけど、私、すっかり動転しちゃって」
「目が合ったと思ったのに、君はぷいっとどこかへ行っちゃったよな。それから……どんどん冷たくなって」
ごめんなさい、とフルーラは謝った。
「お姉さまがたには嫁ぐまで好きな人はいなくて、物語や劇に出てくる男性に時々どきっとするくらいだったから殆ど支障はなかったのに、私はあなたのことを考えるだけでぽんぽんお花が出るようになっちゃって、とても困ったわ……」
「じゃあ、僕の姿を見かけるといつも足早に去っていったのも?」
「人前でお花を降らせるわけにはいかないでしょう」
「たまに同席しなきゃいけないときは、ものすごくムスッとしてたのも?」
「平常心を保てるように訓練した結果、ああなったの」
「舞踏会でダンスを断ったのも?」
「踊ってたら、一曲終わるころにはきっと花まみれになってたわ」
でも本当に残念だった……と心から悔しそうに付け加えたフルーラは、リシャードの視線に気がついて、恥ずかしそうに下を向いた。
「――ルラ」
小さい頃のような呼び掛けにフルーラがびくっとすると、色とりどりの細かい花が散る。
降下していく花々を目で追い、リシャードは大きく息を吸い込んだ。
「じゃあ、君は本当に僕のことを……」
「今日の夕食後、私の縁談がまとまりそうだと両親が話してるのを偶然聞いちゃったの。明日にでも本人に話そうなんて声を弾ませて……」
フルーラがしゅんとすると、花も現れなくなる。
「王女の務めとして、決められた相手のもとへ嫁がなきゃいけないのは分かってる。でも、お姉さまたちと同じように輿入れ先が外国だとしたら、もうあなたに会うことすらできないでしょう。……どうしても思い出が欲しくなって」
「――思い出だけでいいのか?」
「本当は……」
あなたとの未来も欲しかった、という涙声は、リシャードの唇で塞がれた。
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