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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦
第189話 クラリアとサラの訓練
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今日の温室はやけに土臭い。土を扱う以上仕方のないことではあるのだが、今は消臭の魔法具では収まり切れないぐらいには臭いが充満していた。
「わあっ、とと……」
「ジャミル君、無理しないでくださいね」
「はい……よっと」
土をはちきれんばかりに詰め込んだ袋を、台車の手すりまでの高さまで積み上げる。
そうして積み上がったら、演習場に向けて動かしていく。武術部がこれを重しに鍛錬を積むそうだ。
「うう……何で私達がこんなことしないといけないんですかあ……」
「それはね、全ての課外活動は対抗戦への協力が求められているからよ。曲芸体操部や演劇部なんて、普段の練習を早々に切り上げてトーチライトの準備に駆り出されているんだから」
「え、あれ先生方が作ってくれるんじゃないんですか?」
「対抗戦の指示や課題の検討もしないといけないのに、できると思う?」
「……」
「……あっ! そういえばリーン先生も課題出すんですよね? どんなの出そうか考えているんですか!?」
「え~、まだ考え中。でも狩猟の課題は出さないつもりでいるわ。その分見間違えやすい薬草の採取にしようかなーって」
「うげえ……楽にしてくださいよ先生~」
口を動かし手を動かさない女子部員から距離を置いて、サラは黙々と作業を続ける。袖口が狭い長袖の作業着、それに降りかかる土にも狼狽えることなく、ただ土と向き合っている。
「お待たせしました先輩!!」
「帰ってくるのが遅い」
「だってえだってえ!! も~う目の保養が凄くってえ~!」
「仕事を終わらせてからやりなさい、そういうのは。さあ次はこれよ」
サラが指示を出した直後。
興奮冷め止まぬ様子のサネットの脇を、ジャミルがふらふらと歩いていく。
「はぁ……ふぅ……」
「ジャミル先輩!? ちょっと唇真っ青じゃないですか!?」
「え……そうかい?」
「そうですよ、ほら鏡!! 先輩ちょっと休みましょう? 無理は禁物ですよ?」
「はは……ありがとう。この程度の作業で音を上げるなんて……」
近くの花壇に腰かけ、深く呼吸をする。どうみてもくたびれている態勢だった。
「あら、これだと参ったわね。貴方に台車を運ばせようとしたのだけれど」
「何でそんなに人遣いが荒いんですか~!」
「ぼ、僕もそのつもりで来たんだけど……頭が、少しくらくらするかな。今のままではきつい、かも……」
その時バンと出入り口の扉が開かれ、壁に勢いよく打ち付けられる音が部員達の心臓を跳ね上がらせる。
「うおおーい!! アタシが来やがったぞー!!」
「あっ、あっはは~! どうもメルセデスで~す! ていうか先輩、扉閉めていってくださいね!?」
「それなら俺が閉めたから問題ないな!」
クラリア、メルセデス、ダレンの三人がわらわらと温室に入ってくる。
当然のようにクラリアの目に付いたのはサラ。目を合わせたまま一目散に近付いてくるが、流石に彼女も慣れたようだ。平然とした感情で対応をする。
「サラ! この土嚢アタシが運んでいくぜ!」
「ちょっと、何よ急に。用事を話してから運んでいきなさいよ」
「トレーニングも兼ねて持っていくことにしたんだ! 園芸部の負担も減って一石二鳥だろう!?」
「まあそれは……確かに賢いかも」
ジャミルは座ったままダレンを見上げる。
「はぁ、凄い筋肉だなあ……羨ましいよ」
「おお、ジャミルじゃないか。アザーリアから話は聞いているぞ。何かあったら遠慮なく頼ってくれよな!」
「うん、ありがとう」
話している間にダレンは土嚢を四個、片腕に二個ずつ乗せ豪快に担ぎ上げる。メルセデスもいそいそと土嚢を担いだ。
「わ、私は一個だけで~! よいしょ! うぐっ!?!?」
「そっちは七キロのやつね。重いでしょ。向こうに三キロのやつあるからそっちにしなさいな」
「ええー!? 重いの持たなきゃ訓練にならないだろー!?」
「あのねえ、人には人に合った適切な負荷っていうのがあるの。変に負荷かけた所で、骨折って事故に繋がるだけよ」
「ぐぬぬ……そうか! そういうものなのか!」
かく言うクラリアは両腕で四個の土嚢を抱えようとしている。
「全然わかってないでしょアナタ。重さで足がふらふらになっているじゃない」
「ぬおおおおおお!! これぐらいいいいいい!!」
「せめて二個にしておきなさい馬鹿」
サラが上の土嚢二つを降ろすと、クラリアは思わずほっと息を漏らす。
「おお! これならしっかりと地面を踏み締めることができそうだぜ!」
「そんぐらいでいいのよ」
「お待たせ~しましたぁ~……」
「来たかメルセデス! じゃあ俺達は向こうに戻るぜ!」
撤収していく三人を見送りながらジャミルが立ち上がり、台車の手すりにもたれかかる。
「じゃあ僕達もこれ運んでいこうか……」
「なら向こうから何個か持ってくるわ」
「そ、そうだね……その方が効率いいね……」
「ジャミル先輩、無理なら無理って言っていいんですよ!? サラ先輩も無理しないでって言ってくださいよぉ~!」
その頃の演習場。見慣れない客人と見慣れた教師の会話に、部員達は心を奪われ放しである。
「成程……体内で魔力を増幅させていると」
「その通り。それもただの増幅ではなく、身体を大きくさせるように命令を仕込んでいる」
「魔力が作用を起こして身体が大きくなってる、と。魔力そのものが大きくなっているわけではないんですね」
「それだと強化していくにつれて血管が破裂するからな。初期の段階ではその理論を用いていたんだが、血流が悪くなったので方針転換した」
「何だか実際に経験したかのような物言いですね」
「実際に貧血症状を起こして診療所に運ばれたことがある」
「そうでありましたか」
筋骨隆々なアビゲイルから話を聞いているのは、ギザギザ頭の男性教師。首に巻いた黄色いスカーフが特徴的だ。生徒達は彼をハスターと呼び慕っている。
その隣では生徒達と同じ武道着に身を包んだチャールズとフィリップが、数十人の生徒達を相手取って熱血指導。
「そぅれイッチニーイッチニーでございますぞー! もっと速度を速めてー!!」
「おおう……これは中々……効果がありそうだ!」
「ユカリィィィィン!! お前俺の中で暴れ狂うなあああああ!!」
顔を引き攣らせながらスクワットを行うユージオ。生徒達に混じって、クラヴィルも興味津々にトレーニングを行っている。
他の生徒が武器を手に訓練を行っている中で、隅に集まってトレーニングをしている光景に、サラは思わず嘆息する。
「何あの集団……」
「マッスルカーニバルですよ先輩わからないんですか???」
「わからないしわかろうとも思わないわ」
「えーっと台車は……ここでいいかな」
ジャミルが台車を停めた場所は、よりにもよってマッスルカーニバル真っ最中のすぐ隣であった。
「……」
「だ、だって台車を持っていく位置、この辺りだって言われていたよ……」
「あっ!!! 先程お世話になったエルフの方があそこに!!! ワタシチョットシツレイシマス!!!」
「待ちなさい」
サラはサネットを追いかけようとするが、奇遇にもこのタイミングで話を切り上げたアビゲイルが、進行ルート上に入ってしまう。
彼女の筋肉ととんがり帽子を交互に見比べて絶句するサラ。こちらを振り向くアビゲイルの瞳は、妙に澄んでいるのがまた何とも言えない。
「「……」」
「ん? 何だ貴様は。私の身体に興味があるのか?」
(言ってねえよ一言も……!!)
「これは魔法だ。魔法を使って筋肉量を一時的に増やしているんだ。私は物理支援系の魔法の研究をしていてな……」
アビゲイルが語り出そうとした所で、幸運にもクラリアが横槍を入れてきた。
「サラー! お前もこっち来てたんだなー!」
「ほう、貴様の知り合いか。ロズウェリの狼よ」
「アタシはクラリアだぜ! でもってサラは友達だ!」
「……まあそういうことにしておきましょう。失礼するわ」
サラはクラリアを伴って筋肉の集団から離れる。いつの間にかジャミルはダレンやユージオの元に向かっていて、同学年同士で雑談をしていた。
「ねえ、アナタもこの集団の中で何かしてたの?」
「筋肉ぞーりょートレーニングだぜー! ナイトメアも身体ん中で動き回るから、普通にやるよりも凄い効果になるらしいぜ!」
「へぇ……」
ふと背中にチャールズからの視線を感じるサラ。
このまま何の策も講じないと、筋肉によって彼らの領域に引き摺り込まれるのは確定的に明らかだ。
「……でもねえアナタ、筋肉ばっかり増やしても肝心の武器が振り回せないんじゃ意味がなくって?」
「ん……一応朝練とかはやってるんだけどな。でもそれだけだと量が足りない気がするぜ!」
「だったら今ここでやりましょう。ワタシが相手になるから」
「本当か!?」
クラリアが目を輝かせるや否や、クラリスが彼女の身体から出てきて訓練用の斧を取りに走る。
「クラリスー! 的もお願いするぜー!」
「いいえ、それは必要ないわ」
「んあ? どうしてだ?」
「自分で作り出すからよ――サリア」
呼びかけに応じてサリアが現れ、本人は腰に差している杖を手に取る。
「祝歌を共に、奔放たる風の神よ――ほら」
するとサラの周りに風の球体が生成された。
「お……おおおおおお!?」
球体はふわふわと浮かび、中で暴風が渦巻いている。
「壊せば中身諸共大気に溶けて拡散していくわ。次々に生み出していくから、殴り潰して頂戴」
「わかったぜええええ!!!」
斧を片手に胸を天に向けて仰ぐ。その後獲物を狙う獣のような目付きで、クラリアの訓練が始まる。
「はあ、はあ……すみません、僕はもう……」
「おいおいジャミル、無理は禁物だぜ。俺に合わせようとするなって」
「で、でも……うう」
真っ青なままベンチに横たわるジャミル。隣に立つダレンとユージオの間に入ってきたのはチャールズだった。
「……これで落ち着きましたかな?」
「う……あ、ええ、何とか」
「すげえなおっさん。回復魔法まで使えんのか」
「チャールズですぞ! 某はアドルフ様に仕える宮廷魔術師、このぐらいは赤子の手を捻るが如き所業!」
「チャールズさんだったら手どころか肩まで折れそうなんですけど」
「がっはっはっは!」
口を開けて大仰に笑うチャールズ。白い歯が光に照らされて輝いたと思ったら、すぐに閉じられてジャミルを見つめる。
「して、ジャミル殿と言いましたかな」
「は、はい」
「具体的にどこが負担になっているのか教えてはくれませんかな?」
「え……そんなこと訊いてどうするんですか?」
「決まっておる、このトレーニングを改良するためだ! 主のような身体が弱い御仁でも、運動が行えるように改善するぞ!」
声高に宣言するチャールズに、尊敬の念を抱くダレン。
「おお……流石は宮廷魔術師様でございます! 様々な人のことを考えられるだなんて、俺、尊敬します!!」
「ハッハッハー! 某のこの! 腹筋に嘘偽りはないのでありますぞー!!」
「……ダレン。君は一体いつから筋肉に目覚めたんだい……」
「役作りとして武術部に入れ込んでいた時からかな!!!」
「この同年代に敵う気がしないよ俺は」
瞬間、突風が演習場を駆け抜ける。
「とわっ……」
「……ん? どっから吹いた今の風?」
「あちらの方からですな……おお!」
「な、何か凄いことしてるねえ……!」
「おらああああ!!」
「ふんっ……!!」
一心不乱に、しかし確実に斧を振るっていくクラリア。
闇雲に、しかし段階を踏んで威力を上げているサラ。
「へえ、やるじゃない……ここまでついてこれるなんて!」
「たりめーだろ! アタシは誇り高きロズウェリの狼だ! これぐらいで……倒れない!!」
そうしてクラリアの斧が振り下ろされ、風の球体を破壊する。サラの口が三百と動いた。
二人から程良く遠い位置から、訓練の様子を眺めるのは、武術部顧問のクラヴィル。そこにハスターが近付いてくる。
「……」
「感慨深いですか、クラヴィル先生」
「……まあ」
「貴方の大切な妹君が、ここまで勇敢に成長なされた。きっと兄として誇らしいことでしょう」
「もう本当に……あんなに小さかったのに、ここまで……」
「ですが感動している暇はありませんよ。これはあくまで訓練ですから。本番までに涙が枯れてしまいますよ?」
「ははは……それもどうですね」
するとクラリアがこちらに向かって手を振ってきた。恐らく自分に気が付いたのだろう。
その隙を狙って、サラが生成した球体が容赦なく襲いかかる。
油断した彼女は地面に打ち付けられてしまったが、すぐに持ち直した。
「クラヴィル先生、この後はどうするおつもりで?」
「もう少しあの子のことを見てから行こうと思います」
「そうですか。では私はこれで失礼しますよ」
「はい、お疲れ様ですー」
「……」
「……あれ?」
「俺、ハスター先生に……クラリアが妹ってこと、話したことあるっけ?」
「わあっ、とと……」
「ジャミル君、無理しないでくださいね」
「はい……よっと」
土をはちきれんばかりに詰め込んだ袋を、台車の手すりまでの高さまで積み上げる。
そうして積み上がったら、演習場に向けて動かしていく。武術部がこれを重しに鍛錬を積むそうだ。
「うう……何で私達がこんなことしないといけないんですかあ……」
「それはね、全ての課外活動は対抗戦への協力が求められているからよ。曲芸体操部や演劇部なんて、普段の練習を早々に切り上げてトーチライトの準備に駆り出されているんだから」
「え、あれ先生方が作ってくれるんじゃないんですか?」
「対抗戦の指示や課題の検討もしないといけないのに、できると思う?」
「……」
「……あっ! そういえばリーン先生も課題出すんですよね? どんなの出そうか考えているんですか!?」
「え~、まだ考え中。でも狩猟の課題は出さないつもりでいるわ。その分見間違えやすい薬草の採取にしようかなーって」
「うげえ……楽にしてくださいよ先生~」
口を動かし手を動かさない女子部員から距離を置いて、サラは黙々と作業を続ける。袖口が狭い長袖の作業着、それに降りかかる土にも狼狽えることなく、ただ土と向き合っている。
「お待たせしました先輩!!」
「帰ってくるのが遅い」
「だってえだってえ!! も~う目の保養が凄くってえ~!」
「仕事を終わらせてからやりなさい、そういうのは。さあ次はこれよ」
サラが指示を出した直後。
興奮冷め止まぬ様子のサネットの脇を、ジャミルがふらふらと歩いていく。
「はぁ……ふぅ……」
「ジャミル先輩!? ちょっと唇真っ青じゃないですか!?」
「え……そうかい?」
「そうですよ、ほら鏡!! 先輩ちょっと休みましょう? 無理は禁物ですよ?」
「はは……ありがとう。この程度の作業で音を上げるなんて……」
近くの花壇に腰かけ、深く呼吸をする。どうみてもくたびれている態勢だった。
「あら、これだと参ったわね。貴方に台車を運ばせようとしたのだけれど」
「何でそんなに人遣いが荒いんですか~!」
「ぼ、僕もそのつもりで来たんだけど……頭が、少しくらくらするかな。今のままではきつい、かも……」
その時バンと出入り口の扉が開かれ、壁に勢いよく打ち付けられる音が部員達の心臓を跳ね上がらせる。
「うおおーい!! アタシが来やがったぞー!!」
「あっ、あっはは~! どうもメルセデスで~す! ていうか先輩、扉閉めていってくださいね!?」
「それなら俺が閉めたから問題ないな!」
クラリア、メルセデス、ダレンの三人がわらわらと温室に入ってくる。
当然のようにクラリアの目に付いたのはサラ。目を合わせたまま一目散に近付いてくるが、流石に彼女も慣れたようだ。平然とした感情で対応をする。
「サラ! この土嚢アタシが運んでいくぜ!」
「ちょっと、何よ急に。用事を話してから運んでいきなさいよ」
「トレーニングも兼ねて持っていくことにしたんだ! 園芸部の負担も減って一石二鳥だろう!?」
「まあそれは……確かに賢いかも」
ジャミルは座ったままダレンを見上げる。
「はぁ、凄い筋肉だなあ……羨ましいよ」
「おお、ジャミルじゃないか。アザーリアから話は聞いているぞ。何かあったら遠慮なく頼ってくれよな!」
「うん、ありがとう」
話している間にダレンは土嚢を四個、片腕に二個ずつ乗せ豪快に担ぎ上げる。メルセデスもいそいそと土嚢を担いだ。
「わ、私は一個だけで~! よいしょ! うぐっ!?!?」
「そっちは七キロのやつね。重いでしょ。向こうに三キロのやつあるからそっちにしなさいな」
「ええー!? 重いの持たなきゃ訓練にならないだろー!?」
「あのねえ、人には人に合った適切な負荷っていうのがあるの。変に負荷かけた所で、骨折って事故に繋がるだけよ」
「ぐぬぬ……そうか! そういうものなのか!」
かく言うクラリアは両腕で四個の土嚢を抱えようとしている。
「全然わかってないでしょアナタ。重さで足がふらふらになっているじゃない」
「ぬおおおおおお!! これぐらいいいいいい!!」
「せめて二個にしておきなさい馬鹿」
サラが上の土嚢二つを降ろすと、クラリアは思わずほっと息を漏らす。
「おお! これならしっかりと地面を踏み締めることができそうだぜ!」
「そんぐらいでいいのよ」
「お待たせ~しましたぁ~……」
「来たかメルセデス! じゃあ俺達は向こうに戻るぜ!」
撤収していく三人を見送りながらジャミルが立ち上がり、台車の手すりにもたれかかる。
「じゃあ僕達もこれ運んでいこうか……」
「なら向こうから何個か持ってくるわ」
「そ、そうだね……その方が効率いいね……」
「ジャミル先輩、無理なら無理って言っていいんですよ!? サラ先輩も無理しないでって言ってくださいよぉ~!」
その頃の演習場。見慣れない客人と見慣れた教師の会話に、部員達は心を奪われ放しである。
「成程……体内で魔力を増幅させていると」
「その通り。それもただの増幅ではなく、身体を大きくさせるように命令を仕込んでいる」
「魔力が作用を起こして身体が大きくなってる、と。魔力そのものが大きくなっているわけではないんですね」
「それだと強化していくにつれて血管が破裂するからな。初期の段階ではその理論を用いていたんだが、血流が悪くなったので方針転換した」
「何だか実際に経験したかのような物言いですね」
「実際に貧血症状を起こして診療所に運ばれたことがある」
「そうでありましたか」
筋骨隆々なアビゲイルから話を聞いているのは、ギザギザ頭の男性教師。首に巻いた黄色いスカーフが特徴的だ。生徒達は彼をハスターと呼び慕っている。
その隣では生徒達と同じ武道着に身を包んだチャールズとフィリップが、数十人の生徒達を相手取って熱血指導。
「そぅれイッチニーイッチニーでございますぞー! もっと速度を速めてー!!」
「おおう……これは中々……効果がありそうだ!」
「ユカリィィィィン!! お前俺の中で暴れ狂うなあああああ!!」
顔を引き攣らせながらスクワットを行うユージオ。生徒達に混じって、クラヴィルも興味津々にトレーニングを行っている。
他の生徒が武器を手に訓練を行っている中で、隅に集まってトレーニングをしている光景に、サラは思わず嘆息する。
「何あの集団……」
「マッスルカーニバルですよ先輩わからないんですか???」
「わからないしわかろうとも思わないわ」
「えーっと台車は……ここでいいかな」
ジャミルが台車を停めた場所は、よりにもよってマッスルカーニバル真っ最中のすぐ隣であった。
「……」
「だ、だって台車を持っていく位置、この辺りだって言われていたよ……」
「あっ!!! 先程お世話になったエルフの方があそこに!!! ワタシチョットシツレイシマス!!!」
「待ちなさい」
サラはサネットを追いかけようとするが、奇遇にもこのタイミングで話を切り上げたアビゲイルが、進行ルート上に入ってしまう。
彼女の筋肉ととんがり帽子を交互に見比べて絶句するサラ。こちらを振り向くアビゲイルの瞳は、妙に澄んでいるのがまた何とも言えない。
「「……」」
「ん? 何だ貴様は。私の身体に興味があるのか?」
(言ってねえよ一言も……!!)
「これは魔法だ。魔法を使って筋肉量を一時的に増やしているんだ。私は物理支援系の魔法の研究をしていてな……」
アビゲイルが語り出そうとした所で、幸運にもクラリアが横槍を入れてきた。
「サラー! お前もこっち来てたんだなー!」
「ほう、貴様の知り合いか。ロズウェリの狼よ」
「アタシはクラリアだぜ! でもってサラは友達だ!」
「……まあそういうことにしておきましょう。失礼するわ」
サラはクラリアを伴って筋肉の集団から離れる。いつの間にかジャミルはダレンやユージオの元に向かっていて、同学年同士で雑談をしていた。
「ねえ、アナタもこの集団の中で何かしてたの?」
「筋肉ぞーりょートレーニングだぜー! ナイトメアも身体ん中で動き回るから、普通にやるよりも凄い効果になるらしいぜ!」
「へぇ……」
ふと背中にチャールズからの視線を感じるサラ。
このまま何の策も講じないと、筋肉によって彼らの領域に引き摺り込まれるのは確定的に明らかだ。
「……でもねえアナタ、筋肉ばっかり増やしても肝心の武器が振り回せないんじゃ意味がなくって?」
「ん……一応朝練とかはやってるんだけどな。でもそれだけだと量が足りない気がするぜ!」
「だったら今ここでやりましょう。ワタシが相手になるから」
「本当か!?」
クラリアが目を輝かせるや否や、クラリスが彼女の身体から出てきて訓練用の斧を取りに走る。
「クラリスー! 的もお願いするぜー!」
「いいえ、それは必要ないわ」
「んあ? どうしてだ?」
「自分で作り出すからよ――サリア」
呼びかけに応じてサリアが現れ、本人は腰に差している杖を手に取る。
「祝歌を共に、奔放たる風の神よ――ほら」
するとサラの周りに風の球体が生成された。
「お……おおおおおお!?」
球体はふわふわと浮かび、中で暴風が渦巻いている。
「壊せば中身諸共大気に溶けて拡散していくわ。次々に生み出していくから、殴り潰して頂戴」
「わかったぜええええ!!!」
斧を片手に胸を天に向けて仰ぐ。その後獲物を狙う獣のような目付きで、クラリアの訓練が始まる。
「はあ、はあ……すみません、僕はもう……」
「おいおいジャミル、無理は禁物だぜ。俺に合わせようとするなって」
「で、でも……うう」
真っ青なままベンチに横たわるジャミル。隣に立つダレンとユージオの間に入ってきたのはチャールズだった。
「……これで落ち着きましたかな?」
「う……あ、ええ、何とか」
「すげえなおっさん。回復魔法まで使えんのか」
「チャールズですぞ! 某はアドルフ様に仕える宮廷魔術師、このぐらいは赤子の手を捻るが如き所業!」
「チャールズさんだったら手どころか肩まで折れそうなんですけど」
「がっはっはっは!」
口を開けて大仰に笑うチャールズ。白い歯が光に照らされて輝いたと思ったら、すぐに閉じられてジャミルを見つめる。
「して、ジャミル殿と言いましたかな」
「は、はい」
「具体的にどこが負担になっているのか教えてはくれませんかな?」
「え……そんなこと訊いてどうするんですか?」
「決まっておる、このトレーニングを改良するためだ! 主のような身体が弱い御仁でも、運動が行えるように改善するぞ!」
声高に宣言するチャールズに、尊敬の念を抱くダレン。
「おお……流石は宮廷魔術師様でございます! 様々な人のことを考えられるだなんて、俺、尊敬します!!」
「ハッハッハー! 某のこの! 腹筋に嘘偽りはないのでありますぞー!!」
「……ダレン。君は一体いつから筋肉に目覚めたんだい……」
「役作りとして武術部に入れ込んでいた時からかな!!!」
「この同年代に敵う気がしないよ俺は」
瞬間、突風が演習場を駆け抜ける。
「とわっ……」
「……ん? どっから吹いた今の風?」
「あちらの方からですな……おお!」
「な、何か凄いことしてるねえ……!」
「おらああああ!!」
「ふんっ……!!」
一心不乱に、しかし確実に斧を振るっていくクラリア。
闇雲に、しかし段階を踏んで威力を上げているサラ。
「へえ、やるじゃない……ここまでついてこれるなんて!」
「たりめーだろ! アタシは誇り高きロズウェリの狼だ! これぐらいで……倒れない!!」
そうしてクラリアの斧が振り下ろされ、風の球体を破壊する。サラの口が三百と動いた。
二人から程良く遠い位置から、訓練の様子を眺めるのは、武術部顧問のクラヴィル。そこにハスターが近付いてくる。
「……」
「感慨深いですか、クラヴィル先生」
「……まあ」
「貴方の大切な妹君が、ここまで勇敢に成長なされた。きっと兄として誇らしいことでしょう」
「もう本当に……あんなに小さかったのに、ここまで……」
「ですが感動している暇はありませんよ。これはあくまで訓練ですから。本番までに涙が枯れてしまいますよ?」
「ははは……それもどうですね」
するとクラリアがこちらに向かって手を振ってきた。恐らく自分に気が付いたのだろう。
その隙を狙って、サラが生成した球体が容赦なく襲いかかる。
油断した彼女は地面に打ち付けられてしまったが、すぐに持ち直した。
「クラヴィル先生、この後はどうするおつもりで?」
「もう少しあの子のことを見てから行こうと思います」
「そうですか。では私はこれで失礼しますよ」
「はい、お疲れ様ですー」
「……」
「……あれ?」
「俺、ハスター先生に……クラリアが妹ってこと、話したことあるっけ?」
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