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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期
第131話 幕間:獣人の国・その5
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「ふうむ……」
ヘンリー・ロイス・ウェルザイラ。グレイスウィル王家たるプランタージ家所属の魔術師で、巷では色んな趣味を持つ変人として有名。
しかし今は魔術師としての実力を存分に発揮し、騎士達が持ち帰った土の小聖杯を隈なく鑑定している。
「どうでしょうか。やはり何か異変は……」
「いや、それはないよ。毒とかは仕込まれていないし、杯自体に加工が施されているわけでもない。ただ……」
「……ただ?」
「……この中の魔力がごっそり持っていかれている」
杯の中を覗き込みながら、ヘンリーは淡々と告げる。
「……ああー。どうにもほいほい話が進むなあって思ったら、既に代金は頂戴しましたってやつかよ。あいつら……」
「え……それって、かなり不味いんじゃないですか……?」
「うん、かなり不味いよ。ただでさえ減っていたのにそこから更に盗られて、現在は最大値の二割五分しか入っていない。寒冷で不毛なパルズミールの地に豊穣を齎した魔力。今でも定期的にここから魔力供給を行っている現状、こんなに少ないと今後どんなことが起こるかわからない」
「……」
「だから大至急供給をしないとね。良かったら見ていくかい?」
「いいんですか?」
「まあ、普段は入れない所の見学だと思ってくれれば。ついてきてよ」
パルズミール地方にある四つの獣人の国、それらを取りまとめ懸け橋となっている緩衝区。そこでも更に中心にある建物、パルズミール神殿に土の小聖杯は安置されている。
ヘンリーに案内されたのはその地下。光球によって照らされる地下室には、こじんまりとした水槽が置かれていた。その両脇で魔術師達がてきぱきと何かの準備をしている。
「うぁぁぁ……」
「くっ……」
「君達大丈夫? 目や鼻に刺激が来ているんだよね?」
「はい……えっと、玉ねぎを切った時の感覚みたいなぁ……」
「ははっ、面白い表現するね君。まあそれは置いといて、その刺激はあの水槽に溜まっている魔力水が原因だね。あれの濃度七割なんだ」
一行は水槽にどんどん近付く。
魔力が湯気となって吹き上がっていくのが、次第に目に見えてくる。
「七……魔力に関しては五割から高濃度と言われますけど、そんなに……」
「浸透法の必要な濃度はこれぐらいだからね。魔力水の濃度は濃くしないと、魔力が残っていない物体に流れていかない。最もさっき調べた結果を踏まえると、それだと追い付かないだろうから、今後は濃度を八割五分まで引き上げる予定だ」
「そ、そんなことされたら、私ここにいられましぇえん……」
「まあ今はやらないから大丈夫だよ。ふぅ……」
ヘンリーがゆっくり息を吐くと、彼の身体が薄い魔力の膜に覆われる。
「ヘンリー様、魔力水の準備完了しました」
「よし。では今日は僕が入れようかな……」
「お気をつけてください」
彼はローブの内側から小聖杯を取り出し、水槽に踏み入る。
「よっと……とぉ」
「ひっ……!」
「大丈夫、ちょっと滑っただけさ。それっ……」
一歩ずつ歩みを進め、そして中央の仕切られている空間に、静かに小聖杯を置いて戻る。
「……ああー。でもやっぱり緊張するなあ」
「近くにいるだけでも辛いのに、中に入るなんて……もう、凄いぃ……」
「まあ魔術師の端くれだからね。魔力耐性も自然に身に付くもんだよ」
「なるほどぉ~……っていうか先輩方は何ともないんですかぁ!?」
「ヘンリー殿と同じように慣れたからな。お前らは新兵だから、まだ瘴気排除演習もそんなにやってないだろ。だから高濃度の魔力に対する耐性がないのさ。ちなみにナイトメアも同様らしいから、頼ろうとしてもほぼ意味ないっぽいぞ」
「結局は自分で慣れていくしかないってことだね。さて、僕はここに残って作業していくけど、君達は……出て行った方がいいね、うん」
「すみません。流石にこれ以上は限界が……」
カイルは鼻をつまみ目をギリギリまで細めるだけで済んでいるが、ウェンディに至っては完全に目を瞑ってレーラにしがみついている。
「貴重な場所にご案内いただきありがとうごぜえましたっと。んじゃあお仕事頑張ってください」
「それはお互い様だね。帰り道お気を付けて」
そして四人は神殿の地下から昇り、新鮮な空気を吸って頭をすっきりさせていた。
「お前ら水銀って知ってるか? 液体の癖に金属っつー生意気な物質なんだけどよ」
「当然です」
「確か、昔の偉い人が不老不死を求めて飲んでしまったってやつですよね」
「そうそう。それと同じノリで、不老不死になるべく、浸透法による魔力供給が行われていたらしい。生身の身体に全身浸かってたんだとよ。当然適切な魔力濃度とか解明されてねえから、浸かるのは十割魔力水だ。実質大気中の魔力を凝縮してるようなもんにだ」
「……死にませんかそれええええ!?」
「死ななかったとしても、そんな痛みを受けたら精神に影響が出るわね……ん。今の言い方からすると、浸透法はそんな昔から確立されていたってこと?」
「実はなんと聖杯が生まれる前からあったらしいぞ。ここにあるのは古代に使われていた水槽を改造したもので……って聞いた」
「へえ~、昔の人って凄い技術を持ってたんですねぇ」
四人はがらんと開けた神殿の中を歩き回りながら語り合う。
「ここ、神殿って言う割には広いですよね。その割には物があまりない」
「元々は獣人が覇を競い合う闘技場だったらしい。それをロズウェリの初代が土の小聖杯を持ってきた時に、丁度いい感じの置き場所ねーかなーって探した結果、何かと都合が付いたのがここだったんだとさ」
話しているうちに一番広い空間に到着し、周囲を見回す。そこには祭壇の周囲に六つの巨大な石像が建てられており、またここまでやってくると人の姿もよく見受けられた。
「それぞれの獣人の先祖とされる神様を祀った像だ。ええと正面から左回りに、フェンリル、エオスカレ、シュターデン、カリュドン、ルナール、セクメトだな」
「言えるんだな、正直意外だ」
「魔法学園に入学したら覚えさせられるんだよ……全問解答するまで帰れねえ」
アルベルトは苦い思い出を噛み締めながら頭を掻いている。
「さあて……何かもう本格的にやることなくなったな」
「それなら後は帰るまでよ。その算段も決めていかないといけないけど」
「何だかなあ……こんなにあっさりと解決するなら、もっと少人数でも良かったんじゃないのか?」
「馬鹿言わないで。もし彼等が強硬に出ていれば戦闘は避けられなかったのよ。アルビムは決して手の内を見せない集団、何をされたかわかったもんじゃないわ」
「そうですね。警戒はしておくに越したことはなかったと思いますよ」
「まあ……結果が全てか。調査なんてそんなもんよな……」
「ん……」
「ああ、アルベルトさんにレーラさん! ご無沙汰しております!」
四人の後ろ、神殿の正面入り口からリュッケルトとリティカが入ってきて、祭壇の前で立ち止まっていた四人に近付く。
「これはこれはリュッケルト様にリティカ様。このような場所ではございますがお会いできて光栄でございます」
レーラが一歩前に出て頭を下げ、挨拶をする。
「ううん、こちらこそ! それで、お仕事の方はどうですか?」
「殆ど終えたのでこれから後処理を行い、それから本国に帰還する予定であります」
「それなら、これから一緒にお茶でもいかがですか?」
「はっ。我々は全く構いませんが、お二方はよろしいのですか?」
「全然大丈夫です! グレイスウィルから久しぶりのお客様ですもの、こちらがお話を聞きたいぐらいだわ! 主にお母様とウィングレー家のお話をね!」
「そういうことでしたら、幾らでもお話いたします」
「やったあ! 早く屋敷に戻って、アメリア様にお知らせしましょう!」
リティカは一足先に走り出してしまう。
「ああ、リティカ……! 駄目じゃないか、お客様を放っておいたら。仕方ないなあ、皆さんは僕についてきてくださいね」
「お心遣い、誠に感謝いたします」
五人は神殿の入り口に向かって歩き出す。その間、レーラの後ろでアルベルトが後輩二人にひそひそと話した。
「信じられるか? あのお二方が将来アドルフ様やルドミリア様みたいになるんだぞ?」
「熱心で優秀ならそれに越したことはないのでしょうか」
「まあそうなんだがな。あんな風に下の身分の者にも優しく接してくれると、こっちもやる気出るよな」
「つまりグレイスウィルの将来は安泰ってことですね! やったあ!」
「……ウェンディ、お前って一々リアクションが面白いよな」
「どういうことですかアルベルト先輩!?」
「そのまんまの意味だ馬鹿者。ほら遅れちまってるぞ、急げ!」
「あっ、待ってくださいせんぱーい!」
「先輩……全く」
冷たく澄んだ冬の空に、獣の臭いが漂う大地。今日も生命は理と本能のままに生きていく。
ヘンリー・ロイス・ウェルザイラ。グレイスウィル王家たるプランタージ家所属の魔術師で、巷では色んな趣味を持つ変人として有名。
しかし今は魔術師としての実力を存分に発揮し、騎士達が持ち帰った土の小聖杯を隈なく鑑定している。
「どうでしょうか。やはり何か異変は……」
「いや、それはないよ。毒とかは仕込まれていないし、杯自体に加工が施されているわけでもない。ただ……」
「……ただ?」
「……この中の魔力がごっそり持っていかれている」
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「……ああー。どうにもほいほい話が進むなあって思ったら、既に代金は頂戴しましたってやつかよ。あいつら……」
「え……それって、かなり不味いんじゃないですか……?」
「うん、かなり不味いよ。ただでさえ減っていたのにそこから更に盗られて、現在は最大値の二割五分しか入っていない。寒冷で不毛なパルズミールの地に豊穣を齎した魔力。今でも定期的にここから魔力供給を行っている現状、こんなに少ないと今後どんなことが起こるかわからない」
「……」
「だから大至急供給をしないとね。良かったら見ていくかい?」
「いいんですか?」
「まあ、普段は入れない所の見学だと思ってくれれば。ついてきてよ」
パルズミール地方にある四つの獣人の国、それらを取りまとめ懸け橋となっている緩衝区。そこでも更に中心にある建物、パルズミール神殿に土の小聖杯は安置されている。
ヘンリーに案内されたのはその地下。光球によって照らされる地下室には、こじんまりとした水槽が置かれていた。その両脇で魔術師達がてきぱきと何かの準備をしている。
「うぁぁぁ……」
「くっ……」
「君達大丈夫? 目や鼻に刺激が来ているんだよね?」
「はい……えっと、玉ねぎを切った時の感覚みたいなぁ……」
「ははっ、面白い表現するね君。まあそれは置いといて、その刺激はあの水槽に溜まっている魔力水が原因だね。あれの濃度七割なんだ」
一行は水槽にどんどん近付く。
魔力が湯気となって吹き上がっていくのが、次第に目に見えてくる。
「七……魔力に関しては五割から高濃度と言われますけど、そんなに……」
「浸透法の必要な濃度はこれぐらいだからね。魔力水の濃度は濃くしないと、魔力が残っていない物体に流れていかない。最もさっき調べた結果を踏まえると、それだと追い付かないだろうから、今後は濃度を八割五分まで引き上げる予定だ」
「そ、そんなことされたら、私ここにいられましぇえん……」
「まあ今はやらないから大丈夫だよ。ふぅ……」
ヘンリーがゆっくり息を吐くと、彼の身体が薄い魔力の膜に覆われる。
「ヘンリー様、魔力水の準備完了しました」
「よし。では今日は僕が入れようかな……」
「お気をつけてください」
彼はローブの内側から小聖杯を取り出し、水槽に踏み入る。
「よっと……とぉ」
「ひっ……!」
「大丈夫、ちょっと滑っただけさ。それっ……」
一歩ずつ歩みを進め、そして中央の仕切られている空間に、静かに小聖杯を置いて戻る。
「……ああー。でもやっぱり緊張するなあ」
「近くにいるだけでも辛いのに、中に入るなんて……もう、凄いぃ……」
「まあ魔術師の端くれだからね。魔力耐性も自然に身に付くもんだよ」
「なるほどぉ~……っていうか先輩方は何ともないんですかぁ!?」
「ヘンリー殿と同じように慣れたからな。お前らは新兵だから、まだ瘴気排除演習もそんなにやってないだろ。だから高濃度の魔力に対する耐性がないのさ。ちなみにナイトメアも同様らしいから、頼ろうとしてもほぼ意味ないっぽいぞ」
「結局は自分で慣れていくしかないってことだね。さて、僕はここに残って作業していくけど、君達は……出て行った方がいいね、うん」
「すみません。流石にこれ以上は限界が……」
カイルは鼻をつまみ目をギリギリまで細めるだけで済んでいるが、ウェンディに至っては完全に目を瞑ってレーラにしがみついている。
「貴重な場所にご案内いただきありがとうごぜえましたっと。んじゃあお仕事頑張ってください」
「それはお互い様だね。帰り道お気を付けて」
そして四人は神殿の地下から昇り、新鮮な空気を吸って頭をすっきりさせていた。
「お前ら水銀って知ってるか? 液体の癖に金属っつー生意気な物質なんだけどよ」
「当然です」
「確か、昔の偉い人が不老不死を求めて飲んでしまったってやつですよね」
「そうそう。それと同じノリで、不老不死になるべく、浸透法による魔力供給が行われていたらしい。生身の身体に全身浸かってたんだとよ。当然適切な魔力濃度とか解明されてねえから、浸かるのは十割魔力水だ。実質大気中の魔力を凝縮してるようなもんにだ」
「……死にませんかそれええええ!?」
「死ななかったとしても、そんな痛みを受けたら精神に影響が出るわね……ん。今の言い方からすると、浸透法はそんな昔から確立されていたってこと?」
「実はなんと聖杯が生まれる前からあったらしいぞ。ここにあるのは古代に使われていた水槽を改造したもので……って聞いた」
「へえ~、昔の人って凄い技術を持ってたんですねぇ」
四人はがらんと開けた神殿の中を歩き回りながら語り合う。
「ここ、神殿って言う割には広いですよね。その割には物があまりない」
「元々は獣人が覇を競い合う闘技場だったらしい。それをロズウェリの初代が土の小聖杯を持ってきた時に、丁度いい感じの置き場所ねーかなーって探した結果、何かと都合が付いたのがここだったんだとさ」
話しているうちに一番広い空間に到着し、周囲を見回す。そこには祭壇の周囲に六つの巨大な石像が建てられており、またここまでやってくると人の姿もよく見受けられた。
「それぞれの獣人の先祖とされる神様を祀った像だ。ええと正面から左回りに、フェンリル、エオスカレ、シュターデン、カリュドン、ルナール、セクメトだな」
「言えるんだな、正直意外だ」
「魔法学園に入学したら覚えさせられるんだよ……全問解答するまで帰れねえ」
アルベルトは苦い思い出を噛み締めながら頭を掻いている。
「さあて……何かもう本格的にやることなくなったな」
「それなら後は帰るまでよ。その算段も決めていかないといけないけど」
「何だかなあ……こんなにあっさりと解決するなら、もっと少人数でも良かったんじゃないのか?」
「馬鹿言わないで。もし彼等が強硬に出ていれば戦闘は避けられなかったのよ。アルビムは決して手の内を見せない集団、何をされたかわかったもんじゃないわ」
「そうですね。警戒はしておくに越したことはなかったと思いますよ」
「まあ……結果が全てか。調査なんてそんなもんよな……」
「ん……」
「ああ、アルベルトさんにレーラさん! ご無沙汰しております!」
四人の後ろ、神殿の正面入り口からリュッケルトとリティカが入ってきて、祭壇の前で立ち止まっていた四人に近付く。
「これはこれはリュッケルト様にリティカ様。このような場所ではございますがお会いできて光栄でございます」
レーラが一歩前に出て頭を下げ、挨拶をする。
「ううん、こちらこそ! それで、お仕事の方はどうですか?」
「殆ど終えたのでこれから後処理を行い、それから本国に帰還する予定であります」
「それなら、これから一緒にお茶でもいかがですか?」
「はっ。我々は全く構いませんが、お二方はよろしいのですか?」
「全然大丈夫です! グレイスウィルから久しぶりのお客様ですもの、こちらがお話を聞きたいぐらいだわ! 主にお母様とウィングレー家のお話をね!」
「そういうことでしたら、幾らでもお話いたします」
「やったあ! 早く屋敷に戻って、アメリア様にお知らせしましょう!」
リティカは一足先に走り出してしまう。
「ああ、リティカ……! 駄目じゃないか、お客様を放っておいたら。仕方ないなあ、皆さんは僕についてきてくださいね」
「お心遣い、誠に感謝いたします」
五人は神殿の入り口に向かって歩き出す。その間、レーラの後ろでアルベルトが後輩二人にひそひそと話した。
「信じられるか? あのお二方が将来アドルフ様やルドミリア様みたいになるんだぞ?」
「熱心で優秀ならそれに越したことはないのでしょうか」
「まあそうなんだがな。あんな風に下の身分の者にも優しく接してくれると、こっちもやる気出るよな」
「つまりグレイスウィルの将来は安泰ってことですね! やったあ!」
「……ウェンディ、お前って一々リアクションが面白いよな」
「どういうことですかアルベルト先輩!?」
「そのまんまの意味だ馬鹿者。ほら遅れちまってるぞ、急げ!」
「あっ、待ってくださいせんぱーい!」
「先輩……全く」
冷たく澄んだ冬の空に、獣の臭いが漂う大地。今日も生命は理と本能のままに生きていく。
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