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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦

第204話 決断

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<魔法学園対抗戦・武術戦
 二日目 午前十時頃>



 完全中立、生徒会が指揮を出す中枢区画。戦場となる正三角形の三隅に位置し、中央に生徒会役員が待機する司令本部が設置される。



「はよーさんヴィクトール!」
「おはようだぜー!」
「お、おはよう」


「……」



 木造の簡素な小屋、そこにどかどかと乗り込んでくるイザーク、クラリア、ルシュドの三人。


 椅子に座ったままのヴィクトールは静かに彼らを見据える。



「……何の用だ」
「いや何の用って、気合入れに来たんだよ! 最初のスタートを切る試合だ、頑張っていこうぜ?」
「本当はアーサーも連れてこれればよかったんだけどなー」


 クラリアのその言葉で、ヴィクトールの中にあった焦りが益々募る。


「……奴と会ってないのか?」
「おれ、朝、天幕、行った。でも、いたの、イザークだけ」
「そもそもさあ、アイツ昨日の夜からいないんだよ! 何かこっそりこっちに戻って、朝早く出てったみたいだけど――」
「くそっ……奴とも話をして、策の調整をしないといけないのに――」



 そこに大慌てで駆け込んでくる生徒が一人。腕章をつけた生徒会役員であるのだが。



「はぁはぁ……大変だ! 緊急の伝令!!」
「緊急だぁ? 何があったんだって――」


 イザークや他の生徒を無視して、伝令の生徒は内容を伝えた。




「……は?」
「え……」
「……嘘だろ?」



「……!!!」





 ――最後の最後で。

 ここまで来て、奴が、裏切った。





「……グレイスウィル生徒会が持ち込んだ物品を調査した所、多量の魔術大麻『ブレイズ』を発見。二年生の所持品から見つかったため、二年生がこれを用いようとしたと推測される」

「詳細は現在調査中。しかし本日開催予定の二年生の試合は、中止とする――」



 マキノが言葉を続けた後、ブルーノは机を叩いた。


 一回だけ力強く。しかしそれで収まらなかった。


 何回も何回も、悔しそうに苦しそうに――



「……ブルーノ殿。もうそのぐらいに……」
「お前っ!! そんなへらへらとして、悔しくないのか!?」
「今日出場予定の生徒の中には、武術部で見知った者もいた!」


「某は、彼らがどのぐらいの意気込みで訓練を積んできたか知っている……! それを……!」


 彼の声もまた震え、今にも叫びそうな苦悶が秘められていた。




「……そう、だな。研鑽大会と武術部、形は違えど生徒達の様子を見てきたんだよな……すまん」
「いや……某も少し言い過ぎてしまったようだ。全く、筋肉に全てを捧げてきたのに情けない……」
「……そうだよ。お前はそのぐらいのテンションが丁度いい」


 その時部屋の窓から、廊下を目にも止まらぬ速さで疾走する生徒を見かけた。


「……今の生徒は」
「ヴィクトール・ブラン・フェルグスだったか。彼は生徒会役員だったと記憶している。つまり……」
「いかんぞブルーノ殿。生徒をそんな目で見てはいかん」
「だが……」
「誤解ということもあるかも知れぬ。若さ故の過ちということも考えられる。いずれにせよこの後は、魔法学園の先生方が何とかしてくれるだろう……」



「ああ……そうだな。俺達は宮廷魔術師、今回は警備や審判を行うのが仕事だ。出る幕ではないのだな……」





 グレイスウィル関係者の宿舎。その中にある、直ちに向かうように指示された応接室の一つに、ハインリヒはいた。


 彼は窓と向かい合うようにして立っており、憤りを募らせるヴィクトールの言葉を、ただ待っている。



「……ハインリヒ先生。どういうことですか。どういうことなんですか!!」


「……二年生の策は貴方が中心となって考案したと聞いています。故に「これは濡れ衣だ!! 自分は魔術大麻に頼ろうとした覚えはない!!」


「……ですが、それ以上に強大な力に頼ろうとしていたでしょう」
「……っ」



 剛風が窓を叩き付ける。それは一体誰の感情を、どのように表しているのだろう。



「貴方は彼を――騎士王の力を、私欲で用いようとした。それが世界にどのような影響を及ぼすか考えも――いえ、考えはしたのでしょう。ですがそれよりも自分を優先した。違いますか?」
「……」



「……奴とは事前に約束を取り付けてあります。奴が裏切るようなことがあれば、俺は奴が何者なのか言いふらすと――」
「構いませんよ。魔術大麻に頼ろうとした、犯罪を行おうとした者の、荒唐無稽なほら話を信じる者がいくらいるのか知りませんが」
「……!!」



「私は彼が健全な学生生活を送れるようにするのが使命ですから」


 おもむろに、ヴィクトールに身体を向けてくるハインリヒ。


「……まあ、殆どの生徒が何も知らない、言わば被害者のようなものです。こちらもそれを考慮して、適切な対処をする予定です。先ずはその時まで待機していてください」

「……私から言うことは以上です。この後客人が控えているので、直ちに退出をしてもらえないでしょうか」



 潰れたはずの彼の瞳が、心臓を貫いてきた。



「……」


 去り際に二言三言、ヴィクトールは何かを言ったような気がしたが、彼が満足する返答は得られなかった。





「……もう大丈夫ですよ。出てきてください」



 ヴィクトールが部屋を後にしてから数秒後。

 ハインリヒは扉から死角になっている場所に呼びかける。



「ありがとうございます、先生」
「ワン!」
「……」


 エリスとカヴァス、そして今にも泣き出しそうな表情のアーサーが出てきた。




「先生……」
「もうアーサー、そろそろ元気出してよ? ねっ?」
「……」


「エリスの言う通りです。今回は事情が事情ですから、アドルフ先生を始めとした我々教師が良いように収めます。だからどうか、心配なさらずに」
「……」



 彼らには温厚な瞳を向けるハインリヒ。目が見えないはずなのに、見えている以上の感情を伝えてくる。



「先程も仰いましたが、貴方は自分の判断を誇るべきです。ただ闇雲に力を振るおうとしていた、一年前に比べてよく成長しました」


「……間違って、ない?」
「ええ、その通りです」
「……」



 思えばここまで泣き出しそうな表情のアーサーは、ここ一年で初めて見たかもしれない。

 だからこそ、自分が励ましてあげないと。



「もう……仕方ないなあ。先生! 何かこう、気分転換できる場所とかないんですか!」
「そうですね……ここから出て右に行くと、購買部の出張販売があります。お菓子や日用品、軽食も販売されているので行ってみては如何でしょう」
「ありがとうございます! よーし買い物買い物! ほらアーサー、目的地決まったよ!」
「……」


「買ったお菓子をみんなで食べよう! 対抗戦はこれからだから、士気を高めるの! ほら行くよ!」
「……」


 涙は堪えられたが、笑顔はまだ作れないまま。それでも声を振り絞った。


「……わかったよ、エリス」
「その返事を待ってた! では先生、ありがとうございました!」
「ワンッ!」


 アーサーの手を引いて、カヴァスを伴って、エリスは元気な様子で応接室を出ていく。




「……騎士王を発現させた者として、彼に最も近い者として」

「彼のこと、お願いしますよ……」



 張り切る彼女の背中に、ハインリヒはそっと声をかけるのだった。
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