38 / 52
38 ふたつの恋の忘れ形見 前
しおりを挟む発端は、半年ほど前に遡る。
ある地方で、王太子ダネルドの幼少期から侍従を務めていたファフ・コガーという名の男性が老衰でこの世を去った。
王子が若くして亡くなった後、コガーは宮仕えを退いて王都から遠く離れた田舎に家族と移り住み、残りの人生を過ごしていた。
間もなく、コガーの息子が密かに王のもとを訪ねてきた。父の死後に発見したという侍従時代の日記を携えて。
忠義者だった父とよく似た息子は、震える声で王に告げた。
「私などが目を通してはならぬものでございました」
コガーが侍従の任に就いた日から綴られていたそれは十冊以上にも及び、そのうち王子が突然身まかるまでの最後の二冊には、父親である王ですら知り得なかった重大な秘密が書き付けられていた。
日記によると、未婚のまま旅立った王子は、その短い生涯で二度の恋をした。
最初の恋は、馬上槍試合で痛めた肩を癒すために半年ほど滞在した温泉保養地で出会った平民女性と。二度目の恋は、その女性を喪った心の虚を埋めてくれた子爵令嬢と。
そして、王子はそれぞれの女性との間にひとりずつ子供を遺していた。
「――その子供たちが、ルーディカとフィンだったのだ」
オーシェン王は、アイリーネに向かって説明を続けた。
「フォルザの湯治宿に滞在する際、静かな環境を望んだダネルドは、同行していたコガーの息子だと身分を偽っていた。そこで、宿の中に設置されていた診療所の助手を務めていた女性と知り合い、お互い恋に落ちた」
数多の女性から慕われても、自分からは誰にも特別な想いを抱いたことがなかった王子にとって、初めての恋だった。
程なくして、王子は彼女との結婚を考えるようになる。
打ち明けられたコガーは大いに難色を示し、王位継承者という立場の重さを説いたが、王子の意志は固かった。
身分の差が大きいというだけで、彼女自身の人品には申し分ないとコガーも感じていたようで、日記にはしばらく〝王族が平民女性と結婚する方法〟を模索するような記述が続いた。
「コガーは、ひとつの方策をダネルドに示した」
両親である国王夫妻から許しが得られるかどうか、万人から祝福されるかどうかは分からないが、彼女が貴族か名家の養女になれば、正式に夫婦となれる可能性がないわけではないと。
「道が開けたように感じたダネルドは、王都への帰還が迫ったある日、恋人に本当の身分を明かし、結婚を申し込んだ」
しかし、彼女から返ってきたのは冷たい拒絶だった。
「青ざめながら王太子妃になどなれないと突っぱねる彼女をダネルドが懸命に説得しようとすると、彼女は『実は、ずっと好きだった地元の男性との結婚話が進んでいる』と告白し、王都に戻ったら二度とフォルザには来ないように、来てもらったら困ると言い放った。……それは、嘘だったのだが」
彼女は王子の子供を身ごもっていることを隠していた。
「本当はその日、ダネルドに妊娠を告げるつもりだったのであろう。求婚の前日のコガーの日記には、王子が彼女に『明日、大切な話がある』と告げると、微笑みながら『私も』と返されたそうだと書かれていた」
王子がフォルザを去った後、彼女は誰と結婚することもなく、数か月後に王子と同じ金の髪と青い瞳の女の子を産み落とし、命尽きた。
「それをダネルドが知ったのは、ルーディカが生まれてひと月ほどが経ったころだった」
どうしても彼女のことが忘れられなかった王子が、密かにコガーをフォルザに差し向けたことによって明らかになった。
「彼女の死と新しい命の誕生を人づてに耳にしたコガーは、慌ててルーディカの祖父母に会いに行き、本当のことを聞いた。彼女が愛したのはダネルドだけだったということ、平民の田舎娘が王太子妃になれるわけがないと、胸が張り裂けそうな思いで身を引いたこと……」
報告を受けた王子の落胆ぶりは凄まじいものだったが、彼女の忘れ形見が唯一の心の拠りどころになった。
「ダネルドは人知れずフォルザに出向き、娘を引き取って手許で育てたいと願い出た。しかしルーディカの祖父母は、近い将来、身分の高い伴侶を得ることになるであろう若き王子に、優位な継承権を持つ長子として平民の血を引く孫娘を託すことを憂い、強く拒んだ」
そして、愛する娘を亡くした悲しみに沈む両親は、フォルザでのことはもう忘れて欲しいと王子に懇願し、王子が娘と最後に会ったときに押し付けるようにして渡した印章指輪も返そうとした。
「指輪は、フォルザの祭りのときに露店で手に入れてダネルドが彼女に贈った、慎ましやかな木象嵌の小箱に入っていた。……彼女が嬉しそうに『これには絶対に大切なものしか入れない』と言っていたその箱にしまわれていたのは、ダネルドの指輪だけだったそうだ」
彼女の深い想いを感じた王子は、せめてこれは母の形見として娘に渡して欲しいと告げて、フォルザを後にした。
それから王子自身はフォルザに赴くことはなかったが、急死する直前まで秘密裡にルーディカの様子を探らせては報告を受けていた。
「――ダネルドが私に、王位継承者として与えた特別な印章つきの指輪を紛失したと言ってきたとき、自覚がないと厳しく叱ったことを憶えている」
そして王は、少し紋様に変化をつけて新しく作らせた指輪を、再び王子に授けた。
「そのときはまさか、後にふたつの指輪がダネルドの忘れ形見のあかしになるなどとは、想像もしなかった……」
オーシェン王は、寂しそうに笑った。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる