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不穏
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セレンに手を引かれ、恐る恐る入った教室はいつもと変わらなかった。
各々仲の良い友達同士で集まって、他愛のない会話を楽しむ声で満ちていた。
ただ皆の口に上がる話題はほとんど同じで、この校舎の突然の老朽についてだった。
「昨日何かあったのかな?」
「さあ…。でも学校辺りで地震があったって話はちらっと聞いたけど」
「地震でここまでなるかなあ。しかもB級棟だけ…」
「そうだよねえ…」
「やっぱ何か変じゃね?絶対何かあったって!」
「Aクラにいる俺の兄貴が昨日校舎の中から窓ガラス全部割れるの見たって言ってた。誰か暴れたんじゃねえ?」
「暴れたって誰だよ?」
「知らねえよ。けど、そこまで暴れる程魔力持った奴B級にいたっけ?」
そんな会話が入り混じってシエルの耳に届く。
それを聞きながら、シエルはある可能性を閃いてはっとした。
(もしかして、姉さん達が怒ってやったんじゃ…?)
廊下側の一番端にあるカネルの席を恐る恐る見てみたが、彼はまだ学校に来ていないようだった。
そのことに安堵しつつも、昨日途中で気を失ってから家で目を覚ますまでの間に何があったのか何も知らないことに不安が大きくなる。
もし自分を助けに来たであろうリアやエリックが怒りをぶつけたことで彼が大怪我をしていたら。
そうされても仕方のないことをされたというのに、シエルはカネルが重体に陥ったことを想像して申し訳ない気持ちになった。
(私なんてどうなったって世間に迷惑はかからないけど…カネルは将来有望なのに…)
決してカネルを許したわけではない。
許したわけではないけれど、彼は自分より将来性がある。
カネルは魔力の使い方が上手く、初めて教えられる魔法もそつなくこなしてしまう。
それに彼は半年後の進級試験でA級に進級するだろうと言われている生徒のうちの1人なのだ。
実はシエルの親友、セレン・ポールソンもその中に含まれていた。
(セレンがA級に上がるのは嬉しいけど、でも傍にいて欲しいし…)
セレンがいなくなってしまうと、落ちこぼれと呼ばれるシエルと仲良くしてくれる生徒は他に誰もいなくなってしまう。
どんなに失敗しても気持ちを前向きに切り替えられていたのは、彼女がいつも傍にいて励ましてくれていたことが大きかった。
(セレンと離れてしまったら、私どうなるんだろう…)
彼女がいなければすべてのことがうまくいかなくなるような気がして、シエルは不安を募らせた。
それと同時にセレンの進級を素直に喜べない自分とセレンに依存し過ぎている現実に気づかされて自己嫌悪に陥った。
(私ってどうしてこうダメなんだろう…。魔法もできないし、精神力も強くない…カネルが怒っても仕方ないよ…)
好意を寄せている相手が自分より格段に劣った下級レベルの人間と交流があると知ったら、自分の方が相応しいのに…と怒りを覚えるのは当然のことだ。
きっとカネルは普段の自分の生活を見て感じていた怒りが我慢の限界を超えてしまったのだと、シエルは思った。
けれども結局、シエルはカネルにつけられた深い傷をベンに癒してもらうことになった。
そう考えると彼は自ら墓穴を掘ったことになる。
そんなことを思っているうちに再び昨夜のことが思い出されて、シエルはぽんぽんと花が咲くように頬を朱に染めた。
「何百面相してるの?」
その声にはっとして顔を上げると、セレンが不思議そうにシエルを覗き込んでいた。
「セ、レン…」
驚いて片言になってしまったシエルに、セレンは怪訝な顔をして首を傾げた。
「どうしたの?何か考え込んでると思ったら急に赤くなって…。」
「な、なんでもないの!ちょっと考え事!」
「そう?それならいいけど…あんまり自分を追い詰めないようにね?」
セレンはそれ以上の追求をしなかったが、シエルは自分の心を見透かされたような彼女の言葉に弁明する言葉が出てこなかった。
まさに自分は今セレンの言う通り後ろ向きなことばかり考えていた。
きっとどんなことを考えていたのか、彼女は薄々感づいているのだろう。
でもまさかベンとのことまでは想像できないだろうと、そう考えてシエルはまた赤くなった。
そんな彼女をセレンが再び怪訝な目で見つめる。
(ごめんセレン…いまはとてもじゃないけど言葉に出して言えないよ…)
心の中で謝りながら、シエルは熱くなった顔を誤魔化そうと俯いた。
そんな彼女の様子を眺めながら、セレンは親友が纏う雰囲気の変化に的確な察しをつけていた。
(あの男…とうとうシエルに手を出したわね)
カネルに暴行されかけたことは、シエルの姉のリアから連絡があって知っていた。
聞いた時はすぐにでも会いに行きたかったのだが、今は眠っていると言うのでその衝動をぐっと堪えた。
その時、リアにできるだけシエルの傍にいて欲しいと、様子が変だったり何か変わったことがあれば教えて欲しいとお願いされた。
学校は気持ちが落ち着くまで休ませると聞いていたので、今朝校舎前で立ち尽くすシエルを目にした時は驚いた。
同時に相当な精神的ダメージだったにも関わらず休まずやってきた彼女の勤勉さと強さに感服したし、教室に着いた時も体は震えていたが思っていたよりも足取りが緩やかで、自分が傍にいることで気持ちが落ち着いているのだろうと察しはついたが半日でこうもトラウマが軽減するものだろうかと疑問に思っていた。
(なるほど?考える対象をカネルから自分に変えて、シエルのマイナス思考に歯止めをかけたってわけね)
ベンがとった行動でシエルの心を救ったことは有り難いとは思うが、セレンはその行動に何とも言えぬ腹立たしさを感じていた。
(まあ、同性の私にはできないことよね。でもレイチェルと付き合ってるのにシエルに手を出すなんて信じられない!安易な気持ちでそうしたのなら許さないわ。シエルを泣かしたら私が半殺しにしてやる)
セレンは心の中でそう呟くと、ギラリと瞳を光らせ、ぐっと拳を握り締めた。
それに気づいたシエルが不思議そうな顔で尋ねると、セレンは返事の変わりにシエルをぎゅっと抱きしめた。
彼女のその決意は、それから数時間後に本物の殺意に変わった。
昼休み、食事が終わるとセレンはシエルを教室から連れ出した。
気分転換にと、敷地内にある植物園に行こうと誘うと、シエルは少しほっとしたように頷いた。
今思えばこの選択が間違っていたのだ。
なぜ植物園に行こうと思ったのだろう。
セレンは自分の発想とタイミングの悪さを呪った。
そしてそれと同じくらい、いやそれ以上に、昨日の今日で彼の取った行動に憤りを覚えた。
植物園には見慣れない薬草や魔法植物がたくさんあり、初めはシエルもセレンも楽しんでいた。
だが、途中でシエルが足を止めた。
目の前の薬草を見るためではなく、通路の分かれ道に生えているピンキーツリーの向こう側を見ているようだった。
セレンが同じく視線を移動させると、その花の下で愛を囁いた男女は永遠の絆で結ばれると語り継がれているピンキーツリーが白い花を咲かせているその下で、見知った顔の男女―――ベンとレイチェルがキスをしていた。
各々仲の良い友達同士で集まって、他愛のない会話を楽しむ声で満ちていた。
ただ皆の口に上がる話題はほとんど同じで、この校舎の突然の老朽についてだった。
「昨日何かあったのかな?」
「さあ…。でも学校辺りで地震があったって話はちらっと聞いたけど」
「地震でここまでなるかなあ。しかもB級棟だけ…」
「そうだよねえ…」
「やっぱ何か変じゃね?絶対何かあったって!」
「Aクラにいる俺の兄貴が昨日校舎の中から窓ガラス全部割れるの見たって言ってた。誰か暴れたんじゃねえ?」
「暴れたって誰だよ?」
「知らねえよ。けど、そこまで暴れる程魔力持った奴B級にいたっけ?」
そんな会話が入り混じってシエルの耳に届く。
それを聞きながら、シエルはある可能性を閃いてはっとした。
(もしかして、姉さん達が怒ってやったんじゃ…?)
廊下側の一番端にあるカネルの席を恐る恐る見てみたが、彼はまだ学校に来ていないようだった。
そのことに安堵しつつも、昨日途中で気を失ってから家で目を覚ますまでの間に何があったのか何も知らないことに不安が大きくなる。
もし自分を助けに来たであろうリアやエリックが怒りをぶつけたことで彼が大怪我をしていたら。
そうされても仕方のないことをされたというのに、シエルはカネルが重体に陥ったことを想像して申し訳ない気持ちになった。
(私なんてどうなったって世間に迷惑はかからないけど…カネルは将来有望なのに…)
決してカネルを許したわけではない。
許したわけではないけれど、彼は自分より将来性がある。
カネルは魔力の使い方が上手く、初めて教えられる魔法もそつなくこなしてしまう。
それに彼は半年後の進級試験でA級に進級するだろうと言われている生徒のうちの1人なのだ。
実はシエルの親友、セレン・ポールソンもその中に含まれていた。
(セレンがA級に上がるのは嬉しいけど、でも傍にいて欲しいし…)
セレンがいなくなってしまうと、落ちこぼれと呼ばれるシエルと仲良くしてくれる生徒は他に誰もいなくなってしまう。
どんなに失敗しても気持ちを前向きに切り替えられていたのは、彼女がいつも傍にいて励ましてくれていたことが大きかった。
(セレンと離れてしまったら、私どうなるんだろう…)
彼女がいなければすべてのことがうまくいかなくなるような気がして、シエルは不安を募らせた。
それと同時にセレンの進級を素直に喜べない自分とセレンに依存し過ぎている現実に気づかされて自己嫌悪に陥った。
(私ってどうしてこうダメなんだろう…。魔法もできないし、精神力も強くない…カネルが怒っても仕方ないよ…)
好意を寄せている相手が自分より格段に劣った下級レベルの人間と交流があると知ったら、自分の方が相応しいのに…と怒りを覚えるのは当然のことだ。
きっとカネルは普段の自分の生活を見て感じていた怒りが我慢の限界を超えてしまったのだと、シエルは思った。
けれども結局、シエルはカネルにつけられた深い傷をベンに癒してもらうことになった。
そう考えると彼は自ら墓穴を掘ったことになる。
そんなことを思っているうちに再び昨夜のことが思い出されて、シエルはぽんぽんと花が咲くように頬を朱に染めた。
「何百面相してるの?」
その声にはっとして顔を上げると、セレンが不思議そうにシエルを覗き込んでいた。
「セ、レン…」
驚いて片言になってしまったシエルに、セレンは怪訝な顔をして首を傾げた。
「どうしたの?何か考え込んでると思ったら急に赤くなって…。」
「な、なんでもないの!ちょっと考え事!」
「そう?それならいいけど…あんまり自分を追い詰めないようにね?」
セレンはそれ以上の追求をしなかったが、シエルは自分の心を見透かされたような彼女の言葉に弁明する言葉が出てこなかった。
まさに自分は今セレンの言う通り後ろ向きなことばかり考えていた。
きっとどんなことを考えていたのか、彼女は薄々感づいているのだろう。
でもまさかベンとのことまでは想像できないだろうと、そう考えてシエルはまた赤くなった。
そんな彼女をセレンが再び怪訝な目で見つめる。
(ごめんセレン…いまはとてもじゃないけど言葉に出して言えないよ…)
心の中で謝りながら、シエルは熱くなった顔を誤魔化そうと俯いた。
そんな彼女の様子を眺めながら、セレンは親友が纏う雰囲気の変化に的確な察しをつけていた。
(あの男…とうとうシエルに手を出したわね)
カネルに暴行されかけたことは、シエルの姉のリアから連絡があって知っていた。
聞いた時はすぐにでも会いに行きたかったのだが、今は眠っていると言うのでその衝動をぐっと堪えた。
その時、リアにできるだけシエルの傍にいて欲しいと、様子が変だったり何か変わったことがあれば教えて欲しいとお願いされた。
学校は気持ちが落ち着くまで休ませると聞いていたので、今朝校舎前で立ち尽くすシエルを目にした時は驚いた。
同時に相当な精神的ダメージだったにも関わらず休まずやってきた彼女の勤勉さと強さに感服したし、教室に着いた時も体は震えていたが思っていたよりも足取りが緩やかで、自分が傍にいることで気持ちが落ち着いているのだろうと察しはついたが半日でこうもトラウマが軽減するものだろうかと疑問に思っていた。
(なるほど?考える対象をカネルから自分に変えて、シエルのマイナス思考に歯止めをかけたってわけね)
ベンがとった行動でシエルの心を救ったことは有り難いとは思うが、セレンはその行動に何とも言えぬ腹立たしさを感じていた。
(まあ、同性の私にはできないことよね。でもレイチェルと付き合ってるのにシエルに手を出すなんて信じられない!安易な気持ちでそうしたのなら許さないわ。シエルを泣かしたら私が半殺しにしてやる)
セレンは心の中でそう呟くと、ギラリと瞳を光らせ、ぐっと拳を握り締めた。
それに気づいたシエルが不思議そうな顔で尋ねると、セレンは返事の変わりにシエルをぎゅっと抱きしめた。
彼女のその決意は、それから数時間後に本物の殺意に変わった。
昼休み、食事が終わるとセレンはシエルを教室から連れ出した。
気分転換にと、敷地内にある植物園に行こうと誘うと、シエルは少しほっとしたように頷いた。
今思えばこの選択が間違っていたのだ。
なぜ植物園に行こうと思ったのだろう。
セレンは自分の発想とタイミングの悪さを呪った。
そしてそれと同じくらい、いやそれ以上に、昨日の今日で彼の取った行動に憤りを覚えた。
植物園には見慣れない薬草や魔法植物がたくさんあり、初めはシエルもセレンも楽しんでいた。
だが、途中でシエルが足を止めた。
目の前の薬草を見るためではなく、通路の分かれ道に生えているピンキーツリーの向こう側を見ているようだった。
セレンが同じく視線を移動させると、その花の下で愛を囁いた男女は永遠の絆で結ばれると語り継がれているピンキーツリーが白い花を咲かせているその下で、見知った顔の男女―――ベンとレイチェルがキスをしていた。
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