年下騎士は生意気で

乙女田スミレ

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38 ふたつの恋の忘れ形見 前

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 発端は、半年ほど前に遡る。

  ある地方で、王太子ダネルドの幼少期から侍従を務めていたファフ・コガーという名の男性が老衰でこの世を去った。
  王子が若くして亡くなった後、コガーは宮仕えを退いて王都から遠く離れた田舎に家族と移り住み、残りの人生を過ごしていた。

  間もなく、コガーの息子が密かに王のもとを訪ねてきた。父の死後に発見したという侍従時代の日記を携えて。

  忠義者だった父とよく似た息子は、震える声で王に告げた。
「私などが目を通してはならぬものでございました」

  コガーが侍従の任に就いた日から綴られていたそれは十冊以上にも及び、そのうち王子が突然身まかるまでの最後の二冊には、父親である王ですら知り得なかった重大な秘密が書き付けられていた。

  日記によると、未婚のまま旅立った王子は、その短い生涯で二度の恋をした。

  最初の恋は、馬上槍試合で痛めた肩を癒すために半年ほど滞在した温泉保養地で出会った平民女性と。二度目の恋は、その女性をうしなった心のうろを埋めてくれた子爵令嬢と。

  そして、王子はそれぞれの女性との間にひとりずつ子供を遺していた。

「――その子供たちが、ルーディカとフィンだったのだ」

  オーシェン王は、アイリーネに向かって説明を続けた。

「フォルザの湯治宿に滞在する際、静かな環境を望んだダネルドは、同行していたコガーの息子だと身分を偽っていた。そこで、宿の中に設置されていた診療所の助手を務めていた女性と知り合い、お互い恋に落ちた」

  数多あまたの女性から慕われても、自分からは誰にも特別な想いを抱いたことがなかった王子にとって、初めての恋だった。
  
  程なくして、王子は彼女との結婚を考えるようになる。
  打ち明けられたコガーは大いに難色を示し、王位継承者という立場の重さを説いたが、王子の意志は固かった。

  身分の差が大きいというだけで、彼女自身の人品には申し分ないとコガーも感じていたようで、日記にはしばらく〝王族が平民女性と結婚する方法〟を模索するような記述が続いた。

「コガーは、ひとつの方策をダネルドに示した」
  両親である国王夫妻から許しが得られるかどうか、万人から祝福されるかどうかは分からないが、彼女が貴族か名家の養女になれば、正式に夫婦となれる可能性がないわけではないと。

「道が開けたように感じたダネルドは、王都への帰還が迫ったある日、恋人に本当の身分を明かし、結婚を申し込んだ」

  しかし、彼女から返ってきたのは冷たい拒絶だった。

「青ざめながら王太子妃になどなれないと突っぱねる彼女をダネルドが懸命に説得しようとすると、彼女は『実は、ずっと好きだった地元の男性との結婚話が進んでいる』と告白し、王都に戻ったら二度とフォルザには来ないように、来てもらったら困ると言い放った。……それは、嘘だったのだが」

  彼女は王子の子供を身ごもっていることを隠していた。

「本当はその日、ダネルドに妊娠を告げるつもりだったのであろう。求婚の前日のコガーの日記には、王子が彼女に『明日、大切な話がある』と告げると、微笑みながら『私も』と返されたそうだと書かれていた」
 
  王子がフォルザを去った後、彼女は誰と結婚することもなく、数か月後に王子と同じ金の髪と青い瞳の女の子を産み落とし、命尽きた。

「それをダネルドが知ったのは、ルーディカが生まれてひと月ほどが経ったころだった」

  どうしても彼女のことが忘れられなかった王子が、密かにコガーをフォルザに差し向けたことによって明らかになった。

「彼女の死と新しい命の誕生を人づてに耳にしたコガーは、慌ててルーディカの祖父母に会いに行き、本当のことを聞いた。彼女が愛したのはダネルドだけだったということ、平民の田舎娘が王太子妃になれるわけがないと、胸が張り裂けそうな思いで身を引いたこと……」

  報告を受けた王子の落胆ぶりは凄まじいものだったが、彼女の忘れ形見が唯一の心の拠りどころになった。

「ダネルドは人知れずフォルザに出向き、娘を引き取って手許で育てたいと願い出た。しかしルーディカの祖父母は、近い将来、身分の高い伴侶を得ることになるであろう若き王子に、優位な継承権を持つ長子として平民の血を引く孫娘を託すことを憂い、強く拒んだ」

  そして、愛する娘を亡くした悲しみに沈む両親は、フォルザでのことはもう忘れて欲しいと王子に懇願し、王子が娘と最後に会ったときに押し付けるようにして渡した印章指輪も返そうとした。

「指輪は、フォルザの祭りのときに露店で手に入れてダネルドが彼女に贈った、慎ましやかな木象嵌もくぞうがんの小箱に入っていた。……彼女が嬉しそうに『これには絶対に大切なものしか入れない』と言っていたその箱にしまわれていたのは、ダネルドの指輪だけだったそうだ」

  彼女の深い想いを感じた王子は、せめてこれは母の形見として娘に渡して欲しいと告げて、フォルザを後にした。

  それから王子自身はフォルザに赴くことはなかったが、急死する直前まで秘密裡にルーディカの様子を探らせては報告を受けていた。

「――ダネルドが私に、王位継承者として与えた特別な印章つきの指輪を紛失したと言ってきたとき、自覚がないと厳しく叱ったことを憶えている」

  そして王は、少し紋様に変化をつけて新しく作らせた指輪を、再び王子に授けた。

「そのときはまさか、後にふたつの指輪がダネルドの忘れ形見のあかしになるなどとは、想像もしなかった……」

  オーシェン王は、寂しそうに笑った。
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