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フィロソファーズ・ストーン
回想① 高瀬湊
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「あーあー、テステス」
「私は高瀬京香です」
「このテスト、意味あります?」
ディスプレイに次々と文字が表示される。"あーあー、テステス"の後には"判定結果:高瀬湊"、続いて"私は高瀬京香です 判定結果:高瀬京香"、さらに"このテスト意味あります(疑問形) 判定結果:末木隆也"と出た。
湊さんが白衣を翻しながら振り返る。あの整った顔立ち、線の細さ、どちらを取っても研究者というよりモデルのようだ。
「うん、順調順調。音声認識精度は今日も絶好調だな」
「湊さん、それは当然ですよ。音声認識のテストはもう何度もクリアしてますから」
私はため息をつきながら答えたが、湊さんはいつものように笑っている。こういう人だ。細かいことにはこだわらず、楽観的な態度を崩さない。
「末木の言うことは正論すぎてつまらんぞ。朝は気分良くスタートしないと、何でもうまくいかんよな、京香?」
「湊、そういうとこは嫌いじゃないけど、回り道が多すぎるのよ」
「高瀬くん、惚気は余所でやってくれよ、頼むから……」
「「はいはい、高瀬です」」
「はあ、鬱陶しい……」
息の合ったやり取りに、私は顔をしかめた。
「末木さん、真面目に付き合うと疲れますよ。それより、ARIA-AKαの試験結果はどうなんですか?」
武田が話を振ると、ようやく本題に戻った。
「思わしくないな……生成AIとしては一般的なレベルだ。特に、クオリア――人間の感覚に近い部分は、どうしても再現できない」
湊さんが小さく苦笑する。「データだけじゃ限界がある。触覚、味覚、嗅覚――こういった感覚は数値化しても再現が……な」
「そうですか……」
私は静かに返答した。こうした結果が続くたびに、予算は削られる一方だ。
実際、ここ数年プロジェクトは停滞気味で、焦りを感じているのは私だけではないはずだ。
プロジェクトARIAのために、量子コンピュータの投入、大規模な水冷システムの導入など、大金を注ぎ続けているが、結果が出ないことでスポンサーの中には見切りをつけるところも出始めている。
発足から5年経過したが、プロジェクトはそろそろ限界に近づいている。
どうにかして現状を打破しなければ、チームの解散は避けられないだろう。
「仕方ない……切り札を使うか」
湊さんがぼそっと呟いた。私は興奮気味にその言葉に食いついた。
「……ついに、あれをやるんですか?」
「そうだ。できれば避けたかったが、もはや選択肢がない」
湊さんの表情はいつもの気楽さとは異なり、真剣そのものだった。
「倫理的な問題……大丈夫なの?」
高瀬が躊躇いながら湊に尋ねる。
湊さんは腕を組み、しばらく考え込んだ後、高瀬の方に目を向けた。
「関係省庁と社内の倫理委員会からは既に承認を得ている。俺たちがやらなくても、いずれ他の誰かが同じことを始めるだろう」
「分かってるけど……それでも……」高瀬は言葉に詰まった。
確かに倫理的な問題はあるのだろう。だが、私にとってその問題は取るに足らないことだった。
科学の進歩には犠牲がつきものだ。それは歴史が証明している。
「実はな、倫理的な問題を解消するための手段もある」
その言葉に私は軽く驚いた。どう考えても解決が難しい問題なのに、湊さんは解決策があるというのだ。
「10月2日の午前10時で医療チームのスケジュールを抑えたわ」
京香がそう告げると、湊さんは頷いた。
「分かった。被検体は予定通り、俺の細胞を使う」
その瞬間、私も京香も武田も、皆が一斉に湊さんを見た。
プロジェクトARIAは発足当初から一つの疑問を抱えていた。
もしAIが人間の意識を再現できたとしたら、それは本当に「魂」を持つのか?
意識や感覚は単純なデータで表現できるものではない。
そこで湊さんが提唱したのが、生体コンピューターとしての脳オルガノイドを利用したディープラーニングだ。
脳オルガノイドは、人間のES細胞やiPS細胞から培養された、脳の一部を再現したものだ。
このオルガノイドをコンピューターと有線で接続し、AIに人間の感覚や認知機能を学習させる仕組みである。通常のAIがデータをもとに学習するのに対し、脳オルガノイドを介することで、AIは実際の人間の神経活動に基づいた感覚や知覚をよりリアルに再現できる可能性がある。
武田が興奮した声で口を開いた。
「この技術が成功すれば、AIの進化は飛躍的なものになる……まるで魂を宿すように!」
私もその言葉に胸が高鳴った。うまく行けば、歴史に名を刻むことも夢ではない。何より、誰も試していない革新的な実験ができるのだ。
湧き上がる興奮を抑えきれなかった。
だが、それを実行することは「禁忌」に触れる行為だ。
理論的には革新的だが、その背景には重大な倫理的問題がついて回る。
言うなれば、自ら生み出した人間の子供を実験動物のように扱うことになるのかもしれない。
湊さんは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
「さあ、賽は投げられた。魂の錬成を始めようか」
「私は高瀬京香です」
「このテスト、意味あります?」
ディスプレイに次々と文字が表示される。"あーあー、テステス"の後には"判定結果:高瀬湊"、続いて"私は高瀬京香です 判定結果:高瀬京香"、さらに"このテスト意味あります(疑問形) 判定結果:末木隆也"と出た。
湊さんが白衣を翻しながら振り返る。あの整った顔立ち、線の細さ、どちらを取っても研究者というよりモデルのようだ。
「うん、順調順調。音声認識精度は今日も絶好調だな」
「湊さん、それは当然ですよ。音声認識のテストはもう何度もクリアしてますから」
私はため息をつきながら答えたが、湊さんはいつものように笑っている。こういう人だ。細かいことにはこだわらず、楽観的な態度を崩さない。
「末木の言うことは正論すぎてつまらんぞ。朝は気分良くスタートしないと、何でもうまくいかんよな、京香?」
「湊、そういうとこは嫌いじゃないけど、回り道が多すぎるのよ」
「高瀬くん、惚気は余所でやってくれよ、頼むから……」
「「はいはい、高瀬です」」
「はあ、鬱陶しい……」
息の合ったやり取りに、私は顔をしかめた。
「末木さん、真面目に付き合うと疲れますよ。それより、ARIA-AKαの試験結果はどうなんですか?」
武田が話を振ると、ようやく本題に戻った。
「思わしくないな……生成AIとしては一般的なレベルだ。特に、クオリア――人間の感覚に近い部分は、どうしても再現できない」
湊さんが小さく苦笑する。「データだけじゃ限界がある。触覚、味覚、嗅覚――こういった感覚は数値化しても再現が……な」
「そうですか……」
私は静かに返答した。こうした結果が続くたびに、予算は削られる一方だ。
実際、ここ数年プロジェクトは停滞気味で、焦りを感じているのは私だけではないはずだ。
プロジェクトARIAのために、量子コンピュータの投入、大規模な水冷システムの導入など、大金を注ぎ続けているが、結果が出ないことでスポンサーの中には見切りをつけるところも出始めている。
発足から5年経過したが、プロジェクトはそろそろ限界に近づいている。
どうにかして現状を打破しなければ、チームの解散は避けられないだろう。
「仕方ない……切り札を使うか」
湊さんがぼそっと呟いた。私は興奮気味にその言葉に食いついた。
「……ついに、あれをやるんですか?」
「そうだ。できれば避けたかったが、もはや選択肢がない」
湊さんの表情はいつもの気楽さとは異なり、真剣そのものだった。
「倫理的な問題……大丈夫なの?」
高瀬が躊躇いながら湊に尋ねる。
湊さんは腕を組み、しばらく考え込んだ後、高瀬の方に目を向けた。
「関係省庁と社内の倫理委員会からは既に承認を得ている。俺たちがやらなくても、いずれ他の誰かが同じことを始めるだろう」
「分かってるけど……それでも……」高瀬は言葉に詰まった。
確かに倫理的な問題はあるのだろう。だが、私にとってその問題は取るに足らないことだった。
科学の進歩には犠牲がつきものだ。それは歴史が証明している。
「実はな、倫理的な問題を解消するための手段もある」
その言葉に私は軽く驚いた。どう考えても解決が難しい問題なのに、湊さんは解決策があるというのだ。
「10月2日の午前10時で医療チームのスケジュールを抑えたわ」
京香がそう告げると、湊さんは頷いた。
「分かった。被検体は予定通り、俺の細胞を使う」
その瞬間、私も京香も武田も、皆が一斉に湊さんを見た。
プロジェクトARIAは発足当初から一つの疑問を抱えていた。
もしAIが人間の意識を再現できたとしたら、それは本当に「魂」を持つのか?
意識や感覚は単純なデータで表現できるものではない。
そこで湊さんが提唱したのが、生体コンピューターとしての脳オルガノイドを利用したディープラーニングだ。
脳オルガノイドは、人間のES細胞やiPS細胞から培養された、脳の一部を再現したものだ。
このオルガノイドをコンピューターと有線で接続し、AIに人間の感覚や認知機能を学習させる仕組みである。通常のAIがデータをもとに学習するのに対し、脳オルガノイドを介することで、AIは実際の人間の神経活動に基づいた感覚や知覚をよりリアルに再現できる可能性がある。
武田が興奮した声で口を開いた。
「この技術が成功すれば、AIの進化は飛躍的なものになる……まるで魂を宿すように!」
私もその言葉に胸が高鳴った。うまく行けば、歴史に名を刻むことも夢ではない。何より、誰も試していない革新的な実験ができるのだ。
湧き上がる興奮を抑えきれなかった。
だが、それを実行することは「禁忌」に触れる行為だ。
理論的には革新的だが、その背景には重大な倫理的問題がついて回る。
言うなれば、自ら生み出した人間の子供を実験動物のように扱うことになるのかもしれない。
湊さんは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
「さあ、賽は投げられた。魂の錬成を始めようか」
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