8 / 9
魔女・3
しおりを挟む
「『医者のいない寒村を回ってこい』と辞令が出たの」
ある晩、体を交えた後に、愛する女性に抱きつこうとしたブランカの腕は容赦なく払い退けられた。
イェルチェは『今日はもうしないから』とじっとりした目を向けてくる。純粋な愛情表現のつもりだったのに、体目当てのような言われ方は不本意だ。だが、触れ合っているうちに二回戦になだれ込む確率の高さを考えれば、何も言い返せない。
「給料をもらってる以上、上官命令には逆らえないし、行くのはいいんだけど、ご丁寧に『補佐官ブランカ・ツァルト』の身分証までついてきた。……心当たりは?」
「僕からハウトシュミットに頼んだ」
対応の速さに満足したブランカが悪びれずに白状すると、イェルチェは『やっぱりね』とため息をついた。
この間の『魔女の集会』――とイェルチェが呼んでいたスヘンデル新政府の会合に彼女が出席する際に、ブランカも無理を言って彼女に付き添ったのだ。より正確には『前日に抱き潰して動けなくした彼女の介助役として手配された馬車に強引に乗り込んだ』とも言うが。
接触した護国卿ハウトシュミットは『もうそんなに大きくなったのか』と久しぶりに会う親の友人のような反応だったが、『彼女とずっと一緒にいたい』というブランカの願いを聞いた途端に表情を厳しいものに変えた。
『君の甥に当たる子も確保できたし、以前に比べれば、元王太子を殺す必要性は高くないけど……僕が『分かった、自由に出歩いていいよ』と言うと思った? イェルチェが育てた子なのに、自分に流れる血の意味も分からないほど馬鹿なのかな?』
『王子が生きていると知れるとまずいのは分かってる。知られている『レオポルト』の容貌からはかなり変わったと思うが、足りないか? 僕の顔をふた目と見られないほど火で炙れば、彼女と一緒にいてもいいか?』
『……いや、そこまでは求めないけど。というか絶対やめなよ、そんな理由で焼いた顔を見せられる彼女の気持ちも考えなさい』
『罪悪感と心配で縛られてくれるだろうか』
『考えた上でのそれか! たち悪いな、君!』
やっぱりイェルチェは育て方を間違ったんだ。僕に任せればもっと上手くやれたのに。うちの子はあんなにいい子に育っているんだから。
ぶつぶつと愚痴をこぼしたハウトシュミットは、最後にブランカのことも心配するように言った。
『名前も身分も家族も過去も捨てて、全部白紙にして、それでもイェルチェが君を愛するとは限らない。君に何も残らなくても、それでもいいの?』
『それでいい。一度死んだ身には彼女のくれた『ブランカ』だけで十分すぎる』
『うわぁ熱烈。うーんもう、恋に一途な青少年は応援してあげたくなっちゃう!』
からかいまじりではあってもハウトシュミットが味方についてくれたのは頼もしかったが、それはそれとして彼の馴れ馴れしい態度は好きにはなれない。
そんなに一途な青少年の恋心を応援したいなら構わないだろうと、彼が育成している少女が性的な意味で彼を狙っていることは知らせずにおくことにした。
ハウトシュミットに言ったことに嘘はない。過去も王位も望まないから『ブランカ』として愛するひとの傍にいられれば十分だと思っている。
そうはいっても――。
「わたしと同じ姓って。顔も何もかも全然似ていないのに、わたしの『弟』という設定はさすがに無理があるんじゃない?」
「違う!」
やっぱり現状ではまだ満足がいかない。
とんちんかんな解釈をするイェルチェに、ブランカは食ってかかった。
「姓を揃えたのは『ブランカ・ツァルト』は『イェルチェ・ツァルトの夫』だからだ!」
「そういう設定なのね。でも、ブランカはわたしの弟子でしょう? それなら『弟』か『子ども』あたりが妥当じゃないの?」
「あなたは、弟や子とセックスするのか?」
「……しませんけど」
それは分かるのに、分かったうえで毎晩のようにブランカと体を交えているくせに、どうして素直に気持ちを受け入れてくれないのだろう。
イェルチェとともにいるだけで満足だとは言ったが、彼女の弟になりたいわけではないのに。
「医者もいないような辺境なら、『何年も前に子どものまま死んだ王太子』の顔を知るものもいないだろう。夫婦二人でずっと旅を続けられるなんて最高じゃないか!」
「ハイハイ。ところで、ブランカって毒虫や猛獣は大丈夫だった?」
「えっ?」
「田舎すぎて宿が無くて家を建てるところから始めないと、とかもあり得るわ。というか、そういう面倒な仕事じゃないと、フレッドが他人のわがままを聞くはずがない。早く野宿に慣れないと」
「いや、それはっ…………頑張る」
「えらいえらい」
一瞬『早まったかもしれない』と迷いが生じたが、イェルチェと離れるという選択肢はない。
迷いを振り払うように首を振るブランカを、イェルチェはにやにやと、魔女らしい笑いを浮かべて見ていた。
ある晩、体を交えた後に、愛する女性に抱きつこうとしたブランカの腕は容赦なく払い退けられた。
イェルチェは『今日はもうしないから』とじっとりした目を向けてくる。純粋な愛情表現のつもりだったのに、体目当てのような言われ方は不本意だ。だが、触れ合っているうちに二回戦になだれ込む確率の高さを考えれば、何も言い返せない。
「給料をもらってる以上、上官命令には逆らえないし、行くのはいいんだけど、ご丁寧に『補佐官ブランカ・ツァルト』の身分証までついてきた。……心当たりは?」
「僕からハウトシュミットに頼んだ」
対応の速さに満足したブランカが悪びれずに白状すると、イェルチェは『やっぱりね』とため息をついた。
この間の『魔女の集会』――とイェルチェが呼んでいたスヘンデル新政府の会合に彼女が出席する際に、ブランカも無理を言って彼女に付き添ったのだ。より正確には『前日に抱き潰して動けなくした彼女の介助役として手配された馬車に強引に乗り込んだ』とも言うが。
接触した護国卿ハウトシュミットは『もうそんなに大きくなったのか』と久しぶりに会う親の友人のような反応だったが、『彼女とずっと一緒にいたい』というブランカの願いを聞いた途端に表情を厳しいものに変えた。
『君の甥に当たる子も確保できたし、以前に比べれば、元王太子を殺す必要性は高くないけど……僕が『分かった、自由に出歩いていいよ』と言うと思った? イェルチェが育てた子なのに、自分に流れる血の意味も分からないほど馬鹿なのかな?』
『王子が生きていると知れるとまずいのは分かってる。知られている『レオポルト』の容貌からはかなり変わったと思うが、足りないか? 僕の顔をふた目と見られないほど火で炙れば、彼女と一緒にいてもいいか?』
『……いや、そこまでは求めないけど。というか絶対やめなよ、そんな理由で焼いた顔を見せられる彼女の気持ちも考えなさい』
『罪悪感と心配で縛られてくれるだろうか』
『考えた上でのそれか! たち悪いな、君!』
やっぱりイェルチェは育て方を間違ったんだ。僕に任せればもっと上手くやれたのに。うちの子はあんなにいい子に育っているんだから。
ぶつぶつと愚痴をこぼしたハウトシュミットは、最後にブランカのことも心配するように言った。
『名前も身分も家族も過去も捨てて、全部白紙にして、それでもイェルチェが君を愛するとは限らない。君に何も残らなくても、それでもいいの?』
『それでいい。一度死んだ身には彼女のくれた『ブランカ』だけで十分すぎる』
『うわぁ熱烈。うーんもう、恋に一途な青少年は応援してあげたくなっちゃう!』
からかいまじりではあってもハウトシュミットが味方についてくれたのは頼もしかったが、それはそれとして彼の馴れ馴れしい態度は好きにはなれない。
そんなに一途な青少年の恋心を応援したいなら構わないだろうと、彼が育成している少女が性的な意味で彼を狙っていることは知らせずにおくことにした。
ハウトシュミットに言ったことに嘘はない。過去も王位も望まないから『ブランカ』として愛するひとの傍にいられれば十分だと思っている。
そうはいっても――。
「わたしと同じ姓って。顔も何もかも全然似ていないのに、わたしの『弟』という設定はさすがに無理があるんじゃない?」
「違う!」
やっぱり現状ではまだ満足がいかない。
とんちんかんな解釈をするイェルチェに、ブランカは食ってかかった。
「姓を揃えたのは『ブランカ・ツァルト』は『イェルチェ・ツァルトの夫』だからだ!」
「そういう設定なのね。でも、ブランカはわたしの弟子でしょう? それなら『弟』か『子ども』あたりが妥当じゃないの?」
「あなたは、弟や子とセックスするのか?」
「……しませんけど」
それは分かるのに、分かったうえで毎晩のようにブランカと体を交えているくせに、どうして素直に気持ちを受け入れてくれないのだろう。
イェルチェとともにいるだけで満足だとは言ったが、彼女の弟になりたいわけではないのに。
「医者もいないような辺境なら、『何年も前に子どものまま死んだ王太子』の顔を知るものもいないだろう。夫婦二人でずっと旅を続けられるなんて最高じゃないか!」
「ハイハイ。ところで、ブランカって毒虫や猛獣は大丈夫だった?」
「えっ?」
「田舎すぎて宿が無くて家を建てるところから始めないと、とかもあり得るわ。というか、そういう面倒な仕事じゃないと、フレッドが他人のわがままを聞くはずがない。早く野宿に慣れないと」
「いや、それはっ…………頑張る」
「えらいえらい」
一瞬『早まったかもしれない』と迷いが生じたが、イェルチェと離れるという選択肢はない。
迷いを振り払うように首を振るブランカを、イェルチェはにやにやと、魔女らしい笑いを浮かべて見ていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】
ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。
「……っ!!?」
気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る
束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました
ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。
幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。
シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。
そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。
ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。
そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。
邪魔なのなら、いなくなろうと思った。
そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。
そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。
無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。
〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?
KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※
ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。
しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。
でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。
ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない)
攻略キャラは婚約者の王子
宰相の息子(執事に変装)
義兄(再婚)二人の騎士
実の弟(新ルートキャラ)
姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。
正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて)
悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる