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7. 二日目
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那由は自らを平凡な女の子だと認識している。
傘に剣の威力を持たせたり、槍として使用して鬼を貫いたりするのが普通か、と思われる人もいるかもしれないが、うん、まあ、そのあたりは置いておいて、なんというかその、ここで言っているのは精神的な部分のこと。
学校では勉強し、お金を稼ぎ、家族を大切にし、お金を稼ぎ、級友とは薄い関係を築き、お金を稼ぎ、寝る前には落語を聞き、お金を稼ぐ。
うん、平凡。
平凡にして普通。
とはいえ、そんな普通の女の子である那由にも――というか、普通の女の子であるからこそ、あこがれる映画的な、ドラマ的な、マンガ的なシチュエーションというものがある。
具体的にいえば。
道で外国の人が水を欲しがっていたので、代わって買ってあげたらすごく感謝され、その後、その人が大富豪であることが判明して大金を手にするとか。
前を歩く老婆がなにやらものを落としたので、拾ってあげたらすごく感謝され、その後、その人が大富豪であることが判明して大金を手にするとか。
実は自分たちの先祖が異世界人の高貴なお方であることが判明し、その異世界に招かれて何の責務も負わずに莫大な財産を相続するとか。
方向性に少々のかたよりはあるものの、那由が普通の少女らしく夢見ていたのはそういうものであった。
決して。
「おはよう、那由。あら、あなた朝は、子犬に化けそこねたタヌキのような顔をしているのね。かわいいわよ」
同級生のお金持ちの少女が、お高いお車で安アパートの前に乗り付けてきて、意味不明の誉め言葉とともに登校のお誘いをすることではない。
・
由貴子様と関係が親しくなるというのは、羨望と嫉妬およびそれらによる様々な精神的物理的な干渉をさまざまな生徒たちから受けることを意味する。
かくして。
昨日、由貴子様から初めてお声がけをいただくという栄誉を賜った小娘が、身の程をわきまえず一緒にお車で登校をしてきたという事実は、当然ながら学校中の生徒たちの耳目を集めた。
結果、那由はわずか半日で「もしかして人類というものは、滅ぼすべき種族なのではないか」という魔王的な思想に至っても当然となるような経験をすることになった。
――どうしようかな。
お昼休みまであと五分。
予定していた範囲の授業が終わり、先生が時間調整のための雑談に入ったので、那由は思考を自分自身の現状に向けた。
いまの状況というのは非常によろしくない。
いわゆる針のむしろ状態を、快感としてとらえることができるのならば、心地よいのかもしれないが、若輩である自分はまだその域には達していない。
では、どうするべきか。
――うん、どうしようもないな。気にしないことにしよう。
三秒で結論を出す。
自分への攻撃は、物理的・精神的の双方に及んでいる。及んではいるけれども、そこは所詮、良家の子女が通う学校。物理的な方は「おやおや皆さまお元気ですなぁ」で済ませられる程度のものでしかない。
その分、精神的な方はなかなかのものなのだが、これへの対処は簡単。気にしなければいいだけのこと。
よし、解決。
心の中で満足げにうなずくと、那由は意識を先生に戻した。受験には無価値ながらも、知の増進という意味では有意義なことこの上ない至福の時間は、無情にもチャイムと共におわった
お昼休みに入り、いつものようにお弁当を手に屋上へと向かおうとしたときだった。
「あら、どこに行くのかしら?」
由貴子お嬢様が不思議そうな顔で聞いてきた。
これで「このわたしを放っておいて」みたいな傲慢さが感じられればまだいいのだが、由貴子さまのお顔を見る限り、那由が自分と一緒にお昼休みを過ごすことは当然かつ既定のことだと認識しているような無邪気さがある。
「屋上に行きます」
周囲にいる同級生たちの視線を感じながら答える。簡潔すぎる答えに、由貴子様は呆れたように首を横にふった。
「那由。あなたは、会話というものが目的をもっておこなわれていることを理解するべきだわ。言葉上、わたしがあなたに尋ねたのは行き先だけれども、現在の状況を考慮すればあなたを昼食に誘っていることは理解できるでしょう? それとも、意図的にその部分は無視したということなのかしら? だとしたら、それはとても失礼な行為よ」
「もうしわけありません」
那由は素直に頭を下げた。
「確かに失礼な行為でした」
「意図的に無視したということね。でもいいわ、謝ったのだから。謝罪に対してさらに非難を加える行為は、反発と断絶を生むだけで、なんら生産的なものではないものね。さあ、話をもとに戻しましょう。つまりあなたは、わたしと一緒にお昼ごはんをいただくつもりはないということかしら?」
「はい」
なんと説明をしたものかな、と軽く首を傾げる。今日は護衛任務の打ち合わせがあるのだが、周りに同級生がいることを考えると、あまり詳細に話すのはよろしくないだろうという気がする。
よし。
「詳しくは話せませんが、由貴子様のことを思ってのことです」
「あら、わたしのことを思っているのならば、一緒にお昼休みを過ごすことを選択するべきではなくて? わたし、今日はとても楽しみにしていたのよ。その楽しみを奪うのはひどいことだと思わない?」
そうですね、とは那由は頭をかいた。
お昼の仕事はしなければいけない。一方、由貴子さまをこのまま放置するのもよろしくはない。どちらかを選ぶのであれば、お金をもらっているお仕事の方になるわけだから、ここは由貴子さまに我慢をしていただかなければならないわけだが、そうしてもらうのには、自分が屋上に行くということを納得していただくしかない。
由貴子さまが腰に手をあてた。傲慢でしかないその姿が、非常によく似合っている。
ちょっとだけ見とれる。
「ひどいことだとは思いますが、今日のところは先約を優先します。ご了解ください」
「そう。そこまでいうのであれば仕方がないわね。でもね、那由。わたしはお昼を楽しみしていたのに、その楽しみを放棄せざるをえないのよ。明確な理由を述べるか、相応するなにかしらの行為で報いるべきだとは思わない?」
説明か、なにかしらの行為ですか、と那由は首を傾げた。説明をするにしても、周囲には同級生たちがいる。この場で話してもよい適切な言葉をうまく抽出できない。
というか、考えるのが面倒くさい。
ならば、あとは相応するなにかしらの行為というやつしかない。
よし。
二人の成り行きを見守っている同級生たちの前で、那由はお弁当を自分の机にもどした。そして片膝をつく。
傲然とかまえる美しい少女を、正面から見上げる。
「由貴子さま。どちらでもよいので、お脚を前にだしていただけますか?」
「こうかしら」
なぜ? と訊くこともなく、月之宮由貴子は左足を前にだした。きれいな脚だな、と思う。
那由はひざまづいた。由貴子の脚に手を伸ばす。ももの裏側に手のひらをまわし、同級生の少女の脚を固定する。
そして、ひざがしらに口づけをする。
周囲にいる多感な少女たちが声も出せずに動きを止めるなか、那由は由貴子を見上げた。
「それでは、行ってまいります。由貴子さま」
「ええ。いってらっしゃい、那由」
少女は再びお弁当を手に屋上へとむかった。自然と足取りが軽くなる。
だって。
今日のお弁当は、由貴子さまのばあやさんがつくってくれたあの絶品唐揚げが入っているのだから。
傘に剣の威力を持たせたり、槍として使用して鬼を貫いたりするのが普通か、と思われる人もいるかもしれないが、うん、まあ、そのあたりは置いておいて、なんというかその、ここで言っているのは精神的な部分のこと。
学校では勉強し、お金を稼ぎ、家族を大切にし、お金を稼ぎ、級友とは薄い関係を築き、お金を稼ぎ、寝る前には落語を聞き、お金を稼ぐ。
うん、平凡。
平凡にして普通。
とはいえ、そんな普通の女の子である那由にも――というか、普通の女の子であるからこそ、あこがれる映画的な、ドラマ的な、マンガ的なシチュエーションというものがある。
具体的にいえば。
道で外国の人が水を欲しがっていたので、代わって買ってあげたらすごく感謝され、その後、その人が大富豪であることが判明して大金を手にするとか。
前を歩く老婆がなにやらものを落としたので、拾ってあげたらすごく感謝され、その後、その人が大富豪であることが判明して大金を手にするとか。
実は自分たちの先祖が異世界人の高貴なお方であることが判明し、その異世界に招かれて何の責務も負わずに莫大な財産を相続するとか。
方向性に少々のかたよりはあるものの、那由が普通の少女らしく夢見ていたのはそういうものであった。
決して。
「おはよう、那由。あら、あなた朝は、子犬に化けそこねたタヌキのような顔をしているのね。かわいいわよ」
同級生のお金持ちの少女が、お高いお車で安アパートの前に乗り付けてきて、意味不明の誉め言葉とともに登校のお誘いをすることではない。
・
由貴子様と関係が親しくなるというのは、羨望と嫉妬およびそれらによる様々な精神的物理的な干渉をさまざまな生徒たちから受けることを意味する。
かくして。
昨日、由貴子様から初めてお声がけをいただくという栄誉を賜った小娘が、身の程をわきまえず一緒にお車で登校をしてきたという事実は、当然ながら学校中の生徒たちの耳目を集めた。
結果、那由はわずか半日で「もしかして人類というものは、滅ぼすべき種族なのではないか」という魔王的な思想に至っても当然となるような経験をすることになった。
――どうしようかな。
お昼休みまであと五分。
予定していた範囲の授業が終わり、先生が時間調整のための雑談に入ったので、那由は思考を自分自身の現状に向けた。
いまの状況というのは非常によろしくない。
いわゆる針のむしろ状態を、快感としてとらえることができるのならば、心地よいのかもしれないが、若輩である自分はまだその域には達していない。
では、どうするべきか。
――うん、どうしようもないな。気にしないことにしよう。
三秒で結論を出す。
自分への攻撃は、物理的・精神的の双方に及んでいる。及んではいるけれども、そこは所詮、良家の子女が通う学校。物理的な方は「おやおや皆さまお元気ですなぁ」で済ませられる程度のものでしかない。
その分、精神的な方はなかなかのものなのだが、これへの対処は簡単。気にしなければいいだけのこと。
よし、解決。
心の中で満足げにうなずくと、那由は意識を先生に戻した。受験には無価値ながらも、知の増進という意味では有意義なことこの上ない至福の時間は、無情にもチャイムと共におわった
お昼休みに入り、いつものようにお弁当を手に屋上へと向かおうとしたときだった。
「あら、どこに行くのかしら?」
由貴子お嬢様が不思議そうな顔で聞いてきた。
これで「このわたしを放っておいて」みたいな傲慢さが感じられればまだいいのだが、由貴子さまのお顔を見る限り、那由が自分と一緒にお昼休みを過ごすことは当然かつ既定のことだと認識しているような無邪気さがある。
「屋上に行きます」
周囲にいる同級生たちの視線を感じながら答える。簡潔すぎる答えに、由貴子様は呆れたように首を横にふった。
「那由。あなたは、会話というものが目的をもっておこなわれていることを理解するべきだわ。言葉上、わたしがあなたに尋ねたのは行き先だけれども、現在の状況を考慮すればあなたを昼食に誘っていることは理解できるでしょう? それとも、意図的にその部分は無視したということなのかしら? だとしたら、それはとても失礼な行為よ」
「もうしわけありません」
那由は素直に頭を下げた。
「確かに失礼な行為でした」
「意図的に無視したということね。でもいいわ、謝ったのだから。謝罪に対してさらに非難を加える行為は、反発と断絶を生むだけで、なんら生産的なものではないものね。さあ、話をもとに戻しましょう。つまりあなたは、わたしと一緒にお昼ごはんをいただくつもりはないということかしら?」
「はい」
なんと説明をしたものかな、と軽く首を傾げる。今日は護衛任務の打ち合わせがあるのだが、周りに同級生がいることを考えると、あまり詳細に話すのはよろしくないだろうという気がする。
よし。
「詳しくは話せませんが、由貴子様のことを思ってのことです」
「あら、わたしのことを思っているのならば、一緒にお昼休みを過ごすことを選択するべきではなくて? わたし、今日はとても楽しみにしていたのよ。その楽しみを奪うのはひどいことだと思わない?」
そうですね、とは那由は頭をかいた。
お昼の仕事はしなければいけない。一方、由貴子さまをこのまま放置するのもよろしくはない。どちらかを選ぶのであれば、お金をもらっているお仕事の方になるわけだから、ここは由貴子さまに我慢をしていただかなければならないわけだが、そうしてもらうのには、自分が屋上に行くということを納得していただくしかない。
由貴子さまが腰に手をあてた。傲慢でしかないその姿が、非常によく似合っている。
ちょっとだけ見とれる。
「ひどいことだとは思いますが、今日のところは先約を優先します。ご了解ください」
「そう。そこまでいうのであれば仕方がないわね。でもね、那由。わたしはお昼を楽しみしていたのに、その楽しみを放棄せざるをえないのよ。明確な理由を述べるか、相応するなにかしらの行為で報いるべきだとは思わない?」
説明か、なにかしらの行為ですか、と那由は首を傾げた。説明をするにしても、周囲には同級生たちがいる。この場で話してもよい適切な言葉をうまく抽出できない。
というか、考えるのが面倒くさい。
ならば、あとは相応するなにかしらの行為というやつしかない。
よし。
二人の成り行きを見守っている同級生たちの前で、那由はお弁当を自分の机にもどした。そして片膝をつく。
傲然とかまえる美しい少女を、正面から見上げる。
「由貴子さま。どちらでもよいので、お脚を前にだしていただけますか?」
「こうかしら」
なぜ? と訊くこともなく、月之宮由貴子は左足を前にだした。きれいな脚だな、と思う。
那由はひざまづいた。由貴子の脚に手を伸ばす。ももの裏側に手のひらをまわし、同級生の少女の脚を固定する。
そして、ひざがしらに口づけをする。
周囲にいる多感な少女たちが声も出せずに動きを止めるなか、那由は由貴子を見上げた。
「それでは、行ってまいります。由貴子さま」
「ええ。いってらっしゃい、那由」
少女は再びお弁当を手に屋上へとむかった。自然と足取りが軽くなる。
だって。
今日のお弁当は、由貴子さまのばあやさんがつくってくれたあの絶品唐揚げが入っているのだから。
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