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君のための歌、ここはこどもたちの国。

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 どくり、と俺の中で小さな変化があった。トクトクと、鼓動する音が聞こえた。
 途端、俺の周りの闇がぐにゃりと歪んだ。そこから小さな光が、ぽわりと生まれた。

「……これ、は」
「よかったね。あんたを現実に導く光だ」
「────現実……」
「それに触れたら帰れる。俺みたいに闇に囚われていないあんたがいつまでもこんな【果て】にいることはないよ。迷いこんだだけなんだろうし、ほら、不思議な国に迷いこんだアリスだって最後は家に帰れるだろう?」
「でも、俺は……現実に帰りたいのかもわからない……」
「帰っても嫌なことがある? ────贅沢な悩みだ。あんたには帰れる場所があるのに? 待ってる人もいるのに? 愛してる人だってまだ生きてるだろう? ……俺なんか、二年もこんなとこにいるんだ。なのにまだ、死ねないし現実に帰れない……」
「────ごめん」
「なんで謝るの? 俺は……嬉しいんだよ」
「え?」
「独りで退屈で死にそうだったんだ、あんたが来るまで。話し相手もいないし、ここにはなにもないから。……だから、思い出した。人間ってやっぱり、独りじゃ生きて行けないんだって。ああ、そうだ……やり残したこともある……」

 最後は独り言のように呟いて、青年は破顔した。

「やり残したことって何」
「────俺ね、好きな人がいたんだ。綺麗な人で、傷つきやすくていつも自分の殻に閉じ籠って、歌ってた」
「シンガー?」
「そ。俺も大事な人たちと一緒に歌ってたんだけど、俺、彼女のために歌を作ろうと思ったの。世界は喜びに満ちていて、君が思っているよりずっと素晴らしいよって、教えてあげたくて……」

 でもダメだった。
 泣き笑いの顔になって、青年は時間が惜しいと言うように話し続けた。その間にも闇に生まれた光は広がり続けて、俺を飲み込み始めている。

「……間に合わなかった。彼女を救う前に、彼女はいなくなったから」
「だから、後を追ったの?」
「うん。馬鹿だよね。自分でも笑っちゃうよ。でも、どうしても、会いたかったんだ。もう一度彼女に……。失敗して、こんなとこにいるなんて、本当に俺は馬鹿だ……」
「そんなことないよ。すごいよ、誰かのために歌を作るなんて。俺は……俺のためにしか歌ったことがないから」

 そうだ。俺は、自分のためだけにしか歌わなかった。奈義の側にいるために。土屋真幸や奈義の音楽の高みに近付くために。

 「……もし、帰れたら……」

 光はゆっくりと俺の足を飲み込んでいた。眩い光に目が眩み、青年の姿はますます陰ってしまう。

「俺……また、歌いたい」

 そう思いを零した俺に青年が笑った気がした。

「俺も」

 視界はすでに白い光に包まれている。だから青年が笑っているか泣いているか困っているかはわからない。ただ、笑っていればいいな、と思った。

「……また、歌いたい」
「ねえ、もし、むこうでまた会えたら――!」
「会える、かな……。会えるといいな。俺、あんたより目が覚めるのはまだ先だと思うけど」
「会えたら、いや……会えなくても、現実に帰ったら俺、君のために歌を歌うよ! だから、君の名前……教えてくれないか」
「そっか、まだお互い名乗ってなかったね」
「俺は、榊鳴海。鳴海だ」
「ナルミ……いい名前だね。俺はユズル。アリタユズル────」
「……アリタ、ユズル……?」

 聞き覚えのある名前にはっとした。

 ────むこうで、また会おう。

 青年の声が遠のき、閃光が俺の体を引き裂いた。

「────!」

 脳天を揺らすような激しい揺れが起こる。
 同時に、誰かの手が伸びてきて、強い力で体が上に引っ張りあげられる。俺は、その手を知っていた。

 錆び付いた指先。

(────奈義……)

 帰ろう。
 卑怯で最低な俺を奈義は許してはくれないかもしれない。それでも、いい。
 今はただ、現実に帰りたかった。
 【果て】で出会ったアリタユズルとの約束を果たすためにも……。
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