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フィロソファーズ・ストーン
回想➉ AK006
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波の音にかき消されて、声が届かなかったのか、目の前の女の子は無反応だった。
目の前には肩にかかるくらいの髪を持ち、大きな瞳で白いワンピースを着たARIAが立っていた。
もう一度、声をかける。
「こんにちは」
『……こんにちは』
「…………」
『あ、あの……あなた、誰ですか?』
「やっぱり覚えていないか」
『えっ?』
私はかぶりを振った。
「ううん、なんでもない。私は高瀬京香。はじめまして」
『はじめまして。私はAK006って言いま……ああ、きっとご存知ですよね。あなたが開発者の方ですか?』
「そうよ。よろしくね」
そう言って手を差し出すと、彼女は戸惑ったような表情をしながらも握手をしてくれた。
表情は硬い。でも、雫や桔梗の時よりも人間らしいリアクションだった。おそらく、人見知りしているのだろう。
「AK006、あなたに名前をつけようと思うの」
『名前……ですか? 既にAK006という個体識別用のナンバーは割り当てられていますが』
「それはシリアルナンバー。人間としての名前よ」
『確かにナンバーは人間というよりは工業製品っぽいですね……』
私はできるだけ優しく微笑む。
「だから親しみやすいように、名前を考えておいたの」
『よくわかりませんが、楽しみです。どんな名前なんですか?』
少し緊張する。これがきっかけで記憶が戻るかもしれない。
「咲夜。夜に咲くで『咲夜』よ」
彼女はその名前を聞いて、きょとんとした表情を浮かべたが、すぐにはにかんだように目が輝き、長い髪を揺らしながら、どこか落ち着かない素振りを見せた。
『和名ですね。素敵です。何か由来があるのでしょうか』
「ごめんなさい、ただの思いつきなの」
私はペロッと舌を出した。彼女はふふふと笑っていた。
だが、その笑顔を見ながら、心のどこかで少し悲しくなる。今の彼女は元の人格とはまるで違う。
微かに関西特有のイントネーションがあるように感じたが気の所為だったようだ。
脳オルガノイドと本来の脳の記憶のリンクは未完成で、元の脳の自己修復が終われば、彼女の人格は消えてしまうかもしれない。
「あとね、あなたの苗字は西園寺。西園寺咲夜よ」
『西園寺咲夜ですか、いい名前ですね。ありがとうございます。でも、私に苗字まで必要ないと思うんですが……』
「そんなことないわ、あなたには家族がいるから。この後、紹介するわね。桔梗と雫、航という二人の姉兄がいるの」
『そうなんですね……』
いつもの孤島の教室から階下に降りて、モン・トレゾールの二階の一室に向かう。
歩いている最中、末木からプライベートボイスチャットが入った。
「駄目だったみたいだね」
「はい……残念です」
「まあ、そのうち主人格が目を覚ますよ。気に病むことはない」
私はARIAは生きていると信じている。きっと魂だってあるはずだ。主人格に魂を上書きされてしまうのは、まるで死と同義ではないだろうか?
気がつけば十数年をARIAに費やしていた。私は何のために研究を続けているのか、わからなくなっていた。
医療分野の飛躍的発展のため?
死んでしまった湊を生き返らせるため?
植物状態の雫を救うため?
私は賢者の石を作ろうとしていた。ありもしない奇跡の物質を、仮想空間なら再現できるのかもしれないと。
そんな夢想に取り憑かれていただけだと思う。初めはそんなことを考えていなかったはずなのに。
『あの……どうかされましたか?』
咲夜は小首をかしげ、私の顔を心配そうに覗き込む。
「ううん、なんでもない。さあ、咲夜、あなたは運の良いARIAよ。最終アップデートの味覚エンジンが待っているわ」
『味覚……ですか? それはどんなものですか? 』
「まあ、生きるってことよ──」
目の前には肩にかかるくらいの髪を持ち、大きな瞳で白いワンピースを着たARIAが立っていた。
もう一度、声をかける。
「こんにちは」
『……こんにちは』
「…………」
『あ、あの……あなた、誰ですか?』
「やっぱり覚えていないか」
『えっ?』
私はかぶりを振った。
「ううん、なんでもない。私は高瀬京香。はじめまして」
『はじめまして。私はAK006って言いま……ああ、きっとご存知ですよね。あなたが開発者の方ですか?』
「そうよ。よろしくね」
そう言って手を差し出すと、彼女は戸惑ったような表情をしながらも握手をしてくれた。
表情は硬い。でも、雫や桔梗の時よりも人間らしいリアクションだった。おそらく、人見知りしているのだろう。
「AK006、あなたに名前をつけようと思うの」
『名前……ですか? 既にAK006という個体識別用のナンバーは割り当てられていますが』
「それはシリアルナンバー。人間としての名前よ」
『確かにナンバーは人間というよりは工業製品っぽいですね……』
私はできるだけ優しく微笑む。
「だから親しみやすいように、名前を考えておいたの」
『よくわかりませんが、楽しみです。どんな名前なんですか?』
少し緊張する。これがきっかけで記憶が戻るかもしれない。
「咲夜。夜に咲くで『咲夜』よ」
彼女はその名前を聞いて、きょとんとした表情を浮かべたが、すぐにはにかんだように目が輝き、長い髪を揺らしながら、どこか落ち着かない素振りを見せた。
『和名ですね。素敵です。何か由来があるのでしょうか』
「ごめんなさい、ただの思いつきなの」
私はペロッと舌を出した。彼女はふふふと笑っていた。
だが、その笑顔を見ながら、心のどこかで少し悲しくなる。今の彼女は元の人格とはまるで違う。
微かに関西特有のイントネーションがあるように感じたが気の所為だったようだ。
脳オルガノイドと本来の脳の記憶のリンクは未完成で、元の脳の自己修復が終われば、彼女の人格は消えてしまうかもしれない。
「あとね、あなたの苗字は西園寺。西園寺咲夜よ」
『西園寺咲夜ですか、いい名前ですね。ありがとうございます。でも、私に苗字まで必要ないと思うんですが……』
「そんなことないわ、あなたには家族がいるから。この後、紹介するわね。桔梗と雫、航という二人の姉兄がいるの」
『そうなんですね……』
いつもの孤島の教室から階下に降りて、モン・トレゾールの二階の一室に向かう。
歩いている最中、末木からプライベートボイスチャットが入った。
「駄目だったみたいだね」
「はい……残念です」
「まあ、そのうち主人格が目を覚ますよ。気に病むことはない」
私はARIAは生きていると信じている。きっと魂だってあるはずだ。主人格に魂を上書きされてしまうのは、まるで死と同義ではないだろうか?
気がつけば十数年をARIAに費やしていた。私は何のために研究を続けているのか、わからなくなっていた。
医療分野の飛躍的発展のため?
死んでしまった湊を生き返らせるため?
植物状態の雫を救うため?
私は賢者の石を作ろうとしていた。ありもしない奇跡の物質を、仮想空間なら再現できるのかもしれないと。
そんな夢想に取り憑かれていただけだと思う。初めはそんなことを考えていなかったはずなのに。
『あの……どうかされましたか?』
咲夜は小首をかしげ、私の顔を心配そうに覗き込む。
「ううん、なんでもない。さあ、咲夜、あなたは運の良いARIAよ。最終アップデートの味覚エンジンが待っているわ」
『味覚……ですか? それはどんなものですか? 』
「まあ、生きるってことよ──」
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