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フィロソファーズ・ストーン
回想⑧ 偶然
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最近、湘南の辺りで奇妙な交通事故が多い。軽症のものから、重症のものまで規模は違うものの、事故には共通点があった。
どれもアクセルとブレーキを間違えた、勝手に自動車が動いた等の誤操作による事故で、月に3件~4件くらいの頻度で発生している。
あの日、湊さんが遭遇した事故もドライバーの誤操作によるものというのが警察の公式見解だ。
運転していたドライバーが高齢だったことが決定打になったのか、粛々と処理された。
日本での自動車の誤操作による事故は年間約3000件、都道府県の数で割ると平均65件。
一ヶ月にならすと平均5.4件。そう考えると、神奈川県の湘南エリアだけで毎月3件~4件は多いように感じる。
ただ、ポワソン分布を用いても有意差が出なかった。やはり、ただの事故と考えるのが妥当なんだろう。
でも、あの日からずっと違和感があった。あの事故は本当に偶然だったのだろうか?
目頭を指で押さえ、無意識に強くつまむ。
気分転換にコーヒーを淹れることにした。ミルで豆を挽き、お湯を注ぐと香ばしい香りが部屋に広がる。
カップを片手にデスクのデータを見つめたが、どこかで限界を感じて、大きく息をつく。
一息ついていると、武田が私のデスクまでやってきた。
「末木さん、今ちょっといいですか?」
「何だ?」
「急で申し訳ないんですが、今日、有休を取りたいんです。急な用事ができまして」
「何かあったのか?」
「父が突然倒れて、病院に行かなくてはいけなくて」
武田は平静を装っているが、その声にはどこか抑えきれない焦りが隠れているように感じた。
「そうか。急いで親父さんのところに行ってやれ。君一人いなくても何とかなる」
武田が微かに怪訝な表情をした。悪い癖が出た。
「……ありがとうございます。来週には戻ってこれると思いますんで」
「わかった。無理はするな」
武田は頭を下げ、去り際に振り返って言った。
「……湊さんの時も突然でしたね。ああいう事故って、どうしようもないですよね」
「……ああ、あれも突然だったな。でも、親父さんは事故ではないんだろ? 」
「そうですね。俺、なんでこんな話をしたのかな。すみません、失礼します」
武田は軽く会釈し、去っていった。残されたのは、言葉にできない不思議な感覚だけだった。
うまく言えないが、武田の会話が論理的ではないのが気になったのかもしれない。
タイムカードのシステムを確認し、武田の有休申請を承認する。ふと、もう一件の申請が目に入った。申請者は高瀬京香、理由は「私用のため」とだけ記されている。出社後すぐに有休に切り替えたようだ。
高瀬くんが休むなんて珍しい。冠婚葬祭以外では見たことがない。もしかして、武田と何かあったのか……。
そんな不穏な考えが頭をよぎり、魔が差した。
気づけば、会社支給のスマホの現在位置を追跡していた。二人の位置が近づいていることに気づいた時、ようやく我に返る。
──私は何をやっているんだ。
湊さんがよく言っていた言葉が脳裏に蘇った。「こんな仕組み、悪趣味だ」と吐き捨てた声が耳に残る。
ノートパソコンをそっと閉じ、疲れた頭を抱えた。その日は少し早めに退社した。
──武田の親父さんの訃報を聞いたのは、翌日の明け方だった。死因の詳細は聞いていないが、何かの事故だったらしい。
そして、高瀬くんは翌日無断欠勤をした。その後、療養のための長期休暇の申請が届いた。
自分の想定しえない奇妙な偶然や事象は起こり得るものなのだな……とその時は無理矢理納得した。
だが、心の片隅にはあの不思議な感覚だけが残った。
どれもアクセルとブレーキを間違えた、勝手に自動車が動いた等の誤操作による事故で、月に3件~4件くらいの頻度で発生している。
あの日、湊さんが遭遇した事故もドライバーの誤操作によるものというのが警察の公式見解だ。
運転していたドライバーが高齢だったことが決定打になったのか、粛々と処理された。
日本での自動車の誤操作による事故は年間約3000件、都道府県の数で割ると平均65件。
一ヶ月にならすと平均5.4件。そう考えると、神奈川県の湘南エリアだけで毎月3件~4件は多いように感じる。
ただ、ポワソン分布を用いても有意差が出なかった。やはり、ただの事故と考えるのが妥当なんだろう。
でも、あの日からずっと違和感があった。あの事故は本当に偶然だったのだろうか?
目頭を指で押さえ、無意識に強くつまむ。
気分転換にコーヒーを淹れることにした。ミルで豆を挽き、お湯を注ぐと香ばしい香りが部屋に広がる。
カップを片手にデスクのデータを見つめたが、どこかで限界を感じて、大きく息をつく。
一息ついていると、武田が私のデスクまでやってきた。
「末木さん、今ちょっといいですか?」
「何だ?」
「急で申し訳ないんですが、今日、有休を取りたいんです。急な用事ができまして」
「何かあったのか?」
「父が突然倒れて、病院に行かなくてはいけなくて」
武田は平静を装っているが、その声にはどこか抑えきれない焦りが隠れているように感じた。
「そうか。急いで親父さんのところに行ってやれ。君一人いなくても何とかなる」
武田が微かに怪訝な表情をした。悪い癖が出た。
「……ありがとうございます。来週には戻ってこれると思いますんで」
「わかった。無理はするな」
武田は頭を下げ、去り際に振り返って言った。
「……湊さんの時も突然でしたね。ああいう事故って、どうしようもないですよね」
「……ああ、あれも突然だったな。でも、親父さんは事故ではないんだろ? 」
「そうですね。俺、なんでこんな話をしたのかな。すみません、失礼します」
武田は軽く会釈し、去っていった。残されたのは、言葉にできない不思議な感覚だけだった。
うまく言えないが、武田の会話が論理的ではないのが気になったのかもしれない。
タイムカードのシステムを確認し、武田の有休申請を承認する。ふと、もう一件の申請が目に入った。申請者は高瀬京香、理由は「私用のため」とだけ記されている。出社後すぐに有休に切り替えたようだ。
高瀬くんが休むなんて珍しい。冠婚葬祭以外では見たことがない。もしかして、武田と何かあったのか……。
そんな不穏な考えが頭をよぎり、魔が差した。
気づけば、会社支給のスマホの現在位置を追跡していた。二人の位置が近づいていることに気づいた時、ようやく我に返る。
──私は何をやっているんだ。
湊さんがよく言っていた言葉が脳裏に蘇った。「こんな仕組み、悪趣味だ」と吐き捨てた声が耳に残る。
ノートパソコンをそっと閉じ、疲れた頭を抱えた。その日は少し早めに退社した。
──武田の親父さんの訃報を聞いたのは、翌日の明け方だった。死因の詳細は聞いていないが、何かの事故だったらしい。
そして、高瀬くんは翌日無断欠勤をした。その後、療養のための長期休暇の申請が届いた。
自分の想定しえない奇妙な偶然や事象は起こり得るものなのだな……とその時は無理矢理納得した。
だが、心の片隅にはあの不思議な感覚だけが残った。
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