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番外編 ファティマ編03

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わたくしはザッハール王と皇后の間の一人娘として産まれた。
母上は先々代ザッハール王の血を引く、由緒正しい王族の姫。皇后になるべく育てられた女じゃった。

だが、父上が母上を愛することはなかった。父上の愛は、ただひとりの愛妾のものだった。身分違いゆえに正式に結婚できなかった、平民出身の女だった。

父上は、わたくしのことは第一皇女として大切にはしたが、情は薄かった。父上がわたくしたちのもとを訪れるのは、公式の行事があるときだけ。他は、愛妾とその間に生まれた兄妹たちと過ごす。
母上とわたくしは、皇后と第一皇女でありながら、人の訪れも少ない王宮の奥でひっそりと暮らした。

「そなたは、ザッハールで最も高貴な姫なのじゃ。誇りと自覚を持て。下賤腹の者どもなどに侮られるでないぞ」

それが口癖であった母上は、わたくしが10歳ときに亡くなった。ついぞ父上に愛されることはなく、父上を奪った女への恨みばかりに支配され、疲れ果てての最期であった。自らの血筋だけを支えにした、虚しくて苦しい人生であった。

この国で最も高貴で美しく、誇り高かった母上は、父上の愛を得られなかったばかりに不幸であった。母の死とともにわたしくしは知った。幸福になれるのは、男に愛された女だけなのだと。



「だからわたくしは誓ったのじゃ。男に愛されるのでは飽きたらぬ。男を魅了し支配する女になるとな!」

なぜわたくしは、自らの生い立ちをゼノンなどに語っておるのだろう。こやつのことじゃ、鼻で笑ってバカにするに違いないのに。そう思ってゼノンを見たが、意外にも神妙な面持ちをしておった。

「そっか。あんたも苦労したんだな」
「な、なんじゃ!同情なぞいらんわ」

「同情なんかじゃないさ。たった10歳でおふくろさんが亡くなったのに、あんたはそこまでの女になったんだ。相当努力したんだろ?」

そこまでの女・・・?これは褒められたと思うてよいのか?素直なゼノンなぞ初めてで、居心地が悪い。

「な、なんじゃ。褒め殺そうとしたって、その手には乗らんぞ?!」

「そんなことしてねえって。あんたなかなかイケてるぜ。度胸のあるヤツは嫌いじゃない」
そう言うとゼノンは今まで見たことのない笑顔を見せた。

イケてる?度胸?それが王族の姫に向かって言う言葉か!

「ほら、何ぼさっとしてんだ。夜の密林で騒いでたら、獣が寄ってくるだろうが。さっさと帰るぜ、猛獣姫さん」
「だっ、だれが猛獣姫じゃっ?!」

反論したが、獣は怖いので素直に従うことにした。脱出には失敗したが、なぜか心地は爽やかなのか不思議であった。



「あんた、なにボーっとしてんだい!釜が煮立ってんじゃないか!」

女中に叫ばれてハッとした。目の前で、釜が派手に湯気を上げて煮えたぎっておる。わたくしは慌てて火を弱めた。

夜の密林から帰った後、わたくしはボーっとすることが多くなった。気がつけばゼノンの笑顔ばかり思い出している。

・・・まずい。これはまずい。薔薇姫と呼ばれたわたくしじゃ、これが何であるかはわかる。わかるが、決して認めたくはない。

「冗談ではないぞ!最高の男を手に入れるために、ここまで磨き上げてきたわたくしが、何故今さら、あんな平兵士のチンピラに・・・」

「チンピラがなんだって?」
「ひゃっ?!」

いきなり後ろから言われて飛び上がった。なんでこやつは、いつも気配を消しておるのじゃ。

「サボってる暇ないぜ。なんでもここのお姫さんの婚礼が近いそうじゃねえか。油売ってねえで、さっさと仕事しな」

ゼノンはいつものように憎まれ口を叩いて、どこかへ行ってしまった。その後ろ姿を目で追いながら、わたくしはため息をつく。

100歩譲って、チンピラなのはしかたない。
じゃがあやつは、女に興味のない男なのじゃぞ!
不毛じゃ・・・あまりにも不毛じゃ・・・。
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