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☆ショートストーリー☆

アイリお姉さまはずるい 3

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 扉を開けると、穏やかな表情を浮かべてアイリお姉さまが立っていた。

「あ……もしかしてもう寝てた?」

 わたしが寝間着姿なのに気づいたお姉さまは、少し申し訳なさそうに言う。
 お姉さまの方はまだ晩餐のときの格好のままで、盛装には似つかわしくないような飾り気のない布袋を片手に抱えていた。

「き、着替えただけ」
「中に入ってもいい?」

 さっきのことがきまり悪くて、わたしはむっつりしながら頷いた。

「――夕食のときは、ごめんね」

 二人掛けの椅子に並んで座ったアイリお姉さまからそう言われ、わたしは眉根を寄せる。
――こっちが謝るのなら分かるけど、歓迎の場に水を差された主役がどうして?

「みんなの前で訊かれたくないことだったんでしょう?」

 わたしはきゅっと唇を噛んだ。
――それはそうだけど、お人好し過ぎない!? そんなことでよく〝北の荒くれ者集団〟で小隊長が務まってるわね!?

「――食事が終わったころにね、グラン・ドゥインがフィンと私に会いたいって訪ねてきたんだ」
「えっ……!?」
「背が伸びて、すっかり大人っぽくなってたから見違えちゃった。子供のころはフリアよりも小さいくらいだったのにね」

 お姉さまはのんきに昔を懐かしんでいるが、わたしの頭の中は熱々に煮えくり返ってきた。

「グランね、『騎士になりたいので推薦をお願いします!』って、ものすごく真剣に頼み込んできて……」
「あのバカッ!」

 わたしが怒りを爆発させると、お姉さまは目を見開いた。
――あんなに言ったのに! グランってほんとにほんっとうにおバカ!

「無謀だって、わたしは止めたのよ!?」
「うん……。グランには悪いけど、剣もほとんど握ったことのない人が今から目指すのはかなり難しいから、丁寧に説明して諦めてもらったよ」

 ほっとしながらも、私のグランへの腹立ちは収まらなかった。
「もうっ、おかしなことばっかり思いついて!」

 アイリお姉さまは困ったように微笑む。
「そんなふうに言ってやるのはかわいそうだよ。グランはフリアと結婚したくて必死なんだから」

 わたしはぐっと言葉に詰まった。頬が真夏の敷石みたいに熱くなってくる。

 おバカなグランがとんでもないお願いに来たせいで、お姉さまたちにも知られてしまった。もしかしたらその前にすでに、わたしがいなくなった晩餐の席で聞かされてたのかも知れないけど。

「グランは何度も申し込みに来てくれてるのに、フリアがずっと『今のままじゃ無理!』って突っぱねてるんだってね」
「それは……」
「どうしたら承諾してもらえるのか、グランなりにあれこれ試行錯誤してるとか」
「ど……どれもこれも見当違いなのよ」

 半年ほど前に、わたしは十五歳の誕生日を迎えた。
 少しだけ先に十五おとなになっていたグランはその日のうちにお父さまを訪れ、わたしとの結婚を申し入れた。

 最初の求婚をわたしが撥ねつけた後、グランは突然おしゃれになった。
 髪を撫でつけ、王都から取り寄せた最新流行の服を着たりなんかして。全然似合ってなかったけど。

 次に拒否したら、兄上からお金を借りて土地を買ってきた。
 とても辺鄙なところにある小さな土地を。 

 その次は、この秋から地方官吏になることが決まりそうなのに、いきなり中央の役人を目指すと言い出した。
 試験の準備のため、王都に住む親戚に半年ほど居候いそうろうさせて欲しいとお願いして、「急に言われても……」と断られてしまったようだけど。

 その後もグランは、わたしがお父さまを通して「今のままじゃ無理!」だと伝えるたびに、いろいろとお門違いな試みを繰り返している。

「――でも」
 アイリお姉さまは真っ直ぐにわたしを見る。

「フリアなら本当に嫌だったら気を持たせるようなことはせずにきっぱりと拒絶するはずだろうし、『今のままじゃ』ってことは、何か不満に思ってることをグランが探り当てて解消してくれたら、結婚してもいいってことだよね?」

「う……」
「察して欲しいのかも知れないけど、少しくらい手がかりを示してあげたほうがグランも早く正解に近づけるような気がするよ」

 わたしは唇を尖らせ、視線を下げる。
「……アイリお姉さまには分かんないわよ」

 拗ねている子供みたいな口調でわたしは言った。

「フィン様から一途に想われて、とびきり素敵な求婚をされたであろうお姉さまには……わたしの気持ちなんて分かるはずないっ……!」

 昂ってきた感情に併せて、語気がどんどん強くなってくる。

「どうせお姉さまは、騎士らしく片膝ついて求婚されたんでしょう!?」
「えっ? え、あ……まあ」
「ほらね!」

 何が「ほらね」なのか自分でも分からないまま、わたしはお姉さまを責め立てるように言い募った。

「あの透き通るような水色の目で真剣に見つめられて、胸が熱くなるような言葉をかけられたんでしょう!? さぞや、二人だけの素晴らしい記念すべきキラッキラした思い出になってるんでしょうねっ!?」

「フ、フリア、落ち着いて……」

 一気にまくし立てたせいで息が上がってしまい、激しく上下するわたしの肩をお姉さまはなだめるようにさすった。
 昔と変わらない優しい感触が、ますますわたしを子供みたいにさせる。

「わ……わたしはそういうの、何もないんだもん」

 涙がこぼれそうになるのをこらえたら、鼻の奥がつんとした。

「何も……ない?」

 みじめな気持ちでいっぱいになりながらわたしは頷く。

「『好きだ』とも『結婚して欲しい』とも、グランからはひとっことも言われてない……」

   ◇  ◇  ◇

「フリアーネ、よく聞きなさい」

 十五歳の誕生日のお昼前、わたしはお父さまの書斎に呼ばれた。

 朝食のときは「おめでとう」と和やかだったお父さまは、少しかしこまった様子でわたしに告げた。

「お前に、結婚の申し込みがあった」

 成人したら縁談が来るようになるだろうとは言われていたけど、まさか十五になった当日にそんなことがあるなんてとわたしは絶句した。

「相手は、クルーク伯爵家のグラン・ドゥインだ」

 求婚者の名前を聞いて、ますますわたしは仰天した。

「――もしかして、二人の間では前からそういう話が出ていたのか?」

 お父さまからそう訊ねられたときも言葉が出てこなくて、首を横に振るのがやっとだった。

 そのときまで、グランはわたしにとってただの仲のいい幼なじみだった。
――ところが、求婚されたと知った途端、自分でも驚くほどの大きな喜びが湧き上がってきてしまった。

 もう本当に単純なんだけど、わたしのダメなところも嫌なところもいっぱい知っているはずのあのグランが、人生を共にしたいくらい好きでいてくれてたんだと思うと、胸の高鳴りが抑えられなくなった。

「誕生日の贈り物も持ってきてくれたとのことで、グランは応接室でお前を待っている。まだ少し若過ぎるような気もするが、彼はお前のことを良く分かってくれているようだし、悪い話ではないだろう。二人の意思に任せるから、会って話をしてきなさい」

 お父さまから促され、わたしはふわふわと宙に浮いているような気持ちで応接室へと向かった。

 ドキドキしながら部屋に入ったら、グランがすごくかっこよく見えてしまい、どんな素敵な求婚をされるのかとわたしの期待は最高潮に達した。

 ――それなのに。

「あ、フリア、誕生日おめでとう」
「え、あ、ありがとう……」

 グランは特に緊張した様子もなく、いつものように気楽な笑みを浮かべて、贈り物の帽子が入った箱をわたしに手渡しながら言った。

「そういうことだから、良かったら前向きに考えてみて」

 ――わたしは踵を返し、無言で応接室を出た。
 そして書斎に駆け込むと、お父さまに向かって一回目の「今のままじゃ無理!」を発したのだった。

   ◇  ◇  ◇

 それから半年の間、奇妙なことにわたしたちは、催し物に一緒に出掛けたり、友人たちを交えておしゃべりを楽しんだりして、以前と変わらぬ友達付き合いを続ける一方で、お父さまを介して結婚の打診と差し戻しの応酬を繰り返している。

「……グランはきっと、成人したからには早く身を固めなきゃって思ってて、気心が知れたわたしで手を打とうとしてるだけなのよ……」

 うなだれながらわたしが呟くと、お姉さまは不思議そうな声を出した。

「えっ、そんなはずはないでしょ?」
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