上 下
77 / 99
遠すぎた月(A Moon Too Far)

前夜祭(April Fool) 3

しおりを挟む
「ホンゴー、アノ箱二乗ッテハ駄目ナノ? アレヲ、ワタシカラ取リ上ゲルノカ?」
「それは……」

 少し考えた後、本郷は前屈みになると、ユナモと目線を同じ高さにした。

「ユナモ、あれは危ないものなんだ。あれに乗っていては駄目だ。君のような子どもは、ここにいるべきではないんだ」
「ワタシ、アレニ乗ッテイルトキノ方ガ安心スル」
「ユナモ、あれは兵器だ。マウスに乗れば、君は戦うことになる。それはいけない」
「ホンゴーモ戦ッテイル。ユナモハ、ナゼ駄目?」
「君は子どもだからだ。君は、学校へ行ったり、遊んだりすべきだ」
「コドモ? コドモハ戦ッテハ駄目ナノカ?」
「それは駄目だよ」
「ナゼダ?」
「……君には未来があるからだ」
「ホンゴー二、未来ハナイノカ?」
「僕にももちろんある。だけど、僕は大人だから君らを守らなければならないんだ」
「オトナ? オトナハ、ワタシヨリモ強イノカ?」
「そうとは限らないかもしれない。でも、君らより長く生きているからね。僕らよりも未来さきのある人間を守る義務があるんだ」

 ユナモは不思議そうに小首をかしげると、さらに続けた。

「本郷ハ、トシハイクツ?」
「僕は39だよ」
「ダトシタラ、ワタシハ、ホンゴーヨリオトナダ」
「え……?」
「ワタシノトシハ、96歳ダ。本郷ヨリモ、2倍以上イキテイル」
「まさか……!?」

 そこで耐えきれなくなったネシスが吹き出した。

「そやつが言っていることは本当じゃぞ。妾たちは長命に造られて・・・・おってな。お主等よりもずっと大人・・じゃ。ちなみに妾はよわい216じゃぞ」

 横にいた儀堂が軽く目を剥くと、ネシスに顔を向けた。

「そうだったのか……?」
「言ってなかったか?」
「ああ、聞いていない。しかし、お前、その外見は……幻術かなにかか? 本当は皺だらけのババアでは――」
「たわけ! 首をもぐぞ。そんなわけなかろうが。元から妾たちは、貴様等と違って育つのが遅いのじゃ。とにかくホンゴーとやら、妾たちの心配は無用じゃぞ。ユナモも妾もお主等より圧倒的に強く出来ておる。それにホンゴー、妾たちにとって安息の地などないのじゃ。仮にユナモを戦場いくさばから離したところ、何の意味も無い」
「どういう意味かな?」

 呆気にとられつつも本郷は尋ねた。
 答えたのはネシスでは無く、ユナモだった。

「オウチガ、全部無クナッタカラ」

 ネシスが肯いた。

「妾たちの故郷は、既に潰えたのじゃ。妾たちをここに送り込んだ忌まわしき光の民ラクサリアンによってな。あやつらをこの世から滅せぬ限り、妾たちにとって安寧はない」

 ネシスは静かに断言した。誰が聞いても、怒りが含まれているものだった。

「妾とて、ユナモを戦場から遠ざけてやりたい。そやつの年の頃は、お主等にとって7か8というところじゃ。そう、童子の部類に違いは無い。だがな。そやつの安全を考えるのならば、お主等の軍にいたほうが、幾分かまだしも良いのだ。今の妾たちに必要なのは安息では無く、戦意なのじゃ。庇護者では無く、戦友なのじゃ。お主等の軍ならば、妾たちを上手く使いこなしてくれよう。仮に光の民ラクサリアンが攻めてきても、お主等とならば安心・・して戦える」

 「のう」とネシスはユナモへ肯いてみせた。ユナモもコクリと肯いた。

「ホンゴーハ、ワタシトマウスヲ怖ガラズニ使ッテクレタ。今マデ、アノ箱二、ミンナ乗ルノヲ嫌ガッテイタケド、ホンゴー達ハ違ッタ。ワタシハ、ホンゴート一緒ニ、マウスニ乗ッテイタイ」

 ユナモは懇願するように、本郷を見上げてきていた。それは助けを求める者の瞳だった。
 本郷にとって受け入れがたい現実が目前にあった。

――つまるところ、これが僕の戦争なのか。

 子どもの願いを叶えるために、戦場へ送り出す。
 僕は、自分の息子を戦地に送らぬために、軍へ志願したというのに……!

====================

 4月とはいえ、北米の風は肌寒かったが、酔いを覚ますにちょうど良かった。車外から心地よい風が流れ込んできている。

「あの話をお受けになるんですか?」

 おもむろに中村は横にいる上官に尋ねた。
 ユナモを六反田の元へ連れて行った日、六反田は本郷にある要請を出している旨を伝えた。

「陸戦隊か」

 本郷は窓の外へ目を向けたまま返した。
 いったい、どんな魔法を使ったのか不明だが、六反田は陸軍から海軍の陸戦隊に本郷を引き抜こうとしているのだ。すでに陸軍大臣の阿南大将から、『本人の意思に任せる』と確約まで取っていた。海軍どころか陸軍の上層まで容易く要望を叶えてしまうとは、あの六反田の背後にどんな化け物が控えているのだ。

「あの博士ドクトルから、ユナモを頼まれたからねえ」

 本郷は疲れた声で言った。

 それから1時間後、車は本郷中隊の営舎に着いた。コテージの一部を借り受けたものだった。本郷はお土産をユナモへ手渡すと食べ過ぎないように釘を刺し、自室へ戻った。そして夜半を過ぎるまで考えた挙げ句、彼は六反田少将宛に答えを記した文をしたためた。



 翌朝、彼の元へ珍しく中村中尉が出迎えに来た。これまで一度もなかったことだった。常に本郷は誰よりも早く起き、身支度を整えて、自ら兵士の前に出ていくようにしていた。奇襲を受けたような気分になった。

「隊長、少しご足労願います」

 中村は、コテージのテニスコートへ本郷を案内した。何事かと思った彼の前に、中隊員が整列していた。まったく意外なことに武装、正装した状態であった。

「なにごとかね?」

 ぎょっとする本郷の前に中村は進み出ると、捧げ銃と号令をかけた。

「第八混成戦車中隊の総員を代表し、謹んで本郷中佐にお願い申し上げます。我らも陸戦隊へ転属を願いたく」

 本郷中隊の生き残り41名の総意が示された。それは非現実的な要請だったが、本郷への賛同を示すものだった。41名は、文字通り全力で彼らの隊長の意思を支持したのだ。

 本郷は何と答えるべきか戸惑った。かろうじて口に出来たのは、ただ一言だった。

「有り難う。誠に有り難う」

 本郷は改めて六反田への文を書き直すことになった。
 
====================
次回2/23投稿予定
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

第二艦隊転進ス       進路目標ハ未来

みにみ
歴史・時代
太平洋戦争末期 世界最大の46㎝という巨砲を 搭載する戦艦  大和を旗艦とする大日本帝国海軍第二艦隊 戦艦、榛名、伊勢、日向 空母天城、葛城、重巡利根、青葉、軽巡矢矧 駆逐艦涼月、冬月、花月、雪風、響、磯風、浜風、初霜、霞、朝霜、響は 日向灘沖を航行していた そこで米潜水艦の魚雷攻撃を受け 大和や葛城が被雷 伊藤長官はGFに無断で 作戦の中止を命令し、反転佐世保へと向かう 途中、米軍の新型兵器らしき爆弾を葛城が被弾したりなどもするが 無事に佐世保に到着 しかし、そこにあったのは……… ぜひ、伊藤長官率いる第一遊撃艦隊の進む道をご覧ください どうか感想ください…心が折れそう どんな感想でも114514!!! 批判でも結構だぜ!見られてるって確信できるだけで モチベーション上がるから!

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

艨艟の凱歌―高速戦艦『大和』―

芥流水
歴史・時代
このままでは、帝国海軍は合衆国と開戦した場合、勝ち目はない! そう考えた松田千秋少佐は、前代未聞の18インチ砲を装備する戦艦の建造を提案する。 真珠湾攻撃が行われなかった世界で、日米間の戦争が勃発!米海軍が押し寄せる中、戦艦『大和』率いる連合艦隊が出撃する。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

処理中です...