ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章3節 学園生活/楽しい三学期

第154話 身近なあなたのこと

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「ふー……手が凝ってきたなあ」


 エリスは手に持っていた物を机に置き、肩を回す。


「ごめんね、課外活動のことで手伝わせて」
「気にしないでいいよ~。これもまた経験経験」


 現在彼女がいるのは、カタリナが生活している寮の部屋。他のルームメイトは出計らっていて、今はセバスンを含めた三人しかいない。男子達は試験に向けて気合を入れている一方、女子達はまだ気楽なようだ。


「学園祭で販売する商品って、もうこの頃から作ってるんだね~」
「そうだよ。ゆっくり時間をかけて手作りの商品を作るんだ」
「何かいいね……あれっ」


 エリスは目の前にある菓子入れに手を伸ばすが、そこは空になっていた。


「ああ、お菓子なくなっちゃったか……足りなかったかな」
「何かごめんね、わたしがばくばく食べちゃったからだね」
「いいよ、気にしないで。手伝ってもらってるんだからこれぐらい……あ、紅茶も残り少しだ。買ってこないとな……」

「じゃあ今行こうよ。休憩も兼ねてさ」
「……わかった。エリスがそう言うなら、あたしもそうするよ。セバスン、留守番お願い」
「承知致しました」




 こうして二人は準備を整え、外へと繰り出す。



 一方第二階層。それなりに高いビルが多く立ち並ぶ中を、休日模様の二人の魔術師が行く。




「あ~……今日あったかいなあ。コート着てきたの間違いだったかなあ……」
「まあ三月も近付いてきたしな」
「そうだねえ……はぁ」


 カベルネは隣を歩いているティナをちらっと見て、そして溜息をつく。


「……仕方ないだろ。試験も近いんだから、教師は忙しいんだ」
「わかってるよぉ……ティナも付き合ってくれてありがとうねぇ……優しいねぇ……」
「そういう君も随分と優しいよな……弟君からもらったチケット、受け取ったんだろ?」
「まあね……」


 左手に握られた二枚の紙が、力を込められ更に皺が付く。


「ん……?」
「どうした?」
「あの子、生徒会室にいた……ちょっと挨拶してこよう」





「……さあ、到着しましたわ! ここがわたくしのおすすめのお店、『柳屋』でございますのよ!」
「はへぇ……素朴な感じぃ……」


 第二階層に到着したエリスとカタリナ。そこで予期せぬ出会いがあり、予期せぬ店に導かれることになっていた。


「ここのレモンケーキが美味しくて、しっとり甘酸っぱい手が止まらないお味なのですわ! それでいて値段はお手頃! わたくしも普段から贔屓にしている素晴らしいお店なんですの!」
「それはすごい……! アザーリア先輩、ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます……!」
「いいえ、これも何かの縁でございますわ……って、あら!」



 アザーリアは視界に紫髪の人物の姿を納めると、そちらに向かって行く。



「カベルネ様! 先週ぶりですわね!」
「え、ああ……久しぶりだね」
「今日はすっかりオフモードという感じだな」
「うふふ、このキュロットスカートは最近買ったんですの~!」


 楽しそうにしているアザーリアを見て、入り口に差しかかっていたエリスとカタリナも思わず戻ってきた。


「アザーリア先輩、お知り合いの方ですか?」
「まあエリスちゃん! 放ってしまって申し訳ありませんわ! そうですわね、この機会だからご紹介いたしますわ! この方達は……」

「あ、待って。大人なんだし自分で自己紹介するよ。あたしはカベルネ、スコーティオ家はシルヴァ様に仕える魔術師だよ」
「ティナだ。所属はカベルネと同じ」
「……シルヴァ様ですか?」


 エリスは不思議そうに問う。カタリナも首を傾げていた。


「あ~……知らない? いや、授業でちょっとだけ聞いたぐらいかな? アザーリア、この子達って一年生かな?」
「その通り、採れ立てぴっちぴちの一年生ですわ! わたくしの可愛い後輩ですの!」
「成程。ならば知らないのも無理はない。何せ四月からずっと帰ってないからな……」


「えーと……セーヴァ様の弟とか、ですか?」
「はいビンゴ。もっとも年が十歳ぐらい離れていて、仲もそんなに良くないみたいだけどね」
「私達も四月に会ったっきりでそろそろ顔を忘れそうなぐらいだ」
「へぇ……不思議な方ですね」



 軒下に入って話をする五人の横を、土曜日を過ごす人が通り過ぎていく。特に何の変わりもない、普段の街の光景。



「ところで、お二人はどうしてこの階層にいらっしゃいますの?」
「ああ、今日は休日なんだ。それでマイケルに貰ったこれを消化しようと」
「まあ! 王国劇団のチケットですわね!」


 カベルネは半券をひらひらと見せる。そこに描いてあったのは二人の男。



 片方は少し乱れた髭を生やした、赤い鎧の男性。その隣にいる――鉄の鎧を着た少年を、跪き見つめながら立っている。



「『騎士王アーサーと円卓の騎士ガウェインの絆』。話は知ってるけどさ、劇で見たことはないからこの機会に~って」



「……」
「……ん? どうしたエリス? だっけ? そんな複雑そうな顔して?」
「あ、いや……」



「……そのお話ってどんな話なんですか?」


 カタリナは純然たる興味から、二人に問いかけた。


「えっとね、騎士王伝説の一節で、アーサーとガウェインが冒険する話。その途中で二人は荒野の城に入るんだけど、そこの城主にアーサーは呪いをかけられる。七日以内に女が望む物は何かという問いに対して答えを出さないと死ぬっていうね」
「え……それって不味くないですか」


「不味かった。ギリギリまで答えは見つかんなかった。でも最後の最後に答えを知っているという超絶ブスの女が現れてさー。自分を円卓の騎士の一人と結婚させるというのを条件に、城まで行って城主に答えを突きつけてやった」
「その、結婚する円卓の騎士って……」


「当然事情を知っているガウェインだよね。今まで話した内容が前半で、後半はブス女にガウェインが振り回される日常が描かれる。聡明で勇猛なガウェインが散々な目に合う。そんで最後は何かいいことがあって、人は見かけじゃなくて心だよね! ってオチであっそれめでてーなー」
「笑い有りしんみり有りでよく喜劇の題材にされている伝承だな。作家によってはアーサーが涙を流したりする情けない男として描かれているぞ。それを絆というのかどうかは賛否が分かれるが」


 ティナはそう言って半券に目を通した後、近くの壁掛け時計を見遣る。


「っと、こんな話をしていたら開演時間が迫ってきたぞ」
「ならばそろそろ行くか~。んじゃ、また会う機会があったらよろしくね」
「よろしくお願いしますわ!」
「……はい、よろしく……です」
「んじゃあね~」


 カベルネとティナが去っていくのを、学生三人は姿が見えなくなるまで見つめていた。




「……エリスちゃん?」
「は、はいっ」
「どうしましたの、騎士王伝説の話になってから気分が落ち込んだようですけど」

「騎士王伝説……ええっと、そんな話もあったなあって思い出してたんです」
「そうでしたの。ならいいのですけれど……そうだ、よろしければ買い物を手伝って差し上げましてよ?」
「大丈夫です、作業のお供を買うだけなので。お気持ちだけ受け取っておきます」
「うふふ……それなら、わたくしはここで失礼しますわ」



 アザーリアは小刻みに跳ねながら、エリス達の前から去るのだった。




(……)


(騎士王伝説についての文献は……目を通してきたけど……)


(……本当にアーサーがそんなことしたのかな?)


(あのアーサーが……)



「……エリス、あたし達も買い物行こうよ」
「んあっ……そうだね、当初の目的を果たそう」



(今まで意識してなかったこと……忘れがちだったこと。いつか訊かないとな……)





 その日の晩、唐突にエリスの脳内を『思い立ったが吉日』ということわざが過った。





「アーサーぁー」
「どうした」


 夕食の後、実家から送られてきた苺を食べながら、何ともない会話という雰囲気で。


「アーサーってさー、昔ガウェインと一緒に冒険したの?」
「……」


「そこで出された問題がわかんなくて、泣き付いたりしたの?」
「……」


「他にも色んな冒険をアーサーはしてきたのー?」
「……」




「記憶にない」


 まあそうだよね、とエリスが切り上げようとした矢先。


「仮に実際オレがそうだとしたら、お前は失望するか」


 予想の斜め上の返しをされたので驚く。




「え……っと」
「……」


 黙って苺と紅茶を食す彼の顔を見ながら適切な答えを探る。


「……」


「失望はしない……けど」


「意外に思って、それから嬉しくなるかな」




 今度はアーサーが驚く番。食指を止めてエリスを見つめる。




「嬉しい……」
「アーサーも普通の人間と同じように、色んな感情があるんだなあって。そう遠くない存在だと思うと安心するの」
「……」


 点と点が繋がるように疑問は生まれる。


「お前は、オレが人間に近いことを実感すると嬉しくなるのか」
「うん。だって、あなたは伝説の騎士王だよ。やっぱりすごい存在……って思っちゃうもん」
「……」



「あとはそうだなあ……」

「友達のことを知れて嬉しい、って感じなのかな?」



「……友達」
「同年代の子としてさ。加えていつも一緒にいるんだもん、知りたいと思うのは普通のことじゃない?」


 アーサーはエリスの微笑みに大きく頷き、反応を示した。


「アーサー……?」
「……オレにもそういう時がある」



「お前のことを知れて嬉しい、って時が……」



 照れ笑いと共に頭を掻く。



「……」

「……そうなんだ」


 エリスはアーサーの隣まで移動し、彼がソファーに置いていた手を握った。


「……何だ」
「何となく。あったかいでしょ?」
「……ああ」



 雪解けはもう近い。大切な――友達と共に。


 一足お先に二人は春を感じていた。
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