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isc(裏)生徒会
燈火
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【千星 那由多】
テスト期間が過ぎ、それからリコール宣言で指定した前日まで俺達は特訓を続けた。
俺も最初のころと比べてかなり体力もつき、闘い方も多少わかってきた。
ちょっと腹も割れてきたから嬉しい。
さすがにみんなにはまだまだ敵わないけど、あの剣を持つ自分も様になってきたかな、なんて思う。
ただ、まだ火を纏うことは完成していなかった。
あわよくば水も…と思っていたが、やっぱり俺には無理なのだろうか。
リコール決戦の前日、俺は家族のことが気にかかっていた。
ずっと協力的だった妹の雪那から、「もうこれ以上おかーさん抑えられないよ」というメールが来ていたからだ。
明日は決戦。
何があるかも正直わからないし、一度戻って少しでも安心させてあげたかった。
…会長に家に帰れるか聞いてみよう…。
学校が終わり訓練施設へと向かうと、訓練が始まる前に会長へと声をかける。
「あの…会長…」
怒られた一件から少し会長のことが怖かったので、帰らせてくれるかどうかも不安だった。
甘ったれんな!このクソが!!とか言われたらもう俺やってけない…。
そんなこと絶対言わないと思うけど。
「…その、今日、家に一旦帰らせてもらうことってできますか?
俺、家族に心配かけてて、明日決戦なのわかってるんですけど、一応顔見せておきたいかなって…。
もちろん特訓が終わってからでいいんで!」
時々噛みそうになるのを耐えながら一気に言葉を繋いだ。
-----------------------------------------------------------------------
【ローレンツ】
今、ワタクシは、千星那由多の家に居る。
なぜかと言うと彼がアジトから動いたとの情報をエイドスから聞きつけたからだ。
エイドスが埋め込んだ寄生虫の発信器の効力は一カ月ほど有効だということを彼らは知らない。
ワタクシは一人でも戦力を削って置くことにした。
それだけでは無く、逆らえばどうなるか、と、言う恐怖も彼に植え付けることにしたのだ。
彼の家に付くと彼の親は何の疑いもせずに、招き入れてくれた。
ワタクシは今、団欒と言うものの中に居る。
オーラでなんとなくわかるのでそれに合わせたオーラで椅子に腰かけた。
千星那由多の家族が一番有ってほしいワタクシの姿を彼らの頭に刷り込んでやる。
ワタクシはただ座っているだけなのだが、彼らにはワタクシがさぞ、人懐っこく話しているように見えているだろう。
どうやら、千星那由多は生徒会の催しで抜けていることになっているようだ。
仕方が無いのでそこは話を合わせてやる。
どうせ、こいつらは後少しの命だ。
ワタクシは千星が入ってきた瞬間に、彼の家族を殺してやろうと、本の中の紙を一枚破いた。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
結果、会長はすんなりOKを出してくれた。
だけど、行くなら一人で行ってくださいと言われたので、それを了承し修行を少し早く切り上げ俺は一人家路を辿る。
巽と晴生には心配されたが、もうリコール宣言の日程を決めた後だ、今の状況で襲ってくることはないだろう。
ほぼ2週間ぶりの家への帰路には感極まるものがあった。
家族と顔を合わせてから再び訓練施設へ戻ったら自主練はするつもりだ。
訓練も今日が最後だったし、自分に納得がいくまでやらなければ…なんて俺が考える日が来るとは、と一人で呆れつつ笑った。
修行で疲れた身体だったが、足取りは軽い。
親には帰ると伝えておいたので、晩御飯も食べずに出てきた。
久々に家の飯が食べれるかと思うと心が踊る。
もちろんイデア以外が作ってくれたご飯はとてもおいしかったけど。
そうこうしている内に見慣れた懐かしい家の前まで辿りつく。
口角があがりほっと息をついた後、門を開けて入り、玄関のドアへと手をかけた。
「ただいまー」
……?
ガヤガヤした声が聞こえる。
玄関先の靴を見ると俺の知らない男物のローファーが並んでいた。
誰か来てるのか?
………もしかして、雪那の彼氏か!!!???
急いで靴を脱ごうと慌てていると、雪那が出て来た。
「おかえりっ…」
今まで家を空けて家族のことを任せていたことに多少なり不満があるんだろう。
不貞腐れているようだったが、少し照れくさそうに笑顔を向けた。
「ただいま。誰か来てんのか?」
靴を脱ぎ終わり自分のスリッパを履くと、リビングへと向かう。
「おにーちゃんの友達だよ?今日来るって聞いてなかった?」
「…友達?」
正直俺が家に呼ぶとしても巽ぐらいしか想像がつかない。
だけど…それはありえなかった。
誰なのか考えながら眉を顰め、妹の後からリビングへと入る。
「……おまえ…!」
リビングの食卓に座っていたのは金髪オールバックの長髪……ローレンツだった。
心臓が脈打ち、全身の毛が逆立つ感覚で次の言葉が出てこない。
-----------------------------------------------------------------------
【ローレンツ】
千星那由多が帰ってきたようだ。
彼のオーラは既に把握してある。
妹と紹介されたオーラと談笑しながら入ってくる様子だ。
こちらがどうなっているかも知らずに。
ワタクシは破った紙を無数のナイフへと変える。
まずはその妹から血祭りに上げてやろう。
一人一人、オマエの前で惨めに殺して行ってやる。
そして、クキに逆らうとどうなるかを身を持って知るがいい。
千星那由多の家族はワタクシの幻術によって呑気な光景を見ているためナイフにも気付かない。
きっと彼らの脳裏にはワタクシと彼が仲睦まじく会話している姿が映し出されているのであろう。
俺はニヤリと口角を上げ、無数のナイフを彼の妹に向かって放った。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
たじろいでいる場合ではなかった。
ローレンツは無数のナイフを妹へ向かって投げつけてくる。
もちろん携帯を展開させている暇などなかった。
俺は妹に飛びつきそのナイフの襲撃を避ける。
一本のナイフが背中を軽く掠め、小さな痛みが走った。
「ぐッ―――!」
痛みに顔を顰めると床に倒れた妹が目を丸くした。
「あれ…何もないとこでこけちゃった」
「何してるんだ?那由多が帰ってきて慌ててるのか?」
「ち、違うし!!」
なぜか、親と雪那は笑いながら談笑している。
その光景に戦慄を覚えた。
…幻術だ。
きっと俺の今の姿はなくなり、別の俺が家族には見えている。
もちろんローレンツがナイフを投げたことも別の光景に書き換えられているんだろう。
「クッソ…!」
俺はポケットから携帯を出し、すかさずアプリを展開させた。
こういう時に難しい問題が出たらと思うとひやひやするが、うまい具合に俺しかわからない問題になっている。
解除という掛け声と共に携帯が剣に変わり、それを素早く掴み取るとローレンツへと刃先を向けた。
「おまえ…なにしてんだよ!九鬼の指示か!?」
このままどうにか一人で闘うしかない。
冷や汗が流れ、脈拍が早くなり、怒りのせいなのか頭がグラグラする。
-----------------------------------------------------------------------
【ローレンツ】
どうやら、巧く一撃目は避けたらしい。
彼まで幻術に掛けてしまう手もあるが、そうすると彼はこれから起こる生々しい光景を見ることが出来なくなる。
ワタクシは実際に人から血が吹き出す姿は見たことはないがさぞかしおぞましい光景だろう。
彼からのナンセンスな質問にワタクシはため息を吐いた。
「ワタクシの独断だ。
命令されることをするのはアタリマエ。
それだけをこなすのはイイ部下とはイワナイ。
神功左千夫の件もソウダ。
クキは、ニホンに来てから甘くナッテシマワレタ。
それならば、部下のワタクシが鬼になるノミ!!」
そう告げて、次は氷柱を無数に作り上げる。
ワタクシの幻術はナイフなどの物体を相手にイメージさせるよりも、氷などの自然エネルギーを刷り込ませる方がダメージを与えられる。
自然エネルギーは想像が無限だからだ。
ワタクシは先ずは、家族に向かって氷柱を半分投げつける。
千星那由多には炎を投げ付けることが出来ると言うデータがあるので、これは消されてしまうかもしれないが
更に少し離れた場所の妹にも残り半分を投げ付ける。
さて、どちらを助けるか。
それは、それで見物だとオーラの行く末を見守った。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
九鬼からの指示ではないとローレンツは言った。
どちらにせよふざけている。
非道な奴等だとは思っていたが、こいつ自身の非道さに更に怒りで身体が震え始める。
ローレンツの行いを許せないと同時に、今日家に帰ってきてしまった自分を責めた。
俺が帰って来なければ、こいつは家族に手を出さなかっただろうか。
そんな邪念が頭を巡っているうちに、ローレンツは氷の柱を作り上げた。
俺の頭の中はこの状況で痛むほどに混乱し、無意味に目尻に涙溜まる。
家族を守れるのは俺だけだ。
傷つけるなんて絶対に許さない。
その柱が親と妹をバラバラに狙うように浮き上がる。
氷を出してくれたのは好都合だった、俺には火が出せる。
けれど今、火の塊を発動させて二度打ち込む時間など到底ない。
どちらか一方を助ける?
そんなこと俺には無理だ。
究極の選択……なんて思いたくない。
選択肢なんてもんは最初から無く、俺の中での答えはひとつなんだから。
纏え、火を!!!
そう自分に言い聞かせた瞬間、血液が逆流するような感覚が全身を巡った。
初めて火を出した時のように、自分が自分でないように身体が浮遊するような錯覚が起きる。
だけどあの時より少しだけ意識ははっきりとしていた。
火という文字が宙に綴られる。
揺らめく文字が剣へ交わり炎を纏った剣へと変わったのを瞬きもせずに見つめた。
自分の心臓の音が炎が暴れる様とリンクする。
「俺は…誰も見捨てたくない!!!」
自分でも想像がつかないくらい酷い形相だったと思う。
炎を纏った剣を家族に放たれた氷の柱目がけて振りかざす。
俺の気持ちを現すように禍々しく巨大になった炎は、全ての氷の柱を蒸発させるほどの威力だった。
家族は談笑している。
その勢いでローレンツへと斬りかかろうとした瞬間だった。
「ナユタ!!!ヤメろ!!!」
-----------------------------------------------------------------------
【ローレンツ】
「ナニ……―――!!!」
ワタクシの氷柱が全て消えてしまったのが分かった。
エネルギー体からして炎のようだが、
彼のデータにはこんな大きな炎を扱えるとは載っていなかった。
もしかして、隠していたのか…。
いや、ディータと戦っていた彼から感じたオーラは全力を示していた。
思惑とは外れてしまったがこのまま引くわけにはいかない。
次の幻術を奏でるために私は本のページを破り捨てた。
そのときどこからともなく声がした。
「ナユタ!!!ヤメろ!!!」
これは彼ら(裏)生徒会が有するヒューマノイド‘idealoss’の声だ。
まずい、彼らは録画機能を有している。
それを政府に見せられることがあれば規約違反でリコール宣言は成立しなくなる。
ワタクシは本をたたみ直し、この場は引くことにした。
千星那由多の家族は相変わらず何もなかったように会話している。
「命拾いしたナ…。」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
俺はその声でローレンツに斬りつけようとした手を止めた。
名前を呼んだのはイデアの声だった。
後方にいるイデアの方を向けないまま肩で息をし、ローレンツを睨みつける。
ローレンツが本を畳んだのを確認すると、俺は彼を見ながら後ろへと後ずさった。
「ワタシがいるからダイジョウブだナユタ。剣を降ろせ」
剣を握る手が震えているのがわかった。
まだ収まらない怒りをどうしていいかわからなかったが、イデアの言う通りに剣を降ろすと炎が消えた。
「イデア、なんで…ここに…」
「サチオに言われて後をツケテイタ。正解ダッタな」
イデアが無表情で俺にそう言うと、ローレンツは何も言わずにリビングを出る。
家族が見ている幻術ではどうやら彼が用事があるので、と帰っていくように映っていたみたいだった。
俺はローレンツを睨みつけながら視線で追い、出て行くのを見送った後大きく安堵の息を吐いた。
それと同時に剣が携帯へと戻る。
ふっと気配が変わった気がした。
「おにーちゃん?」
雪那に声をかけられハッとした俺は辺りを見回すと、さっきまでここにいたイデアがいなくなっている。
きっと気をきかせて帰ってくれたんだろう。
俺は家族の顔を見渡した。
みんないつもと変わりない。
「那由多にドイツ人の友達がいるとはなあ」
「ハーフのイケメンもいるんだよ!」
「早く座りなさい、那由多」
そんなやり取りを見て息が詰まる思いがする。
食卓へと促され椅子へ座ると何も言わずに静かに箸を取った。
俯きながら一口一口箸を口へと運ぶ。
俺の大好きなウインナーもあった。
「…おにーちゃん?どしたの…?」
いつの間にか俺は泣いていた。
雪那の言葉に返事ができないまま、俺は家族の温もりと言う燈火を心の中で深く深く感じていた。
-----------------------------------------------------------------------
【三木 柚子由】
イデアちゃんが帰ってきた。
どうやら千星くんの後をつけていたみたい。
「お疲れ様です、イデア。」
「ナユタは新しい力を得たゾ。分かってて行かしたノカ?」
そうイデアちゃんが言っても、左千夫さまは笑っているだけだった。
いよいよ明日が決戦の日。
出来るだけのことをした、日当瀬君と天夜君はギリギリまで訓練に励んでいるみたいだった。
私と左千夫さまは机に座って明日の作戦を練っていた。
「まぁ、イイ。それよりも左千夫。オマエその体で明日、出るつもりなのカ」
そう…。左千夫さまは10日経とうとしている今も傷が完治していない。
普段は幻術で見えなくしているので私とイデアちゃん以外には気付かれていないようだけど。
左千夫さまが言うには両手に嵌められているリングのせいで体力の回復が追いついていないと言っていた。
「おや?イデアにも分かるんですね。
僕もまだまだ、幻術の精度を磨く必要がありますね。」
いつもの調子で左千夫さまは告げる。
明日、私たちは本当に勝てるのだろうか、「黒鬼」と呼ばれるあの男に。
確かに左千夫さまが居なければ士気が下がるだろう。
それを分かって彼は怪我をしている姿も見せず、決戦に挑もうとしている。
私は、左千夫さまとイデアちゃんから貰ったこの能力でなんとしても、左千夫さまを守りたかった。
祈るような気持ちでロザリオを握りしめる。
左千夫さまを見るといつもの笑顔で笑ってくれた。
-----------------------------------------------------------------------
【九鬼】
心地よい夜だった。
明日はリコール決戦当日。
ボクは一人で自室の高層マンションのベランダから夜景を見ていた。
5月下旬ともなるとだいぶ夜も冷え込まなくなり、夏が近づいているのだなと感じる。
強い風が耳元を通り過ぎ、三つ編みが風に揺れ目にかかる前髪を払った。
ポケットから左千夫クンのピンキーリングを取りだし、満月を覗き込むように空へと翳す。
小さいリングの向こう側に、青白く少しかけた月が浮かんでいた。
明日の闘いが楽しみで仕方がない。
やはり自分は闘うことがが好きなのだろう、こういうことの前日は興奮してしまって眠れない。
会長を(裏)生徒会から失脚させ、解散、ボクは愛輝凪高校の(裏)生徒会の会長となる。
気が向いたら、左千夫クンを副会長にしてやってもいい。
他の奴等ははどうでもよかった。
翳したリングを手の中へ隠すように包み込む。
ゾワゾワと身体の中が疼いた。
全身の血液が踊り、本能、欲望、全てが垂れ流されていく。
「…ダメダメ…」
落ち着かなければと口端を釣り上げながら、リングを包んだ拳へとキスを落とした。
「明日、楽しみにしてるからネ…」
独り言を風へと流し、ボクは部屋へと戻っていった。
テスト期間が過ぎ、それからリコール宣言で指定した前日まで俺達は特訓を続けた。
俺も最初のころと比べてかなり体力もつき、闘い方も多少わかってきた。
ちょっと腹も割れてきたから嬉しい。
さすがにみんなにはまだまだ敵わないけど、あの剣を持つ自分も様になってきたかな、なんて思う。
ただ、まだ火を纏うことは完成していなかった。
あわよくば水も…と思っていたが、やっぱり俺には無理なのだろうか。
リコール決戦の前日、俺は家族のことが気にかかっていた。
ずっと協力的だった妹の雪那から、「もうこれ以上おかーさん抑えられないよ」というメールが来ていたからだ。
明日は決戦。
何があるかも正直わからないし、一度戻って少しでも安心させてあげたかった。
…会長に家に帰れるか聞いてみよう…。
学校が終わり訓練施設へと向かうと、訓練が始まる前に会長へと声をかける。
「あの…会長…」
怒られた一件から少し会長のことが怖かったので、帰らせてくれるかどうかも不安だった。
甘ったれんな!このクソが!!とか言われたらもう俺やってけない…。
そんなこと絶対言わないと思うけど。
「…その、今日、家に一旦帰らせてもらうことってできますか?
俺、家族に心配かけてて、明日決戦なのわかってるんですけど、一応顔見せておきたいかなって…。
もちろん特訓が終わってからでいいんで!」
時々噛みそうになるのを耐えながら一気に言葉を繋いだ。
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【ローレンツ】
今、ワタクシは、千星那由多の家に居る。
なぜかと言うと彼がアジトから動いたとの情報をエイドスから聞きつけたからだ。
エイドスが埋め込んだ寄生虫の発信器の効力は一カ月ほど有効だということを彼らは知らない。
ワタクシは一人でも戦力を削って置くことにした。
それだけでは無く、逆らえばどうなるか、と、言う恐怖も彼に植え付けることにしたのだ。
彼の家に付くと彼の親は何の疑いもせずに、招き入れてくれた。
ワタクシは今、団欒と言うものの中に居る。
オーラでなんとなくわかるのでそれに合わせたオーラで椅子に腰かけた。
千星那由多の家族が一番有ってほしいワタクシの姿を彼らの頭に刷り込んでやる。
ワタクシはただ座っているだけなのだが、彼らにはワタクシがさぞ、人懐っこく話しているように見えているだろう。
どうやら、千星那由多は生徒会の催しで抜けていることになっているようだ。
仕方が無いのでそこは話を合わせてやる。
どうせ、こいつらは後少しの命だ。
ワタクシは千星が入ってきた瞬間に、彼の家族を殺してやろうと、本の中の紙を一枚破いた。
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【千星 那由多】
結果、会長はすんなりOKを出してくれた。
だけど、行くなら一人で行ってくださいと言われたので、それを了承し修行を少し早く切り上げ俺は一人家路を辿る。
巽と晴生には心配されたが、もうリコール宣言の日程を決めた後だ、今の状況で襲ってくることはないだろう。
ほぼ2週間ぶりの家への帰路には感極まるものがあった。
家族と顔を合わせてから再び訓練施設へ戻ったら自主練はするつもりだ。
訓練も今日が最後だったし、自分に納得がいくまでやらなければ…なんて俺が考える日が来るとは、と一人で呆れつつ笑った。
修行で疲れた身体だったが、足取りは軽い。
親には帰ると伝えておいたので、晩御飯も食べずに出てきた。
久々に家の飯が食べれるかと思うと心が踊る。
もちろんイデア以外が作ってくれたご飯はとてもおいしかったけど。
そうこうしている内に見慣れた懐かしい家の前まで辿りつく。
口角があがりほっと息をついた後、門を開けて入り、玄関のドアへと手をかけた。
「ただいまー」
……?
ガヤガヤした声が聞こえる。
玄関先の靴を見ると俺の知らない男物のローファーが並んでいた。
誰か来てるのか?
………もしかして、雪那の彼氏か!!!???
急いで靴を脱ごうと慌てていると、雪那が出て来た。
「おかえりっ…」
今まで家を空けて家族のことを任せていたことに多少なり不満があるんだろう。
不貞腐れているようだったが、少し照れくさそうに笑顔を向けた。
「ただいま。誰か来てんのか?」
靴を脱ぎ終わり自分のスリッパを履くと、リビングへと向かう。
「おにーちゃんの友達だよ?今日来るって聞いてなかった?」
「…友達?」
正直俺が家に呼ぶとしても巽ぐらいしか想像がつかない。
だけど…それはありえなかった。
誰なのか考えながら眉を顰め、妹の後からリビングへと入る。
「……おまえ…!」
リビングの食卓に座っていたのは金髪オールバックの長髪……ローレンツだった。
心臓が脈打ち、全身の毛が逆立つ感覚で次の言葉が出てこない。
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【ローレンツ】
千星那由多が帰ってきたようだ。
彼のオーラは既に把握してある。
妹と紹介されたオーラと談笑しながら入ってくる様子だ。
こちらがどうなっているかも知らずに。
ワタクシは破った紙を無数のナイフへと変える。
まずはその妹から血祭りに上げてやろう。
一人一人、オマエの前で惨めに殺して行ってやる。
そして、クキに逆らうとどうなるかを身を持って知るがいい。
千星那由多の家族はワタクシの幻術によって呑気な光景を見ているためナイフにも気付かない。
きっと彼らの脳裏にはワタクシと彼が仲睦まじく会話している姿が映し出されているのであろう。
俺はニヤリと口角を上げ、無数のナイフを彼の妹に向かって放った。
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【千星 那由多】
たじろいでいる場合ではなかった。
ローレンツは無数のナイフを妹へ向かって投げつけてくる。
もちろん携帯を展開させている暇などなかった。
俺は妹に飛びつきそのナイフの襲撃を避ける。
一本のナイフが背中を軽く掠め、小さな痛みが走った。
「ぐッ―――!」
痛みに顔を顰めると床に倒れた妹が目を丸くした。
「あれ…何もないとこでこけちゃった」
「何してるんだ?那由多が帰ってきて慌ててるのか?」
「ち、違うし!!」
なぜか、親と雪那は笑いながら談笑している。
その光景に戦慄を覚えた。
…幻術だ。
きっと俺の今の姿はなくなり、別の俺が家族には見えている。
もちろんローレンツがナイフを投げたことも別の光景に書き換えられているんだろう。
「クッソ…!」
俺はポケットから携帯を出し、すかさずアプリを展開させた。
こういう時に難しい問題が出たらと思うとひやひやするが、うまい具合に俺しかわからない問題になっている。
解除という掛け声と共に携帯が剣に変わり、それを素早く掴み取るとローレンツへと刃先を向けた。
「おまえ…なにしてんだよ!九鬼の指示か!?」
このままどうにか一人で闘うしかない。
冷や汗が流れ、脈拍が早くなり、怒りのせいなのか頭がグラグラする。
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【ローレンツ】
どうやら、巧く一撃目は避けたらしい。
彼まで幻術に掛けてしまう手もあるが、そうすると彼はこれから起こる生々しい光景を見ることが出来なくなる。
ワタクシは実際に人から血が吹き出す姿は見たことはないがさぞかしおぞましい光景だろう。
彼からのナンセンスな質問にワタクシはため息を吐いた。
「ワタクシの独断だ。
命令されることをするのはアタリマエ。
それだけをこなすのはイイ部下とはイワナイ。
神功左千夫の件もソウダ。
クキは、ニホンに来てから甘くナッテシマワレタ。
それならば、部下のワタクシが鬼になるノミ!!」
そう告げて、次は氷柱を無数に作り上げる。
ワタクシの幻術はナイフなどの物体を相手にイメージさせるよりも、氷などの自然エネルギーを刷り込ませる方がダメージを与えられる。
自然エネルギーは想像が無限だからだ。
ワタクシは先ずは、家族に向かって氷柱を半分投げつける。
千星那由多には炎を投げ付けることが出来ると言うデータがあるので、これは消されてしまうかもしれないが
更に少し離れた場所の妹にも残り半分を投げ付ける。
さて、どちらを助けるか。
それは、それで見物だとオーラの行く末を見守った。
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【千星 那由多】
九鬼からの指示ではないとローレンツは言った。
どちらにせよふざけている。
非道な奴等だとは思っていたが、こいつ自身の非道さに更に怒りで身体が震え始める。
ローレンツの行いを許せないと同時に、今日家に帰ってきてしまった自分を責めた。
俺が帰って来なければ、こいつは家族に手を出さなかっただろうか。
そんな邪念が頭を巡っているうちに、ローレンツは氷の柱を作り上げた。
俺の頭の中はこの状況で痛むほどに混乱し、無意味に目尻に涙溜まる。
家族を守れるのは俺だけだ。
傷つけるなんて絶対に許さない。
その柱が親と妹をバラバラに狙うように浮き上がる。
氷を出してくれたのは好都合だった、俺には火が出せる。
けれど今、火の塊を発動させて二度打ち込む時間など到底ない。
どちらか一方を助ける?
そんなこと俺には無理だ。
究極の選択……なんて思いたくない。
選択肢なんてもんは最初から無く、俺の中での答えはひとつなんだから。
纏え、火を!!!
そう自分に言い聞かせた瞬間、血液が逆流するような感覚が全身を巡った。
初めて火を出した時のように、自分が自分でないように身体が浮遊するような錯覚が起きる。
だけどあの時より少しだけ意識ははっきりとしていた。
火という文字が宙に綴られる。
揺らめく文字が剣へ交わり炎を纏った剣へと変わったのを瞬きもせずに見つめた。
自分の心臓の音が炎が暴れる様とリンクする。
「俺は…誰も見捨てたくない!!!」
自分でも想像がつかないくらい酷い形相だったと思う。
炎を纏った剣を家族に放たれた氷の柱目がけて振りかざす。
俺の気持ちを現すように禍々しく巨大になった炎は、全ての氷の柱を蒸発させるほどの威力だった。
家族は談笑している。
その勢いでローレンツへと斬りかかろうとした瞬間だった。
「ナユタ!!!ヤメろ!!!」
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【ローレンツ】
「ナニ……―――!!!」
ワタクシの氷柱が全て消えてしまったのが分かった。
エネルギー体からして炎のようだが、
彼のデータにはこんな大きな炎を扱えるとは載っていなかった。
もしかして、隠していたのか…。
いや、ディータと戦っていた彼から感じたオーラは全力を示していた。
思惑とは外れてしまったがこのまま引くわけにはいかない。
次の幻術を奏でるために私は本のページを破り捨てた。
そのときどこからともなく声がした。
「ナユタ!!!ヤメろ!!!」
これは彼ら(裏)生徒会が有するヒューマノイド‘idealoss’の声だ。
まずい、彼らは録画機能を有している。
それを政府に見せられることがあれば規約違反でリコール宣言は成立しなくなる。
ワタクシは本をたたみ直し、この場は引くことにした。
千星那由多の家族は相変わらず何もなかったように会話している。
「命拾いしたナ…。」
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【千星 那由多】
俺はその声でローレンツに斬りつけようとした手を止めた。
名前を呼んだのはイデアの声だった。
後方にいるイデアの方を向けないまま肩で息をし、ローレンツを睨みつける。
ローレンツが本を畳んだのを確認すると、俺は彼を見ながら後ろへと後ずさった。
「ワタシがいるからダイジョウブだナユタ。剣を降ろせ」
剣を握る手が震えているのがわかった。
まだ収まらない怒りをどうしていいかわからなかったが、イデアの言う通りに剣を降ろすと炎が消えた。
「イデア、なんで…ここに…」
「サチオに言われて後をツケテイタ。正解ダッタな」
イデアが無表情で俺にそう言うと、ローレンツは何も言わずにリビングを出る。
家族が見ている幻術ではどうやら彼が用事があるので、と帰っていくように映っていたみたいだった。
俺はローレンツを睨みつけながら視線で追い、出て行くのを見送った後大きく安堵の息を吐いた。
それと同時に剣が携帯へと戻る。
ふっと気配が変わった気がした。
「おにーちゃん?」
雪那に声をかけられハッとした俺は辺りを見回すと、さっきまでここにいたイデアがいなくなっている。
きっと気をきかせて帰ってくれたんだろう。
俺は家族の顔を見渡した。
みんないつもと変わりない。
「那由多にドイツ人の友達がいるとはなあ」
「ハーフのイケメンもいるんだよ!」
「早く座りなさい、那由多」
そんなやり取りを見て息が詰まる思いがする。
食卓へと促され椅子へ座ると何も言わずに静かに箸を取った。
俯きながら一口一口箸を口へと運ぶ。
俺の大好きなウインナーもあった。
「…おにーちゃん?どしたの…?」
いつの間にか俺は泣いていた。
雪那の言葉に返事ができないまま、俺は家族の温もりと言う燈火を心の中で深く深く感じていた。
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【三木 柚子由】
イデアちゃんが帰ってきた。
どうやら千星くんの後をつけていたみたい。
「お疲れ様です、イデア。」
「ナユタは新しい力を得たゾ。分かってて行かしたノカ?」
そうイデアちゃんが言っても、左千夫さまは笑っているだけだった。
いよいよ明日が決戦の日。
出来るだけのことをした、日当瀬君と天夜君はギリギリまで訓練に励んでいるみたいだった。
私と左千夫さまは机に座って明日の作戦を練っていた。
「まぁ、イイ。それよりも左千夫。オマエその体で明日、出るつもりなのカ」
そう…。左千夫さまは10日経とうとしている今も傷が完治していない。
普段は幻術で見えなくしているので私とイデアちゃん以外には気付かれていないようだけど。
左千夫さまが言うには両手に嵌められているリングのせいで体力の回復が追いついていないと言っていた。
「おや?イデアにも分かるんですね。
僕もまだまだ、幻術の精度を磨く必要がありますね。」
いつもの調子で左千夫さまは告げる。
明日、私たちは本当に勝てるのだろうか、「黒鬼」と呼ばれるあの男に。
確かに左千夫さまが居なければ士気が下がるだろう。
それを分かって彼は怪我をしている姿も見せず、決戦に挑もうとしている。
私は、左千夫さまとイデアちゃんから貰ったこの能力でなんとしても、左千夫さまを守りたかった。
祈るような気持ちでロザリオを握りしめる。
左千夫さまを見るといつもの笑顔で笑ってくれた。
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【九鬼】
心地よい夜だった。
明日はリコール決戦当日。
ボクは一人で自室の高層マンションのベランダから夜景を見ていた。
5月下旬ともなるとだいぶ夜も冷え込まなくなり、夏が近づいているのだなと感じる。
強い風が耳元を通り過ぎ、三つ編みが風に揺れ目にかかる前髪を払った。
ポケットから左千夫クンのピンキーリングを取りだし、満月を覗き込むように空へと翳す。
小さいリングの向こう側に、青白く少しかけた月が浮かんでいた。
明日の闘いが楽しみで仕方がない。
やはり自分は闘うことがが好きなのだろう、こういうことの前日は興奮してしまって眠れない。
会長を(裏)生徒会から失脚させ、解散、ボクは愛輝凪高校の(裏)生徒会の会長となる。
気が向いたら、左千夫クンを副会長にしてやってもいい。
他の奴等ははどうでもよかった。
翳したリングを手の中へ隠すように包み込む。
ゾワゾワと身体の中が疼いた。
全身の血液が踊り、本能、欲望、全てが垂れ流されていく。
「…ダメダメ…」
落ち着かなければと口端を釣り上げながら、リングを包んだ拳へとキスを落とした。
「明日、楽しみにしてるからネ…」
独り言を風へと流し、ボクは部屋へと戻っていった。
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