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第3話(1)
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結局その後は寝付くことができず、起きる時間になってしまった。
寝不足で頭はぼうっとしていたが、いつも通りに仕事をこなす。
ふとした時に十和子からの連絡が気になって何度もスマホを確認したが、結局何の音沙汰もないまま一日が過ぎてしまった。
(寿真も一緒だし、さすがに今日は帰ってきてるだろ)
そうであって欲しいと期待しながら帰宅したが、部屋の中は相変わらず暗かった。
リビングも寝室もどの場所も、今朝からなにひとつ変わっていない。
もしかすると仕事中に荷物を取りに帰ってくるのではと考えもしたが、そんな様子も見られない。
着の身着のまま、あれからどこへ行ったというのか。
十和子には必要最低限の生活費しか渡していないし、貯金をしていたとしても持ち物をすべて捨てて一から揃えるほどの余裕はないだろう。
「勘弁してくれ…」
綾史はこれ以上どうして良いかわからず、片手で額を覆った。
本当に一生帰って来ないかも知れないという不安感と焦燥感を抑えきれなくなった彼は、電話をかけた。
《はいはーい。どうしたの?》
彼が頼ったのは美舞だった。
「十和が寿真と一緒にどこかに行ったまま帰って来ない」
《えっ?なに、私達のことバレたの?》
「わからない。一昨日ショッピングモールで薬局に寄るからって別れただろ。あれから帰ってないんだよ…。俺の実家にもいないし、連絡もつかないからどこにいるのか…」
《それって失踪したってこと?》
「失踪…?」
綾史は十和子が自分の意志で帰らないのだと思っていたが、美舞言われたことでようやく事件に巻き込まれた可能性に思い至った。
「…今から警察に相談してくる」
「え?いや、それはちょっと大袈裟なんじゃないの?」
「大袈裟?お前が失踪したのかって聞いたんだろ?」
「それはそうだけど…ただの家出だったら警察に迷惑でしょ。もう一回電話してみたら?」
「電話もメールも、昨日からもう何十回もしてんだよ…!よく考えたら十和子がここまで徹底的に無視し続けていられるとは思えない。何らかの理由で連絡できない可能性の方が…」
《ちょっと待って綾史、落ち着いて。もう夜だしさ、とりあえず明日の朝まで様子みてみたら?》
「だけど…」
《警察も明るい方が探しやすいんじゃない?朝になっても帰ってこなかったら相談しに行くのがいいと思う》
「……」
《焦ったって見つからないよ。こういう時こそ冷静になろ?》
窓の外は確かに暗い。
早く捜索を依頼したいが、美舞の言い分も尤ものような気もした。
綾史はとりあえず明日の朝まで待つことにしたが、自分で決めたとはいえどうにも落ち着かない。
気もそぞろに過ごしていた時、突然インターホンが鳴った。
十和子が帰ってきたのだと期待した綾史は玄関まで走ったが、ドアを開けた先にいたのは別の人物だった。
「…美舞、来たのか…」
「うん。いつもの綾史じゃないような気がしたから。ご飯は食べたの?」
「いや…」
「どうせそんなことだと思って、家からご飯の残り持ってきたから。とりあえず礼良を寝かせたいんだけど、上がっていい?」
「ああ…」
綾史は一瞬迷ったが、美舞の背中で眠る礼良を見ると帰す気にはなれなかった。
マンションのエントランスの前に一台のタクシーが停まっているのが見える。
「タクシーで来たのか?」
「そう。礼良寝てたし」
「なら別に来なくても…」
「だって私も心配だし。落ち込んでる綾史を独りにはしておけないよ」
「だけどいま十和が帰ってきたら…」
「その時は事情を説明したらわかってくれるって。それだけ綾史が心配してたって証明にもなるでしょ」
勝手知ったる様子で家の中へ入っていく美舞の背中を追いながら、綾史は内心ほっとしていた。
十和子ではなくて気落ちしたものの、この家に一人きりでいる心細さからは解放されたからだ。
「……ありがとな」
娘を寝室のベッドに寝かせ、キッチンで夕飯の支度を始めた美舞を背中から抱きしめる。
こんな状況を十和子に見られたら確実にアウトだとわかっているが、もう自分一人で悩まなくていいのだと思うと気が抜けてしまった。
「…大丈夫だよ。きっと綾史を困らせようと思ってるだけで、そのうち帰って来るって」
「…ああ。お前が言うとそんな気がしてくる」
「ふふ、なにそれ。随分信頼してるじゃない?」
「そりゃ長い付き合いだからな」
美舞が振り返り、ふたりは正面から抱き合った。
綾史は甘えるように彼女の肩に顔を埋めながら考える。
(落ち着く…けど、十和じゃない。俺、十和子のこと愛してたんだな…)
美舞と関係を持つようになってから、妻への愛情が薄まったような気がしていた。
十和子が傍にいる日常が当たり前で、いなくなった時のことを想像したことすらなかった。
心のどこかで不倫がバレてもいいと開き直っていたが、十和子と寿真のいない生活がこんなにも味気なく寂しいものだとは思わず、彼は考えを改めざるを得なかった。
(十和子に会いたい。寿真に会いたい。もうこいつとは関係を切る。ただの友達に戻るから…だから早く帰ってきてくれ。頼むから…)
落ち込む綾史を慰めるように、美舞が優しく頭を撫でる。
綾史の本音を知る由もない彼女は、彼の心地よい体温を感じながら心の中で強く願った。
(あなたが消えれば綾史と一緒に暮らせる。だからこのまま帰って来ないで)
寝不足で頭はぼうっとしていたが、いつも通りに仕事をこなす。
ふとした時に十和子からの連絡が気になって何度もスマホを確認したが、結局何の音沙汰もないまま一日が過ぎてしまった。
(寿真も一緒だし、さすがに今日は帰ってきてるだろ)
そうであって欲しいと期待しながら帰宅したが、部屋の中は相変わらず暗かった。
リビングも寝室もどの場所も、今朝からなにひとつ変わっていない。
もしかすると仕事中に荷物を取りに帰ってくるのではと考えもしたが、そんな様子も見られない。
着の身着のまま、あれからどこへ行ったというのか。
十和子には必要最低限の生活費しか渡していないし、貯金をしていたとしても持ち物をすべて捨てて一から揃えるほどの余裕はないだろう。
「勘弁してくれ…」
綾史はこれ以上どうして良いかわからず、片手で額を覆った。
本当に一生帰って来ないかも知れないという不安感と焦燥感を抑えきれなくなった彼は、電話をかけた。
《はいはーい。どうしたの?》
彼が頼ったのは美舞だった。
「十和が寿真と一緒にどこかに行ったまま帰って来ない」
《えっ?なに、私達のことバレたの?》
「わからない。一昨日ショッピングモールで薬局に寄るからって別れただろ。あれから帰ってないんだよ…。俺の実家にもいないし、連絡もつかないからどこにいるのか…」
《それって失踪したってこと?》
「失踪…?」
綾史は十和子が自分の意志で帰らないのだと思っていたが、美舞言われたことでようやく事件に巻き込まれた可能性に思い至った。
「…今から警察に相談してくる」
「え?いや、それはちょっと大袈裟なんじゃないの?」
「大袈裟?お前が失踪したのかって聞いたんだろ?」
「それはそうだけど…ただの家出だったら警察に迷惑でしょ。もう一回電話してみたら?」
「電話もメールも、昨日からもう何十回もしてんだよ…!よく考えたら十和子がここまで徹底的に無視し続けていられるとは思えない。何らかの理由で連絡できない可能性の方が…」
《ちょっと待って綾史、落ち着いて。もう夜だしさ、とりあえず明日の朝まで様子みてみたら?》
「だけど…」
《警察も明るい方が探しやすいんじゃない?朝になっても帰ってこなかったら相談しに行くのがいいと思う》
「……」
《焦ったって見つからないよ。こういう時こそ冷静になろ?》
窓の外は確かに暗い。
早く捜索を依頼したいが、美舞の言い分も尤ものような気もした。
綾史はとりあえず明日の朝まで待つことにしたが、自分で決めたとはいえどうにも落ち着かない。
気もそぞろに過ごしていた時、突然インターホンが鳴った。
十和子が帰ってきたのだと期待した綾史は玄関まで走ったが、ドアを開けた先にいたのは別の人物だった。
「…美舞、来たのか…」
「うん。いつもの綾史じゃないような気がしたから。ご飯は食べたの?」
「いや…」
「どうせそんなことだと思って、家からご飯の残り持ってきたから。とりあえず礼良を寝かせたいんだけど、上がっていい?」
「ああ…」
綾史は一瞬迷ったが、美舞の背中で眠る礼良を見ると帰す気にはなれなかった。
マンションのエントランスの前に一台のタクシーが停まっているのが見える。
「タクシーで来たのか?」
「そう。礼良寝てたし」
「なら別に来なくても…」
「だって私も心配だし。落ち込んでる綾史を独りにはしておけないよ」
「だけどいま十和が帰ってきたら…」
「その時は事情を説明したらわかってくれるって。それだけ綾史が心配してたって証明にもなるでしょ」
勝手知ったる様子で家の中へ入っていく美舞の背中を追いながら、綾史は内心ほっとしていた。
十和子ではなくて気落ちしたものの、この家に一人きりでいる心細さからは解放されたからだ。
「……ありがとな」
娘を寝室のベッドに寝かせ、キッチンで夕飯の支度を始めた美舞を背中から抱きしめる。
こんな状況を十和子に見られたら確実にアウトだとわかっているが、もう自分一人で悩まなくていいのだと思うと気が抜けてしまった。
「…大丈夫だよ。きっと綾史を困らせようと思ってるだけで、そのうち帰って来るって」
「…ああ。お前が言うとそんな気がしてくる」
「ふふ、なにそれ。随分信頼してるじゃない?」
「そりゃ長い付き合いだからな」
美舞が振り返り、ふたりは正面から抱き合った。
綾史は甘えるように彼女の肩に顔を埋めながら考える。
(落ち着く…けど、十和じゃない。俺、十和子のこと愛してたんだな…)
美舞と関係を持つようになってから、妻への愛情が薄まったような気がしていた。
十和子が傍にいる日常が当たり前で、いなくなった時のことを想像したことすらなかった。
心のどこかで不倫がバレてもいいと開き直っていたが、十和子と寿真のいない生活がこんなにも味気なく寂しいものだとは思わず、彼は考えを改めざるを得なかった。
(十和子に会いたい。寿真に会いたい。もうこいつとは関係を切る。ただの友達に戻るから…だから早く帰ってきてくれ。頼むから…)
落ち込む綾史を慰めるように、美舞が優しく頭を撫でる。
綾史の本音を知る由もない彼女は、彼の心地よい体温を感じながら心の中で強く願った。
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