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isc(裏)生徒会

子供達の未来

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【千星那由多】

今朝のホームルームはいつもと違った。

「えー今日から、児童養護施設のボランティアを募集しています。
放課後時間があって興味のある人、三名まで手伝ってもらいたいんですがー…誰かいますか?」

担任の先生の声が教室内に響いたが、誰も手をあげる奴はいないようだ。
俺も特に興味がないし放課後は(裏)生徒会もあるし、と理由をつけてさらっと聞き流していた。
でも、児童養護施設と言えば茜がいるな…なんてことをただぼんやりと考えていると、教室内がざわめいた。
みんなの視線が一気に俺の列の一番後ろの席へと集中する。

巽も後ろを振り向いた後、俺に視線を向けたので、何事かと思いしぶしぶ後ろを振り返った。

「!!!」

そこには、ふてぶてしそうにそっぽを向いて手を挙げている晴生がいた。
クラスメイトがざわついているのは、これが原因のようだ。

「あの日当瀬が…?」

「どーする?日当瀬君やるって…」

「あたし立候補しちゃおっかな…」

そんな声が耳に入ったので、俺は急いで不思議そうな顔をしながら晴生を見ている巽の手を掴んだ。
誰かが手を挙げてしまうより先に、俺の手と同時に高く挙げさせる。

「おーいつもの三人かーじゃあ放課後先生のとこ来るようにー」

晴生は自発的にボランティアなどには参加しないタイプだが、多分茜がいるから立候補したんだろう。
あいつと他のクラスメイトが一緒になったら大体どうなるかはわかっているので、結局俺も立候補するしかなくなってしまった。

つか茜はいいとして…あいつ他の子供相手できるのかよ…。

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【日当瀬晴生】

児童養護施設と聞くと茜の事を思い出す。
あいつは毎日元気でやっているのかと窓の外を見ながら教師の話を聞いていた。
聞いていると言うよりは耳に入ってくるんだけどな。

児童養護施設がパレスと聞いた瞬間、俺は手を上げていた。
そう、ボランティアを募集しているのは調度茜が居た施設だった。
調度お金を持っていかねぇとならねぇし、そのついでに茜を見てくるのも悪くねぇ。

俺は寄与金は直接持っていくと決めている。
その方が施設の現状を把握しやすいからだ。
職員による虐待が無い訳でも無いからな、なるべく目で確かめる様にしている。
ただ、子供を見るときはこそっと見て帰るだけなので、こういう風に大っぴらに見学できるのは少し嬉しい。

気付くと千星さんのても上がっていて驚いた。
勿論、天夜は除外。
この前、あいつとあんなことが有ってから余計に行動したくなくなった。
つーか、なんだよ、アイツ!
ついてくんなよ!
あの時の事を思い出すと気分が悪くなり俺は口元を手で覆った。

しかし、千星さんが来てくれるのは嬉しかったので黙って置くことにする。


そして、そのまま放課後まで時間が流れた。
三木と会長に連絡すると、珍しく会長の方から連絡が帰ってきた。
まぁ、いつもどおり、「気を付けて行ってきてくださいね。」と、言うものだったが。
俺達は制服のまま鞄を持ち、途中銀行に寄ってから養護施設へと向かった。

「千星さんも来て頂けるなんて、俺スゲー嬉しいです!
茜もだいぶ大きくなってますよ、っても、俺、陰から見てるだけなんですけどね。」

「ねーねー、那由多、茜って誰?」

そういや、茜をどうしようもない親から保護したのは天夜が(裏)生徒会に入る前だったな、と、思い返した。
千星さんが茜について説明してくれている。

あれから考えると茜のように俺も成長できているのかな。

少し物思いに耽っていると養護施設へと到着した。

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【千星那由多】

巽にある程度茜の話しをしていく。
この一件が俺の一番最初の任務だった。
あれからだいぶ月日が流れたような気さえするが、実際は数か月しか経っていないんだなと、(裏)生徒会に入ってから濃厚な日々を送っていたことに気づく。

児童保護施設につくと、他のクラスからも数人手伝いが来ているようだった。

ある程度説明を受けた後、自分の名前を書いた名札と、エプロンを渡され、ちびっこ達の前に立ち紹介をされる。
パレスには大体5歳くらいの子から、ハイハイができるかできないかといったぐらいの子供たちがわんさかいた。
ここにいる子は全員なにかしら理由があってここにいるのかと思うと、なんだか複雑な気持ちにさえなる。

もちろん茜もいた。
ぽかんと口を開きながら、俺達の方を見ている。
あの頃より肉付きもよくなり、子供らしい体格になっていて少し安心した。

「今日は愛輝凪高校のおにいちゃんとおねえちゃんがみんなと遊びに来てくれました!
あんまり迷惑かけちゃダメよー?」

保護施設の職員さんが慣れた口調で部屋いっぱいに広がる大きな声を出すと、子供たちは元気よく手を挙げ返事をした。

「じゃあよろしくね」

職員さんはにっこりと俺達に微笑むと、そのまま部屋を出る。
それと同時に子供たちが俺達に群がり始めた。

「おにーちゃん!遊ぼ!遊ぼ!!」

「おえかきしよー」

「ボール!ボール!」

一斉にどっと押し寄せてくるちびっこを対処しながら、巽と晴生に目をやる。
巽は一人っ子だが、アホほど面倒見がいいのは痛いほどわかっているので、心配はない。
主に男の子を振り回しながら遊んでいるようだが、子供たちも楽しそうだ。
俺も俺で、子供は苦手ではないのでそれなりに懐いてもらえている。

ただ一番問題なのは晴生だ。

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【日当瀬晴生】

ああ。鬱陶しい!!ガキってのはどうしてこう、元気なんだよ!!
茜を見習え、茜を。
あの知的そうな佇まいを…!!

つか、分かるな、養護施設で虐待が起きちまうのも。
こんなん、相手してたらたまんねーよな。

勿論、虐待はしていいことでは無い。
しかし、いざこの年代の子供の相手をしてみることで良く分かる。
母親やこういう施設の職人の忍耐が試されるだろう。

ガキはマナーやルールをしらねぇ。
だからこそ、ガキなんだけどな。

意味不明に蹴ってきたり、叫んだり、ちょっと睨んだだけで泣いたり、勝手にこけて泣いたり。
んと、騒々しい。

口には出してなかったがそう言うオーラが出ていたのか俺の周りには子供が寄りつかなくなり始めた。

「ったく、折角相手してやろうと思ってんのに。」

そう思って、今度は子供に近づいて行ってみた。
矢張り、パレスのガキは天夜の方が良いみたいでそっちばかりに集まって行っている。
正直、自分でも向いていないとは思っていたけど、こう現実を付きつけられると少しへこむ。
無性に煙草が吸いたくなったが、ここでは流石に吸えないので我慢した。
仕方なく、チビどもが出したおもちゃなどを片付いていると職員から声が掛った。
多分援助金の話だろう。

「千星さん、俺、ちょっと抜けますね。直ぐ戻ってくるんで。」

千星さんに声を掛けてから事務室へと職員と一緒に入って行く。
後はいつも通り、茜個人への融資金とパレス自体への融資金を納める。
茜の分はいつも通り貯金して欲しいことを伝えた。
彼女がここを出るときに何かと物入りだろうから。
もしかするとまた母親と暮らすことになるかもしれないが、それならそれでもいい。

ここまで聞こえるチビのにぎやかな声に小さく息を履いた。

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【千星那由多】

晴生が席を外したが、多分援助金の事だろう。
あいつは本当にすごい。
この年で自分で金稼いで、しかもそれを私利私欲のために使ってるわけじゃない。
俺とは大違いだ。

よたよたと伝い歩きをしている茜に目をやった。
転びそうになっても、うまく歩けなくても、また立ち上がって繰り返す。
その行動を見て、俺よりも立派だなと思わず感心してしまった。

これから茜はどうなるんだろうか。
新井のねーちゃんはまだ目を覚まさないと聞いた。
目を覚ましたら、茜を迎えに来てくれるだろうか。

茜の笑顔を見ていたら、つい色んな感情が渦巻いてしまう。


「すいませーん、誰かちょっとお遣い頼めないかな?」

そんな事をつらつらと考えていたら、職員さんから声がかかった。
すぐ側にいた巽が子供を振り回しながら「いきますよ」と快く返事をする。
子供がやだやだと駄々を捏ねていたが、巽が俺の方を指差した途端に、取り巻いていた子供達が俺へと一斉に群がる。

「くらえーっ怪人なゆた!!」

「どぎゃぎゃーん!!」

……大体何を言ったかは想像がついた。

暫く揉みくちゃにされながらもなんとか相手をしていたが、少しずつ子供達も落ち着いてきたようだった。
何人かは集中してブロックを組み立てたり、絵を描いて遊んだりしている。
こうやってみると、個性ってよく見えてくるものだ。
俺はどんな子供だったんだろうか。
特に何も興味なくぼーっと過ごしてたような気がする。

「くるくるのおにーちゃんトイレー」

「くるく…俺か?」

股間を抑えながら、今にも泣きそうな表情をしている男の子に声をかけられる。
他の生徒もいるしとりあえずここにいる子供たちは任せておいて大丈夫だろう。
その男の子を抱え上げると、俺はトイレへと駆け込んで行った。

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【日当瀬晴生】

お金の受け渡しも無事に終わった。
深々と頭を下げられるのは正直慣れない。
はっきり言って俺は仕事が始まる大人よりも、今のこの勉強だけしていればいい時代の方がお金を稼ぎやすいと思っている。
今は、インターネットもあるので、結構楽に金を稼げると思う。

要するにただ生きるだけでは俺にとってはつまらないんだ。
でも、日本に来て、愛輝凪高校に来て、(裏)生徒会に入ってよかったと思う。
まぁ、今の会長は好きじゃねーけどな。
夏岡さんにも千星さんにも会えた。
彼らは俺に生き方を教えてくれる気がする。
ただただ毎日を過ごすのとは意味が違う。
彼等に出会わなければ、こうやって養護施設に寄与するなんてことも無かっただろう。

取り合えず、俺が出来ることをしようと子供たちがいる場所へと戻った…。

…が。

「誰も居ねー…。」

「晴生ー。あれ、皆は?」

千星さんが子供を一人連れてトイレの方向から戻ってきた。

「俺、今戻ってきたとこなんで、全くわかんねぇんだけど。」


俺達の間に、「みんなは?みんなは?」と、言うちびの声だけが響いた。
ヤバい予感がする。

その時電話を持った職員が慌てて走ってきた。

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【千星那由多】

トイレを済ませて帰ってきたら誰もいなかった。
子供も、愛輝凪高校の生徒もだ。
この部屋から外へ繋がる大きな窓はあるが、外にいる気配もない。

……おかしい。

不安がっている男の子の頭を撫でてやっていると、職員さんが蒼白な顔をしてやってきた。

「…ほんとに……いない…」

「どうしたんですか?」

「い、今、子供を全員預かったって…電話が……。
お金を用意して……持って来いって…それで……っ警察には連絡するなって…私……ッ」

職員さんはだいぶ混乱しているようだった。
男の子もその職員さんの表情を見て今にも泣き出しそうな顔になっている。

「別の職員さんにこの子、預けれますか?
俺達も無関係じゃないんで…できれば詳しく話し聞かせてください」




別室で詳しく話を聞くと、あの部屋から子供と生徒の全員がいなくなっていた理由は、「誘拐」された、ということだった。
子供たちを無事に返してほしければ、身代金5000万を用意し、指定された場所へ持ってこい。
もちろん警察には連絡をしないこと。

しかし、俺達が少しいなくなっていた一瞬の間に、子供と生徒全員を誘拐することなんてできるのだろうか。
もしできたとしたら、多分人間技ではないだろう……特殊能力かもしれない。
職員さんに場所を尋ねると、場所が記入されたメモを見せてくれたが、すぐにしまわれてしまう。

「とりあえず…上の人に連絡してくるわ…君達は落ち着くまで暫くここにいて…」

眉間に皺をよせ、困ったように笑い職員さんは部屋から出ていった。
静まり返った部屋で俺は晴生に声をかける。

「晴生、さっきの場所、覚えてるか?」

「…ええバッチリですよ」

それだけ言えば俺が言おうとしていることも、これからやろうとしている行動も晴生にはわかっただろう。
巽はまだ帰って来ていないが待っている暇も無さそうだ。

「……行こう」

そう言うと、晴生は小さく笑みを零して頷いた。

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【日当瀬晴生】

誘拐…。
この短時間で高校生を含んだ人数を誘拐するのは至難の業だ。
それに俺は耳が良い。
ガキ達が泣き叫べば直ぐに分かるはずだ。
しかし、そんな気配は全く無かった。

間違いなく、特殊能力者が絡んでいる。
愛輝凪高校の生徒も絡んでるから放って置くわけにもいかねぇしな。
勿論茜の姿も無い。
俺はそれが一番気がかりだ。

施設内にあった適当なボストンバックを拝借する。
事務員が上と話している間に事務室にある、俺が寄付したばかりの金を拝借し、玩具を先に入れ目隠し用にそれを上に重ねる。
5000万ならこれくらいの重さだろう。

一応会長にはメールを入れて置く。
待っている時間はないので、千星さんと一緒に取引場所へと向かった。

「いきましょうか、千星さん」

メモに記されていた場所は公園だった。
と、言っても、俺はその公園に行ったことは無い。
鞄片手に其処へと向かう、その間に作戦を練った。
と、言っても片方が犯人を取り押さえて、もう片方が子供たちを逃がすと言う簡単なものだったが。

そうこしているうちに目的の場所に着く。
陰からこっそりとその場所を窺うと子供と愛輝凪高校の生徒が一緒に遊んでいた。
茜も無事な様子で笑顔を振りまいていた。


どういうことだ…?


確かにこの公園は人通りが少ないが全く無いわけではない。
ここにこの人数を黙らせて置いとくとなると確かに違和感は有るだろう。
しかし、無理矢理遊ばされているにしては、子供も生徒も楽しそうに遊んでいる。
まるで、養護施設内の様に……。


「どうなってるんですかね…?どうしますか?俺が行ってきましょうか?」


現状が分からないのでは二人で行くのは危険だ。
既に携帯は展開してブレスレットに変化している。
特殊能力を全快にして調べてもいいが相手にこちらがバレる可能性もある。
俺はボストンバックを片手に先に行くことを告げた。

しかし、千星さんは俺のバッグを掴んだ。

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【千星那由多】

公園では子供も生徒もとても楽しそうに遊んでいた。
一体何が起こっているのかわからなかった。
けれど、全員無事でいてくれたことにとりあえずは胸を撫で下ろした。

晴生が先に行こうかと言ってきたので、それを止め、バッグを掴んだ。

「いや、俺が行く……こういう囮的なのって俺向いてると思うから」

自分で言ってて情けなくなったが、晴生より俺の方が適任だろう。
それは過去にも立証されているし。

晴生が小さく頷くのを確認して、鞄を握りしめると、公園内へとゆっくり入って行った。
子供たちは俺に気づいていないかのように遊び続けている。
なんとなく、幻術の類のような気がする。
だとしたら、俺達だけではかなり不利かもしれない。

公園の奥の方に入っていくと、サングラスをかけた女性が立っていた。

「…もしかして、君かしら?」

そう言うと赤い唇が小さく口角をあげたのが見えた。
目はサングラスのせいで表情が見えない。

「も……持ってきました」

「君みたいな子供に持ってこさせるなんて…何か裏があるのかしら?」

「何も聞いてないので知りません…」

「そう…じゃあもうちょっとこっちへ来なさい」

これ以上踏み入るのは何をされるかわからなかったので怖かったが、俺はおずおずとその女性へと近づいていった。
鞄を手渡しできる距離になると、中を開けるように促される。
チャックを開け、札束を覗かせるように見せると女は軽く視線を落とし確認したようだ。

「……いいわ、ありがとう。――――けど、子供が大人を騙しちゃダメよ?」

女は持っていた鞄を取りあげると、逆さにし地面へと全てまき散らかした。
上に乗っていた札束と玩具が音を立てて辺りに散らばって行く。

……バレている。
急いでブレスレットに意識を集中しようとしたその時だった。

「子供は…大人の言う通りにしないといけないのよ」

「!?」

女はサングラスを外すと、俺をじっと見つめた。
身動きが取れなくなり、目が離せないまま、俺の意識はゆっくりとどこかへ飛んで行く。


まずい、晴生、今……来たら……。



気づくと、俺の身体は晴生の元へと向かっていた。

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【日当瀬晴生】

陰からこっそり様子を窺っていると良くない展開に転んだ。
俺達の用意したボストンバックがひっくり返されたのだ。
慌てて俺は武器を展開させ公園内に走り込んだ。

その瞬間くらりと視界が歪む。
俺の能力も発動しているので今の状況を解析していった。
どうやら、敵の女の能力は幻術の類らしい。
俺の最も苦手とするタイプだ。
そして、この状態になると周りの情報を取り入れすぎるので余計に幻術に対して弱くなった気がする。

クラリと視界が歪む。
しかし、そう悠長なことも言ってられなかった。
こちらに向かってきた千星さんが俺に殴りかかってきたんだ。

「――――ッ!!」

想像していなかった為に紙一重でそれを避ける。
拳銃を片手に後ろに飛ぶようにして避けた。
そこから、一直線に奥に立っている女性に向けて拳銃を構えた。

しかし、その前には愛輝凪高校の生徒が盾になる様に立ちはだかる。

「―――チッ、きたねぇな…。」

俺は仕方なく一度銃を引いた。
そうすると再び千星さんが殴りかかってきた。
俺には彼を殴ることが出来ない、しかし、彼を殴らないと目標の人物に近づくことは不可能だ。
取り合えず、カートリッジを変更する。

暫く千星さんの攻撃を避けていたが拉致があかないことに眉間に皺を寄せる。
視界に入った茜はどこか虚ろな瞳をしていた。
乳幼児にとって長く幻術に晒されて言い分けは無い。

すいません、千星さん…。

俺は心の中で謝罪し、千星さんと、盾になっている愛輝凪高校の生徒に向かって催眠弾を撃ち込んだ。
そして、ぐっと、奥の女に睨みをきかす。
母親を思い出す紅い唇は俺に取って嫌悪でしか無かった。

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【誘拐犯】

お金を子供に持ってこさせた上に、それがフェイクだなんて愛輝凪も落ちぶれたものね。

公園で何も知らずに無邪気に遊ぶ子供たちを見ていると、あの施設にいたころを思い出す。
大人なんて大嫌いだった。
私を捨てた親も、施設の職員も。
この能力を手に入れた時は、まるで私の人生へのあてつけのようにも感じたけれど、使い続けてみてわかった。
これが私の生きる術なのだと。
幻術を使えば、あの子供達だってずっと夢を見て暮らせる。
汚い物を見なくて済むなんて、どんなに綺麗なままでいられることか。
みんなが憧れる、「一生子供のまま」でいることができるなんて、最高じゃない。

「…それ、おもちゃじゃなさそうね」

サングラスの向こうにうつる髪の明るい少年は、銃のようなもので攻撃をしてきた。
どうやらパーマの子とお友達みたいだけれど、私には関係ない。

腰元に隠している銃を取り出そうとしたけれど、子供にこんなものは必要ない。
大人だったら容赦なく撃ちぬいていたでしょうけれど。
睨んでくる彼を見つめ、薄らと微笑かける。

「そんな物騒なもの、持っていてはダメよ。渡しなさい」

サングラスを取り、彼を困ったような表情で見つめた。
そして、幻術を発動させる言葉を投げかける。


「子供は大人の言う通りにしないといけないのよ」


この言葉を合図に、私の幻術は発動される。
子供限定という特殊能力だけれど、この術を破れる子供などいない。
純粋であればあるほど、効き目は強い。

私はゆっくりと彼へと近づいていき、距離を詰めていった。
身動きしないところを見ると、どうやらちゃんと効いているみたい。

「いい子ね」

金髪の髪を優しく撫でてあげると、彼の持っている銃を奪おうと手をかけた。

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【日当瀬晴生】

きっとこの女の幻術の発動源は瞳の筈。
会長も俺を落とし入れる時に真っ直ぐに見詰めやがるしな。
それにしてもやばい、まだ俺に対しては幻術は発動してない筈なのにクラクラする。
俺の能力は全ての情報を取り入れる為、幻術等騙される能力もまともに受け入れてしまうようだ。
それを分別しないといけねーんだが、分別する前に俺が幻術に掛っちまう。

「誰が、誘拐犯の言うことなんて聞くかよ。」

目の前の女がサングラスを外した。
その瞳を直視しないように視点を変える。
なるべく至近距離で撃ち抜きたい。
また、人を盾にされると困るからだ。


「子供は大人の言う通りにしないといけないのよ」


クラリと視界が歪む。
その瞬間に全て理解した、いや、分析し終わったと言ったほうがいいか。
この‘声’がこの女の発動源だった。
そう気づいた時にはもう遅い。
俺の瞳の焦点は合わず、どこを見つめているかもわからない、視界がクルクルと回り、処理しきれない情報で頭が割れそうだ。

もう、俺には彼女が何を言ったかもわからない。
自分の手が銃を相手に差し出している様がスローモーションで映る。

「いい子ね」

女がそう言った瞬間、敗北を決したのだ。
千星さんが操られ、天夜も居ない、会長たちは間に合わないだろう。
俺達はどうなる?身代金を渡したら無事に返されるのか?
しかし、愛輝凪の生徒は共犯とされてしまうかもしれない。
能力者の犯罪と知らしめるためには能力者を捕まえなければ分からないだろう。

そうなればこいつ等の人生が狂うことになる。

「あなたも皆と一緒に遊んでらっしゃい。」

俺の銃を片手に、女がそう言った。
その瞬間足に一人の子供が絡みついてきた。
茜だ。

茜は親から虐待を受けていた。
そうは言っても幼すぎる彼女には虐待だとも分からないだろう。
そしてまたこの事件に巻き込まれたことにより彼女の人生は狂う。

はたして、そんなことが有っていいのだろうか。
運が悪ければこの場で殺されるか、一生こいつのコマとして使われるかも知れねぇ。

ペタペタと小さな手で足を触る。
そして無邪気に笑う。
幻術に掛っても無数に取り入れてしまう情報がそれを教えてくれた。


―――ゆるさねぇ…、そんなこと許す訳ねぇだろ!!

俺は自分の心音、脈拍、いつも自分の中に流れている全ての音に集中する。
それは至って平常だった。
こんな状況にあるにも関わらず平常に脈打っていた。
だから、俺はそれを荒げる。
心拍数を上げ、呼吸数を上げる、発汗作用も連動するように上がった。
そうすると視界の前がパリンっと砕ける様にひび割れる。
俺は、茜を抱き上げると同時に俺に背を向けた女にとび蹴りをくらわす。

周りから「おー!」とか、「わー」とか場にそぐわない歓声が響いた。
俺が意識を集中すると銃がブレスレットとなって俺の腕に戻ってくる。
また、それを銃の形へと直して構える。

「俺にこんな技がきくかよ。さっさと金とガキを返せ。」

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【誘拐犯】

彼ももう私の幻術にかかった。後は汚い大人にちゃんとお金を持ってこさせるだけ。
奪った銃を片手に持ち、彼に背を向けた瞬間だった。
誰かに背中を蹴られ、私は地面へと滑るように倒れ込む。
後ろへ視線を向けると、そこには金髪の少年が奪ったはずの銃を構えて私を見下ろしていた。

「チッ!!!君一体なんなの?とんでも少年ね…!」

体勢を整える前に側にいる高校生達を私の前に出させ、盾にさせる。
使いたくなかったけれど、銃を使わなければこのままでは私はたった一人の少年に捕まってしまう。
腰元にしまった銃に手をかけながら、ゆっくりと立ち上がった。

「幻術を破ったのは褒めてあげる…けれど人数的にも圧倒的にあなたが不利よ!大人しく負けを認めてくれるかしら?」

高校生たちがぞろぞろと少年へと向かっていく。
さながらゾンビに襲われる少年といったところかしら。

近くで寝転んでいるパーマの少年を抱きかかえ、彼のこめかみに銃口を当てた。
震える指をトリガーにかけると、口端をあげて金髪の少年へと言葉をかける。

「ほら、降参してくれるかしら?でなきゃあなたのお友達が大変なことになるわよ?」

実の所、銃口を誰かに突き付けたことなど一度もなかった。
この銃はお守りみたいなもの。
もちろん撃ったことなど一度もない。
一番最初に向けることになったのが子供ということは悔やまれるけれど。

「子供は…子供は大人の言う通りにしないといけないのよ!!!!」

幻術の発動関係なく、私は本気でそう思っている。
無力な子供は、大人の言いなりになっていればいい。
私もずっとそうしてきた。
そうしてきたのに、なぜこの少年は……抗うの?

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【日当瀬晴生】

俺の催眠弾で眠っていた筈の愛輝凪の生徒がこっちに向かってくる。
全員正気の目をしていなかったので、あの女に操られているのだろう。
操ることまで出来るとは、本当に幻術は厄介な能力だ。
性格がひん曲がってるか使えるのか。

俺の能力が発動したままなので一般生徒位の攻撃は難なくかわせる。
殴ってくるタイミング、速度。
それらは流れてくるデータで全て分かってしまうからだ。
一つ救いだったのは腕の中の茜が緊張感なくきゃっきゃっ笑っていることだった。
んと、この懐のでかさには恐れ入る。
これが茜のいいところでもあるんだが。

一般生徒に気を取られている間に千星さんに銃口が突き付けられた。

「ちっ!!卑怯だぞ!!テメェ!!」

誘拐犯の心拍数が上がる。
手も目に見えるほど震えている。
きっとあの女は銃を撃ったことが無い。
でも、逆に刺激し過ぎても駄目だ。

襲いかかってくる高校生をかわし女の前まで来る。

俺は仕方なく、銃を下ろし、トリガーから指を外した。
それと同時に茜を地上に降ろしてやる。
俺に向ける笑顔の曇りのなさに俺は自然に微笑んでしまった。

生徒は、この女が止めているのか動かなかった。
俺は女に手渡す様な格好を取る為に銃の筒の部分を掴み相手に柄を向ける。

「…一つ約束しろよ。人質はちゃんと解放するってな。」

もう片方の手はカートリッジへと当てる。
この女が俺の銃に意識した瞬間が勝負だ。
俺はその瞬間に催涙弾に変えたカートリッジを地面にたたきつける予定でこの女に近づいた。

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【誘拐犯】

息が上がってしまう、自然と表情も強張っているのが自分でもわかっていた。
このまま彼が引いてくれれば、この引き金は引かなくてすむ。

少年は襲ってくる高校生達を軽々と避けている。
警察の差し金なの?それとも彼も私と同じような能力者?
頭がこれ以上混乱しないように銃を握った手を強く握りしめた。

まだ抵抗を続けるつもりなのかと思ったけれど、少年は抱いていた赤ん坊を降ろすと、銃の柄を私に差し出してくる。

人質の解放…。
お金が受け渡されれば解放する予定だったのでその条件に問題はない。

「ええ、わかったわ…」

震えそうになる声をぐっと堪え、パーマの少年にあてていた銃を降ろす。
引き金をひかなくて済んだことに安堵の息を吐くと、彼が差し出した銃の柄を手にとった。

「君はいい子ね…いい親に恵まれたのね」

私には「いい親の元で育った子はいい子に育つ」という固定概念がある。
自分がそうじゃなかったからだ。
捨てられ、見知らぬ場所で家族同然のように育てられ、そんな家族ごっこに吐き気がしていた。
いつかきっと親達に仕返ししてやる、だからお金が必要。
親も、今まで私を憐れんできた奴等も、色んな大人に、私は一人前なんだということを知らしめてやりたい。

少年を見つめながら、赤い唇に笑みを含ませたその瞬間だった。

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【日当瀬晴生】

この女は案外簡単に頷いた。
その脈拍、心拍数、瞳孔に嘘はなさそうだった。
本当に金が目的だったようだ。
しかし、やっていいことと悪いことがある。

「君はいい子ね…いい親に恵まれたのね」

そう告げられた言葉を冷めた表情で聞いていた。
あれが良い親なら、大多数の親が良い親になるだろうよ。
まぁ、俺もマシなほうっちゃマシな方なのかも知れねぇがな。
女の意識が俺の拳銃に向いた瞬間に催涙弾に変えたカートリッジを地面へと落とした。
女の周りに白い煙が充満していく。


「悪ィな。生憎、碌な親に育てられてないもんで。」


この、催涙弾はあくまで目くらましだった。
女が煙にたじろいだ瞬間に拳銃を宙へと蹴り上げる。
そのまま、腕を背中に捻り上げる様にして地面へと押し倒す。

ガキから歓声が上がる。
余り真似して欲しい行為じゃないんだけどな…。

「観念して学生の幻術をときな、幼児はそのままでいい。」

冷たい目で見下ろしながら口角を上げた。
そうこうしているうちに天夜が場所を聞いたのかこっちに走ってきた。
そういや、アイツ居なかったな、と、今更ながら思い返したが人手が居ない今は助かった。

「おい、女。こんな方法じゃなくてまっとうに金稼げよ。テメェなら、できんだろ?」

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【千星那由多】

重い瞼を開くと、目の前で晴生があの女を締め上げていた。
その後すぐに巽が来て持っていたロープで動けないように両腕を縛る。
周りにいた子供たちは晴生に「おにーちゃんすごい!」と群がっているし…。

えーっと…何があったんだっけ。

朦朧とする頭を起こし数度瞬きをする。
確か俺はあの女にお金を渡して、それがバレて……幻術にかかったのか?
そっから晴生に……ダメだ、思い出せない。
でもどうやら事件は解決に向かっているようだった。
女が幻術を解いたのか、ちらほらと高校生たちが今の現状に気づき始めているようだった。

「…まっとうにお金を稼ぐ…?笑わせんじゃないわよ、こんな私が普通の仕事に就けるとでも思ってんの?
親がいない、孤児、それだけでレッテル貼られ放題よ…」

女はロープで身動きがとれなくなったようだったが、俯いてたらたらと文句を言い始めていた。
俺が目覚めたのに気付いた巽はこちらに駆け寄ってくる。
俺達は晴生と女のやり取りをただじっと見守っていた。

「…早く警察呼んでちょうだい。もう、抵抗なんかしないわ。私の人生もこれで終了ね」

そう言って笑った女の笑顔はどこか寂しそうだった。

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【日当瀬晴生】

なんかしらねーがガキが群がってきた。
俺は正義のヒーローじゃねーつーの。
でも、あれだ、きっと遊んでやるとか思って近づいたから駄目だったんだろうな。

ガキはそう言うのに敏感だ。
こいつらが何かしようとしたことを見守ってやったり、俺自体が愉しそうにしてりゃ、それでいいのかも知れねぇ。
また、俺の脚にまとわりついてきた茜を腕に抱く。
この、ふにふにした頬は途轍もなく愛おしいと思う。
だからといって、ガキを好きにはなれねーが。

「…早く警察呼んでちょうだい。もう、抵抗なんかしないわ。私の人生もこれで終了ね」

女の声が聞こえた。
勿論この女の言っていることは正当。
そりゃ、親が居ない、保証人が誰も居ない奴なんて好き好んで雇う企業は少ないだろう。
そして、支援も行き届いていない。
それが現状だ。

俺は打ちひしがれる女に一枚の名刺を渡した。
俺が名前を置いている企業、と、言うか俺の名刺だ。

「俺ンとこ実力主義だから、きれいさっぱりしたら来いよ。んかわり、試験で落ちたらどうしようもしてやれねーからな。」

入れたら、こき使ってやる。そう告げながら笑みを浮かべた。
人を傷つけられないのも強さのうちだと俺は思う。
俺だったら簡単に殴ったり、撃ったりしてしまうから。
そうやって生きてきたしな。

そうこうしているうちに会長が到着した。
職員や愛輝凪生徒には幻術を施したようだった。
チビ共はこのままでも問題が無いとのことだったのでそのまま施設に戻った。

なので、俺はまだ人気者だ。

あの女はレゲネにつれて行かれることになるのか…。
俺から口添えをしたからか、会長が珍しそうに、そして厭味ったらしく笑っていた。
そして、「晴生君がそう言うなら手を回しておきますよ」と、言っていたので何らかの措置はしてくれるだろう。
それでも、罪は償わないといけない。
何年かかるかは分からねぇが。

茜もそのうちこの壁にぶつかるだろう。
それまで、支援できるように俺も大人にならねぇと駄目だと改めて思った。

取り合えず、今は両腕にぶら下がっているチビ共がとんでもなくうぜぇ。

-----------------------------------------------------------------------

【千星那由多】

事件は晴生の活躍で無事に解決し、施設に子供も返すことができた。
結局俺は何もできずに足手まといにしかなっていなかったが、晴生に群がる子供達を見ると、これはこれでよかったのかもしれない。
子供たちに「ヒーローだ!」などと言われている晴生はうざそうだったけど、満更でもない様子だった。

あの女はというと、もちろんレゲネに連れて行かれることになるだろうけれど、この事件が解決した後は、どこかスッキリしたような表情をしていた。

俺には親がいない心理なんてこの先到底わからないんだろう。
ただ、家族というものは、血の繋がりだけではないと、最近少しわかってきたかもしれない。
彼女もいつかそれを感じる日が来ればいいなと、施設への帰り道で晴生に抱かれた茜を見ながら思った。


次の日、昨日の報告を兼ねて放課後に(裏)生徒会室に集まった。
普段あまり喋らない晴生が饒舌だったことに驚いたが、それには訳がある。
俺がかかった幻術。
あれはどうやら子供のみに作用するらしかった。
もちろん俺もバッチリかかってしまった訳だが、晴生はそれを打ち破った。
つまり、幻術への耐性ができたということになる。

そして、無謀にも会長に勝負を挑んだのだ。
俺は嫌な予感しかしなかったが、黙って見守っておくことにした。

-----------------------------------------------------------------------

【日当瀬晴生】

昨日寝る前に気付いた。
そうだ、俺は幻術を破ったんだ。
あの、忌まわしき会長の幻術ももうきっときかないに決まっている。
冷静になれば幻術なんてもの効く筈がないんだ。
現にあの、九鬼は効いてない。

そう思うと居てもたっても居られなかった。
俺は放課後(裏)生徒会室に集まるや否や優雅に紅茶を飲んでいる会長に指差しで決闘を挑む。

「テメェが偉そうにできんのも今日までだぜ!!もう、俺には幻術は効かねぇ!!」

「そうですか、それは良かったですね。」

会長はケーキを食べているせいかこっちを見ようともしなかった。
それに、いらっときた俺はケーキを皿ごとひったくり自分の横に置く。

「今日のケーキを掛けて勝負だ!!俺が勝ったらこれは、俺が食う!」

「ほう……。それでは、僕が勝ったら、君のケーキは頂きますね。」

一瞬背筋が凍るほどの殺気を感じて青ざめたが直ぐにいつもの笑顔に戻っていた。
俺は望むところだと勝負を受けて、携帯を展開させた。
しかし、会長はつけていたリングがついたペンダントを外しただけだった。
展開もしないなんて、舐められているが、絶対ぎゃふんと言わせてやる。
そう思っていたら、会長は俺の前でそのリングを左右に揺らし始める。

「リングから視線を外さないでくださいね。そう、上手ですね、晴生君は。
幻術も敗れた様ですし、もう、怖いもの知らずですね。
凄いですね、晴生君は。」

そうだぜ!俺にはもう弱点はねぇんだ、会長だってけちょんけちょんに…。

「晴生君。お手。」

会長がにっこりと笑いながら右手を差し出してきた。
なんだか甘い香りがして俺の前がクルクル回ってる。
なんだ、これは。

お手、お手ってあれだよな、この手の上に右手を乗せればいいんだよな。
そう思った瞬間に俺は手を乗せた。

「凄いですね、晴生君は。お手も出来るなんて、では、次はおかわり。」

おかわりは左手だよな。

「凄いですね、晴生君は。では、次は三回まわってワンです。」

三回まわってワンなんて、簡単にできるぜ!!俺は凄いからな!!

「完璧です。最後は両手をあげて……ちんちん。してくださいね。」

完璧。完璧に決まってんだろ、ちんちんでもなんでもやってやるぜ!!

皆が見ている中、俺は犬のように手を胸元で構え、はふはふしながらしゃがんだ。
その瞬間にパチンと会長が指を鳴らした。

「それでは、ケーキは頂きますね。上手でしたよ、晴生君。」

目の前でにっこり会長が微笑んだ。
微笑んだ…??
え、あれ、…。

「なんでなんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

俺を見る皆の憐れむ視線がちんちんをしてしまったことよりも痛かった。
取り合えず、やっぱ会長にはかなわねぇ…。
色んな意味で。 





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