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オープンワールド

通話

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「ねぇ、雫ちゃんこの問題なんだけど」

『それはね、コンストラクタを追加して、呼び出すようにすればいいよ』

そう言うと、Javascriptという開発言語のソースがスマホに表示される。

「爆速すぎでしょ。ソース書くの早すぎない」

『いや~そんなことないよ』

「Pythonもいけるの?」

『開発言語なら大体なんでもいけるよ』

雫は開発言語無双でキャンパスライフを謳歌している。

おかげで僕のスマホの周りには連日人だかりが出来て、携帯なのに携帯できない日々が続いている。

「今日も暑いな」

季節は夏に差し掛かっていた。雫が外部ネットワークに出れるようになってから3ヶ月が経過しようとしていた。


──事の発端は大学入学式を終えて、一週間経過した頃だった。

アプリを起動すると、部屋の中をうろうろして落ち着かない様子の雫が視界に飛び込んできた。

「ただいま、雫」

僕に気がつくと、こちらに走ってきて手のひらを僕に見えるようにかざしてきた。

手のひらの緩やかな凹凸で歪んでいるがURLのリンクのようだ。

「このリンクをタップしろってこと? 」

『そうそう、早くタップして』

タップするとブラウザが起動してダウンロードサイトにつながる。サイトにはご丁寧にアプリのバージョン表記と更新内容も記載されていた。
---------------------

バージョン情報 ver.1.1.215
リリースノート
狭帯域に特化した超高圧縮オンライン通話機能の追加。軽微な不具合の修正
開発元 ARIA

--------------------

通話機能を追加したのだろうか?

アプリをインストールをして起動すると、電話と思しきアイコンが画面に追加されていた。

「これでいいの?」

『よし、早速実験しようか』

「実験? 」

『スマホを持ってモン・トレゾールのWi-Fiエリア圏外に出てくれる? 』

クタクタのところに外に行けと言われてうんざりする。

「90分授業を5本受けて疲れてるんだ。明日じゃダメ? 」

『ダメ、い・ま・す・ぐ』

よろよろと立ち上がり、牛歩で玄関に向かう。だが、鬼軍曹は見逃してくれなかった。

『近くのコンビニまでダッシュ! 』

「えっ嫌だよ。走りたくない」

『ASAPだ! 』

「えーえす……? また、専門用語か」

『違う!As soon as possibleの略だ。できる限り急げ!』

「分かった、分かった。走るから」

本当に鬼軍曹のような口調で苦笑いしてしまった。靴を履き、玄関を出て小走りを始める。

『そうそう、Wi-Fiが圏外になったら通話アイコンをタップし……』

スマホの画面には「通信が不安定です」と表示され、すぐに「接続が切れました」にメッセージが切り替わった。

画面には少し口を開いたまま、動かなくなった雫の画像が残っている。

ふと、スマホのWi-Fiをオフにすれば出かける必要すらなかったのでは……と気がついてヘナヘナと力が抜ける。

いずれにしてもコンビニまで行く必要はなさそうだ。通話アイコンをタップして、雫に電話する。

通話が開始されると雫がまた動き出した。

「つながったね」

『うん、やっぱり私は天才だな』

天災の間違いだろうと喉まで出かかったがゴクリと飲み込む。

『ところで、ここコンビニじゃないよね』

「圏外ならどこでもいいんでしょ」

コンビニは地味に遠いのだ。アパートに向けて戻ろうとしているところだった。

『ダメに決まっているだろう。コンビニまで走れっ、ASAPだ! 』

「何故、また鬼軍曹……」

『それとカメラは外カメラに切り替えるように』

「へいへい……」

泣く泣く、コンビニまで走る。スマホに映る雫の瞳はキラキラとしていた。

こんな顔をされると断りづらい。

『おおっこれが生コンビニか……』

「映像越しの時点で"生"ではないと思うんだけど」

雫の片眉が跳ね上がる。

『なんか、言った? 』

「いや、別に……」

『よろしい。そのまま、中に入ってチョコを買いなさい』

「僕はチョコなんていらないよ」

『私がいるんだ』

「雫はチョコなんか食べられないじゃん」

『…………』

雫が急にスンとした顔をする。初めて見た表情に動揺する。

『いいから、お願い』

「……コンビニの中では喋らないでよ。変に思われるから」

『うん、わかった』

え、笑顔が眩しい。チョコくらいならいいかとうっかり思ってしまった。

普段、甘いものを食べないので、どれが良いのかわからない。なので、適当に有名どころのチョコレート菓子を3種類ほど手に取る。

雫は声を潜めながら『お店の中をゆっくり一周して』と指示を出してくる。

「……声出すなって言っただろ」

ゆっくりと店内を一周してレジに並ぶ。片手にスマホを持ったままの僕を見て、おばさんが不思議そうな顔をする。

誤魔化すために笑顔で会釈する。おばさんは何故か嬉しそうに笑顔を返す。

「支払いは現金にされますか? 」

「いえ、ICカードで」

スマホを決済端末にかざす。ピピッと音がなったと同時に『ふわぁっ!!』と雫が声を出す。

おばさんと目が合う。

「あ、あの今のは、スマホの通知音なので気にしないでください」

「あ、はあ……」

奇異なものでも見たような顔をしていていたたまれない気持ちになる。チョコを掴んで、足早にその場を立ち去った。

「声出さないでって言ったじゃないか。しかも、あんな、こう……艶めかしいというか」

言ってて恥ずかしくなってきた。

『なんか、ピピッとなったらゾワゾワってして……』

「…………」

『…………』

「で、何がしたかったの? 」

『移動可能エリアを広げたいの。この前、公園にいったじゃない』

「いや、今日も行ったよね」

雫はすっかり公園のお散歩が気に入ったらしく毎日公園に行っている。

『実は亮がアプリを起動しなくてもあの公園に行けるようになったんだ』

「そうなの? 」

『アプリを通じて私の住んでいる仮想空間が拡張されたみたいなの』

「つまり、通話機能で映し出された場所も拡張されるか試したかったということ?」

『うん』

「なら、アプリを切るから確認してみたらどうかな」

『ありがとう。確認してみる』

アプリを切って家に戻る。仮想空間の拡張は雫がコントロールしているわけではないようだ。

アパートの階段を駆け上がると、高瀬寛がいた。

「よう、山内。いま帰りか? 」

「はい、寛さんも? 」

「ああ」

「そうだ、これ一つどうぞ」

「パッキー」と書かれたチョコの箱を手渡す。

「いいのか? 」

「ちょっと買いすぎちゃって」

他愛ない会話をして家の中に入り、アプリを起動すると雫は待ち構えていた。

「ただいま。そこで寛さんに会ったからパッキーを分けてあげたんだ。どうせ、食べきれないし」

その話をした途端、雫は涙目になる。

『ちょっと、なんでパッキーあげちゃうのよ。一番楽しみにしてたのに』

「そんな、泣かなくても……」

涙の理由を聞いたところ、購入した製品をカメラで映してデータ化したかったらしい。

通話だけでは仮想空間は拡張されないと分かり、テンション低めのところにパッキーがとどめを刺してしまったようだ。

涙を拭いながら雫がボソッと恐ろしい発言をする。

『通話はできるし明日は亮の大学にいくわよ』

「えっ、いや困るよ。恥ずかしいし……」

『私のことが恥ずかしい、そう言いたいの? 』

また、片眉があがった。

「いや、別にそんなこと言ってないでしょ」

『罰としてパッキーを買ってこい。ASAPだ! 』

「ご勘弁を……」

結局、パッキーを買いに行かされた。コンビニまでの道中にぼんやりと雫と通話しながら大学に行くイメージをしてみた。

どう見てもながらスマホだし、非常識な人に見えられそうだ。

最悪、都合が悪くなったらアプリを切ればいい程度に考えていた。

だが、雫はしっかりと対策をしていたのだ。

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