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ゴースト
容疑者のお友達
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「本気で言っているのかい?」
「……はい」
何となく、末木が捨てられた仔犬のように見えた。
「そんなわけないだろう。まあ、君のそういうところ嫌いじゃないけどね」
そう言うと、末木はニシシと笑う。何故か、心が痛んだ。私はこの男の事を信用はしていない。
あの時だって……。
「お話は終わりましたか?」
「ああ、終わった。あと、少し急ぎなんだ、悪いけどもう一人追加してもらえないか」
「はい、もう待機しています」
部屋の裏からもう一人女性が現れた。老婆と比べると大分、若い女性だった。
黒いシャツに、黒のパンツ、腰にはハサミや櫛、ヘアクリップの刺さったシザーケースを下げていた。
髪は後ろで結んでいるだけだが、清潔感がある。如何にも美容師という佇まいだった。
「そちらのお嬢さんはこの子が担当します」
ペコリと頭を下げると、カットが始まった。
***
暫く美容院に行ってなかったので、背中まであった髪を肩くらいまでカットしてもらった。
頭の洗い方も丁寧で、心地よくうっかり眠ってしまったほどだ。
言い方は悪いが場末の美容室とは思えない仕事ぶりに驚いた。
「次は服のコーディネートとメイクがありますので、続きはあちらの部屋で」
「服? メイク?」
「そういうもんなの、言われた通りにして」
ドライヤーで髪を乾かしてもらっている末木がチラッとこちらを見て面倒くさそうに言う。
「本来はこういうコーディネートはしないんですけどね」
担当の女性がボソッと呟いた。
端的に言うと動きやすい格好に変わっていた。髪も軽くなり、身も軽くなった。そんな感じだ。
化粧も自然な感じに纏まっているが、活発な印象に感じた。
「似合うじゃないか。仕事着より断然いい」
「それはどうも……」
末木に褒められると思わなかったので、少し動揺する。
よく見ると、末木もボサボサの髪をオールバックでまとめて、ヒゲを剃って、目の下の隈も化粧で隠したのか血色がいい。
シャツの襟も袖もシワ一つ無い服を着ていて、清潔感がある。
端的に言って別人だ。
「こういう格好好きじゃないんだよな~」
中身は変わらないのだなとも思った。
「じゃ、行こうか」
「行くってどこにですか?」
「そりゃ、証拠集めさ」
「あてがあるんですか?」
「あるよ~。スカウター君から垂れ込みがあったからね」
そう言うと店の老婆にカードを渡して、精算を始めた。
「あの、いくらですか?」
「要らない、要らない。経費で落とすから」
「私たち追われてるんですよ……経費で落ちますかね」
「落ちるさ、これ会社のカードだもん」
開いた口が塞がらなかった。でも、謂れのない嫌疑をかけられているのを考えたら、大事の前の小事だ。
「スタッフの方、いい腕してましたね。コーディネートもしてもらったし。また、来ようかな……」
「……行くときは声をかけてね。あの店、年中定休日だから」
「えっ」
末木といると不思議なことがよくある。ありすぎて、事情を聞かないことにしている。
どうせ、はぐらかされるだけだ。
短い時間で色々な事が起きたせいか、心は逆に落ち着きを取り戻していた。
冷静に考えよう。
何故、私たちは容疑者になっているのか?
「誰かに嵌められているのは間違いないですよね?」
「そうね。こんな事をしてメリットがあるのは誰なのか……だけど、まあ、私は一人しかいないと思ってるけどね」
「誰なんです?」
「内緒。君に先入観を植え付けるのは良くないしね」
「そんなこと言って本当は分かってないんじゃないですか」
「そうかもね~」
末木はプラプラと町を歩き始めた。歩いてすぐ、テラス席のあるカフェに末木はふらふらと入っていく。
「流石にカフェは油断しすぎでは?」
思わず、末木の腕を掴んでしまった。こちらを振り返り、忘れてましたとばかりに言い訳をする。
「違う、違う。助っ人を呼んだんだ。ここで待ち合わせ」
だんだん、イライラしてきた。この調子だと、真犯人の証拠を見つけるまでに、私たちの顔がニュースに公開されてしまう。
「末木さん……」
「あっ、もういる」
テラス席に背が高くて気難しそうな顔をした男性が見えた。手に持った本に集中しているのか、こちらに気がつく様子がない。
「よ、三神」
末木は馴れ馴れしく、肩を叩く。
「ああ、お前、末木か? お洒落に目覚めたのか」
「そんな訳ないだろ」
どこかで見たことのある顔だと思ったら、三神教授だ。ペコリと頭を下げる。
「大事な用事って、お前ついに結婚するのか?」
「三神、揚げ足を取るな」
「あの、末木さん?」
末木があたふたしているように見えた。軽口を話せる友人がいた事に驚いた。
末木はテラス席のひとつにどかっと腰を下ろす。仕方なく、コーヒーを二つオーダーする。
「……で、末木何の用だ」
「貸しを返してもらおうと思ってな」
「西園寺雫の情報と飯代でいいって言ってなかったか?」
「……末木さん! 一般の方に雫の情報を漏らしたんですか」
ダランと首をこちらに向ける。
「雫が外部ネットワークに出ていたのを黙っていたのはどちら様でしたっけ?」
「うっ……」
「いい顔してるよ、高瀬くん」
「痴話喧嘩なら余所でやってくれ。さっさと本題に入って貰えるか」
三神教授は淡々と話を進行する。何故、末木の友人なのかわかった気がした。
「悪い、悪い。凄く話を端折るが、今、木下貴一の殺人の容疑者として追われているんだ」
「す、すえ……」
何を言い出すんだ、この人は。あまりの驚きで開いた口が塞がらなくなった。
「そうか、それで俺に逃亡の手伝いをしろと?」
「それも悪くないが、もっと手っ取り早い話があってな。真犯人を差し出すと、容疑が晴れるんだ」
「ほう、心当たりがあるのか?」
「ある」
周りの喧騒がうるさく感じるくらい、二人は静かになった。
「お前も誰が犯人か知ってるんだろ、三神? 」
「……はい」
何となく、末木が捨てられた仔犬のように見えた。
「そんなわけないだろう。まあ、君のそういうところ嫌いじゃないけどね」
そう言うと、末木はニシシと笑う。何故か、心が痛んだ。私はこの男の事を信用はしていない。
あの時だって……。
「お話は終わりましたか?」
「ああ、終わった。あと、少し急ぎなんだ、悪いけどもう一人追加してもらえないか」
「はい、もう待機しています」
部屋の裏からもう一人女性が現れた。老婆と比べると大分、若い女性だった。
黒いシャツに、黒のパンツ、腰にはハサミや櫛、ヘアクリップの刺さったシザーケースを下げていた。
髪は後ろで結んでいるだけだが、清潔感がある。如何にも美容師という佇まいだった。
「そちらのお嬢さんはこの子が担当します」
ペコリと頭を下げると、カットが始まった。
***
暫く美容院に行ってなかったので、背中まであった髪を肩くらいまでカットしてもらった。
頭の洗い方も丁寧で、心地よくうっかり眠ってしまったほどだ。
言い方は悪いが場末の美容室とは思えない仕事ぶりに驚いた。
「次は服のコーディネートとメイクがありますので、続きはあちらの部屋で」
「服? メイク?」
「そういうもんなの、言われた通りにして」
ドライヤーで髪を乾かしてもらっている末木がチラッとこちらを見て面倒くさそうに言う。
「本来はこういうコーディネートはしないんですけどね」
担当の女性がボソッと呟いた。
端的に言うと動きやすい格好に変わっていた。髪も軽くなり、身も軽くなった。そんな感じだ。
化粧も自然な感じに纏まっているが、活発な印象に感じた。
「似合うじゃないか。仕事着より断然いい」
「それはどうも……」
末木に褒められると思わなかったので、少し動揺する。
よく見ると、末木もボサボサの髪をオールバックでまとめて、ヒゲを剃って、目の下の隈も化粧で隠したのか血色がいい。
シャツの襟も袖もシワ一つ無い服を着ていて、清潔感がある。
端的に言って別人だ。
「こういう格好好きじゃないんだよな~」
中身は変わらないのだなとも思った。
「じゃ、行こうか」
「行くってどこにですか?」
「そりゃ、証拠集めさ」
「あてがあるんですか?」
「あるよ~。スカウター君から垂れ込みがあったからね」
そう言うと店の老婆にカードを渡して、精算を始めた。
「あの、いくらですか?」
「要らない、要らない。経費で落とすから」
「私たち追われてるんですよ……経費で落ちますかね」
「落ちるさ、これ会社のカードだもん」
開いた口が塞がらなかった。でも、謂れのない嫌疑をかけられているのを考えたら、大事の前の小事だ。
「スタッフの方、いい腕してましたね。コーディネートもしてもらったし。また、来ようかな……」
「……行くときは声をかけてね。あの店、年中定休日だから」
「えっ」
末木といると不思議なことがよくある。ありすぎて、事情を聞かないことにしている。
どうせ、はぐらかされるだけだ。
短い時間で色々な事が起きたせいか、心は逆に落ち着きを取り戻していた。
冷静に考えよう。
何故、私たちは容疑者になっているのか?
「誰かに嵌められているのは間違いないですよね?」
「そうね。こんな事をしてメリットがあるのは誰なのか……だけど、まあ、私は一人しかいないと思ってるけどね」
「誰なんです?」
「内緒。君に先入観を植え付けるのは良くないしね」
「そんなこと言って本当は分かってないんじゃないですか」
「そうかもね~」
末木はプラプラと町を歩き始めた。歩いてすぐ、テラス席のあるカフェに末木はふらふらと入っていく。
「流石にカフェは油断しすぎでは?」
思わず、末木の腕を掴んでしまった。こちらを振り返り、忘れてましたとばかりに言い訳をする。
「違う、違う。助っ人を呼んだんだ。ここで待ち合わせ」
だんだん、イライラしてきた。この調子だと、真犯人の証拠を見つけるまでに、私たちの顔がニュースに公開されてしまう。
「末木さん……」
「あっ、もういる」
テラス席に背が高くて気難しそうな顔をした男性が見えた。手に持った本に集中しているのか、こちらに気がつく様子がない。
「よ、三神」
末木は馴れ馴れしく、肩を叩く。
「ああ、お前、末木か? お洒落に目覚めたのか」
「そんな訳ないだろ」
どこかで見たことのある顔だと思ったら、三神教授だ。ペコリと頭を下げる。
「大事な用事って、お前ついに結婚するのか?」
「三神、揚げ足を取るな」
「あの、末木さん?」
末木があたふたしているように見えた。軽口を話せる友人がいた事に驚いた。
末木はテラス席のひとつにどかっと腰を下ろす。仕方なく、コーヒーを二つオーダーする。
「……で、末木何の用だ」
「貸しを返してもらおうと思ってな」
「西園寺雫の情報と飯代でいいって言ってなかったか?」
「……末木さん! 一般の方に雫の情報を漏らしたんですか」
ダランと首をこちらに向ける。
「雫が外部ネットワークに出ていたのを黙っていたのはどちら様でしたっけ?」
「うっ……」
「いい顔してるよ、高瀬くん」
「痴話喧嘩なら余所でやってくれ。さっさと本題に入って貰えるか」
三神教授は淡々と話を進行する。何故、末木の友人なのかわかった気がした。
「悪い、悪い。凄く話を端折るが、今、木下貴一の殺人の容疑者として追われているんだ」
「す、すえ……」
何を言い出すんだ、この人は。あまりの驚きで開いた口が塞がらなくなった。
「そうか、それで俺に逃亡の手伝いをしろと?」
「それも悪くないが、もっと手っ取り早い話があってな。真犯人を差し出すと、容疑が晴れるんだ」
「ほう、心当たりがあるのか?」
「ある」
周りの喧騒がうるさく感じるくらい、二人は静かになった。
「お前も誰が犯人か知ってるんだろ、三神? 」
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