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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦

第236話 名も無き生徒の立食会・その4

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 立食会の時間はどんどん過ぎていき、辺りには灯籠が灯り出す。


 しかし一向に盛り上がるばかりで、夜は静まる気配を見せない。


 魔法と自然の火に照らされて、生徒達はまだまだ腹に詰め込む。





「にゅー……」
「あはは、せんぱい面白いです!」
「くっ、ほいふ……ぬっ」



 ピザのチーズがとろり、引っ張っても引っ張っても伸びる伸びる。

 限界まで腕を引っ張って、ようやく切ることができたアーサー。しかし今度は熱々のチーズが口いっぱいに広がる。



「……ふう。このピザというのはどうにも……苦心させるな」
「でも美味いだろー!? ボクの好物なんだぜ!」
「ああ、そうだな。一度に様々な食材が味わえるのは良いな」


 かく言うイザークはピザを中心に食べ進めており、既に紙皿が十数枚程積まれている。


「パスタとかも食べたらどうだ」
「だってぇひっさびさに食ったもん!! 本格ピッツァ!!」
「……何だって?」
「ツウはこう呼ぶのさ☆」

「生地をこねるのはわたしが頑張りました!!!」
「それは何度も聞いた――」




 ふと、ファルネアの頭頂部がアーサーの視界に入る。突発性の誘惑が襲ってきて、そして彼は一瞬で敗北した。




「……」


           わしゃわしゃ


「……!? せんぱい!?」
「アーサー先輩……」



「……いや。これはだな。ファルネアを見ていたら、ここはこうしておかないといけないなと思ってな」
「むぅ~……」



 途端に背後から感じる妬みの気配。



「アーサー……」
「っ!? エリス!?」
「見てたよぉ……今のぉ……」


 不機嫌に口を尖らせながら、ずりずり歩み寄ってくるエリス。


「あのねぇ……」
「何だ?」

「この食事会はね、シスバルド商会の人とか、ガラティア観光協会の人とか、その他の保護者さんとか、色んな人の協力があったからこそ、開かれたんだけどぉ」
「そうだな、そう聞いている」


「……でも、一番最初に声かけたの、わたしなんだよねぇ」
「……そう、だな。お前の声かけがなかったら、皆協力してくれなかったもんな」
「わかってるんじゃん」



「……」
「……」



 ちらちらと上目遣いで、尚且つファルネアと交互に見つめてくる。



「……」



「……ああ。お前もか。これぐらいなら別に……」




     ぽん、ぽん

     ぽんぽん、ぽんぽん

     わしゃしゃしゃしゃしゃ……




「えへへ……」
「……満足か?」
「もうちょっと……かなぁ……」
「……」



「アーサーの手、おっきぃねぇ。ふふ……」
「……」





「……お前らなあ。お前らなあ!!!」




 アーサーが憤慨した先は、腹を抱えて絶笑するイザークと、いつの間にか隣に立っていたリーシャ。後者に至ってはにその隣にいる生徒をバシバシ叩いて、涙を受かべながらこちらも大爆笑。開いた口が塞がっていない様子のカタリナだけが良心。




「ひゃっはっはっはっは!!! あはははははははは!!! 飯が!!! くっそうめえ!!! やべええ!!!」
「くそっ、こいつは、こいつは本当に……!!!」

「ねえーエリスー!?!? 何でなのー!? 何でこういう場所で遠慮しないのー!?」
「ファルネアちゃんが羨ましかったんだもん……」
「ふえ!?」
「流れに乗らなきゃだめだと思ったの……」

「せ、先輩……」
「はー!!!! もうやだ!!! この子可愛すぎてつら!!!」


 ぷるぷる震えるアーサーと、嬉しそうなエリス。そんな二人に脇目もふらず大声で笑っているリーシャであった。




「見つけた。イザーク、こんばんは」
「おおその声はルシュドー……」

        「はい先輩、どうぞ」
        「あーん」

「にょあああああああああーーーー!!!!!!」




 合流してきたルシュドとハンス、とキアラ。

 キアラの手にはプチパンケーキが乗せられた皿があり、それを一つずつあーんしていた。あーんしていたのである。




「ルッ、シュッ、ドッ、オマエもかああああああーーーーー!!!!! オマエもリア充ムーブしてんのかああああああ!!!!」
「は? 何だてめえうざいな? 死んで?」
「うざいと思ったら、それは大体あの金髪と赤髪のせい!!!」
「うっわこっちもうっざ。死ね」
「「生きる!!!!!」」
「くそが!!」



「ルシュド、オレ達にだけ事情を話せ。あの馬鹿は放っておいていい。何故そのような行為に及んでいるんだ」
「……??」

「あーんのことだよルシュド。キアラちゃんにお願いしたの?」
「えっと……私が、お願いしたんです。先輩、明日試合だから……英気を養ってもらいたくって」
「一緒、食べる、キアラ。おれ、幸せ」
「先輩……」



 照れを必死に隠そうとするキアラに、ファルネアとアーサーが話しかけてくる。



「キーアラちゃーん! お食事、楽しんでますか?」
「ファルネアちゃん……あっ」

「腹、鳴った。キアラ、腹、空いた。だから、おれ、大丈夫」
「えっと……」
「三人で好きなお料理食べてきたら、ってこと!」

「……いいんですか?」
「おれ、十分、幸せ。ありがとう」
「……はい。先輩が、そう言うなら……」

「じゃあ決まりだね。行こう」
「わたしカルボナーラ食べに行きたいですー!」



 後輩生徒三人は、きゃぴきゃぴとその場を後にしていく。





「……あのぉ~、そろそろよろしいですかぁ~……?」


 むくりと顔を上げたのは、先程リーシャに叩かれていた生徒。ホイップクリームのような髪型が印象的だ。


「あっ、ネヴィル君!! ごめん!! ついうっかり叩いちゃった!!」
「中々悪くない心地でしたよ先輩……」
「きもっ」

「わー変な髪型しているね」
「失礼な!! これは帝国時代中期の貴族においてよく見られた髪型で現代においても音楽家はこうすることが「リーシャの後輩か?」

「うん、曲芸体操部のマネージャー君。変な髪型だけどちゃんと仕事はしてくれるよ」
「んほおおおおおおおおおおリーシャ先輩に褒められたあああああああああああ!!」


 あろうことかそのまま失神してしまうネヴィル。


「くそが!! うざいのしかいねえじゃねえか!!」
「ハンス、いらいら。腹、空いた?」
「え、ま、まあ」
「じゃあ、これ、ラザニア。あげる」
「ど、どうも……」



 ハンスがたじたじになっている様を見て笑うイザーク――それとサラ。



 サラに関しては、遠くから近付いてきていたが、はっきり且つ冷淡に笑っているのが目に入った。



「全く。ルシュドと絡んでいる時のアナタ、見ていて面白いわ」
「てめえらぶっ殺す!!」
「ハンス。腹、空く、いらいら。だから、食べる。いい?」
「……」


 サラを一瞥した後、無言でラザニアを頬張る。


「あーらお坊ちゃま、頬にソースが付いてますことよ」
「殺す!!」



「うおおおおお!! 盛り上がってるな!!」
「……どうでもいいが」


 最後にクラリアがヴィクトールを引き連れてやってきて、久々の十人集結。


「って何か僕浮いてない!?」
「そう思ってるならどっか行けよ、クソホイップクリーム」
「でもも~ぅちょっとだけリーシャ先輩のおそばに……」
「カヴァス」
「ワオーン!!」
「んひゃあああああああああああああ!!」





 カヴァスに追い回されるネヴィルを、全員が満足げに見送った後、十人の時間が本格的に始まる。





「……どう? ヴィクトール、ご飯は食べた?」
「……それなりに」

「アタシと一緒に食べたんだ! いい食べっぷりだったぜー!」
「食わせられた、という表現の方が正しい」
「大体想像はしていたわ」
「ふふ……」


 にっこりと笑うエリスに、全員の視線が向けられる。


「ありがとうなエリス。こんな決起集会開いてくれて」
「エリスが声かけてくれなかったら、美味い飯にはありつけなかったぜ!! どうもな!!」



「……別に、大したことはしてないもん」



 友人達の言葉も待たずにエリスは切り出す。



「だって料理ってさ……頑張れる魔法のおまじないじゃん。どんな時だってご飯を食べれば頑張れるでしょ」

「だから頑張りの度合いに応じて、相応のご飯を食べて頑張る。それって何もおかしくないことだと思うよ?」

「わたしはそう思って、みんなに頑張ってもらいたいって思ったの。試合も応援も、ね」



 その話をしている間、エリスの目には――


 これまで全員が見たこともない、底から湧き出てくるような情熱が宿っていた。




 そんな話をしている所に、大きめの箱を持ってくる女性が一人。




「あら、エリスにアーサー。うふふ、お友達と楽しそうね」
「お母さん!」
「エリシア……さん」



 微笑みを浮かべながら、クロと共にやってくるエリシア。彼女の姿を見て、全員が思い思いに挨拶を行う。



「ふふっ……いつも娘達がお世話になっているわね。よかったらこれ食べていって頂戴な」



 そう言って箱の中身を見せる。


 そこに並べられていたのは、艶々とした苺の果実、ふわっふわのホイップクリーム、芳醇な赤いジャム、アクセントの薄荷の若葉。以上全てを見栄えよくグラスに飾り付けたもの。


 目にした誰もを幸福にするスイーツの王様のご登場である。



「パフェだー!! うわー!! わーわーうわー!!」
「お、美味しそう……です……」

「勿論うちで採れた苺を使っているわよ。皆に食べてもらおうと思って、配って回ろうとした所だったの」
「持ってけ生徒共ー! だにゃー!」
「うおおおおおお!!」



 入ってあったパフェのうち、半分が持っていかれる。



「んめええええ!! いただきますだぜー!!」
「口付けてから挨拶してる……あら、意外と美味しいわね」
「……美味いな」
「採れたて新鮮の味がする~!」

「ありがとう、エリス。エリシアさんも、ありがとうございます」
「こんなに美味いもん食ったらボク明日死んじまうよ~!!」
「え……!?」
「ルシュド、喩えってやつだ。真面目に受け取るな」




 頬を綻ばせる八人から、あえてちょっと離れた場所で、アーサーとエリスもまたパフェを食べる。


 口から入って身体の隅々まで、慣れ親しんだ苺の味が広がっていく。




「美味しいね」
「ああ」
「お父さんの苺は世界一。みんなをいっぱい幸せにしちゃうんだから」
「そうだな……」


 アーサーは一旦パフェを食べる手を止め、顔を上げてエリスの顔を見つめる。


 その顔はやけにしんみりしていて、先程料理について語っていた時より冷静だったのだ。


「……どうしたんだ? 何か考え事か?」
「……うーん」



 よく見てみるとしんみりというよりは、不思議そうな感じだった。



「何だろう……さっきの料理の話。自分で言っておいて、不思議な感じ」

「受け売りされた、みたいな。昔誰かから教わったような気がする……」


 ぽかんとするエリス。一方アーサーはそこまで重大なことではなかったので、安心からふっと笑う。


「……ユーリスさんかエリシアさんかな。あの二人ならそういうことを言う気がする」
「それかどっちでもない、昔に出会ったことのある誰かとかね。いずれにしても、そういうことだよ」



 アーサーはその後に言葉を続けようとしたが、

 エリスの口元をじっと見つめてそれをやめる。



「……」
「……ん? どうしたの?」

「……待て」
「え?」
「動くな」
「へ? へ?」



「……」



 人差し指を、彼女の口元に当てて、撫でるように動かす。



「……あ、あれぇ?」
「……」



 指先にクリームがつく。


 そう、パフェを食べ進めていくうちについてしまったものだが――



「……ほら」
「……へ?」
「勿体無い、だろ」



 エリスの前に差し出された、クリームがついたままのアーサーの指。





「……」


「……もう、わかったよぉ」


「わしゃわしゃしてもらったしやるよ。あーん」




 彼の指から舐めるクリームは、いつものそれとは違う、特別な味がした。




「……えへへ。逆あーんとは、してやられましたなあ」
「あいつらは見ていないな。パフェに夢中だもんな」

「ああー今イザークと目合ったかも……」
「なっ!?」
「うっそだよーん。ふふっ、可愛い」
「……全く」



 こうして、最終的には騎士達から撤収のお触れが出るまで、立食会は続いたのだった。
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