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2.ガイアでの暮らし
晩餐会5
しおりを挟むそして戻ってきたイヴとジゼル。
イヴの食席にほかほかのステーキが運ばれてくる。一口サイズに切られたものが。
一同、イヴが食べづらくないように注視したくなるのを堪える中、国王だけは美味しそうに食べるイヴを見守っていた。
慈愛に溢れる微笑みは、かつて獰猛なガイアの黒狼として名を轟かせた英雄の姿からは想像もつかない。
「おいしいかな?」
「は、はい。とっても」
そのあとに出てきた、豪華なスイーツ達。銀皿が三段重ねになってケーキやスコーンが乗った、よく叔母さん方がティータイムでパティシエに作らせるやつ。
1人で食べ切れるように、一つ一つ小さく、だけど女の子が喜ぶように可愛く作られている。
「す、すごい、これ、1人で食べて良いんですか?」
「もちろんだよ」
微笑む王様の隣にいるイザベラを心配そうに見るイヴ。
「好きに食べて良いのよ。一番上に乗ってるスコーンは手で食べて大丈夫よ」
「すこーん?」
「四角くて硬そうなやつよ。ジャムを付けても美味しいわ」
「ジャム!」
と、よほどジャムが嬉しかったのか声高々に反応する彼女。それに驚く我々に、しおしおと小さくなって弁明した。
「ごめんなさい、フェンリルではフルーツや砂糖は貴重でジャムは滅多に食べれなかったものだったから」
今まで食事中はマナーやらなんやらで緊張しながら黙々と、だけど一口一口感動を抑えきれない様子で、ひたすら美味しそうに食べていた彼女。
もしかしたら今日初めて食べる物ばかりだったのかもしれない。
しかし、こうも幸せそうに食べる少女に、周りの大人達は構いたくてしょうがない。
王が尋ねた。
「イヴちゃん好きな食べものはあるかい?」
「すいません好きなという程、食べ物を知らなくて。今日食べた物は全部好きです」
「そっか、じゃ食べてみたい物は?」
「フェンリルの女の子達がよく食べてた異国からきた、多分お菓子なんですけど。皮がふわふわで中に甘いクリームが入ってるみたいで、これくらいの丸っこいので」
小さな両手で丸を作り、丸っこい、という食べ物を表現する。
「もしかして、シュークリームかしら?」
イザベラが思い付いたかのように声を上げると、メルダが更に大きな声でイヴに声をかけた。
「明日一緒に作りましょう!イザベラとジゼルちゃんも一緒に」
「私は結構です」
即座にジゼルから却下されてしまう。周りから笑い声が聞こえる中、俺はというとイヴの些細な言葉が気になって仕方がなかった。
好きな、と言う程食べ物を知らない。
今日、食べたものは全部好き、です。
当の本人は呑気なものだが、周りはそれなりに驚いた。
あの身なりに、自分で切っていたと思われる不揃いな髪の毛、しかも前髪は目を見られたくないからと長く伸ばしてメガネまでかけて。今、そのメガネは外させたが。
少しでも力を入れれば折れそうな細い体だった。自分は悪い人間だからと、ハナから不幸であることを受け入れ、自分の要望も簡単に言えない。
理不尽な仕打ちに、誰かを恨むこともなく、見返りなく他人へ優しくできる。
無欲で無知で、恐ろしい程に純粋で。
じっと見つめ過ぎたせいか、イヴが頬張っていたケーキを口に入れる前にフォークを皿へ置いてしまった。
「ご、ごめんなさい。はしたなかったですか?」
無言の圧が周囲から容赦なく降りかかる。先ほどのイザベラではないが、なんとなく彼女を守りたいという包囲網ができつつある気がする。
しゅん、とするイヴに、慌てて声をかけた。
「悪い、違うんだ」
「?」
何が違うんだ、と自分でも、周りからの圧からも感じる。
言うべきことはそれじゃない。
「あ、あまりに食べてるところが、その、可愛かったから」
「……」
「だから、その、続けてくれ」
ふっ、と笑うジゼルとグレン。そうか、そうだよな、とうんうん頷く大人達。
アベルはしょうもな、と呆れている。
和やかな夕食中、俺の気持ちは揺れていた。
無欲で無知で、恐ろしい程純粋。
そんな何も知らない少女に、キスをせがんで浄化してくれというのは違う気がする。当初は俺が面倒を見てやらなきゃ、と思ったが。
この晩餐会でわかった。
俺じゃなくても、ジゼルや兄や弟だって、父さんや叔母さん達だって良い。仲良くなったメイドのアマンダでも良いだろう。
俺である必要はないんだ。むしろ彼女を利用することの方が間違ってる。
なんのために、フェンリルまで行き、おまけのバカ貴族とモンスターと戦ったのか分からないが。
イヴとキスするまでは、俺は薬で感情を抑制されていた。何を利用してでも戦うためには、イヴを利用するつもりで無理矢理連れ去ってきたのに。
だけど、彼女を知れば知る程、自分の感情を取り戻せば戻す程。
浄化のためとはいえ、いたいけな彼女とキスをするのは間違っていると思ってしまう。
そしてそれ以上に危惧していることがある。
俺はこいつとキスすると、気持ちが昂ってしまう。キスだけで終われる自信がない。彼女を傷つける位なら、それなら、薬を飲んだ方が良い。
今こうして幸せそうな彼女の涙を見るくらいなら、あの静かな暗闇に戻った方がマシだ。
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