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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第96話 幕間:ある商人の一日・後編

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「ふうむ。お主等集まって、楽しいことをしておるではないか」



 イアンとラールスの二人が舌戦を繰り広げていると、部屋全体に威厳のある声が響く。


 入り口の方を振り向くと、大柄な黒い馬を連れた赤いスーツの大男が、顎に手を添えながらこちらを見つめていた。



「うむ、これで三大商家集結だな! わあっはっはっは!」
「あらまあ、ハンニバルちゃんおはようっ! カルタゴちゃんも元気そうね!」


 三人の元に近付いてくる、薄汚れた灰色の髪を刈り上げ、揉み上げを豪快に伸ばした彼は、ラールス以上に腹の読めない男。

 ハンニバルは黒い噂が絶えないアルビム商会の会長であり、カルタゴと呼ばれた黒い馬、彼のナイトメアでさえも不気味な威圧感を放っている。



 五十センチ以上もある身長差も相まったあまりの圧力に、ラールスは押し付けられて固まってしまう。イアンも至って冷静に彼の様子を観察する。唯一トパーズだけが、年の功でごり押しして声をかけた。



「わっはっは! トシ子殿も相変わらず明朗なお方だ! ワシまで元気になってくるわい! のうラールス!」
「えっ、あっ、そうそうですねトシ子様は年の割にはお美しいお方かと!」
「ラールスちゃん思わず余計な言葉が出ちゃってるわよぉ~!!」


 舌戦においては右に出る者はいないラールスでも、彼の威圧感の前には随分と狂わされるらしい。


 たじろぐラールスを押し退け、イアンは彼の正面に立つ。


「……あの鉱山で何をしていた」
「おう、挨拶の前に訊くことかそれは?」
「リネスの町に戻ってくるとは珍しいという意味も込めた」
「がっはっは! いつも通り面白いやっちゃのう!」


 アルビム、ネルチ、グロスティ。この三つがリネスで一番規模の大きい商会であるため、まとめてリネス三大商家とも呼ばれる。

 きな臭いアルビムと、こすいネルチと、堅実なグロスティ。大御所と呼ばれようともその在り方は三者三様だ。 


「前回、前々回は来なかったのに今回は来た。あのバルトロスが苦戦するのと同じぐらい珍しいぞ」
「そうか、そうか! さながらわしは珍獣ってところかのう!」 
「……」



 一切の手応えを感じられないまま、イアンは会議室全体を眺める。

 準備した席はほぼ埋まっており、座っている客人達は、それぞれ隣の席の者と談笑している姿が見られた。時計も午前十一時を指そうとしていたので、イアンは会話を切り上げることを判断した。



「……時間になるな」
「おおそうか! ならワシも席に着こうかのう!」
「あ、それならワテクシも……」
「イアンちゃん今日はありがとね~!! あとでお茶菓子あ、げ、る♪」


 ハンニバル、トパーズ、ラールスは挨拶を交えながら席に向かう。イアンの下にはオレリアが近付いてくる。


「旦那様、全てのお茶の配膳が終わりました」
「……そうか。御苦労だった」


 オレリアは扉の近くに移動し待機する。イアンもまた机の一番奥の席に向かった。





 今月の売り上げ、来月の予測、提携の要請、新商品の提案・宣伝、影響を与えるであろう世界情勢の報告。



 リネスを拠点とする商人同士で連絡を取り合い、より健全且つ安定した商売のために情報を共有していく。





「旦那様、本日もご苦労様でした」
「ああ」


 そんな長丁場の会議が終わる頃にはすっかり日は暮れ、街の者のほとんどは家に帰る頃だった。



 オレリアと共にイアンは帰路に着く。彼は町の視察も含めて、出張の往復は徒歩で行うようにしていた。時折声をかけてくる者に対しては相応の対応をしながら、頭の中では懸念事項について考えを巡らせる。



「ハンニバルに詰問できなかったのが心残りだな……」
「グレイスウィル魔法学園からの依頼の件ですね」
「そうだ。今回問題となった生徒はガラティアの出身だ。向こうはアルビムが牛耳っているからな」

「すると彼ら経由で魔術大麻が渡ったと、そうお考えなのですね」
「問い詰めた所で白を切る可能性は高いがな。それはそれで良い判断材料になるから構わん。何より連中、タンザナイアの時はかなり儲かっていたそうだからな」
「タンザナイア……」


 オレリアは口を強く噛み締め、鞄を持つ手に力が入る。何か思い入れがあるのだろうが、あの戦いに関しては珍しいことではない。

 彼女のように特別な感情を抱かせる人間を、それは山のように作ったのだから。


「一般人に魔術大麻を売り付けて、自分達は国外から優雅に観戦。王政派と反乱軍、どっちが勝とうがどうでもいい……人の絶望で飯を食って何が面白いのか」
「……」

「……大丈夫か。かなり動転しているようだが」
「……申し訳ありません」
「……お前もそういう顔を見せる時があるのだな」



 それから暫く、二人は無言のまますたすたと歩いていく。


 屋敷が見えてきた所で、オレリアがまた口を開いた。



「……旦那様。一つご質問をしてもよろしいでしょうか」
「何だ」
「ドーラ鉱山についてなのですが……あの鉱山はよく生えてきたと形容されます。それはどういう意味かと思いまして。無知で申し訳ありません」

「ああそれか。まあまだ民衆には公開していない情報が多いからな……気にするな。文字通りだよ。真っ平のログレス平原に、ある日突然山が生えた」
「……それはつまり、地面が隆起して山になったということでよろしいでしょうか?」
「その通りだ」



 オレリアは表情には出さなかったが、内心では自分の耳を疑っていた。



「急に激しい地震が起こったと思ったら、山が生えて鉱石が採り放題。周辺の村々の対応に追われているうちに、アルビムが一番乗りで占領した」
「ということは、あの鉱山も全てアルビムが管理しているのですか」


「それがそうもいかなかった。パルズミール、ラズ、ウィーエル、寛雅たる女神の血族ルミナスクラン、エレナージュ、そしてグレイスウィル。他にも様々な地域がこの鉱山に乗り込み、採掘権を主張した」
「パルズミールとラズ、ウィーエルと寛雅たる女神の血族ルミナスクランは同一地域の別勢力ですよね」


「その辺りが一枚岩ではないことは周知の事実だから、別に問題はない。問題はエレナージュとグレイスウィルだ。連中は砂漠と海を乗り越えわざわざ平原まで来たんだぞ」
「そうしても良い程の物が眠っている、ということでしょうか」
「だろうな。もっともそれが何かは見当もつかないが。ともかく連中の間でどのように割譲するかの会議が行われ、これが一年前ぐらいまで続いた」


「成程……結構最近のことなのですね」
「だからあの鉱山の動向には気を付けないといけないんだ。何が出てくるかわかったものではない」




 そんな話をしているうちに、二人は屋敷に着いた。




「荷物を置いて参ります」
「済まないな」
「旦那様はどうされますか」
「私は……少し外にいるよ。夕食の準備ができたら呼んでくれ」
「かしこまりました」


 オレリアは鞄を持って屋敷の中に入る。イアンは少しした後、屋敷の中庭に向かっていく。風景がよく見えよく聞こえる外であった。




「……」



 川のせせらぎ。そよ風の通り抜ける音。
 <ハローミナサマ、ご機嫌よう!


 それに混じって聞こえてくるのは、
 <今日も今日とで衆愚なよう!


 心臓の奥底に叩き付けてくるような、
 固く、重く、激しい音。
 <型にハマって流れ作業、
  安定安寧聞こえはいい?



「……くそっ」



 人々の喧騒が静まり返るにつれて、その音はどんどん大きくなっていく。落ちて行く夜の帳は、彼らの世界の幕開けを知らせる兆候。


  <手足を動かし無表情
   童心強心どこいった?>


 金属でできた楽器の中に魔力回路を通し、それを一度起動させてしまえば、雑で激しく品のない音を撒き散らす。


  <皆で拒めば怖くない
   疎外論外思考の停止!>


 魔法音楽。近年のリネスで流行を見せている、新しい音楽の形。そして最近できたばかりの、イアンの嫌いな物。



「……くそっ……!」



 普段の彼ならすぐに翻して屋敷の中に戻り、そして布団を被る。

 だが妙に焼き付いたラールスの言葉が、それをさせなかった。



 ――そんなだから、は――




「旦那様、夕食の準備ができました……旦那様?」



 オレリアの冷静な声と空腹を刺激する香ばしい香りが、彼を嫌悪感から現実に戻す。



「……ああ、今行くよ」


 軽く頭を振り、刺激を与えた後イアンは屋敷に戻っていく。



 その時見た夕暮れは、息子が産まれ立ての頃に一緒に眺めた、あの懐かしい空に似ていた。
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