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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦

第180話 幕間:沼にも似た闇の中で

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 診療所にクライヴを連れ込んでから数日後、リネスの町にて。




「……ジョシュ。ここにいたのか」
「あんたは……シルヴァか。あの兄ちゃん――クライヴサマん所に付いていたんじゃなかったんかい」
「容体が安定してきてさ。今は休眠を取っているから、やることが無くてこちらに来たんだよ」


 そう言ってシルヴァはジョシュの隣、橋の手すりに寄りかかる。


「凄かったぞ、担当した医師の手腕。打撲や切り傷の跡を一つ残らず治療していったんだよ」
「相手が相手だから、アスクレピオスの魔術師でも呼んできたんだろうなあ」
「……そういえばここに本部があるんだったねえ、アスクレピオス」


 シルヴァが二時の方角に視線を傾けると、屋根から顔を出している、蛇が巻き付いた杖のオブジェが目に入る。


「俺も一度大金叩いて、あそこの魔術師――いや、医術師だったか。とにかくそこの奴に腰痛治してもらったことがあってな。口が悪くて葉巻臭かったが、腕は見事だった」
「口が悪い……それは、何かにつけて博打がどうのこうのと言う類だったり?」
「そうそう、まさにそんな感じだった。ってことはもしかして……」

「確かエルクと名乗っていたな、さっきの輩も。後で治療代を請求しまくって、ラストウェナンの馬上槍試合トーナメントで大儲けしてやるって、そう意気込んでいたな」
「やれやれ……性格と技術は比例しないとはこの事だ」



 川の水面は橙色を映し出し、水を通して街に一日の終わりを告げている。



「……スコーティオ家の弟、だってなあ?」
「そうだよん」


「……俺もそこそこ長く生きているもんでな。あの家については沢山の噂を聞いている。あの家の兄弟の仲は、最悪なんだと」
「事実。私は兄がそんなに好きではない」
「……」


「……そもそも、年が十歳も離れているんだよ? 趣味嗜好も異なりすぎて、気の合う話なんて殆どできやしない」
「俺もその気持ちはわからなくもないな……」
「その時点でなるべく避けていた相手だったのに、最近になって決定的に冷え込んだ。あいつ他家や他国をも巻き込んで、何かを企んでいるんだ」
「……ほほう」


 世間話のようにされる国家機密。それを聞いているのは川のせせらぎだけだ。


「帝国主義とか何だかってやつね~。でもそれを断定して、他の貴族と合わせて追い詰めるにはまだ情報が足りないんだ」

「私は根っからの旅好きなんだけど、奴に関する情報を集めることも兼ねている節があるんだよね」



「へぇ……やっぱり兄さん、本物の貴族なんだな」
「ノブレスオブナンタカーってやつだな」
「悪い今物凄く前言撤回したい」


「……まあこんなことを傭兵の君に話してもしょうがない気もするけど」
「とんでもねえ。今のあんたの話だけで今後の立ち回りが大きく変わってくる。スコーティオの兄、セーヴァは何か企んでいるようだから、依頼を受ける時は注意しろってな」


 ジョシュは軽く肩を回し、そして橋の西側に向かい出す。


「もう行くのか?」
「ああ。さっき傭兵ギルドに行ったら手紙が届いててよ。俺の知り合いが近くにいるらしくて、合流したいんだそうだ」
「そうか。では私とはこれでお別れということか。いや~さんみしい~~~」

「そこまで思ってない癖によお。まあ、グレイスウィルに行ったら贔屓にしてくれや」
「そのようにしておくよ。そいじゃ、達者で」
「ああ、じゃあな」




 ジョシュの背中を見えなくなるまで見届けると、再度シルヴァは川を見る。カルファも身体から出てきて、一緒に川を見つめる。




「……シルヴァ、この後どうするの?」
「砂漠でも言ったけどグレイスウィルに戻る。瞬間移動球の補充をせねば」
「セーヴァのやつ、いないといいね」
「いたらいたで部下に相手をさせよう。最も、今日の分の船は全て出航してしまったから、明日の話」
「じゃあ宿に泊まるのか。どこにする? ネルチかアルビムか……」
「何でわざわざ物騒な所を挙げるんだよ。宿泊ならヴォルティカ一択だ、早く格安な宿を探……」




   その時二人の表情が、



   闇の帳が落ち切ったように凍り付く。




「……」



「……シルヴァ、おれも見えた。あの杖の先っぽから、ぴょーんっと……」
「どっかの屋根に落ちていったな。あの高さでは……」

「……自殺志願者?」
「不謹慎だがそれが一番有難い。とはいえ多分……今日は寝られないぞ」







「ふい~! 全世界三千万とちょっとの僕ちゃんのファンの皆! こんばんは!! 世界に夢を届ける発明家ジャネット様だよ!!!」

「前回僕ちゃんが何していたか覚えているかな!?!? そうだね! ケルヴィン地方に出張して、そこで変な欠片を拾ったんだよね!!!」

「それが小聖杯の欠片じゃないのかって話が出てたから、仕事もある程度片付いた今! 知り合いの歴史学者に見てもらおうと思っていたんだけど――」



キィン



                 プシュッ



「――何かもう、解析してもらう必要もなくなった気がするんだよね――!」





 顔を引き攣らせながら、ジャネットは上を見上げる。



 屋根の上から自分を見下ろす人影。



 星の海に紛れた濃紫の装束、それを見下ろす紫の瞳。



 空に浮かぶ星の枠に収めるならば、不吉を呼ぶ凶星である。





(おい……! お主切り傷は平気か!?)
(ああん? こんなもん誤差だよ誤差! 具体的には三ミリぐらい!)

(そうではないわ! 連中――『沼の者』が使う暗器には毒が塗られておる! 放っておくと不味いことになるぞ!)
(じゃあお前がデトックス頑張ってよ! 僕ちゃんの中にいるんだからさあ!)
(んなこと言われても……!)


 身体の中で内部強化中のドリーと押し問答をしている間にも、短刀は間を置かずに飛んでくる。


(逃げ道はこっちか!?)
(くそっ! この方角じゃ……ええいなるようになっちまえー!)


 ジャネットは短刀を避けるように、一本の路地裏に入っていく。




 家屋の屋根を飛び交う沼の者。前へ進みながら、その視線は下へと向けられている。



 息を切らして走る獲物を、追い詰めていくように。




「ヤベッ……!!」



 開けた場所にジャネットが到着すると、八方向から短刀を撃たれる。


 それに呼応して現れる、紫の影――




「……君に恨みはないし、面識もない」



 その男はゆっくりとジャネットの正面に姿を現した。


 道の奥からではなく、目の前に直接、霧が晴れるように。




「……そーう? なら見逃してくれない?」



 余裕を装って。狙いを悟られたら、その時は――



「我々も仕事なのだ。与えられる報酬のために、任務を遂行する」
「……ねえ? この欠片っしょ? これを持ってるから僕ちゃんを殺そうとしてるんでしょ?」

「答えるつもりはないし、そもそも知り得ない」
「それならくれてやるよ。べっつに構わないよ、あんなちっこいの。使い道もわからなくて困っていた所だったんだ。ねっ? それでいいでしょ?」



 そう言いながら左手を上げる。そこには件の欠片が握られているのだが――



「……」



「――ッ!!」


 周囲を取り囲む者の全てが、それには一瞥いちべつも暮れず、二時の方角から飛んできた短刀が、ジャネットの右手に切り傷をつける。


「がっ……痛え!!!」


 痛みで力が弱まり、右手に握っていた玉が落ちてしまう。するとそれは煙を少量吹き出し、それだけで事切れた。




「小細工をするための時間稼ぎだったか。では――」


 男は短刀を逆手に構える。


「『祈りの幕を上げるがいい。その祈祷を唱え終える前に、こうべを底まで沈めてやろう』」


 呪詛のような前口上を紡ぎ、目の前の男が一気に間合いを詰める――





「……なっ!?」


 しかし次の瞬間、男の腕は虚空を切っていた。


「まさか……逃げた!? あの短時間で!?」
「……慌てるな。数はこちらが多いのだ、何としても見つけるぞ」
「はっ!」





「……行ったようだね」



 沼の者達が飛散していたのを確認した後、シルヴァは後ろでへたれ込んでいるジャネットに声をかける。



「……誰あんた? 僕ちゃんの知り合い?」
「君のような見た目だと一度見たら忘れられないだろう。しかし記憶にないということはつまり、初対面」
「え……知らないのに助けたの?」
「止められる殺しなら止めた方がいいだろう?」


 そう言いながらてきぱきと傷を確認し、魔法による治療を試みていく。


「連中に追われる心当たりは?」
「ある。絶対にこの欠片さ」

「……何それ。杯の持ち手?」
「そう、杯の持ち手。これ見つけた時、小聖杯の欠片じゃねって話をしてさー。魔力も強かったからそういう話になったんだけど、証拠はなかった」
「……しかし連中が来たことが、その証拠になったと」
「そーゆーことっ。それでもわかんないことはわかんないから、ちょっくらこれ持ってグレイスウィルに行こうとしてたんだよね。明日の予定だったんだけど、早起きすることになっちゃたよ」



「……事情は大体わかった」
「ご理解どうも。じゃあ今度はこっちが聞いてもいいかい? 何で連中の動きに気付いたか」
「ああ、それはだな……」



 やや黒みがかった空にふくろうの鳴き声が木霊する。この街の誰かが飼っているのか、あるいはナイトメアか。



「夕方にそれっぽい姿を見かけてさあ。いつ動くのか監視していたんだよ。それで動き出したから追いかけたんだけど、如何せん早すぎて――危うく助けが間に合わない所だったよ」
「それなら時間稼ぎの意味もあったってもんだぜ。しかし連中の目をキレ~~~に欺けるなんて、一体どんな魔法を使ったの?」
「特に捻りはない、初期レベルの闇属性魔法だ。この夜の暗さと同化することによって姿を隠している。まあでも持つのは――あと十分ぐらいか」
「成程りん。だったら手短に勝ち筋を話そう」


 ジャネットは立ち上がり、路地の一つを睨み付ける。


「今いる場所、リネスの中でも大分陸に入っているってわかるよね?」
「ああ。最初は南の方にいたのに、連中はどんどん北西に追い詰めていくから、不思議に思っていたんだよ」
「僕ちゃんのナイトメアがケルピーでさ。海を渡って移動できるんだわ。そしてトスカ海をだーって行けば、あっという間にグレイスウィルなんだわ」
「つまり海に出れればこちらの勝ちってことねぇ」
「その通り! だから連中の目を掻い潜って、岸に向かおう」



「先に言っておくと、向かう途中で魔法は切れると思う。なるべく援護するけど最後は気合で何とかしようね」
「りょーりょー。ふっふっふ、世界的発明家ジャネット様を舐めるんじゃないよ! まだまだ試合はこれからさ!」
「……ジャネット?」


 首を傾げてみせてから、シルヴァは掌を拳で叩く。


「そうか、君がジャネット……そうなのか!」
「え、やっぱり僕ちゃんのこと知ってた?」
「知り合いから話を聞いているんだ。ルドミリアって知ってる?」
「えっ、知ってる知ってる! ていうか一番のスポンサー! えっ今呼び捨てにしなかった!?」

「私はシルヴァ・ロイス・スコーティオ。スコーティオ現当主セーヴァの弟。だから腕は結構立ちますよん?」
「はーっ! こりゃあ燃えてきた! グレイスウィルの貴族様ともういっちょ仲良くなる機会だ! よし、ぜってーに生きて逃げるぞ!!」





 月が西に傾きつつある。

 確実性を高めるために行動していたら、こんなに時間が経ってしまった。



 港町特有の、潮の混じった風の匂い。

 普段は味わえない現象に心が奪われそうになると、仲間が現実に引き戻してきた。



「……トムさん、やっぱり族長になられてから妙に感傷的になりましたよね」
「……君もそう思うか」
「ええ。タンザナイア以前の貴方なら……効率を重視する貴方なら。こんな夜風に吹かれるような真似はしないはず。やはり……」
「姉さんというより、だな。あの子に関わっていくうちに変わったんだと思う……」



「報告します」


 別の紫装束が屋根の上に現れる。


「やはり奴は東に向かっています。現在銀の長髪の男と二人で、路地を疾走しております」
「銀髪? ……もしかすると、先程殺し損ねたのも奴が?」
「恐らくその可能性は高いかと」

「じゃあその人物は……シルヴァかな? 奴ならふらりこの街にいても可笑しくはない。ああ、丁度いいじゃないですか。前に暗殺を依頼された相手もまとめて始末しちゃって、報酬を増やしてもらいましょうよ」
「……」



「……行くぞ。『沼の者』の名に懸けて、必ず始末する」
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