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第3章

ここで会ったが百年目

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背後で防壁の魔法陣が展開されたことを感じ取ったゲイルは、不機嫌そうな顔で服から汚れを払うブレインと対峙した。
ジェイデンの風貌に既視感のあったブレインは忌々しそうに目を細める。

「その仮面…俺のメイリスに手を出したのは君か」
「……」
「何者か知らないけど、あんなことをしてただで済むと思うなよ。死なせてくれと無様に懇願するほど惨たらしく甚振ってやる」

好戦的な笑みを浮かべるブレインに対して、ゲイルは表情を崩さなかった。
服の下にぶらさげた魔導具に魔力を注ぎ込み、彼女が展開した魔法陣の上に遮音と遮像の魔法陣を重ね掛けする。
怪訝な顔を向けて来るブレインに、ゲイルは仮面をはずしてその正体を明かした。
ブレインのヘーゼルアイが驚愕に見開かれていく。

「それは俺の台詞だ。その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ、ブレイン」
「君は…。そうか、君だったのか…フハッ!しぶといな!やっぱりあの時に殺しておくべきだった」
「その点だけは感謝してるよ。おかげでお前に思う存分報復してやれるからな…」
「フフ、君っていつでも威勢だけはいいよね。だけど本当にできると思っているのか?俺に一度も勝てたことがないのに?」

彼はゲイルに対して明らかに侮蔑の籠った薄ら笑いを浮かべた。
挑発的な言葉に視線を返すだけで受け流し、ゲイルは外していた仮面をつけ直す。

「お前に一つ忠告しておいてやる。いつまでも学生の気分でいると痛い目をみるってな」
「相変わらずいけ好かない言い方をするね。じゃあ俺からもいいか?他人のものに手を出したら、どんな殺され方をしたって文句は言えないんだよ!」

先行はブレインだった。
間髪を入れずに魔法陣を展開し、ゲイルに反撃する隙を与えない。
その一方で自ら開発した情報操作系の魔法陣を記憶させた魔導具に、密かに魔力を注ぎ込む。
彼は性懲りもなく再びゲイルに魔法陣を埋め込み、傀儡のように操ろうとしていた。
ゲイルはブレインからの攻撃を防御魔法で弾き返しながら、ゆっくりと距離を詰めていく。
しめた顔をしたブレインが密かに針を刺そうとした瞬間、ゲイルはその顔面に容赦なく拳を叩き込んだ。
頬を殴打されて眼前に星を散らすブレインに構わず、至近距離から能力減退系の攻撃魔法を立て続けに打ち込む。
威力は通常の攻撃魔法に劣るが、自身の魔法精度や展開スピードに依存していたブレインには効果覿面だった。
防御を尽く破られ、回避もままならず、ブレインは無様に床に倒れ伏した。
才能を過信しておぼれた者と、才能を客観視して努力を重ねた者。
実力の差は圧倒的だった。

「クソ…!俺がお前に負けるわけない…!」
「残念だったな、ブレイン。姑息な魔法まで使ったのにメイリスを手に入れられないどころか、別人になった俺に掻っ攫われて、その上勝負にも負ける。散々だな」

ゲイルは自分の足元で腹ばいになっているブレインを静かに見下ろした。
ブレインはゲイルによって魔法の攻防力に加えて身体能力も極限まで低下させられ、身動きもままならなくなっていた。
勝負はついたと思われたが、ブレインは悔しげに歯を食いしばるその表情の裏で密かに反撃の機会を伺っていた。
服の下、自身の臍に埋め込んだ魔導具に魔力を注入する。
それと同時に一瞬頭に灼け付くような痛みが走ったが、気にせずに魔法陣を展開した。

(しね、ゲイル…!)

ブレインの魔法がいままさに発動する――と思われたが、攻撃が放たれることはなかった。
確かに魔法を使ったはずなのだが、目の前に立つゲイルは平然としている。
状況が理解できずに目を白黒させているブレインの前に、彼に恨みを持つもう一人の人物が現れた。

「想定通りだな。よく罠にかかってくれた」

その男の声には聞き覚えがあった。
視線を上げた先にいたのは、不気味なほどにこやかな笑みを浮かべたゼルキオンだった。
予想外の人物の登場に、ブレインは困惑を隠しきれない。

「なんだ、随分と緊張感がないな。私は一応敵将だが、見ているだけでいいのか?まあ、何かしたくてもできないだろうがな」

嫌味とも思える言い回しに腹を立てたブレインは魔法を発動しようとしたが、やはり何も起こらない。
動揺を隠すように睨みつけたが、ゼルキオンには全て見抜かれていた。

「種明かしをしてやる。君は私に招かれたんだ。君が入って来られるように、一時的に防犯魔法の強度を緩めた。そしてまんまと君はやって来て、彼に即死魔法を使った。この部屋には一定の殺傷力を越える魔法陣を展開すると、ある魔法が発動するように仕込んであったんだ。どうだろう、魔法が使えなくなった感想は?」
「魔法が使えない…?どういうことだ?」
「体感したのにまだわからないのか?いま君は魔法を使うという行為自体を封じられている状態だ」
「は…?何を言って…そんなことできるわけが…!」
「だが実際に使えないだろう?この魔法は私が可愛い妹のために数年かけて開発したものだ。私は学生時代、君と同じ魔法陣の改良・開発を専攻していた。新しい魔法を作り出すのは私も得意な方なんだ」

あっけらかんと話してはいるが、ゼルキオンが開発したものは特定の動作を意識下で封じ込めるような魔法で、これまでブレインがゲイルやメイリスを操ってきたものとはレベルが違った。
その動作をしようと思っても脳に情報が伝達されないので、できない。
使い方を間違えれば非常に危険な魔法だった。
しかも彼は魔導具ではなく電撃系の魔法を介してブレインの脳内に魔法陣を埋め込んだため、当の本人は頭痛がしたと感じた程度で全く自覚がない。
そうとは知らないブレインはゼルキオンの発言を虚言と判断し、自分のことを棚上げして彼を異常者に認定した。

「そんな妄言を俺が真に受けると思うのか?何が妹のためだ…いい年こいた腐れシスコンが!」
「シスコンとは何だ?若者の使う言葉はよくわからないが…私が話したことは事実だ。信じるか信じないかは君の自由だがな」

ゼルキオンは軍務部隊の一員として戦闘の実力も確かなものだったが、軍で使用する魔法の管理・開発を主に担当していた。
メイリスが再構築していた防衛魔法はゼルキオンが一から組み立てたもので、魔法陣の修復時に罠を仕込む方法を彼女に教えたのも彼だった。
この部屋の防犯魔法の基礎を作ったのも彼で、ブレインに破られる度に改良案を考えては彼を迎え撃つ準備を進めていた。
敵意を剥き出しにして喚くブレインとは対照的に、ゼルキオンは余裕の笑みを浮かべている。

「ついでではあるが、君の魔力に反応して発動する"天還"の魔法もこの部屋に仕込んでおいた。何度かここを訪れてくれたおかげで魔力を採取することができたからな、条件付けは簡単だった。マギウスなら自分の死後がどうなるか知っているだろう?この魔法は埋葬前に肉体から魔力を放出させるためのものだ。君の魔力は"天に還り"、次代のマギウスの糧になる。魔力が尽きるまでそこに這いつくばっていろ」

ブレインはさっと血の気を失くし逃亡を試みたが、ゲイルが放った拘束の魔法によって体を床に貼り付けられた。
どんな重罪を犯したマギウスでも、その利用価値の高さから国に魔力を管理されるだけで生きているうちに魔力を抜き取られることはない。
魔力のなくなったマギウスは当然マギウスではなくなり、エウリスとして生きることになる。
マギウスに生まれたことに誇りを持っていたブレインにとってこれ以上の重刑はなかった。

「メイリスを苦しめ続けた君を極刑であっさり楽にさせるつもりはない。君はエウリスとして、エウリス専用の牢獄で一生を終えるんだ。なに、心配はいらない。君が長生きできるように最大限取り計らおう」
「クソッ…!」

ブレインが悪態を吐くのと、室内に鳴り響いていた警告音が止んだのはほぼ同時だった。
間もなくして防壁の魔法陣を解除したメイリスが晴れやかな表情でモニタールームから姿を見せる。

「あら、ゼルキオンも来ていたの?そっちも終わったみたいね。お疲れさま」
「ああ…お疲れだった、メイリス。ジェイデンも。君達二人の働きに感謝する」

ゼルキオンの言葉にメイリスは笑顔を見せ、ゲイルは顎を引いて敬礼した。
カッタルタとの戦争はパレシアの圧倒的な勝利で幕を閉じた。



ブレインから魔力と血を採取できたことで、メイリスの左胸に刻まれていた魔法陣は綺麗さっぱり消失した。
本人の目の前であっという間に解除をすると、彼は「そんなに簡単に…」とショックを受けた様子で呟いていた。
ブレインにとっては自分の技術のすべてを注ぎ込んだ集大成だったが、メイリスにとっては条件さえ揃えば多少複雑に組み合わさっていたとしても取るに足らない魔法陣だった。
こんなもので散々弄ばれていたのだと思うと怒りが込み上げたが、魔力を失って茫然としている姿を見ると仕返しをしようという気にはなれなかった。
出征していた多くの戦闘員達は帰還したが、ゼルキオンと特殊部隊のマギウス達は後始末のためにまだ要塞に残っていた。
メイリスもその内の一人で、相変わらず南の塔に引き籠って防衛魔法の再構築を続けていた。
そして今日、ついに最後の作業が完了し、要塞で過ごす最後の夜を迎えた。

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