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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦
第179話 幕間:シルヴァの砂漠紀行
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「お客様、失礼いたします」
「……どうしましたか」
「あちらのお客様からでございます」
「……ほう?」
傭兵ジョシュは渡されたグラスを傾け、それがやってきた方向を見遣る。
そこにいたのは銀色のロングヘアーを持つ男性。顔の中央で二つに分け、悠然と流している。中央の前髪を少し残して上げている、所謂インテークヘアー。細い顔つきを髪が浮き上がらせている。
そんな彼はジョシュの視線に気付くと、手を挙げて返事の代わりにする。
そして剣を背中に担いだ、二足歩行で赤毛の子狼を連れて、ジョシュの隣にやってきた。
「……『ヴァルハラミッドナイト』。この店で最も高いカクテルじゃないか」
「これなら私の頼みも断れないだろう?」
「俺は疲れてるんだ。面倒臭い頼みは聞きたくねえ」
「何、その心配には及ばないよん。単に私の話し相手になってほしいだけ」
「……」
ベージュのコートを着て、ボタンは全てかけられている。僅かにきらきら輝く質感からは、滅多にお目にかかれないカシミヤ製であることが窺える。腰回りには黒いベルトを締め、鎖状のアクセサリーを吊り下げていた。
「……お兄さん、商人の息子か何かか? 着ている物も高いみたいし、作法も俺なんかと比べて丁寧だ」
「まあ、一応それに値する身分ではある」
「へえ……んで、そんなお坊ちゃまがこんな辺境に何用だ」
「私は家にいるのがそんなに好きではないのでね。時々ふらりと長期の旅行に出るんだ」
「ふうん……」
カクテルを半分程飲み、ジョシュは徐にクロスボウを手に取る。
「ナイトメアか?」
「ああ。時々コミュニケーションも兼ねて、俺が手入れしてやってるんだ」
「ほう、それはいいな。よーし私毛繕い頑張っちゃうぞー」
「……いい。やめろ。気色悪い」
「罵倒の三段構えとはお見事」
子狼は恥ずかしそうに顔を横に振り、男性の身体に戻っていく。
「そちらのナイトメアも、実に可愛いらしい狼ちゃんだこと」
「こんな見た目とは裏腹に、剣の腕は素晴らしいぞ。やってみるか?」
「いんや、遠慮しておく。何分酔いが回ってきているんでなあ」
「フッ、それもそうか」
カランと音を鳴らし、店の扉が開く。
「う……うう……」
だが入ってきた人間は、客と呼ぶにはあまりにも無残な姿をしていた。
「……っ! おい兄さん、大丈夫か!?」
「わっ、私は……げほぉっ!!」
腹と胸から血を流し、顔はすっかり青褪めている。扉を開くとそのまま倒れ込み、咳き込みと同時に多量の血を吐いた。
「……こいつは酷い。誰か、カウンターの裏に治療の魔法具があるから取ってきてくれないか!?」
「わかった!」
数人の客が、倒れている彼を介抱するべく動き回る。しかし二人は入り口から離れた奥の席にいたので、立ち上がることなく様子を見ていた。
「……君は彼をどう見る?」
「もう長くは持たねえだろうなあ」
残ったカクテルをマドラーでかき混ぜながら、二人は入り口からの音に耳を傾ける。
「こ、この先で……私のキャラバンが、賊に……」
「賊だと……?」
「が、外套の、右肩に……獅子の、紋章が……」
「……! タキトス盗賊団か! あんにゃろう……」
「……へえ、タキトスに遭っちまったのかい。そりゃあ運が無かったな」
「知っているのか?」
「そりゃあ傭兵や商人の間では有名な連中よ。あんたも知ってるはずだ……目を着けた者の全てを悉く奪い、非道の限りを尽くす」
「しかも厄介なことに、こいつらイングレンス中にネットワークを構築していてな。堅牢に守備を固めていても的確に弱点を突いてきやがる。オーガに戦斧、盗賊に情報さ」
「……改めて情報を並べられると厄介って思っちゃうなあ」
ジョシュと話していた男性はそう言いながら、立ち上がって騒然としている入り口に向かう。
「失礼。キャラバンが賊に襲われたと、そう言ったよね」
「え、ええ……」
「……その方角と、できれば距離を教えてもらえないかな?」
「……!! まさか兄さん、あいつらを倒しに行くのか!?」
「冗談じゃねえ! あいつらは只の盗賊じゃないんだ、返り討ちに遭うかもしれねえんだぞ!」
「それでも、やられっぱなしというわけにはいかないだろう?」
「……」
倒れている男は蚊の鳴くような声で、口元に耳を近付けた男性に耳打ちをする。
そして情報を得た男性は、彼が事切れた後に、ジョシュが後ろに立っていることに気付いた。
「……行くんだろ? それなら俺もお供してやるよ」
「……酔っているんじゃ?」
「あんたの背中を見ていたらそんなん覚めちまったよ。これでも一端の傭兵だ、連れていって損はないぜ?」
「おっほ、大変心強い」
男は立ち上がり、ジョシュを見つめたまま隣にいた店主に金貨を三枚握らせる。
「急いでいるので釣銭は不用だ。ここの酒は中々美味だった……また立ち寄る機会があれば、よろしく頼むよ」
砂塵が舞う外に出つつ、ジョシュに声をかける。
「私はシルヴァだ。さっきの子狼はカルファ。君は?」
「ジョシュだ。姓は無い。ナイトメアはゴウというんだ」
「よろしくな、ジョシュ、ゴウ。では行くぞ」
「ああ。道案内は頼むぜ、シルヴァ、ロウファ」
エレナージュ王国の領土の大半を占める砂漠は、大きく二つに分かれている。
片方はラース砂漠、国の南半分を覆う神秘と過酷に包まれた地。もう片方はキール砂漠、国の北半分を覆う人と魔物が行き交う地。
現在二人が進んでいるのは後者のキール砂漠、キャラバンが通るために整備された道に沿って歩いていた。
「……先程の店から東、道なりに七百メートル。この辺りのはずだが」
「数十分と経っているから、移動しているかもしれねえな」
「ならばどこに……っ」
先を歩いていたシルヴァは足を止め、手を伸ばしてジョシュを制する。
「……話し声だ。近くにいる」
「どれどれ……」
「いやあ~マッシュの兄貴! 先程の技、お見事でした!」
唾を飛ばす音が混じった声で、毛皮を加工したベストを羽織った盗賊は媚びへつらう。
「へっまだ褒めるには早いよ。獲物はまだ残っているじゃないか。勝ったと気が緩んだ瞬間に何か起こるもんなんだぜ?」
「……!」
「そうでございましたな! おいゴラァ! さっさと残りの積み荷を降ろせぇ!!」
「……」
数人の賊に捲し立てられて、フードが着いた外套を深く被った男性は荷車の積み荷を降ろしていく。
「牛乳、チーズ、その他発酵食品……そんな中に混じってコレだ。僕らがこういうのもあれだけど、君らも結構ゲスいよねえ?」
「……」
「ほらさっさと降ろせよ。そいつも全部纏めて頂いてやるから。無駄にはしてやんねえよ?」
「……」
そうして最も厳重な箱に入った積荷を、地面に置いた時――
「――砂漠の空からこんにちはーっ」
二本の剣閃が、盗賊達の頭上を駆けた。
「なっ、なんだぁ!?」
「敵襲だ!! こいつは……何者だ!?」
「通りすがりのスコーティオ弟でございますよっと」
シルヴァは地面に着地すると、すかさず剣峰を後ろに回す。
直撃した盗賊の一人が、そのまま前に倒れ込んだ。
「よぅし」
シルヴァは来た道に向かって親指を上げる。
「……オッケー!」
それを受けて後方で待機していたジョシュは、動く物体に向かって次々と矢を放つ。
粗雑に見えるが的確に射抜く。彼の普段からの仕事ぶりが窺えるというものだ。
「カルファー、とにかく賊共を倒していってくれい。手段は問わない」
「何だよ、おれの手段は剣しかないの知ってるくせに!」
悪態をつきながらもナイトメア・カルファは剣を振り降ろし、次々と盗賊達を斬っていく。
両手で持ち、体重をかけ、自分よりも遥かに大きい剣を器用に操る。
彼を子狼と侮った者から、彼の剣の錆と化す。
「……スコーティオ? てめえマジで言ってる?」
へらへらとした神経を逆撫でるような声の方向を振り向くと、青髪に縦長の顔の男が曲剣を右手にシルヴァを睨み付けていた。
「うむ、マジマジ大マジ。あの陰険なセーヴァの弟。特に証明できるものを持ってるわけではないけれどぉっ」
素早く目の前に迫ってきたその男、マッシュの剣閃を後ろに飛び退いて回避。
シルヴァが着地した衝撃で砂が少し飛び散った。
剣を鳴らし、砂を飛ばし。時々飛び散る汗はきっとこの暑さによるもの。
シルヴァはマッシュの攻撃を剣身で受け流しながら、様子を窺う。
「……魚人? 砂漠なのに?」
「ああん? 頬の鱗見えたの? へぇ……」
「この暑さじゃ干からびて死なない? いやこっちとしては死んでほしいんだけど――」
突如シルヴァの後ろで生まれ、そして迫ってきた水球を、
すんでの所でカルファが剣で防ぐ。
「……おまえ、与太話はいい加減にしろよ!」
「会話が多いのは強者の余裕って言うだろ?」
「よく言うよ、汗だくの癖に!」
「はっはっはっはっ――
ハァッ!!」
会話の隙を突いてきたマッシュの一撃を、剣の中腹で受け止め、
そのまま力を込めて弾き飛ばす。
「ぐぅっ……!」
「言っただろ、私はスコーティオ弟だって。伊達に剣の修行は積んでいないさ」
「それに魔法でもおまえは敵わないと思うぞ。砂に埋もれたくなれば、さっさと投降しろ!」
カルファは剣先をマッシュに向けて言い放つ。
「へっ……」
「へへっ……」
「へっへっへっへっ……!!!」
「……なんだよ。気でも狂ったか?」
「いや違う、これは――!」
シルヴァは緊迫した表情で上を向く。
そこにはどす黒い雨雲が浮かんでおり――
「――小夜曲を贈ろう、静謐なる水の神よッ!」
「うわあああああああっ!!」
乾いた砂漠に、暴虐が轟いた。
「……っ! シルヴァ、カルファ! 大丈夫か!?」
雷が落ち切った後、矢を仕舞ったジョシュは二人の元に駆け付ける。
彼が到着したタイミングで、カルファが砂から身体を起こす。遅れてシルヴァも起き上がり、口に入った砂を横に吐いた。
「……おれとシルヴァは大丈夫だよ。咄嗟に水の結界を張ってくれたんだ」
「魚人は水属性を操れるからな……同じ属性で打ち消したんだ」
「そうかそうか。しかし……」
ジョシュは荷車を中心にして周囲を見回す。
先程まで動いていた盗賊は、その大半が雷の影響で黒く焦げ、ただの炭化物と成り果てていた。
雷を司る神ですらも、その顔を判別できやしないだろう。
「……あの青髪の奴か。こちらからでも動きが見えた」
「奴め、仲間を犠牲にここから脱出したとは……何たる非道」
「というか盗賊やってる時点で……っておい! あいつはどうしたんだ!」
「あいつ?」
「ほら、盗賊達に脅されて積荷を降ろしていた奴!」
「ん、それなら……あそこに」
シルヴァが顎でしゃくった先には、フードの男性がうつ伏せに倒れている。
「彼にも結界をかけたんだ。まあ咄嗟すぎて我々三人が限界だったがな」
「……俺、後衛で本当に良かったわ。おーい起きろ!」
ジョシュは倒れている男性に駆け付け、容態なぞお構いなしに身体を揺らす。
「う……」
「大丈夫か兄ちゃん。タキトスに遭っちまうなんて、お前も災難だったなあ」
「……助けて、くれたの、ですか」
「ああそうだ。兄ちゃんの仲間が命からがら逃げ出してきてな。こっちで襲われているって教えてくれたんだ」
「そ、れ、は……」
男が顔を上げた瞬間、被っていたフードがほろりと外れ、中の顔が露わになる。
「君は……!」
「あ……シルヴァ、様……?」
「……知り合いか?」
「君の口は堅い?」
「仕事に悪影響を及ぼさないのであれば」
「まあどのような返答であっても、説明を簡単にするために言うんだけど。彼はクライヴ・パルズ・ロズウェリ、ロズウェリ家の嫡男だ」
「……パルズミールのトップだと?」
ジョシュは改めて彼の顔を見る。灰色の髪に頭から生えた狼の耳、実際に会うのは初めてだが、精悍とした顔付きからは良家の生まれであることが窺える。
「……どうして」
「我々には、我々の、事情が、あ……」
「こんなザマで事情とか言ってられるかよ。襲った側も襲われた側も殆ど死んで、商品も黒焦げになったんだぞ」
「……」
クライヴは目だけで周囲を見回し、そして悔しそうに拳を握った。
「さて、この後どうするか……こんな砂漠のど真ん中じゃあ、助けを呼ぶなんて無理だ」
「……じゃあこれを使うしかないか」
シルヴァは懐から球体を取り出す。それはコートの中から出た瞬間、白く輝き出した。
「瞬間移動球か。噂には聞いていたが初めて見たぞ」
「一度使ったら補充のために実家に戻らないといけないから、あまり使いたくはないんだけど……」
「ここで使わないでいつ使うんだよ? もしもの時の瞬間移動、だろ? 今はどう見てももしもの時だ」
「ああ……至極真っ当な言い分だぁ」
光球を地面に叩き付けると、魔法陣が展開される。それは風に煽られ、点滅を繰り返している。
「行き先はどうなっている?」
「リネスの南西門前。あの町なら医療設備も整っているはずだ」
「よし、じゃあ……この魔法陣の中に入ればいいんだったな? そして兄ちゃんは俺が担ぐとしよう」
「ありがたい。前線を張っていたせいで、疲労が物凄いんだ」
ジョシュに次いでカルファが魔法陣に入る。最後にシルヴァが入り、彼は呪文を唱えた。
「……どうしましたか」
「あちらのお客様からでございます」
「……ほう?」
傭兵ジョシュは渡されたグラスを傾け、それがやってきた方向を見遣る。
そこにいたのは銀色のロングヘアーを持つ男性。顔の中央で二つに分け、悠然と流している。中央の前髪を少し残して上げている、所謂インテークヘアー。細い顔つきを髪が浮き上がらせている。
そんな彼はジョシュの視線に気付くと、手を挙げて返事の代わりにする。
そして剣を背中に担いだ、二足歩行で赤毛の子狼を連れて、ジョシュの隣にやってきた。
「……『ヴァルハラミッドナイト』。この店で最も高いカクテルじゃないか」
「これなら私の頼みも断れないだろう?」
「俺は疲れてるんだ。面倒臭い頼みは聞きたくねえ」
「何、その心配には及ばないよん。単に私の話し相手になってほしいだけ」
「……」
ベージュのコートを着て、ボタンは全てかけられている。僅かにきらきら輝く質感からは、滅多にお目にかかれないカシミヤ製であることが窺える。腰回りには黒いベルトを締め、鎖状のアクセサリーを吊り下げていた。
「……お兄さん、商人の息子か何かか? 着ている物も高いみたいし、作法も俺なんかと比べて丁寧だ」
「まあ、一応それに値する身分ではある」
「へえ……んで、そんなお坊ちゃまがこんな辺境に何用だ」
「私は家にいるのがそんなに好きではないのでね。時々ふらりと長期の旅行に出るんだ」
「ふうん……」
カクテルを半分程飲み、ジョシュは徐にクロスボウを手に取る。
「ナイトメアか?」
「ああ。時々コミュニケーションも兼ねて、俺が手入れしてやってるんだ」
「ほう、それはいいな。よーし私毛繕い頑張っちゃうぞー」
「……いい。やめろ。気色悪い」
「罵倒の三段構えとはお見事」
子狼は恥ずかしそうに顔を横に振り、男性の身体に戻っていく。
「そちらのナイトメアも、実に可愛いらしい狼ちゃんだこと」
「こんな見た目とは裏腹に、剣の腕は素晴らしいぞ。やってみるか?」
「いんや、遠慮しておく。何分酔いが回ってきているんでなあ」
「フッ、それもそうか」
カランと音を鳴らし、店の扉が開く。
「う……うう……」
だが入ってきた人間は、客と呼ぶにはあまりにも無残な姿をしていた。
「……っ! おい兄さん、大丈夫か!?」
「わっ、私は……げほぉっ!!」
腹と胸から血を流し、顔はすっかり青褪めている。扉を開くとそのまま倒れ込み、咳き込みと同時に多量の血を吐いた。
「……こいつは酷い。誰か、カウンターの裏に治療の魔法具があるから取ってきてくれないか!?」
「わかった!」
数人の客が、倒れている彼を介抱するべく動き回る。しかし二人は入り口から離れた奥の席にいたので、立ち上がることなく様子を見ていた。
「……君は彼をどう見る?」
「もう長くは持たねえだろうなあ」
残ったカクテルをマドラーでかき混ぜながら、二人は入り口からの音に耳を傾ける。
「こ、この先で……私のキャラバンが、賊に……」
「賊だと……?」
「が、外套の、右肩に……獅子の、紋章が……」
「……! タキトス盗賊団か! あんにゃろう……」
「……へえ、タキトスに遭っちまったのかい。そりゃあ運が無かったな」
「知っているのか?」
「そりゃあ傭兵や商人の間では有名な連中よ。あんたも知ってるはずだ……目を着けた者の全てを悉く奪い、非道の限りを尽くす」
「しかも厄介なことに、こいつらイングレンス中にネットワークを構築していてな。堅牢に守備を固めていても的確に弱点を突いてきやがる。オーガに戦斧、盗賊に情報さ」
「……改めて情報を並べられると厄介って思っちゃうなあ」
ジョシュと話していた男性はそう言いながら、立ち上がって騒然としている入り口に向かう。
「失礼。キャラバンが賊に襲われたと、そう言ったよね」
「え、ええ……」
「……その方角と、できれば距離を教えてもらえないかな?」
「……!! まさか兄さん、あいつらを倒しに行くのか!?」
「冗談じゃねえ! あいつらは只の盗賊じゃないんだ、返り討ちに遭うかもしれねえんだぞ!」
「それでも、やられっぱなしというわけにはいかないだろう?」
「……」
倒れている男は蚊の鳴くような声で、口元に耳を近付けた男性に耳打ちをする。
そして情報を得た男性は、彼が事切れた後に、ジョシュが後ろに立っていることに気付いた。
「……行くんだろ? それなら俺もお供してやるよ」
「……酔っているんじゃ?」
「あんたの背中を見ていたらそんなん覚めちまったよ。これでも一端の傭兵だ、連れていって損はないぜ?」
「おっほ、大変心強い」
男は立ち上がり、ジョシュを見つめたまま隣にいた店主に金貨を三枚握らせる。
「急いでいるので釣銭は不用だ。ここの酒は中々美味だった……また立ち寄る機会があれば、よろしく頼むよ」
砂塵が舞う外に出つつ、ジョシュに声をかける。
「私はシルヴァだ。さっきの子狼はカルファ。君は?」
「ジョシュだ。姓は無い。ナイトメアはゴウというんだ」
「よろしくな、ジョシュ、ゴウ。では行くぞ」
「ああ。道案内は頼むぜ、シルヴァ、ロウファ」
エレナージュ王国の領土の大半を占める砂漠は、大きく二つに分かれている。
片方はラース砂漠、国の南半分を覆う神秘と過酷に包まれた地。もう片方はキール砂漠、国の北半分を覆う人と魔物が行き交う地。
現在二人が進んでいるのは後者のキール砂漠、キャラバンが通るために整備された道に沿って歩いていた。
「……先程の店から東、道なりに七百メートル。この辺りのはずだが」
「数十分と経っているから、移動しているかもしれねえな」
「ならばどこに……っ」
先を歩いていたシルヴァは足を止め、手を伸ばしてジョシュを制する。
「……話し声だ。近くにいる」
「どれどれ……」
「いやあ~マッシュの兄貴! 先程の技、お見事でした!」
唾を飛ばす音が混じった声で、毛皮を加工したベストを羽織った盗賊は媚びへつらう。
「へっまだ褒めるには早いよ。獲物はまだ残っているじゃないか。勝ったと気が緩んだ瞬間に何か起こるもんなんだぜ?」
「……!」
「そうでございましたな! おいゴラァ! さっさと残りの積み荷を降ろせぇ!!」
「……」
数人の賊に捲し立てられて、フードが着いた外套を深く被った男性は荷車の積み荷を降ろしていく。
「牛乳、チーズ、その他発酵食品……そんな中に混じってコレだ。僕らがこういうのもあれだけど、君らも結構ゲスいよねえ?」
「……」
「ほらさっさと降ろせよ。そいつも全部纏めて頂いてやるから。無駄にはしてやんねえよ?」
「……」
そうして最も厳重な箱に入った積荷を、地面に置いた時――
「――砂漠の空からこんにちはーっ」
二本の剣閃が、盗賊達の頭上を駆けた。
「なっ、なんだぁ!?」
「敵襲だ!! こいつは……何者だ!?」
「通りすがりのスコーティオ弟でございますよっと」
シルヴァは地面に着地すると、すかさず剣峰を後ろに回す。
直撃した盗賊の一人が、そのまま前に倒れ込んだ。
「よぅし」
シルヴァは来た道に向かって親指を上げる。
「……オッケー!」
それを受けて後方で待機していたジョシュは、動く物体に向かって次々と矢を放つ。
粗雑に見えるが的確に射抜く。彼の普段からの仕事ぶりが窺えるというものだ。
「カルファー、とにかく賊共を倒していってくれい。手段は問わない」
「何だよ、おれの手段は剣しかないの知ってるくせに!」
悪態をつきながらもナイトメア・カルファは剣を振り降ろし、次々と盗賊達を斬っていく。
両手で持ち、体重をかけ、自分よりも遥かに大きい剣を器用に操る。
彼を子狼と侮った者から、彼の剣の錆と化す。
「……スコーティオ? てめえマジで言ってる?」
へらへらとした神経を逆撫でるような声の方向を振り向くと、青髪に縦長の顔の男が曲剣を右手にシルヴァを睨み付けていた。
「うむ、マジマジ大マジ。あの陰険なセーヴァの弟。特に証明できるものを持ってるわけではないけれどぉっ」
素早く目の前に迫ってきたその男、マッシュの剣閃を後ろに飛び退いて回避。
シルヴァが着地した衝撃で砂が少し飛び散った。
剣を鳴らし、砂を飛ばし。時々飛び散る汗はきっとこの暑さによるもの。
シルヴァはマッシュの攻撃を剣身で受け流しながら、様子を窺う。
「……魚人? 砂漠なのに?」
「ああん? 頬の鱗見えたの? へぇ……」
「この暑さじゃ干からびて死なない? いやこっちとしては死んでほしいんだけど――」
突如シルヴァの後ろで生まれ、そして迫ってきた水球を、
すんでの所でカルファが剣で防ぐ。
「……おまえ、与太話はいい加減にしろよ!」
「会話が多いのは強者の余裕って言うだろ?」
「よく言うよ、汗だくの癖に!」
「はっはっはっはっ――
ハァッ!!」
会話の隙を突いてきたマッシュの一撃を、剣の中腹で受け止め、
そのまま力を込めて弾き飛ばす。
「ぐぅっ……!」
「言っただろ、私はスコーティオ弟だって。伊達に剣の修行は積んでいないさ」
「それに魔法でもおまえは敵わないと思うぞ。砂に埋もれたくなれば、さっさと投降しろ!」
カルファは剣先をマッシュに向けて言い放つ。
「へっ……」
「へへっ……」
「へっへっへっへっ……!!!」
「……なんだよ。気でも狂ったか?」
「いや違う、これは――!」
シルヴァは緊迫した表情で上を向く。
そこにはどす黒い雨雲が浮かんでおり――
「――小夜曲を贈ろう、静謐なる水の神よッ!」
「うわあああああああっ!!」
乾いた砂漠に、暴虐が轟いた。
「……っ! シルヴァ、カルファ! 大丈夫か!?」
雷が落ち切った後、矢を仕舞ったジョシュは二人の元に駆け付ける。
彼が到着したタイミングで、カルファが砂から身体を起こす。遅れてシルヴァも起き上がり、口に入った砂を横に吐いた。
「……おれとシルヴァは大丈夫だよ。咄嗟に水の結界を張ってくれたんだ」
「魚人は水属性を操れるからな……同じ属性で打ち消したんだ」
「そうかそうか。しかし……」
ジョシュは荷車を中心にして周囲を見回す。
先程まで動いていた盗賊は、その大半が雷の影響で黒く焦げ、ただの炭化物と成り果てていた。
雷を司る神ですらも、その顔を判別できやしないだろう。
「……あの青髪の奴か。こちらからでも動きが見えた」
「奴め、仲間を犠牲にここから脱出したとは……何たる非道」
「というか盗賊やってる時点で……っておい! あいつはどうしたんだ!」
「あいつ?」
「ほら、盗賊達に脅されて積荷を降ろしていた奴!」
「ん、それなら……あそこに」
シルヴァが顎でしゃくった先には、フードの男性がうつ伏せに倒れている。
「彼にも結界をかけたんだ。まあ咄嗟すぎて我々三人が限界だったがな」
「……俺、後衛で本当に良かったわ。おーい起きろ!」
ジョシュは倒れている男性に駆け付け、容態なぞお構いなしに身体を揺らす。
「う……」
「大丈夫か兄ちゃん。タキトスに遭っちまうなんて、お前も災難だったなあ」
「……助けて、くれたの、ですか」
「ああそうだ。兄ちゃんの仲間が命からがら逃げ出してきてな。こっちで襲われているって教えてくれたんだ」
「そ、れ、は……」
男が顔を上げた瞬間、被っていたフードがほろりと外れ、中の顔が露わになる。
「君は……!」
「あ……シルヴァ、様……?」
「……知り合いか?」
「君の口は堅い?」
「仕事に悪影響を及ぼさないのであれば」
「まあどのような返答であっても、説明を簡単にするために言うんだけど。彼はクライヴ・パルズ・ロズウェリ、ロズウェリ家の嫡男だ」
「……パルズミールのトップだと?」
ジョシュは改めて彼の顔を見る。灰色の髪に頭から生えた狼の耳、実際に会うのは初めてだが、精悍とした顔付きからは良家の生まれであることが窺える。
「……どうして」
「我々には、我々の、事情が、あ……」
「こんなザマで事情とか言ってられるかよ。襲った側も襲われた側も殆ど死んで、商品も黒焦げになったんだぞ」
「……」
クライヴは目だけで周囲を見回し、そして悔しそうに拳を握った。
「さて、この後どうするか……こんな砂漠のど真ん中じゃあ、助けを呼ぶなんて無理だ」
「……じゃあこれを使うしかないか」
シルヴァは懐から球体を取り出す。それはコートの中から出た瞬間、白く輝き出した。
「瞬間移動球か。噂には聞いていたが初めて見たぞ」
「一度使ったら補充のために実家に戻らないといけないから、あまり使いたくはないんだけど……」
「ここで使わないでいつ使うんだよ? もしもの時の瞬間移動、だろ? 今はどう見てももしもの時だ」
「ああ……至極真っ当な言い分だぁ」
光球を地面に叩き付けると、魔法陣が展開される。それは風に煽られ、点滅を繰り返している。
「行き先はどうなっている?」
「リネスの南西門前。あの町なら医療設備も整っているはずだ」
「よし、じゃあ……この魔法陣の中に入ればいいんだったな? そして兄ちゃんは俺が担ぐとしよう」
「ありがたい。前線を張っていたせいで、疲労が物凄いんだ」
ジョシュに次いでカルファが魔法陣に入る。最後にシルヴァが入り、彼は呪文を唱えた。
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2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ちょっとエッチな執事の体調管理
mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。
住んでいるのはそこらへんのマンション。
変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。
「はぁ…疲れた」
連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。
(エレベーターのあるマンションに引っ越したい)
そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。
「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」
「はい?どちら様で…?」
「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」
(あぁ…!)
今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。
「え、私当たったの?この私が?」
「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」
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