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前編

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 気の合わない同僚しかいない職場って、小さな地獄だ。

「……ねえ、ヴェイン卿のってなにげに大きくない?」

 また始まった。

 刺繍の時間なんかに今みたいに王妃さまが席を外されると、いつも真っ先に手を止めておしゃべりを始めるのが金髪のリズだ。

 わたしのうんざり顔なんてお構いなしに、赤毛のキャシーが話に乗っかる。

「でも、中身は綿とか藁なんでしょう?」

 黒髪のマーゴも負けじと知識を披露する。

「あら、ちょっとした小物入れになさってる方もいるらしいわよ」

「知ってるわ」
 なぜかとても得意げにリズは言った。

「実は私……、ある方からお菓子をいただいたことがあるの」

 キャシーとマーゴがキャーと歓声を上げる。う、うるさい。

の中にしまわれてたお菓子ってことー!?」
「誰からもらったのよ!?」

 リズは嬉しそうに困ってみせた。
「それは言えないわよお」

「よほどの仲じゃないとそんなことしないでしょ!?」

 キャシーの言葉にわたしも心の中で頷く。あんなところから出したものをもらって、それを嬉々として報告するなんてよっぽどだ。

「やめてよー、私はそんな軽い女じゃないわ。素敵なお友達の一人よ」

〝素敵なお友達〟が何人もいるらしいリズがそう言うと、マーゴが意味ありげに訊ねた。

「お菓子は……甘かった?」

 リズは青い目を細め、赤い唇をちろりと舐める。

「とてもね」

 キャーというよりはギャーの域の悲鳴が上がる。

 ああ……王妃さま、早く戻ってきてくださらないかなあ……。陛下のお召しだから、長くかかりそうだけど……。

 王妃さまに仕える女性の中でも若輩のわたしたち四人は、しょっちゅうひとまとまりにされてしまう。

 爵位を持つ伯父さまの伝手で側仕えになることが決まったときは、飛び上がるほど嬉しかった。
 教養を身につけた淑女たちと芸術や音楽について優雅に語らったりすることになるだろうと、事前にみっちり予習もしてきた。

 でも蓋を開けてみたら、この三人は暇さえあれば「結婚前の娘がする話なの!?」みたいなことばかり喋っている。

 そういうことに関心を持つのも分からなくはないけど、程度ってものがあると思う。九割以上シモがかった話題になってしまうのは、さすがにきつい。

 リズたちがキャアキャアと盛り上がる中、わたしは自分だけでも刺繍に集中しようと心に決めた。
 王妃さまが戻られたとき、「まあセシリー、こんなに進んだのね」って驚いていただけるくらいがんばろう。

「それにしても、エドワード・ホワイトフォートさまよ」

 決心したばかりなのに、リズが口にした名前のせいで刺繍針が滑った。

「先週の催し以来、すっかり注目のまとよね~」
「主にご婦人たちから」

 三人は視線を合わせてニヤリとする。

「とーっても逞しかったものねえ!」

 けたたましい笑い声が上がり、わたしの胸の中には苦々しさが広がった。

 国王陛下は馬上槍試合をはじめ勇壮な催しが大層お好きで、先日も武芸の大会を開催された。

 若き貴公子エドワード・ホワイトフォートは剣の模擬試合に出場し、その勇姿は人々の心に印象深く残った。
 宮廷に上がったときから端正な外見は話題になっていたようだけど、そういった催しに参加したのは初めてで、輝く甲冑を身に着けて戦うエドワードは、物語に登場する騎士のようだと評判になった。

 それに加え……。

「あのお方って、見目麗しくて頭脳明晰で朗らかで、欠点が見当たらないわよね」
「過ぎたる点はあるけど?」
「やだもう!」

 わたしは唇を噛む。

 本当はあの試合には、わたしの兄であるリック――リチャード・アーチフィールドが出る予定だった。

 女たらしのリックは、試合の前夜に「詳しくは話せないが、ちょっといやらしい理由で」(と、妹であるわたしにぬけぬけと言った)腰をおかしくして、体型が同じくらいの年下の友人であるエドワードに「新品の、とびきり恰好いい甲冑を貸してやるから!」と言って代役を頼んだらしい。

 その最新の甲冑がいけなかった。

「すごかったわよねえ」
「ニョキッと飛び出して!」
「陛下のよりも主張してたわよ」

 大逆罪だわあ、と三人は大はしゃぎする。

「ほんと、あんなコッドピースを見たのは初めてよ」
に合わせて作ったのかしら?」
「やだあ」

 あれはわたしの愚兄のだから! と言ってしまいたかったが、それはそれで藪にいる蛇をつつきそうなので、ぐっとこらえた。
 わたしはリックを恨んだ。恥知らずな鎧を発注したことも、エドワードに代役を頼んだことも。

 甲冑に詳しいわけじゃないけど、男性の大事なところを覆う部分の意匠は、わたしが小さいころはまだあんなふうじゃなかった。
 ところが近年は、衣類のコッドピースと同様にどんどん誇張されるようになってきて、リックが新しく作った鎧のそこには、先端が丸くなった大きなツノのようなものが上に向かって猛々しく生えていた。

 そんなものを着用して大勢の前で戦ったため、エドワード・ホワイトフォートは以前にも増して注目を浴びるようになってしまったのだ。

 特に、股間のあたりに……。

 王宮では他の男性たちと同じような現代風のコッドピースを着けているだけなのに、ご婦人たちから「やっぱりなんだか大きいわよね」などと囁かれている。

「エドワードさまって、陛下の覚えもめでたいし、今のところ浮いた話もないし……いいかも」

 獲物を定めたメス狼のようにリズが瞳を光らせると、キャシーとマーゴは声を弾ませて後押しをした。

「リズ、行っちゃいなさいよ」
「美男美女でお似合いよ!」

 リズは、まんざらでもないような顔をして「悪くはないけど……」と小首をかしげる。

「あんなにな方を、私のような華奢な者が受け止めきれるかしらぁ?」

 また耳をつんざくような甲高い悲鳴が上がり、わたしはすぐにでも部屋を出ていきたい気持ちでいっぱいになった。

「そういえば」

 不意にマーゴの視線がこちらを向いたので、わたしは慌てて下がりきっていた口角を上げる。

「セシリーは、エドワードさまと知り合いなの?」
「え……」
「この前、渡り廊下のところで立ち話をしてなかった? いつにも増してエドワードさまがにこやかだったような」

 見られていたなんて。
 油断して歩いてたら話し掛けられてしまったけど、早々に切り上げたつもりだったのに。

「あ……兄と友人なので、面識くらいならあるわ」

 嘘だ。がっつり幼なじみだ。
 別荘地ではお隣さんみたいなものだったし、同い年ということもあって小さいころはめちゃくちゃ一緒に遊んだ。

「そうなのね、いいなあ」
「私なんて挨拶しかしたことないわよ」
「性格はどんな感じなの? 見た目どおり爽やか?」

 わたしが可愛がっていた小鳥がいなくなったときには何日も捜してくれたくらい優しくて、足下の氷が割れてわたしが池に落ちたときには、真っ先に冷たい水の中に入って助けてくれたくらい勇敢で――なんて、なんとなく言いたくなかった。

「せ、性格まではよく知らないわ」

 全然そういう仲なんかじゃないけど……実は、コッドピースに隠された部分のことも知っている。

 冬の池に落ちたのは八歳か九歳のころで、大人からすればたいしたことのない深さだったけど、わたしたちはびしょ濡れになってしまった。
 水から上がって、従者がおこしてくれた火にあたりながら着替えることになったとき、彼が下着を脱いだところを見てしまったのだ。

 エドワードのそれは……とてもとてもかわいらしかった。

「エドワード・ホワイトフォートのそこは大きいらしい」と、まるで美点のように語られているとき、真実を知るわたしの胸はきゅっと痛む。

 小さくたっていいじゃない。

 大きくても小さくても、エディは素敵な人だ。
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