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☆ショートストーリー☆
年下女騎士は生意気で 11
しおりを挟む「は……?」
ティアーナは半笑いを浮かべて首をかしげた。
「おっしゃってる意味がよく……」
「アーク・コリードは、おまえは悪くないからできれば本当のことを話して欲しいって言ってたぞ」
「えっ……」
フィンの視線から逃れるように、ティアーナは目を泳がせる。
「ア、アークったら何を……」
ケイストが厳しい声を上げた。
「ティアーナ、お前、何か隠してるのか!?」
「ケ、ケイストさん、俺たちは黙ってましょうよ」
「なんだオルボー、今日はずいぶんと口うるさいじゃないか」
「いやそんな……」
「古巣に来たから、大きな顔をしてるのか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
ケイストとオルボーのやりとりは聞こえていないかのように、フィンはティアーナへの質問を続けた。
「アークの鼻っ面には頭突きを、ブレッグの股間には膝蹴りを食らわしたんだったな?」
「は……はい」
「どっちも相手と正対してなきゃ繰り出せないぞ。揉めてる二人の横から止めに入って勢い余ったにしてはおかしいだろ」
「え……」
ティアーナは口の両端をぎこちなく上げる。
「お……おかしいですかぁ? 動転してたんではっきりとは思い出せないんですけど、なぜかそうできちゃったんですよねえ」
「――ティアーナ」
アイリーネが改まったように名前を呼んだ。
「『私闘を未然に防ごうとした』っていう理由じゃ、過剰な暴力行為だと見なされて懲罰房に入ることになるかも知れないんだよ?」
「……覚悟はできてます」
ケイストが鼻で笑う。
「甘く考えてる奴には耐えられないような場所だぞ」
「分かってます」
怯まないティアーナに、ケイストは不愉快そうに眉を顰める。
「まあ、二人の男を誑かした罰は、きっちり受けてもらわないとな」
「誑かしてなんか……」
「ケイストさーん……」
フィンが面倒くさそうに割り込んだ。
「『誑かした罰』なんて、誰の妄想っすか? ストイムの処分が検討されてるのは、あの二人に暴力をふるったことに対してですよ。そんくらいは正確に把握しといてくださいよ、仮にも聴取担当者なんですから」
「なっ……」
ケイストの顔が赤くなる。
「マナカール、お前は口のきき方を……」
「ねえ、ティアーナ」
遮るようにアイリーネが呼び掛けた。
「懲罰房行きになるのか、他のことが科せられるのかはまだ分からないけど、とにかくそれが済んだら、また第二中隊で同じような日々が続いていくんだよ」
「……はい?」
「――それで、あなたの目標は叶うと思う?」
戸惑ったようにティアーナの瞳が揺れる。
ここに来たばかりのころ、ティアーナは〝美しさと強さを兼ね備えた女性騎士〟を目指しているのだと、アイリーネに話してくれた。
「どうして今そんな話……」
「指導もろくにしてくれないような上官や、不品行な隊員たちや、偏見まみれの先輩のもとで、理想の騎士像に近づくことはできる?」
黙ってしまったティアーナを見て、アイリーネは少し話題を変えた。
「昨日ね、第二中隊からの帰りに、プローディの町にあるイェラさんの家に寄らせてもらったんだ」
「……イェラさんの?」
アイリーネよりも少し年上のイェラ・ポーサは、第二中隊に籍を置く二名の女性騎士のうちの一人で、ティアーナと同じブレッグ小隊に所属し、かつては宿舎の部屋も一緒だった。現在は、夫と構えた住まいで産後の休暇を過ごしている。
「『ティアーナには申し訳ないことをした』って言ってたよ」
「え……?」
「隊から離れてみて、不当な環境に慣らされてたことを改めて実感したんだって。入隊したばかりのティアーナに『男たちから少しくらい無作法なことをされても、笑って受け流すくらいじゃないとやっていけないよ』って忠告したことも、間違いだったって」
ティアーナは困惑まじりの笑みを浮かべた。
「でも実際、いちいち気にしてたらきりがないですし……」
「イェラさんは、『波風を立てるのが怖くて何もせず、ティアーナにも自分と同じように諦めることを強いてしまった』って、悔やんでた」
ティアーナが再び沈黙すると、ケイストが口を挟んだ。
「ブレッグ小隊とは合同で訓練することもあるが、イェラとティアーナは同じなんかじゃないぞ。例えば誰かから触られたりしたとき、イェラは軽い口調ながらも『バカじゃないの?』なんて言って不快感を示してたが、ティアーナは『やだもう~』って笑ってくねくねするだけで、まるで喜んでるみたいだっ……」
「ケイストさんっ……!」
オルボーが諫める。
「なんだよ、俺は現にこの目で見てきたことをだな」
「――濁った目でな」
フィンのぼそっとした呟きに、再度ケイストの顔に血が集まる。
「マナカールッ、お前はさっきから――」
「ケイストさん」
凛としたアイリーネの声が被さる。
「お静かに願えますか? できないのならご退出ください」
「グラーニ、年下の婚約者だからって甘やかし……」
アイリーネの刺すように冷ややかなひと睨みで、ケイストはぐっと言葉を呑み込んだ。
「――ティアーナ、イェラさんは騎士を続けていきたいけど、以前のような日々にはもう戻りたくないって。隊長たちに全てを話して改善を求めようとは思ってるけど、すぐに変わるかどうかは分からないから、復帰の際には異動を願い出るつもりだって言ってたよ。……あなたはどう?」
「あ……あたしは……」
ティアーナは下を向く。
「それなりに、うまくやってきたつもり……でしたけど……」
「男たちからちやほやされるのを楽しんでるんだから、不満なんざあるわけないよなあ」
何度目かのケイストの横やりは黙殺され、オルボーだけが隣の席からチラリと非難めいた眼差しを向けた。
「ストイム、暴力をふるった理由によっては処分が軽くなることもあるだろうし、今までの環境を変えることだってできるかも知れないんだぞ?」
フィンがそう言っても、ティアーナはただ俯いていた。
「ティアーナ、どうしても本当のことを言いたくないなら、無理強いはしないけど……」
つむじを向けたままのふわふわした金髪の頭を、アイリーネはじっと見つめる。
「もし、罰せられるはずの人が罰せられずに、何の反省もなく過ごしていけるとしたら、状況をいい方向に変えるのはさらに難しくなるんじゃないかな」
理想とする騎士像を語ってくれたときの少し照れくさそうな笑顔や、剣の稽古で疲労困憊になりながらもどこか嬉しそうにマメの手当てをしていた姿が、アイリーネの脳裏に浮かんでくる。
アイリーネは、心からの願いを言葉にした。
「私は、ティアーナにまっすぐ目標に向かっていって欲しい」
金の髪が小さく揺れる。
「……あの晩……」
顔を下に向けたままのティアーナの声は、耳をそばだてないと聴こえないほど微かなものだった。
「……アークとブレッグ小隊長から、くちづけをされました……」
室内が沈黙に包まれる。
「――はっ」
静けさを破ったのは、ケイストの乾いた笑いだった。
「ストイム、冗談は止めろ。お前にとっちゃ〝たかが接吻〟だろう? 今さら純情ぶったって同情なんか買えな……」
突然、オルボーが椅子から腰を上げ、ケイストの腕を掴んだ。
「オ、オルボー!? 何を……」
「――あんた、ここに要らねえわ」
「なんだと!? お……おいっ」
オルボーは引っ張り上げるようにしてケイストを立たせ、後ろからがっちりと羽交い締めにした。
「はっ、放せ、オルボー……!」
体格と腕力に勝るオルボーは、逃れようとするケイストをそのまま力業で出入り口の方へとずるずると引きずっていく。
「邪魔して悪かった」
オルボーはそう言い残し、わめき続けているケイストごと扉の向こうへと消えていった。
「……ケイストさんが言ったように」
ティアーナは再び口を開く。
「〝たかが〟って思えれば良かったんですけど……」
震える声に揺らされ、涙の粒が机の上にぽたぽたと落ちていく。
「ああいうことは全て、いつか一生を共にする人としかしないって決めてたから……」
◇ ◇ ◇
「――アーク、部屋に戻れ」
その夜、月明かりに照らされた宿舎の廊下の突き当たりで、小隊長ノイル・ブレッグは命じるように言った。
「はあ!? 何を言ってるんですか。非常識にも程がありますよっ」
食ってかかったアーク・コリードをブレッグは睨み、声をひそめて息だけで怒鳴る。
「大声を出すなっ……」
就寝時の格好である上半身裸で睨み合っている二人の男性騎士の傍で、白い寝衣姿のティアーナはおろおろとしていた。
『ガレムアの指南書』を借りるため消灯時間を過ぎてからブレッグのもとを訪ね、部屋に入る入らないで押し問答になっていたところ、突然アークが飛び出してきて言い争いが始まってしまったのだ。
「ティアーナを置いて、おれだけ戻れるわけないでしょう!」
他の隊員たちと同様に、いつもはアークもブレッグの顔色をうかがって行動しているが、このときばかりは譲らなかった。
「俺の言うことが聞けないのか?」
両者の距離がさらに縮まり、ぴりぴりとした緊張感が増してくる。
「あ、あのっ、ブレッグ小隊長……!」
つかみ合いになってからでは遅いと、ティアーナは慌てて声をかけた。
「今夜のところはあたし、アークと部屋に帰ります。なので、例のものはまた別の機会に……」
「ティアーナ、そうやって必要以上に甘い顔をするから、アークが勘違いするんだ。はっきり言ってやれ、邪魔者は去れと」
「は……?」
ティアーナはきょとんとした。
「気づかないうちにアークがついてきてたのには驚きましたけど、心配してくれた気持ちも分かりますし……」
「ティアーナ……!」
感激したようにアークの声が弾む。
「ブレッグ小隊長、勘違いしてたのはあなたの方だ……!」
勝鬨さながらにアークは高らかに宣言すると、ティアーナの方に身体を向けて彼女の頬を両手で包み込んだ。
「え……」
次の瞬間、無防備すぎたティアーナの唇に、アークのそれが重なった。
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