上 下
53 / 247
第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第52話 はじめての夏休み

しおりを挟む
 少年少女の街中探検も終わり、季節はまさに陽炎立ち昇る頃。太陽の光に貫くように降り注ぎ、熱波は生命達から力を奪っていく。過保護なまでの太陽の寵愛を受け、花は咲き作物は実りを見せる。





「ねえエリシア? 船はもう着いたかい?」
「まだよあなた。もうこれで十回も訊いたじゃない」
「そっかありがとう。いやまだ十三回だから」
「会話が噛み合ってないにゃ……もう駄目にゃ」


 現在はグランテェスターの港にいるペンドラゴン一行。ユーリスは埠頭に腰かけ、手を顎につけて遥かに見える水平線を凝視していた。


「まさか手紙の日時が間違ってるなんてことないよね?」
「わざわざ嘘つく理由がないにゃ」
「でもこの時間って書いてあったよね?」
「数分程度なら誤差だろうがよ」
「むわああああ……!!」


 ユーリスは大きく膝を揺らしますます目を見開く。



 そこに丁度、船笛が鳴り響いた。


「あら……船が来たみたいね」
「エリスぅぅぅぅぅ!!」


 我先に到着した船に向かって駆け出していくユーリス。


「……あいつここまで親バカな性格だったか?」
「もう……たかだか三ヶ月じゃない……」






「……『さあ、束縛の夜、運命の牢獄から飛び立って』」
「……」

「『解放の朝、黎明の大地に翼を広げよう』――ふふんっ」
「着くぞ」
「はいはーい、わかったー」



 船笛の音が聞こえたのに合わせて、エリスとアーサーと鞄を抱え、カヴァスを伴いわらわら船を降りる。



 降り立った先はグランチェスター。アヴァロン村からアルブリアに向かった際にも訪れた港町である。アヴァロン村から向かう際には、大都市リネスよりもこちらの方が都合がいいのだそう。



「着いた~。久々だね、アンディネ大陸」
「……そうだな」
「ワン!」


 その時、やや強めの風が吹き、エリスの白いワンピースが風にそよぐ。


 と同時にアーサーのパーカーが頭に覆い被さる。


「わわっ……風強いね」
「……」
「……何でパーカーにしたの?」
「これしかなかった」


 アーサーがフードを外していると、猛進してくる人影が一つ。




「うぉぉぉぉぉぉ!!! エリスぅぅぅぅぅぅ!!!」


 ユーリスが両手を広げてエリスに抱きかかる。避ける間もなく受け入れざるを得ないエリスであった。




「むぎゅう……!」
「エリス!! 久しぶり!! 元気だった!? 風邪とかひいてない!? 苺は美味しかった!? あと勉強どう!? いじめられてなごふっ!!!」
「お前なあ……お前なあ……」


 ジョージがユーリスに稲妻を落としながら、ゆっくりと歩いてきた。後ろにはエリシアとクロも一緒だ。


「エリス久しぶりね。元気にしていた?」
「うん、元気だよお母さん。友達もできたし、勉強も面白くて……話したいこといっぱいあるなぁ」
「あら、それは良かったわ。アーサーはどう?」
「……別に」
「どういう意味にゃそれは」


 ここでがばっと起き上がるユーリス。ジョージが勢い余って若干よろめいた。


「そうだね! 家に帰ってご飯を食べて、くつろぎながら話を聞こう!」
「さあ……やけにテンション高い馬鹿はともかく、帰るとするか」
「ジョージ!? 何か急に当たり強くないかい!?」





 こうして一行が馬車を停めている所に向かうと、

 そこには小規模の人だかりができていた。


「あれ、皆どうしたんだろ?」
「ちょっと話を訊いてみよう」



 ユーリスは望遠鏡を覗いている男性に話しかける。



「ん? ああ、もしかしてお帰りの方かい?」
「そうなんですけど、この人だかりで何があったのかなーって」
「なんてことはねえよ。『バルトロス』がこの近くまで狩りに来てんだ。だから狩りが終わるまで、揃って礼儀正しく待ってるってわけさ」
「バルトロスか。あいつなら仕方ない」


 エリスとアーサーは心当たりのない名前に首を傾げる。


「ああ、エリスはバルトロス見るの初めてか。すみません、望遠鏡を貸してもらっても?」
「どうぞどうぞ。こんな近くでお目にかかれる機会は滅多にないし、見ておきな」
「はい……」


 エリスは男に代わって望遠鏡を覗く。




 明るい橙色の鬣、鋭い眼差し。頑強な四肢で獲物を踏みつけ唾液を滴らせ口を開く。

 踏み付けられた獲物は、重圧から逃れようとか細い四肢を動かす。だがそれも数分もしないうちに治まり、突き付けられた運命を受け入れる。

 鋭利な牙に貫かれ、獲物は瞬く間に肉塊に代わる。百獣の王とも呼ばれるその生物は、悠々と口を動かし至福の時を過ごしていた。




「……うわあ。お食事中だったよ。アーサーも見てみてよ」

「……これは」



 エリスと入れ替わりでアーサーが望遠鏡を覗く。彼は感心しながらその様子を眺めていた。



「今見てもらったライオンがバルトロス。凶暴で誰も手をつけられないが、縄張りに入ったり狩りの邪魔をしない者には一切手を出さない。誇り高い野生の戦士って所だな」
「名前は聞いたことあったんですけど……実際見るとすごいな」
「そうだろうな。しかし、俺は今までも何回か奴を見たことあるんだが……今日のバルトロス、何か調子悪そうだったな」
「そうなんですか?」
「左足に傷があった。もう血は止まっていたが、深そうだった」


 アーサーも望遠鏡から目を離して会話に合流する。


「そうだったか。あのバルトロスに怪我を負わせるとは……」
「一体どんな化物と戦ったらそうなるにゃ?」


 そんな話をしながら、一行は戦士の食事が終わるのを待つことになった。






 それから二時間程度待ち、馬車をさらに走らせること数日。魔術に頼らず長い時間をかけてアヴァロン村に帰ってくる頃には、すっかり日は傾いていた。



「ただいま!」


 エリスは馬車から飛び降り、久しぶりの生家を見上げる。特に変わった様子はないのだが新鮮さを感じた。


「懐かしいな。といっても三ヶ月ぶりだけど。色んな事があっという間だったな……」
「……」



 エリスが耽っている間、アーサーは家の隣の倉庫をじっと見ていた。



「ん? 何だアーサー、倉庫なんてじっと見て」
「……中を物色したい」
「え? 別にいいけど……まさか君、農業に興味を持って……!?」
「おら、黙れ黙れ。まあ飯までの時間潰しにはなると思うぞ」

「アーサーのしたいことはわかるよ。でもその前に荷物置きに行こう。身体が重かったら何にもできないよ?」
「ワン!」
「……わかった」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。 住んでいるのはそこらへんのマンション。 変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。 「はぁ…疲れた」 連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。 (エレベーターのあるマンションに引っ越したい) そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。 「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」 「はい?どちら様で…?」 「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」 (あぁ…!) 今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。 「え、私当たったの?この私が?」 「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」 尿・便表現あり アダルトな表現あり

処理中です...