上 下
18 / 19
約束の果て、

18

しおりを挟む

 入れ違いに病室に顔を出したのは奈義だった。

「……支度は出来たか」
「ん。おっけ、社長と菅元が今退院手続きやってるから、二人が来たらすぐにでも帰れるよ」
「――じゃ、二人が来る前に行くか」
「行くって、どこに?」
「……ついてこい」

 さっさと奈義がドアの向こうに消えてしまうから、俺は慌てて後を追う。

「待ってよ、奈義!」


 廊下の突き当たりを左に折れて、第二病棟と第三病棟を繋ぐ渡り廊下を進む。関係者以外立ち入り禁止のプレートを見た気がしたけど、看護士さんたちが奈義のことを咎める様子もない。

 


「……ね、どこに行くの?」


 俺は多分、わかってる。この先に誰がいるのかってのは。
 奈義は返事もしないで廊下の突き当たりにある扉の前でようやく足を止めた。ネームプレートも部屋番号もない、明らかに他の病室とは違うその扉には施錠してあるらしかった。奈義はポケットからカードキーを出して、慣れた仕草で扉の機械に通す。


「……奈義」


 俺が開いた扉の前で戸惑って奈義を見上げると、奈義は眉間のシワをもっと深くして、俺の腕を引ったくった。そのまま病室に連れ込まれて、後ろで扉が静かに閉まる音がした。


「早く会ってやれ」


「待って、俺――まだ心の準備が、」

 


 そこは、すごく綺麗な病室だった。
 真っ白な壁と高い天井。広さで言えば俺と奈義の住む安アパートと同じくらいの広さがある。簡易ベッドや冷蔵庫、テレビからソファーまで完備されたこの部屋が病室だと思い出させるのは、やはり中央に置かれたパイプベッドだった。
 病室の主は俺と奈義を無言で迎える。


「………」


 俺が想像していたよりずっと、有田謙は幼く見えた。俺と同じくらいの青年には見えない。奈義は何も言わずに俺の背中を押し、あとはソファーに身を沈めた。


 


「奈義……」


 戸惑う俺に奈義は聞こえないふりをする。
 俺は小さく息を吐き、有田譲の側に立ったまま彼の顔を覗き込んだ。


 夢の中で見た悲しげな表情は無く、穏やかな寝顔がそこにはあった。


(――聞こえる? 譲)


 俺は彼に語りかける。
 まだあの闇に囚われているかもしれない彼に向かって。

(約束を果たしにきたよ。覚えてる? 君のために歌を歌うって――)


 彼の手を握ると、ほんのりとした温かさが伝わってきた。容態はいつ好転するとも急変するともわからないらしい。だからこそ、奈義は仕事の合間をみては有田譲のもとに通っていたんだろう。
 その命の儚さゆえに。

 



「……約束したんだから、必ず俺の歌を聞いてもらうからね」



 そして、彼の目を覚ましてあげよう。
 心を込めて、彼だけのために歌おう。
 あの狭間の闇の中でたった一人囚われている彼だけに届くように。
 彼の闇を取り去ることが出来るように。



(次には笑って、再会しよう)



 こっちに彼を取り返してからが、俺たちの初めましてと再会だ。



 そうだろう?
 譲……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

子犬はオオカミさんに包まれていたい♡

金色葵
BL
無事に恋人同時になった、犬塚光琉(いぬつかひかる)と狼上近衛(おおがみこのえ)はラブラブな同棲生活を送っていた。 しかし、近衛が一週間医学部の研修にいくことになりしばし離れ離れになる二人だったが...... (俺をこんな風にした近衛先輩が悪いんだから!) 毎日のように愛でられ可愛がられ溺愛されている光琉は近衛のいない状態が寂しくてしかたなくて!? オオカミさんは子犬を愛でたいの続編、ラブラブ恋人編になります。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

幼馴染みとアオハル恋事情

有村千代
BL
日比谷千佳、十七歳――高校二年生にして初めて迎えた春は、あっけなく終わりを告げるのだった…。 「他に気になる人ができたから」と、せっかくできた彼女に一週間でフられてしまった千佳。その恋敵が幼馴染み・瀬川明だと聞き、千佳は告白現場を目撃することに。 明はあっさりと告白を断るも、どうやら想い人がいるらしい。相手が誰なのか無性に気になって詰め寄れば、「お前が好きだって言ったらどうする?」と返されて!? 思わずどぎまぎする千佳だったが、冗談だと明かされた途端にショックを受けてしまう。しかし気づいてしまった――明のことが好きなのだと。そして、すでに失恋しているのだと…。 アオハル、そして「性」春!? 両片思いの幼馴染みが織りなす、じれじれ甘々王道ラブ! 【一途なクールモテ男×天真爛漫な平凡男子(幼馴染み/高校生)】 ※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています ※全70回程度(本編9話+番外編2話)、毎日更新予定 ※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】 ※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】 ※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】 □ショートストーリー https://privatter.net/p/9716586 □イラスト&漫画 https://poipiku.com/401008/">https://poipiku.com/401008/ ⇒いずれも不定期に更新していきます

処理中です...