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第32話 ウィスドム、調査する。

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「それじゃあ、今日はお願いします」
「お任せください勇者様! 今日は頑張ってご案内させて頂きます!!」

 教会と街中の案内を行う騎士が勇者に大きな声と共に敬礼を行い、それを勇者は困った様子で見ていた。
 あの鎧の意匠からして、多分騎士の中でも近衛とかの可能性が高そうだ。……と言うか、もしかすると謁見の間に居たのかも知れない。
 そんな事を思っていると、準備がもう終わって居た勇者達はすぐに教会に向けて移動を開始するようだった。

「それじゃあ、ウィスドムさん。行ってきますね」
「いってらっしゃい。神の声、聞けると良いね」
「ええ、まあ……」
「それと……、あのアホから絶対目を放さないように頑張りなさい」
「…………が、がんばります」

 わたしの言葉に勇者も苦笑しつつ頷き、2人でアホを見る。
 ……当のアホは、何を食べるかに夢中なようだった。

「どんな食べ物があるアルか~? お肉アル~、お魚アル~、あま~いおかしもあるアルね~~♪」
「……ほんとう、がんばって?」
「迷惑が掛からない範囲までは、頑張ります……」

 何と言うか心配を感じつつも、3人を見送ると見送るまで待っていた。
 ……とでも言うようにタイミング良く侍女が現れた。

「お待たせしました。それでは書庫に案内させていただきますが、よろしいでしょうか?」
「案内、お願いします。ああ、出来ればで良いけど、そこが何の部屋かって言うのを教えて貰えたら嬉しいかな」
「かしこまりました。重要ではない部屋なら紹介するようにと言われていますので、道すがら紹介させて頂きます」

 そう侍女に言うと、彼女は王妃か御付の侍女に言い含められていたようだった。
 そのことに感謝しつつ、わたしは侍女の後ろについて、城内を歩き始めた。

 ●

「ここは城に勤める兵士達のための大食堂となっております」
「中々に広いわね」
「はい、殆どの兵士の食事を賄っていますので」

 広大な石造りの部屋の中に幾つもの長テーブルと長椅子が置かれた部屋を覗きつつ、わたしは端的に答える。
 中では遅れた朝食を取っているのか、それとも夜勤明けなのか幾名かの兵士達が朝食を取っているのが見えた。
 やはりと言っても良いのか食事はわたし達が昨日今日食べた物よりも数段劣る物であったが……仕方ないだろう。
 そんな感想を抱きつつ、侍女の後に続いていくと今度は国のトップが集まる会議室を紹介された。
 重要な部屋だと思うのだけれど、どうやら会議をしていないから案内されたらしい。
 続いて議事堂、ダンスホール、執政室、と他にも様々な部屋を軽く案内されていき……。
 遠回りで書庫に向かう途中にある中庭を通った時に、わたしは国王を見つけた。
 多分休憩中であろう国王はベンチに座り、空を見上げていたけれどわたしの視線に気づいたのかこちらを向いた。

「ん? おや、君は勇者様のお連れの……」
「ウィスドムともうします。国王陛下」
「ほう、まだ若く見えるというのに礼儀作法はしっかりしているみたいだ」
「恐れ入ります。国王陛下は休憩とお見受けしますが……、少し宜しいでしょうか?」
「構わないよ。若い子と話すのは楽しいしね」

 一応ある事情でわたしは礼儀作法は身に着けてはいる。
 なので、身に着けている礼儀作法を用いてわたしは国王に聞きたい事を聞くことにした。

「ありがとうございます。実は昨日王妃様との食事の際に色々と話をしたのですが、その時に王妃様の一番の親友で彼女のお陰で今の自分が在ると言っていました。けれど、彼女はもう居ないと言っていて……」
「そうなのかい? 変だなぁ、彼女の一番の親友と言ったら彼女に付き従うようにしている侍女長のはずだよ?」
「そうなのですか? では他には……」

 侍女長……多分、王妃が勇者の話を聞いてフラッとした時に駆け寄った侍女だろう。
 そして、色々と彼女が口にしていた事と国王に聞いた話には齟齬がある。

 …………間違いない。王妃は、勇者を騙している。

 けど、何の為に? 勇者の力を利用するため?
 ……いや、そんな野心があると言う風には見えなかったけれど……。

「それで彼女は……っと、もうこんな時間か。長いこと話してしまっていたようだね」
「っ! 失礼しました。仕事の休憩時間をこの様な事に割いてしまって」
「気にする事は無いよ。私も妻の事を語ることが出来たからね。それじゃあ、勇者様によろしく頼むよ」
「はい」

 頭を下げるわたしへと、国王は朗らかに笑いながら返事を返し……そのまま自身の政務を行う為の部屋へと戻って行った。
 そして、一人に……いや、わたしが移動するのを待つ侍女を側に置きながら、王妃が何を考えているのかを考えようとする。
 けれど何故勇者に対して嘘を吐いたのか、その理由がまったく思いつかなかった。
 ……仕方ない。悩んでるときは読書に限る。
 そう考えて、わたしは待っていた侍女へと声をかける。

「すみませんが、書庫への案内をお願いします」
「かしこまりました。それではついて来てください」

 嫌な顔ひとつせずに、侍女はわたしを書庫まで連れて行くために歩き出した。
 その後にわたしは続いていく……。
 そして、こちらです。と侍女は扉の前で立ち止まった。

「ありがとう、それじゃあ暫く読書をさせてもらおうか」

 侍女に礼を言い、わたしは何の疑いもなく扉を開ける。
 そしてそこは書庫……ではなかった。

「待っていましたよ、ウィスドムさん」

 手狭な室内、その中に微笑みながらわたしを見る王妃が、そこには居た……。
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