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虚しいだけの関係
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慶一はその日を堺に陽和の体を気まぐれに要求してくるようになった。
彼は初めての時と同じく事を終えた途端に素っ気なくなり、陽和の様子には目もくれない。
今日は一人でシャワーを浴びに行き、10分程してリビングに戻ってきた。
くたくたになって足腰も立たず、床に倒れたままの彼女を冷たく見下ろして辛辣な言葉を浴びせかける。
「いつまでそうしているんだ?同情でも引きたいのか?いつまでもそこにいられたら目障りだ」
彼女はやっとの思いでリビングを出て、2階にある自室に戻るために階段を登った。
しかしあと数段というところで足を踏み外してしまった。
手すりを掴もうと伸ばした手は空振り、6段下の踊り場まで音を立ててずり落ちる。
ドン、ダンと大きな音が家中に響き渡り、直後にリビングから慶一が飛び出してきた。
僅かな距離なのに息を切らして、尻餅をつく陽和を目にして険しい顔を向けてくる。
「…何をやってるんだ。落ちたのか?」
近づいてきた彼に咄嗟に叱責されると思った彼女は、体をびくつかせて全身が痛むのも構わずにその場にひれ伏した。
「お騒がせして申し訳ありません。お気になさらずお戻りください…」
早く部屋に戻らなければと頭ではわかっているのに、体のあちこちが痛くて立ち上がれない。
どうしてこんなことになっているのだろう…と、理由もわからず情けなくなって目に涙が滲んだ。
また同情を引いていると言われたくなくて、彼女は顔を隠すように床に額を擦り付けた。
しかし何も反応がない。
もしかしてもう立ち去ったのかと思い顔を上げてみると、彼は何故か苦渋に満ちた顔で陽和を見下ろしていた。
陽和は軽い打撲と足を少し捻挫しただけで済んだ。
日常生活にもほとんど支障はなく、湿布を貼って過ごしているうちにすぐに良くなった。
それが原因なのかはわからないが、慶一の陽和への態度が少し軟化した。
相変わらず彼女の都合も構わず呼びつけて性欲処理をするところは変わっていないが、以前ほど無理をさせるようなことはなくなった。
礼奈が旅行を終えて家に帰ってきたことも理由の一つだろう。
「朝からあなたの辛気臭い顔なんて見たくないのよ。私が仕事に行くまで黒子になっていなさいって何度言えばわかるの?」
「よくこんなまずいものを平気で出せるわね」
「いつ出ていくの?早く出ていってよ!」
かつては愛嬌のあった礼奈にいびられることにも、自分を罵る妹に無視を決め込む慶一にも慣れて、陽和はただただ頭を下げて従った。
ある日、陽和は職場近くのビルで偶然知り合いに声をかけられた。
高校時代に同じ部活の先輩だった五嶋(ごとう)という男性で、卒業以来連絡もしていなかったので会うのはおよそ10年ぶりだった。
陽和は食事に誘われたが、あの頃のように門限で断ると彼は苦笑した。
「そうだった、門限あったよな。懐かしいなあ。今は何時までなの?」
「19時くらいかな…」
「かなって何だよ。それなら門限まではいいだろ?」
陽和は五嶋とコーヒーをテイクアウトして公園のベンチに座った。
中央の噴水を眺めながらお互いの近況を伝え合う。
義理の兄妹に退去を促されていると聞いた五嶋は陽和の不遇を知って憤慨した。
「あんまりだよ。そんな家で毎日過ごしていたら辛いなんてもんじゃないな…」
「そんなこともないですよ。それに私には目標がありますから」
「目標?」
「母が亡くなった年からこつこつ貯金をしていて、このまま順調にいけばあと1年で目標の金額になるんです。そうしたらすぐにでもあの家を出て、一人暮らしを始めようと思っています」
「あと1年なんて…。出て行けと言われているところで1年も耐えられるの?それなら僕と一緒に来て欲しい。君が望むなら一人暮らしができるようにサポートもする。君がずっと好きだったんだ」
陽和は五嶋に抱きしめられて初めて、彼の好意を知った。
自分が異性にとって恋愛の対象に入る女性なのだということも。
五嶋と別れて家に帰ると珍しく慶一が先に帰ってきていた。
リビングに電気がついていることに気が付いて、慌てて夕食の支度に取り掛かる。
「ごめんなさい。少し遅くなりました。これから準備しますね」
仕事着のままエプロンをつけて冷蔵庫から食材を取り出す。
野菜を洗っていると慶一がキッチンにやってきて、陽和を後ろから抱きしめた。
彼女の名前を呼び、甘えるように項に唇を押し当ててくる。
「陽和…」
「あ、あの…どうかされましたか?」
「……香水の臭いがする。男と会っていたのか?」
その瞬間、声色が変わった。
彼は答える隙を与えず、彼女を乱暴にまさぐって貫いた。
そんなことをされても痛みを感じるのは最初だけで、彼女は次第に快感に蕩けていく。
これまで何度も体を重ねてきた為に、陽和の体は慶一が馴染むように作り変えられていた。
彼女は早々に足から力が抜けてしまったが、彼に腰を引き上げられて無理やり立たされながら揺さぶられ続けた。
彼が一度中で果てた後も容赦なく攻められて、彼女は途中で意識を失った。
陽和は五嶋の好意に感謝を伝え、丁寧にお断りをしていた。
慶一は関係を持つようになってから彼女に「出ていけ」と言わなくなった。
それなら体さえ許していればあと1年は何も言われずに住んでいられる、と彼女は思った。
何度もしているせいで感覚が麻痺してしまい、今更回数が増えても何も変わらないと思うようになっていた。
それに、差し出された好意に応じる気もないのに五嶋の手を取るのは、彼の気持ちを玩ぶようで嫌だった。
彼はがっかりした様子だったが、陽和の意思が固いとわかると説得を諦めて受け入れた。
(先輩は先輩を好きになってくれる素敵な女性と幸せになって欲しい。私のように虚しいだけの関係にはさせたくないもの…)
陽和はどんなに失望しても、慶一への愛情を捨てきれずにいた。
それが家族愛なのか恋慕の情なのか、はたまたただの人情なのか、彼女自身よくわからなくなっていた。
彼は初めての時と同じく事を終えた途端に素っ気なくなり、陽和の様子には目もくれない。
今日は一人でシャワーを浴びに行き、10分程してリビングに戻ってきた。
くたくたになって足腰も立たず、床に倒れたままの彼女を冷たく見下ろして辛辣な言葉を浴びせかける。
「いつまでそうしているんだ?同情でも引きたいのか?いつまでもそこにいられたら目障りだ」
彼女はやっとの思いでリビングを出て、2階にある自室に戻るために階段を登った。
しかしあと数段というところで足を踏み外してしまった。
手すりを掴もうと伸ばした手は空振り、6段下の踊り場まで音を立ててずり落ちる。
ドン、ダンと大きな音が家中に響き渡り、直後にリビングから慶一が飛び出してきた。
僅かな距離なのに息を切らして、尻餅をつく陽和を目にして険しい顔を向けてくる。
「…何をやってるんだ。落ちたのか?」
近づいてきた彼に咄嗟に叱責されると思った彼女は、体をびくつかせて全身が痛むのも構わずにその場にひれ伏した。
「お騒がせして申し訳ありません。お気になさらずお戻りください…」
早く部屋に戻らなければと頭ではわかっているのに、体のあちこちが痛くて立ち上がれない。
どうしてこんなことになっているのだろう…と、理由もわからず情けなくなって目に涙が滲んだ。
また同情を引いていると言われたくなくて、彼女は顔を隠すように床に額を擦り付けた。
しかし何も反応がない。
もしかしてもう立ち去ったのかと思い顔を上げてみると、彼は何故か苦渋に満ちた顔で陽和を見下ろしていた。
陽和は軽い打撲と足を少し捻挫しただけで済んだ。
日常生活にもほとんど支障はなく、湿布を貼って過ごしているうちにすぐに良くなった。
それが原因なのかはわからないが、慶一の陽和への態度が少し軟化した。
相変わらず彼女の都合も構わず呼びつけて性欲処理をするところは変わっていないが、以前ほど無理をさせるようなことはなくなった。
礼奈が旅行を終えて家に帰ってきたことも理由の一つだろう。
「朝からあなたの辛気臭い顔なんて見たくないのよ。私が仕事に行くまで黒子になっていなさいって何度言えばわかるの?」
「よくこんなまずいものを平気で出せるわね」
「いつ出ていくの?早く出ていってよ!」
かつては愛嬌のあった礼奈にいびられることにも、自分を罵る妹に無視を決め込む慶一にも慣れて、陽和はただただ頭を下げて従った。
ある日、陽和は職場近くのビルで偶然知り合いに声をかけられた。
高校時代に同じ部活の先輩だった五嶋(ごとう)という男性で、卒業以来連絡もしていなかったので会うのはおよそ10年ぶりだった。
陽和は食事に誘われたが、あの頃のように門限で断ると彼は苦笑した。
「そうだった、門限あったよな。懐かしいなあ。今は何時までなの?」
「19時くらいかな…」
「かなって何だよ。それなら門限まではいいだろ?」
陽和は五嶋とコーヒーをテイクアウトして公園のベンチに座った。
中央の噴水を眺めながらお互いの近況を伝え合う。
義理の兄妹に退去を促されていると聞いた五嶋は陽和の不遇を知って憤慨した。
「あんまりだよ。そんな家で毎日過ごしていたら辛いなんてもんじゃないな…」
「そんなこともないですよ。それに私には目標がありますから」
「目標?」
「母が亡くなった年からこつこつ貯金をしていて、このまま順調にいけばあと1年で目標の金額になるんです。そうしたらすぐにでもあの家を出て、一人暮らしを始めようと思っています」
「あと1年なんて…。出て行けと言われているところで1年も耐えられるの?それなら僕と一緒に来て欲しい。君が望むなら一人暮らしができるようにサポートもする。君がずっと好きだったんだ」
陽和は五嶋に抱きしめられて初めて、彼の好意を知った。
自分が異性にとって恋愛の対象に入る女性なのだということも。
五嶋と別れて家に帰ると珍しく慶一が先に帰ってきていた。
リビングに電気がついていることに気が付いて、慌てて夕食の支度に取り掛かる。
「ごめんなさい。少し遅くなりました。これから準備しますね」
仕事着のままエプロンをつけて冷蔵庫から食材を取り出す。
野菜を洗っていると慶一がキッチンにやってきて、陽和を後ろから抱きしめた。
彼女の名前を呼び、甘えるように項に唇を押し当ててくる。
「陽和…」
「あ、あの…どうかされましたか?」
「……香水の臭いがする。男と会っていたのか?」
その瞬間、声色が変わった。
彼は答える隙を与えず、彼女を乱暴にまさぐって貫いた。
そんなことをされても痛みを感じるのは最初だけで、彼女は次第に快感に蕩けていく。
これまで何度も体を重ねてきた為に、陽和の体は慶一が馴染むように作り変えられていた。
彼女は早々に足から力が抜けてしまったが、彼に腰を引き上げられて無理やり立たされながら揺さぶられ続けた。
彼が一度中で果てた後も容赦なく攻められて、彼女は途中で意識を失った。
陽和は五嶋の好意に感謝を伝え、丁寧にお断りをしていた。
慶一は関係を持つようになってから彼女に「出ていけ」と言わなくなった。
それなら体さえ許していればあと1年は何も言われずに住んでいられる、と彼女は思った。
何度もしているせいで感覚が麻痺してしまい、今更回数が増えても何も変わらないと思うようになっていた。
それに、差し出された好意に応じる気もないのに五嶋の手を取るのは、彼の気持ちを玩ぶようで嫌だった。
彼はがっかりした様子だったが、陽和の意思が固いとわかると説得を諦めて受け入れた。
(先輩は先輩を好きになってくれる素敵な女性と幸せになって欲しい。私のように虚しいだけの関係にはさせたくないもの…)
陽和はどんなに失望しても、慶一への愛情を捨てきれずにいた。
それが家族愛なのか恋慕の情なのか、はたまたただの人情なのか、彼女自身よくわからなくなっていた。
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