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本編

第13話

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国原の話を聞いて居ても立っても居られず、帰ってすぐにシャワーを浴びた。
今日あった出来事ではないけど、自分の知らない所で体を弄ばれていたなんて気持ち悪すぎる。
あの何日間、起きていられないほど強い眠気を感じていたのは薬を盛られていたからだったのか。
夜は必然的に捺月とご飯を食べに行っていたから、気付かないうちに飲み物にでも入れられていたんだろう。
部屋は別々なのにどうやって侵入したのか…本当に迂闊としか言い様がない。
彼女とは十数年の付き合いになるが、今日まで本性を見抜けなかった自分にも腹が立って仕方がなかった。
次の日は土日も診療している病院を見つけたので早朝から車を走らせた。
捺月の男性遍歴は知らないが、あんな手段を思いつくなんてまともじゃない。
国原の話ではバーで軽薄な男と一緒だったというし、複数の男性と経験していても不思議ではなかった。
これから希未と一生付き合っていくなら性病検査は絶対にしておきたかった。
すぐ結果を知りたくて迅速検査をしたが全部陰性だった。
とりあえずは安心したが、迅速検査だと精度は劣るので念の為通常検査もしてもらうことにした。
時間が経てば経つほど捺月への怒りが沸々と込み上げてくる。
希未は俺の知らないところで彼女に虚言を吹き込まれて苦しんでいた。
写真も送っていたと言っていたようだが、いったいどんな内容だったのか…想像するだけで悍ましい。
それを見た希未はどんな気持ちでいたんだろうか。
そうとは知らずに自分だけお気楽に好きだと言って浮かれていた。
電話で頑なに話を聞きたくないと拒否して、あれほど不安定になっていた理由がようやくわかった。

(希未に会って抱きしめたい…)

運転しながら今後の計画を立て直す。
希未と距離を置いたのは間違いだった。
迎えに来ないと信じている相手を出先で待っているようなものだ。
俺はもっと形振り構わず、未練がましく希未を追いかけるべきだった。
しつこいと言われるくらいに、香山のような粘着質で希未にしがみつくのが正解だった。
そうまでしなければ希未は俺の想いを信じてはくれない。
途中で駅に寄って希未の乗ったバスと行き先に目星を付けた。

(あの辺りなら帰って来るのは明日以降だな…)

家に帰ると俺宛に一通の手紙が届いていた。
香山からだ。
一体何の用だと開いてみて、書かれていた信じられない内容に手紙を持つ手が震える。
いつの間にか俺は読み終えたそれを固く握り締めていた。


その夜、俺は国原に協力してもらって一緒に捺月の家に行って事実を問い詰めた。
俺の怒りが相当なものだと知って観念した捺月は、希未に俺を諦めろと脅迫まがいのメッセージや嫌がらせの画像を送っていたこと、出張先のホテルで俺に睡眠薬を飲ませて同意なく性行為をしたことを白状した。

「それだけじゃないよな?10年前にもしたことがあるだろ。香山をそそのかして希未を襲わせたよな?」

スマホ紛失事件の黒幕は捺月本人だった。
香山の手紙には、捺月の口車に乗せられてやったという事実と希未への後悔が綴られていた。

「な、なんのこと?そんなの知らな…」
「しらばっくれても無駄だ。香山が手紙で教えてくれた」

当時香山は秘かに希未に好意を抱いていて、告白こそ勇気が出なかったが付き合いたいと強く思っていた。
それを知った捺月から、ある日とんでもないことを吹き込まれる。

『水城に聞いたんだけどね…工藤さんってちょっと特殊な性癖があるみたい。凌辱系のえっちなマンガとか読んでて、家でもその…よくしてて、それで水城は工藤さんのことを気持ち悪いって思うようになったんだって。男の子にはちょっと強引に、嫌々されるのが好きみたいだよ。工藤さんって香山君のことよくこっそり見つめてるし、きっと香山君のこと好きなんだよ』

それを信じた香山は、他のクラスメイト達にも協力をもちかけて犯行に及んだ。
捺月から聞いた話と希未の反応に多少は違和感を持ったらしいが、もし間違いだったらと思うと希未にしたことが恐くなり、嫌よ嫌よも好きのうちだと思い込むことにした。
香山は希未と付き合っていたつもりだったが、彼女の転校と同時に連絡を絶たれてショックを受けた。
それ以来行方を探していて、連絡を絶たれたこともプレイの一環だと思い込むことで自分を守っていたらしい。
再会してもあまり拒否されなかったことで希未に好かれていると思った香山は、逮捕後に彼女から直接『好きになることはない』と言われたことで誤解がとけた。
希未が自分に従う理由が純粋な恐怖だけだったと知った香山はひどく後悔し、示談にはせずに刑務所で罪を償うと手紙には書かれていた。

「み、水城は知ってたの?工藤さんがされたこと…」
「全部知ってるよ。その時の動画で脅されてたこともな。香山に当時と同じ手口で無理やり結婚させられそうになってたのを助けたのは俺だ。香山は刑務所行きになったよ」
「知ってるのにどうして?なんであの子が好きなの?水城以外の男にも簡単に股を開く女なんだよ?水城以外の男とたくさんやってる子なんだよ?!私は水城しか知らないのに!」
「希未は好きで香山達としたんじゃない。無理強いされて傷付いていた。たくさん泣いていた!今だって毎晩うなされて…苦しんでいる。お前も希未と同じことをされたらって想像してみろ。同じ女なら辛さがわかるだろ?!」
「水城っ!悪いこと言わないからあの子はやめよう?あの子を幸せにできるのは香山君だけだよ。私がちょっと背中押してあげたら上手くいったもの。あの二人が付き合ってたの知らないでしょ?香山君は昔から工藤さんのこと好きだけど水城は違うでしょ?幼馴染のよしみでしょ?あんな子と結婚したら後で後悔するよ!」
「ああそうだな…俺は今お前と付き合ってたことを後悔してるよ!」
「どうしてそんなひどいこと言うの?!私は水城だけなのに!!」

捺月は全く反省の色を見せなかった。
さすがの国原も絶句して捺月を見ていた。

「悪魔だ…」

俺と国原から軽蔑の眼差しを向けられた彼女は、最後まで被害者面をして泣いていた。


翌朝5時、俺は駅前のバスターミナルにいた。
出かけていった希未を出迎えて話をするためだ。
どの時間帯のバスを利用するのかも、そもそも今日会えるかもわからない。
だがもし彼女が仕事を始めているのなら、移動手段に夜行バスを選んだことも納得できるし日曜日の今日に戻ってくる可能性が高い。
俺はただこの計画が上手くいくことを祈った。

―――俺はもう、格好悪い俺から逃げない。

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