花が舞う夜

乙女田スミレ

文字の大きさ
上 下
4 / 9

4 近寄れなかった理由

しおりを挟む


  うつむいたままのフルーラの耳が赤く染まる。

「だ、だから、結婚して子宝にまで恵まれたお姉さまがたは、もう体質を悪用される心配はないのよ」

  手のひらの上の薄紅色の花を眺めながら、しばらく考え込むような顔をしていたリシャードは、ふっと口許に皮肉な笑みを浮かべた。

「ああ、それで君は……」

  驚くほどひんやりとした声だった。

「その特異体質を終わらせるために、幼なじみの僕を使おうと考えたわけか」

「えっ……?」
  訝しげにフルーラが顔を上げると、リシャードの冷たい横顔が目に映った。

「陛下に忠誠を尽くしている公爵家の息子なら、国益にならないようなことは決して口外したりしないしな」
「な、何を言いたいのか解らないんだけど」

「君は自分の体質のことを『気持ち悪い』なんて言ってたし、姉上たちのように大変な思いをしないためにも、ごく普通の身体になっておいてから、人生を共にする男のもとに嫁ぐつもりなんだろう?」
「は……?」

  リシャードはひとつ溜め息をつくと、自嘲気味に呟いた。

「君の最初のダンスの相手にはなれなかったけど、最初の男としてはお声が掛かったんだから、光栄だと思うべきなんだろうな……」

「ね、ねえリシャード」
  フルーラは困惑しきりといった様子で訴える。
「どうしてそんなややこしい受け取り方をするの? さっき大きな声で伝えたばかりよね? 私は、あなたのことが……」 

「――悪いけど」
  リシャードはフルーラの方を見ずに遮った。

「君が僕を好きだなんて信じられないよ。長い間、あんなにあからさまに避け続けておいて」
「だからっ、それには理由があったの。言ったでしょう? お花が出るのには条件があるって……!」

  フルーラはリシャードの肩に手を置いて腰を浮かせると、ぎゅっとまぶたを閉じ、唇で彼の頬に触れた。

「っ……!?」
  その途端、野ばらに似た可憐な花が、綿雪のようにいくつもいくつも降ってくる。

  目を丸くしたリシャードが見たフルーラの顔は、染め上げたように真っ赤になっていた。

「ときめくと……出ちゃうの」

  フルーラの碧色の瞳が、恥ずかしさで潤む。

「だからずっと、あなたのそばに近寄れなかったのよ」

  呆然と瞬きを繰り返すリシャードの周りを、ふわふわと花が舞う。

「――最初にお花を出したのは、あなたが初めて剣の模擬試合に出たときだったわ」

「……たしか……十一になる年だったっけ……」
  驚き醒めやらぬ様子のまま、リシャードは記憶をたどった。
「……僕は、最年少の部門で優勝して……ご褒美にもらった小さな勲章を君に見せたくて……」

「すっごく強くてかっこよかったから、試合の後、あなたはたくさんの貴族の女の子たちに囲まれてたわ。なのに、遠くにいた私を見つけて、嬉しそうに大きく手を振ってくれたのよ。……そしたら、胸がきゅっとなって」

  初めての花は、純白の花びらに一刷毛ひとはけの紅色が入っていた。
  そのときの気持ちを思い出したせいか、似たような花たちがフルーラの周りに現れ、くるくると回りながら落ちていく。

「一輪だけだったから、私の他には一緒にいたマイアしか気がつかなかったんだけど、私、すっかり動転しちゃって」
「目が合ったと思ったのに、君はぷいっとどこかへ行っちゃったよな。それから……どんどん冷たくなって」

  ごめんなさい、とフルーラは謝った。
「お姉さまがたには嫁ぐまで好きな人はいなくて、物語や劇に出てくる男性に時々どきっとするくらいだったから殆ど支障はなかったのに、私はあなたのことを考えるだけでぽんぽんお花が出るようになっちゃって、とても困ったわ……」

「じゃあ、僕の姿を見かけるといつも足早に去っていったのも?」
「人前でお花を降らせるわけにはいかないでしょう」

 「たまに同席しなきゃいけないときは、ものすごくムスッとしてたのも?」
 「平常心を保てるように訓練した結果、ああなったの」

 「舞踏会でダンスを断ったのも?」
 「踊ってたら、一曲終わるころにはきっと花まみれになってたわ」

  でも本当に残念だった……と心から悔しそうに付け加えたフルーラは、リシャードの視線に気がついて、恥ずかしそうに下を向いた。

「――ルラ」

  小さい頃のような呼び掛けにフルーラがびくっとすると、色とりどりの細かい花が散る。
  降下していく花々を目で追い、リシャードは大きく息を吸い込んだ。

「じゃあ、君は本当に僕のことを……」

「今日の夕食後、私の縁談がまとまりそうだと両親が話してるのを偶然聞いちゃったの。明日にでも本人に話そうなんて声を弾ませて……」

  フルーラがしゅんとすると、花も現れなくなる。

「王女の務めとして、決められた相手のもとへ嫁がなきゃいけないのは分かってる。でも、お姉さまたちと同じように輿入れ先が外国だとしたら、もうあなたに会うことすらできないでしょう。……どうしても思い出が欲しくなって」

「――思い出だけでいいのか?」

「本当は……」
  あなたとの未来も欲しかった、という涙声は、リシャードの唇で塞がれた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

片想い

あんず
恋愛
切ない片想い。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

大きな騎士は小さな私を小鳥として可愛がる

月下 雪華
恋愛
大きな魔獣戦を終えたベアトリスの夫が所属している戦闘部隊は王都へと無事帰還した。そうして忙しない日々が終わった彼女は思い出す。夫であるウォルターは自分を小動物のように可愛がること、弱いものとして扱うことを。 小動物扱いをやめて欲しい商家出身で小柄な娘ベアトリス・マードックと恋愛が上手くない騎士で大柄な男のウォルター・マードックの愛の話。

処理中です...