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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第12話 エプロンと人形劇

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 こうして四人は目的の店へと足を進めていく。



「はぁ着いた~……階段がどこにあるかわかんなくて迷っちゃったね」
「ここが第二階層……すっごく広い……」



 全部で五階層に分かれているグレイスウィル、現在いる場所は第二階層。そこに広がる街を一望できる公園に四人は立っていた。現在眼下に広がる街並みを呆然と見つめている。


 様々な様式、建材、大きさ、装飾の建物が密集している。その建物達は、その種類の数だけ多様な人々がこの国で商売をしていることを誇示していた。


 随所に点在している魔術光球が、階層を地上階と違わぬ程度の明るさに照らし、人々の暮らしを鮮明に支えている。



「……迷う。店、どこだ?」
「ちょっと待ってね、今地図見てるから……あった、行こう」


 四人は公園を抜け、階段を降りて繁華街に向かっていく。





「いらっしゃいませ~。あら、学生のお客様ね」
「え、分かるんですか?」
「若いからわかるのよ。というのはさておき、後ろの彼は学生服だからね」
「あ、確かに。ルシュドだけ学生服で来てたんだったね」


「ご、ごめん……おれ、悪い、した」
「もう。ここは謝る場面じゃないよ」



 四人は店に到着し、扉を開けて中に入った所だ。。カランカランという鈴の音を聞いて、奥から店員がやってきて話をしている。



「えっと、エプロンを買いに来たんですけど」
「あら、それじゃあ料理部の学生さんかしら?」
「あっ、はいそうですそうです」
「やっぱり。でなきゃ子供だけで来ないもんねえ。料理部さんにはいつも贔屓にしてもらっているから、まけてあげることにしているのよ。千ヴォンドから一割まけて九百ヴォンドです」
「九百だと……鉄貨九枚? きっつぅ~……」


 リーシャはやや長めに溜息をつく。そして観念したかのように店員に切り出す。


「はい、わかりました、九百で買います……あとエプロンの所まで案内してもらってもいいですか」
「わかりました~」





 そうして案内された場所にはたくさんのエプロンがハンガーにかけられていた。


「エプロンは毎日使うものですからね。汚れやすいから常に新品を取り揃えているんですよ。お決まりになりましたらレジまで持ってきてくださいね~」


 そう言って店員は戻っていく。彼女の背中を一瞥した後、本格的にショッピングが始まった。



「……さて。どれにしようかな。アーサーはどれがいい?」
「どれでもいい」
「それはだめ。どれか選んで」
「ならこれだ」


 エリスに言われ、アーサーは一番端にあったハンガーを取る。それをピンク色の生地をベースにしていて、中央に大きくハートが描かれていた。


(……はあ。やっぱりか……)

(何にも興味を示してくれないや……どうすればいいんだろう)



 エリスの表情に落胆の色が見えたのを、ばっちり見逃さないリーシャ。


 まずは店内のどこにいても聞こえるような大声で、盛大に溜息をつく。



「わっはっは……だめねアーサー」
「何だ急に」
「センスがないって言ってるのよ。いいえ、これはそれ以前の問題ね」

「貴方はファッションというものを馬鹿にしているわ――というかガールズトークもファッションも理解できないなんて、女子というものがわかってないと思うわ」
「何を言い出すかと思えば。エプロンは快適に料理をするための道具だろう。何故ファッションとか女子がどうとか言う必要がある」



「ぐーぬぬこうなりゃヤケだ、スノウ手伝って!」
「手伝うのです!」
「がっ……!?」


 リーシャはアーサーの右手首を掴み試着室に連れて行こうとする。


「エリス、ルシュド! アーサーに似合いそうなエプロンいくつか見繕って持ってきて! 私は拘束してるからー!」
「してるからなのです!」
「こいつっ……離せっ……!」


 アーサーはリーシャの手をほどこうとするが、スノウが氷弾で妨害してきて思うように動けない。エリスとルシュド、カヴァスとジャバウォックはぽかんとして一部始終を見つめていた。




「じゃあ……そうしようか。先にルシュドが選びなよ」
「え、おれ?」
「そうそう。同じ男の子だし、似合いそうなのわかるでしょ」
「う、うん」


 ルシュドはエプロンを眺め、そしてハンガーを一つ手に取った。青と水色のチェック柄である。


「わあ、何ていうか男子っぽいデザイン。センスいいね、ルシュド」
「あ、ありがと……」
「それじゃあどんどん選んで……あれ? カヴァス?」
「ワン!」


 カヴァスの鳴き声が聞こえた方を向くと、彼は買い物籠の近くに立っていた。


「ああ、確かに籠がないと持ち運びが大変。ルシュド、取ってきてもらってもいい? わたしは選んでるからさ」
「わ、わかった」


 ルシュドが籠を取りに向かい、入れ替わりで今度はエリスがエプロンを物色する。



 それから五分ぐらいの時間が経ち。



「おまたせ~。色々持ってきたよ」
「ありがとっ。スノウもういいよー!」
「わかったのです! アーサー、つづきはまた今度なのです!」
「はぁ……はぁ……こいつ」


 アーサーとリーシャは試着室の中に入っており、スノウが小さい体躯を活かしてアーサーの妨害をしていた。

 逃げるスノウをアーサーが追いかけて、という鬼ごっこが五分の間に行われていたらしい。スノウが小さかったこともあり、アーサーは一切捕まえられなかったようだ。


「疲れてる暇ないよ! 次は試着タイム! 片っ端から着ていきなさいっ!」
「お手伝いするのでーす!」
「ぐっ……」


 リーシャはエプロンを一枚手に取り、ハンガーから外してアーサーに着せる。アーサーはまたしてもリーシャをほどこうとするが、こちらもまたしてもスノウが氷弾で妨害してきて、結局観念しエプロンを着ることになった。


「黄緑地か~。目に優しいね。アーサーはどう思う、これ」
「……どうにも」
「じゃあ周りの意見ね! 二人はどう!?」


「えっと……いいと思うんだけど、もっと似合うのがある気がする」
「おれは、これでも」
「よし、満場一致じゃないわね! 次行くわよ!」
「待て、次って何だ……!」



 リーシャは手早くエプロンを脱がし、また新しいのを着せる。スノウが放り投げたハンガーを拾ったり、アーサーが逃げ出そうとするのに合わせて氷弾を放ったりする。


 二人の連携によって、てきぱきとアーサーの試着が進んでいく。



「……すごい。何というか、すごい」
「見事な連携だぜ……」


 ルシュドが感心するように呟く。終始無言を貫いていたジャバウォックもその様子を見て思わず言葉が出てしまった。





 試着が始まってから十分後。アーサーは水色の生地をベースに白地のポケットのエプロンを着てエリス達の方に振り向かされた。


「あ、このエプロン胸元に白い犬の絵が描かれてる。籠に入れた時は気付かなかったけど」
「犬、白い……」


 ルシュドはアーサーの足下で丸まっていた、カヴァスに目を遣る。


「わたし、これでいいと思う。だってアーサー白い犬連れてるもん」
「確かに……アーサーに結び付きやすいわね」
「おれも、いい」

「もう好きにしてくれ……」
「じゃあこれで決定ねっ。脱いでハンガーにかけて籠に入れてね!」
「……」



 アーサーは懐疑的な目でリーシャを見つめながら、ゆっくりとエプロンを脱いでいく。



「じゃあアーサーのが決まった所で……二人はどうする?」
「お、おれ、これだ」


 ルシュドがエプロンが乱雑に入った籠の中から、黒地に赤い炎が描かれたエプロンを取り出す。


「えっと……アーサー、違う、これ、おれの……」
「ん? どういうこと?」
「うう……」


 ルシュドは救いを求めるようにジャバウォックを見つめる。


「……アーサーがこれ以外のにしたら、自分のにしようと思ってたんだとよ」
「え、じゃあ最初から自分のにしとけば良かったのに」
「でも、アーサー……」

「ルシュド、今日の目的はアーサーだけじゃないんだからね? ルシュドも買うことが目的なんだから、自分の優先していいんだよ」
「う……おれ、気、付ける」
「いやいや、気にしなくて大丈夫! さて、エリスは?」
「わたしはこれにするー。一目で気に入っちゃった」


 エリスは手元にあった籠から、白地にクローバーや虹が描かれたエプロンを取り出した。


「あっ可愛い! やっぱりエリスってセンスいいよ~」
「えへへ……ありがとう」
「さっ、残りは私だけか……九百の出費は痛いけど、一生物だと思って買うしかないか……」
「……お金結構厳しい感じ? わたしちょっと支払おうか?」
「いやいや、そんなことはできないよ! 自分で買うから大丈夫!」


 そう言うとリーシャは慌ただしく試着室を出ていく。



「……今後あいつと活動をしていくのか」
「そうだね、アーサー」
「……はぁ」


 アーサーも重苦しく歩み出し、試着室を出る。その背中は伝説の騎士王のものではなく、友人の馬鹿騒ぎに付き合わされた、一人の少年のものであった。




 それからまた数十分経って、四人は会計を済ませて店を出た所だ。




「いやあ、あの店ほんっといい所だったね! アイテムの種類が豊富!」
「他の服もカジュアルで可愛かった……お金貯まったらまた来たいな」
「お金かあ……お小遣い月一万ヴォンドとか辛すぎるよね……ご飯だけでなくなっちゃう……」

「学年上がると五千ずつ増えるんだっけ……正直割にあってない気がする」
「もう頑張るしかないのかな、期末試験……特別収入目当てで……うう、頭が痛い」



 四人は店から出た後、第二階層の繁華街をぶらりと歩き、開けた広場のベンチで休憩をしていた。



「楽しかった、買い物」
「……ふん」
「おれ、料理部、楽しみ。あんた……は」
「……」


 エリスとリーシャ、アーサーとルシュド。女子と男子に分かれて会話に花を咲かせたり、蕾のまま枯れてしまいそうになっている。


「あの二人だと会話が続かないなあ……」
「……エリスってさ、アーサーと仲いいの?」
「へっ、な、何急に……?」
「だって朝一緒に来たし。その時にいつもこんな感じって言ってたし。それに生徒なのに鞘携帯してるって変だし……三番目は理由になってないな」


「……えっと、色々あって一緒に行動しているの」
「色々って……ダメだよね。まだ出会ってから一日しか経ってないのに詮索しちゃ」
「そうだね、ちょっと言えない。でも、リーシャには感謝してる」



 エリスは両手を組み、人波を眺めながら呟く。



「もしもわたしとアーサー二人きりだったら……上手く買い物できなかったなって思う。ちょっと強引かなって思ったけど……」
「あ~それ私も思った。けど衝動を抑えきれなかった。でもね……ああいうタイプは強引にでもいなかないとダメだよ。仲良くしたいなら無理矢理にでも……って、何で恋愛相談みたいになってんのよっ」
「あはは。確かにそうだね……」
「……うん」


 リーシャはエリスの肩にぽんと手を置いた。


「何かあったら言ってね。私、こういうのは放っておけない性格だから。力になるよ。別にアーサー以外のことでもいいよ、同じ課外活動なんだから」
「ありがとう、リーシャ……」



 それ以降の言葉を続ける前に、エリスの視界に気になる物が入る。



「んおー、何見てるのエリス?」

「……ああ、人形劇? アルブリアでも普通にやってるんだね、人形劇の屋台。どれどれ……」





 背景は神聖な神殿と思われる場所。その絵は所々赤黒く塗られており、凄惨な戦いがあったことを想起させる。上部からは光が注いでいるのか明るく塗られており、台座の上にある物体――杯を照らしている。


 人形劇である故、当然主役は人形。二つの人形が演者によって生命を吹き込まれていた。片方は金髪に赤い目をした、鎧を着た勇ましい少年。そしてもう片方は、金髪に緑の目をした、ローブ姿の魔術師。


 金髪という共通項はあれど、少年は聖なる輝きを有した目で魔術師は穢れた邪悪な目。そう思わせるように人形は作り込まれているのだ。



『ぐっ……! 何故だ、何故だ、何故だ!!! 私の比類なき計画に、どうしてここまで来てひびが入るというのだ――!!!』

『答えてやるとしよう、暗獄の魔女よ。我がここに立ち汝が敗北するは、世界が求めた願い。創世の女神が悪しき者より、万物の願い叶える力を守護せよと、そう命じて我を遣わせたのだ』

『おのれ……小賢しい餓鬼の分際で、何をほざく!!!』



 人形同士の戦いが始まる。少年は剣を振るって剣戟を操り、魔術師は杖を振るって魔法を操った。


 暫しその戦いが続いた後、魔術師の人形は倒れ、少年の人形は剣を高くかざす。



『かの残虐な魔女の非道な行いにひれ伏し、死を余儀なくされた、勇敢なる魂達よ! 案ずることはない! 汝らに尽くされし女神は、天上へと汝らを導き、永遠の安寧を与えるだろう――』

『そして、イングレンスの世に生きる全ての民達にもだ! 我がいる限り、聖杯の恩恵は絶えることはない! 世界に齎される恩恵を我が物にしようとする、悪しき心の持ち主が現れる度、我がこの聖剣エクスカリバーで斬り伏せよう!』

『聞け! 我が名はアーサー! 聖杯を守護する騎士――その者達を統べる王、騎士王アーサーなり――!』



 少年の大見得切った演技が披露されると、観客達は拍手喝采。その辺を散歩していたおじさん、子連れの家族、近所に住んでるであろう子供達、腰の曲がったお婆さん――


 文字通り老若男女を問わず、その物語は、そして少年は人々を魅了していた。





「鉄板ネタだね~。騎士王伝説序章ラスト、『暗獄の魔女との死闘』! 私故郷にいた時にも、この人形劇見たことあ……」


「……エリス? もしもーし?」



 視界の大半を覆う距離から、リーシャに手を大きく振られて、はっと我に返るエリス。



「……ごめん」
「いや謝る必要はないんだけどさ。なーんか随分熱中してみたいだからさ」
「……内容が気になっただけだよ」


「え? 騎士王伝説ってイングレンスでいっちばんポピュラーな物語でしょ。ユサペンやフェンサリルよりも有名だし」
「それはそうだけど……ちょっとね。てか、ユサペンって」
「そりゃあ~『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』よ。巡り会いがなんちゃらってやつ」
「ああ、お父さんが好きな物語だ……」


 リーシャと会話を交わしながら、隣を見る。

 自分の所にやってきた彼――人形劇の主役にもなれる知名度を誇る彼は、未だルシュドとの会話に花を咲かせられないでいた。


「えーと、出身、どこ? ですか」
「……」

「お、おれ、その……ガラティア……」
「……」

「い、言えない、なら、いい……ごめん……」
「……」


 視線はどこに向かっているのかわからない。人形劇を見ているのか、それ以外の方向を観察しているのか。何を思ってそうしているのかもわからない――




(……本当に)

(何で騎士王アーサーは、わたしなんかの所に来たのかな……)


 魔法学園という日常と、騎士王という非日常。温度の違う二つに挟まれていることを、この日エリスは再実感した。
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