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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第85話 大喝采の舞台裏

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「アザーリアお疲れっ!」
「お疲れ様でございますわ、マチルダ!」
「おっつかれ~」


 演劇部の部室に戻ってきたアザーリアは、桃色の兎耳を生やした生徒とハイタッチをした。


 その直後、彼女の身体から鉄でできた兎が飛び出てくる。


「マキナ! 貴女もわたくしの演技を観てくれました? 貴女が演出を頑張ってくださったから、わたくしこーんなに輝けましたのよ~!」
「♪」


 鋼鉄の兎は嬉しそうに飛び跳ねた後、主君のマチルダの頭上に戻っていった。


「なはは、あたしの大切な相棒ちゃんよ。この所ずっと仕事ばっかですまなかったな。しばし休んでくれい!」
「!」
「え? またやってみたい演出を思い付いたって? そーんなこと言われましてもぉ、よし、メモだけ取っとくか!」




 その後ろからマイケルも入ってくる。指を鳴らすと黄色いメガホンのアラトが飛び出し、頭上に乗っかり笑いを誘う見た目になった。




「いやー……びっくりしたよ。アザーリアのあれ台本に入ってないもん。よくもまあアドリブであんなこと言えたよな」
「わたくしは真実を述べたまでですわ! 王国歌劇団の方にも褒められた観劇ですもの、謙遜する必要はないと思いまして?」
「うん……そうかもしれないけどさ、あんな風に大仰に言われるとくすぐったいよ」
「うっわ総監督照れてやがんの~。ヒューッ!」


 煽るように口笛を吹くマチルダ。


「べっ、別に照れてねーし。でも確かにそうだな、マチルダが頑張ってくれたのも大きいよな。よくやってくれた、演出担当」
「いやー、流石に最初はどうしようかと思ったけどね! 炎を動かして魔物の形にするって! でも最強の魔術師になる予定のマチルダちゃんにできない演出はないのさ! キラッ!」


 マチルダは右手の中指と薬指を握り、右目の近くに添えるポーズを取った。




 そこにダレンが赤土色のゴーレムを連れて入ってくる。


「おっアザーリア。丁度いい所に戻ってきたな」
「あらダレンったら! 先に着替えを終わらせていたのね! それでその、リグレイの腕に抱えられているそれは、その、何でございますの!?」
「ふっふっふ……! よくぞ訊いてくれた! これこそが今年の料理部の出店、その名も渦巻きポテト! 豪華特盛百個分、裏ルートで仕入れてきたぞ!」

「ま、まあ! なんということでしょう! ひゃ、百個もありましたら、二年生全員がいても食べきれるかどうかわかりませんわ!」
「アザーリア、涎が垂れてしまっているぞ! だがそれすらも輝きを帯びて美しい!」



 リグレイは部室中央のテーブルにのっそりと歩いていき、渦巻きポテトが入った袋を全て置く。



「案ずるな、これは全てアザーリアの分だ! 料理部の部長にかけ合ってみた所、特別に準備してくれるいうことになったのだ!」
「素晴らしい揚げ加減ですわ!! 塩と胡椒が程よく効いていて、ほくほくとしたじゃがいもの旨味が口いっぱいに広がりますわ!!」
「おお、俺が説明する前にもう口にしているとは! 全く手が早いなあ!」
「いや突っ込む所そこじゃねーだろ!! 衣装のまま揚げ物食うんじゃねえよ!!」


 マイケルがメガホンを振り被ったその時、更衣室からラディウスが着替えを済ませて出てきた。緑色の瞳で、青色の髪をオールバックにしている。


「こらこらマイケル。女の子に暴力振るっちゃだめじゃないか」
「まだ叩いてねーからセーフだな。さあ更衣室も空いたんだから、アザーリアも着替えてこいよ」
「まだ~。まだですの~。あと一口だけ食べさせてくださいまし~!」



 アザーリアは袋から渦巻きポテトを取り出し、口にどんどん詰め込んでいく。


 そこにルサールカが、紺色がかった青肌の女性へと姿を変えて現れる。



「まあルサールカ。部室に匂いが蔓延してしまうから、ミントの香りで部屋を満たそうとしてくれていますの? 本当に気が利きますのね!」
「待て、思い留まれルサールカ。ミントの香りを嗅ぎながらポテトを食べたら、味と匂いのギャップで吐くかもしれん。何よりこういった重たい食べ物は、匂いも含めて重ったるいから美味いのだ。そして周囲の顔色を気にせず豪快に食べていくものだと、そう思わないか?」
「確かにそれは一理ありますわ! そうですわね、ではわたくし達の周囲だけ匂いを残してもらって、それ以外を……」


「やめてくれ~、衣装に匂い付くからやめてくれ~。匂い消すのにもにも金かかんだぞ~。夜想曲の幕を上げよ、カオティック・混沌たる闇の神よエクスバート~」
「あらららら……」



 マイケルが気だるげな声で詠唱をすると、紫色の紐が現れアザーリアを更衣室まで連行していった。


 その隙にラディウスが渦巻きポテトを一本掠めとる。



「もふぁもふぁー。君とアザーリアってさ、できてるよね。日頃の会話を見てもそう思う」
「ん? 確かに互いに息の合った演技はできるが、急にどうしたんだ」
「やめるんだラディウス。筋肉馬鹿にそういう話は通じない」


 男三人が話していると、部室の扉が開かれて一年生の部員が入ってくる。


「お疲れ様です。ダレン先輩、武術部の方がお探しになられていました」
「ん? ああ、もうそんな時間か。そろそろ行くって伝えておいてくれ」
「わかりました」


 生徒が扉を閉めた後、休憩時間もそこそこに、ダレンは荷物を漁り始めた。


「武術部の的当てゲームかあ。ほんと、ダレンもよくやるよね」
「筋肉を鍛えるのは楽しいぞ! お前もやるか!?」
「いやあ、僕はそういう性分じゃないもので。ていうか僕もそろそろ行かないと不味いかも」

「文芸部と掛け持ちしてたなお前。特製の詩集販売って、将来見返して恥ずかしくなる物をばら撒くとか自殺行為そのものじゃねーか」
「何だってマイケル? 脳天に石槍ぶっ刺しながら何を言っているんだい総監督?」
「やめてください実際に頭の天辺を拳でぐりぐりしないで」


 そこにアザーリアが学生服に着替えて更衣室から戻ってくる。


 様子を見ていたマチルダも椅子から立ち上がり近付いてきた。


「さあ、着替えも完了! ポテトを全部食べたら先輩方の出店に狩りに向かいますわよ!」
「言い方を自重しなさいアザーリア。女の子で位がいい所の出身でしょ!」
「うふふ、女の子は願えば何だってなれますのよ? 今のわたくしはフェリス家の令嬢ではなく、餌に飢えた猛獣ですの!」

「狩人じゃないのかそこは……午後四時過ぎたら明日の打ち合わせするから、ちゃんと戻ってきてね頼むから」
「勿論ですわー! ではでは、行ってきまーす!」





 仲間達を見送った後、ふうと一息チョコバーをつまむマイケル。その際アラトにメモとペンを持ってきてもらい、何やらすらすらと書いていく。

 隣ではラディウスが余ったポテトを食べている。そして、暇を持て余したのか話しかけてきた。



「次回作の構想かい? 気が早いねえ」
「アイディアは片っ端から記録しないといけないんだよ。ふむ……」
「……『名も無き騎士の唄』原作?」


 やや眉をひそめるラディウス。


「今回はフェンサリルっていうポピュラーな題材だったからさ。次はマイナーなやつに挑戦してみようかと」
「心意気はいいけど、結構茨の道だと思うよ。だって人気ないじゃん」
「それはそう……でも! それをどれだけ昇華させていくかが腕の見せ所ってね?」
「僕はマイケルのそういう所好きだよ」


 油に汚れた手をハンカチで拭きながら、ラディウスは物憂げに溜息をつく。


「……こんな風評を受けることは、騎士自身も望んでいないだろうに。時代って残酷だね」
「騎士王伝説が有名すぎるのが悪いよな~。あっちは固有名詞あるし登場人物もわかりやすいもん。対してこっちは、言うなれば一般人の日記じゃん」
「史料としては価値は高いだろうけどね。でも物語としての価値があるかというと、びみょい~」


 ぶっちゃけトークを交えつつ、二人は休憩すると同時に、明日の公演について士気を高めていたのだった。
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