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贖罪と現実、

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 近付いて来る人の気配にふと意識が戻る。辺りは暗くて、もう夜かと思ったが違った。瞼が下りたままだからだ。体は重くて、まるで誰かに押さえ付けられているみたいだった。

「……ナル」

 側に立つ誰かが俺を呼ぶ。伸びてきた冷たい手が、頬を撫でた。指先、固くなった指の腹でそのまま髪を梳かれる。目を閉じたままなのに、それが誰なのかわかる。

(――奈義)

 突然、胸の奥で熱い何かが込み上げて来て、俺は泣き出したくなった。
 これが現実なら、早く目を開けて、奈義に謝らなければ。

(奈義、俺……ごめん)

 こうなったのも俺が全部悪い。ジゼルだって、まだ辞めたくない。解散は取り消そう。俺が、俺が奈義を勝手に好きになって勝手にいっぱいいっぱいになって焦って自滅して、奈義を傷付けたんだ。

(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめん――)

 自分の体なのに、どうしてこういう時は言うことを利かないんだろう。意識はあるのに、なんで体は、動かないんだろう。もどかしくて、今ほど焦れったいと思うことはなかった。

 優しく髪を撫でる奈義の手が、そっと離れていく。

(――待って!)

 眉間に力を入れて、無理矢理瞼を持ち上げる。人工的な光が網膜を焼く。残像。映し出す人影。光に慣れない視界はちかちかと白む。呪縛が突然解けたみたいに、あれだけ重かった体がすんなりと起き上がった。
 去って行く腕にすがりつく。

「……ナル?」

 何が起きたのかわからないというように、驚いた奈義の顔が見えた。また、目の下のクマが濃くなっている。

「お前、寝てたんじゃ――なかったのか」

 看護士が消してくれたのか、部屋には常備灯がついているだけだった。そんな薄明かりではお互いの表情はそれほどはっきり見えない。点滴が外れているのを確認して、俺はベッドから降りて壁際のスイッチを押した。虫が羽ばたくような音の後に、人工的な光が部屋を照らした。

「……よかった」

 まだ頭がくらくらしているが、奈義の姿が目の前にあることに俺は安堵する。

「ナル?」
「よかった、夢じゃなくて。本物の、奈義、だよな……」

 確かめるように俺は奈義の手を取り、それから顔を上げる。戸惑ったままだったが、奈義は俺を振り払う素振りもしないで、じっとしていてくれた。

「――起こさないように帰ろうと思ってたんだが、失敗したな」
「なんだよ、俺が眠ってた二日間はずっと俺の側にいてくれたくせに」
「……菅元か、ばらしたのは?」
「どうでもいいことだよ。ねえ、なんで帰ろうとしたの?」
「――俺はお前に合わせる顔がない」

 そう言い放つと奈義はやんわりと俺を押しやり、手を離す。

「ごめん」
「なんてお前が謝るんだ。謝らなきゃならないのは俺なんだぞ? カッとなったとはいえ……殺人未遂だからな……。本来ならとっくに牢屋に放り込まれてるはずなんだ」
「なんで? 俺は、死んでないし、それに殺してって言ったのは俺の方だし、奈義は、悪くないのに……」
「俺を赦すなよ、ナル」

 ヒヤリとした声だった。感情を殺して、刃物のようによく研がれた言葉のように感じられた。何度も何度も、奈義は自分を責めたに違いなかった。

「俺を赦すな。……それから、歌を諦めるな。お前はいいものを持ってるんだから、絶対にジゼルを解散しても歌は続けた方がいい」

 やっぱり、奈義は俺と離れる気なんだ。社長の口から奈義がジゼルを解散したいと言っていることを聞いた時とは、明らかに違う戸惑いが俺の中にあった。

「……やだよ!」

 奈義の眉間に皺が寄る。困ったものでも見るような視線に、俺は引き下がるわけにはいかなかった。
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