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isc(裏)生徒会
ダストベイビー
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【日当瀬 晴生】
結局、三木の奴も他に会長から頼まれたことが有るから、と、メモは俺に渡ってくることになった。
イデアさんも地下のアトリエに戻っちまうし…。
こいつ、千星と二人きり…、いや問題はこの小さな生物だ。
どうやら女のようだが、小さくて柔らかくて、はっきり言ってどう触って良いかも分かりやしねぇ。
それをひょいと抱いてしまった千星を少し尊敬しそうになったのは秘密の話だ。
そもそも何で赤子なんかこんなとこに居るのかと思ったがどうやら今朝校門に捨て置かれていたらしい。
それを聞くとちょっと同情しちまうな、でも、だからって好きにはなれない。
今回の任務は、この赤ん坊を捨てた母親に返しに行く任務。返せなくてもせめて名前と事情を聞いてこいと言うことだった。
いつもは殴って気絶させて終わり、の、任務が多いためこういう面倒な任務があると益々、会計を辞退したくなる。
夏岡さんに知られたらどんな任務も一生懸命にしなきゃって言われるだろうけど。
千星にそのまま赤ん坊を抱かせて、他の生徒に会わないように気を付けながら校舎の外に出る。
地図を片手にチラチラとちゃんと着いてきてるか後ろを確認していたが、どうやら、こいつは任務を投げ出す気は無いようだ。
それに気付くと歩調を緩め、相手と並ぶように歩く。
腕の中の赤ん坊は先程とは打って変わってご機嫌な様子で、俺にまで笑顔を向けてくれている。
それに気を良くして思わず千星に話し掛けてしまった。
「テメェは、ガキ、大丈夫なんだな。」
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【千星 那由多】
初めての任務とやらが日当瀬と二人きりだというのが嫌だったが、イデアに逆らうわけにもいかないし、
何よりこの赤ん坊のことを思うと早く母親に会わせてやりたかった。
母親はこの子を育てることができないから捨て置いたのかもしれない。
けれど、もしかしたら何か事件に巻き込まれて泣く泣くこの子を手放さなきゃならなかった可能性だってある。
母親に会いに行くという事がどういう結果になったとしても、この子のために真実を知る必要があると、俺は思っていた。
それと同時に、初任務が今朝見た焼却炉バトルのようなものじゃなくてよかったと、胸をなでおろしている自分もいた。
赤ん坊は幸い俺の腕の中で大人しくしてくれていて、
校内を目立たずに歩いていればただ少し大きい荷物を持って歩いている程度にしか見えないだろう。
先を歩いていた日当瀬が何度かこちらを振り返っていたが、暫くすると俺の横に並んで歩いていた。
俺は赤ん坊を見ながら歩いていたので、彼が隣にいることに気付いたのは、あの日当瀬が自発的に俺に話しかけてきた時だった。
「・・・・・え、あ、うん。別に嫌いじゃないかな」
なんだ、こいつまともなこと喋れんじゃん。
思わぬ質問に少し戸惑ったものの、俺は日当瀬の質問に差し当たりなく答えた。
ふーん、とすましたような表情で赤ちゃんを見ている。
こんな金髪碧眼男に見つめられたら、俺が赤ちゃんならガン泣きしてるな。
日当瀬の持っている地図通り歩いていると、住宅地が見えてきた。
もう少し入り組んだ先の小さなアパートの203号室に母親はいるという。
あの質問の後、お互い暫く黙って歩いていたが、今度は俺から話しかけてみることにした。
「日当瀬ってハーフなのか?」
俺の腕の中の赤ちゃんは少し眠そうにあくびをしていた。
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【日当瀬 晴生】
「ふーん。」
千星から返ってきた返事は可も不可も無いもので、そうなってしまうとこれ以上話題を考える事が出来なくなってしまった。
しかし、不思議と苛立ちはねぇ。
無駄にニコニコ笑うこの生き物のせいかもしれねぇが。
よく笑う癖にちゃんと食ってんのか、と思うほど小さいのは気になるが。
結局、暫く無言で目的地である203号室を目指して居たが、不意に千星から話し掛けてこられると目を見張る。
今まで睨みを聞かせていたから余り聞かれたことの無かった問いに自然と眉が寄るが
別に秘密にしている訳では無いので答えてやる事にした。
「クオーター。母方が日本人と北欧のハーフ。父親は生粋の北欧人。まぁ、もう、本当の母親は居ねぇんだけど。」
そういいながらボロいアパートの階段を上がる。
なんてない風に言って退けるのは慣れてるんだが、この赤ん坊のせいか、今日は少し感傷気味だ。
そう、思っている間に目的地に着き、出来れば笑顔で赤ん坊が帰れれば良いと思いながらチャイムを押した。
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【千星 那由多】
日当瀬はハーフでなくクオーターらしい。
まぁハーフもクオーターも俺にはよくわかんないし、目の前で日本語ぺらぺら喋ってるんだから、何人であろうが日当瀬は日当瀬か。
髪はさらっと指どおりの良さそうな金髪で鼻も高いし睫も長い。
天然パーマの日本人顔の俺にはうらやましい限りだ。
それから少し話題を掘り下げようと思っているうちに、目的地の古いアパートの203号室前。
日当瀬は躊躇いなく玄関のチャイムを押していた。
「おいおい心の準備が・・・」
暫くすると玄関のドアがぶっきらぼうに強く開き、煙草を咥えた無愛想な化粧の濃いギャルが出てきた。
しかもそのギャルは愛輝凪高校の制服で三年のリボンをしている。俺達の高校の先輩みたいだ。
ああ・・・俺の嫌いな人種だ・・・。
そのギャルは玄関のすぐ前に立っている日当瀬を見て一瞬頬を赤らめたが、すぐにまた無愛想な表情に戻った。
「な、なにあんたら?うちの高校じゃん。なんか用?」
日当瀬を見ると眉間に皺が寄っている。
気に食わないからとかって殴るなよ~・・・。
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【日当瀬 晴生】
隣で心準備等聞こえたが、テメェが心準備するのを待ってたら朝になる、つーのは抑えて置いてやった。
玄関が開き、出てきた化粧が分厚い女は明らかに子供を育てる資格がねぇタイプだ。
そう、思った瞬間拳に力が入るが、いつも夏岡さんに人を見掛けで判断しては駄目だと言われている為に、俺は平常心を保つ。
「それ、テメェのガキだろ?……なんで学校になんか置いてったんだよ。」
一瞬赤くなったようにも見えた女の顔は赤子を目の前にしても無愛想から動く事は無かった。
更にとんでもない言葉を羅列し始め、俺は耳を疑った。
「ああ。茜?なんかさー、飽きちゃって、しかもその子の父親、金持ちだったんだけどさー、
その父親も飽きちゃったのか、最近金も入れてくんねーし?ぶっちゃけ、高校生が一人で育てて行けるわけないしねー。」
その女の品の無い口から落ちた言葉は想像を絶するものだった。
確かに産まれてしまったため無かった事には出来ないが、母親はこんなにも簡単に愛情を捨てれるものなのかと思ったが、
自分にも経験がある為にそこは何も言えない。
苛立ちよりも今募り始めたのは焦燥で、彼女の言葉は自分の生い立ち、そして、義母の言葉を肯定していく。
「後、新しい男できたんだけど、そいつが、子供嫌いでさー。
茜、殺すのなんて気持ち悪くて無理だし、学校に置いといたら適当に施設に入れてくれるかと思って。」
その言葉を聞いた瞬間俺の頭は真っ白になった、しかし、俺が手を出すよりも速く、
またあの赤ん坊のけたたましい泣き声がこだまし、ハッと我に返った。
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【千星 那由多】
一瞬殴りかかりそうにも見えた日当瀬だったが、淡々と「任務」として彼女に接していた。
その任務としての質問に、彼の目の前にいるギャルがぺらぺらと喋った言葉に対して、
俺の方が日当瀬より先に殴りかかりたいと思ってぐっと堪えていた。
どうやら日当瀬はこういう時に落ち着くことはできるみたいだ。
少し安心したと同時に、心のどこかで見直していた。
だが、そんな日当瀬は怒り狂って黙り込んでいるというよりも、どこか別のことに思考が飛んでいるような・・・。
心ここに在らずといった表情であった。
赤ん坊の突然の泣き声に大げさに反応したように見えた日当瀬は、再びギャルを睨んでいた。
「・・・おい、もうやめとけ」
俺は赤ん坊をあやしながら日当瀬に声をかけた。
「一旦引こう。イデアの言ってたこと覚えてるか?
返せなかったら名前と事情聞いてこいって言ってたろ?それはもう喋ってくれたんだ。
それに・・・こんな奴に無理やり返しちゃ逆にこの子がかわいそうだ」
日当瀬の顔より少し下に視線を落としながら言う。
「えっなに?あんたら茜の面倒見てくれんのっ?超やっさしー!
じゃあさっさと行ってよ。うるさくて超迷惑」
俺はこの子の母親をこんなクソみたいな女だと思いたくなかった。
だからずっと彼女の顔を見ることができなかった。
世の中には色んな親がいていいと思う。
でも、こどもがこどもを産んで、自分の都合で放棄してしまうのはやっぱり人として許せないことだった。
押し黙っている日当瀬の肩を掴む。
「ほら、行こう」
赤ん坊の泣き声はますます大きくなっていた。
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【茜の母親】
超ラッキー!!!同じ高校の子が茜を連れてきた時はまた面倒な事になるかと思ったけど。
これで、すっきりしたわ!オムツもかえなくていいし、ご飯の面倒も見なくていい、何より、あのウザイ泣き声も聞かなくて済む。
そう思いながら最後の茜の名前の漢字を聞いてから立ち去る二人の男の背を見送り、アタシは扉を閉じた。
すると目の前にはかなりの長身な美青年が立っていて、びっくりした。
アタシの目の前に整った顔が近付いてきた。
真っ黒な瞳に捉えられると目が離せず、どこかその奥が赤らんだような気がした。
「ふふ…。困りますねぇ。愛輝凪高校には貴女みたいな品の無い女性は必要ありませんよ。」
「え…?」
「一度、逝って来なさい。―――地獄へ。」
白い肌理の細かい手に頬を撫でられた瞬間、目の前が真っ暗になった。
それからは悲鳴を上げる暇もなく、アタシは小さくなっていた。
真っ暗闇の中、私のシルエットと思われる白い影が逃げるアタシを追い掛け。
茜にしたように殴ったり、蹴ったり、それでは終わらずに数時間、いや数ヶ月という月日を自分のシルエットをした白い影に育てられた。
ご飯は気が向いた時だけ与えられ、目の前で繰り広げられるセックス、泣けば体を殴打され、
アタシは身も心もボロボロで反省して泣き叫ぶとまた殴られる。
泣く事も出来なくなったアタシは笑う事しかしなくなった、ご機嫌を取るために必至に。
「茜……?」
――――そんなアタシの目の前に茜が姿を現した。
機嫌の良いときの茜のようにこっちを見てにっこりと笑った茜に救われた気がして近付いていった。
「茜…。ごめんね…ママ、間違ってた、ごめん…許し――――」
しかし、その茜に自分の手は届く事無く、後ろから来た自分のシルエットをした白い影に足首を捕まれ、
また闇へと引き摺り込まれた―――――。
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【千星 那由多】
日当瀬は肩にかけた俺の手を振り払って無言で先に進み始める。
俺はそれを追いかけようかと思ったが、母親に扉を閉められる前に、俺はこの赤ん坊の名前を持って来ていた紙に書いてもらった。
「じゃね~♪」
母親は陽気な声で俺たちを見送ったが、なるべく早く立ち去りたかった俺は、彼女の顔も見ずに軽く会釈だけ返す。
そしてまだ泣きやまない赤ん坊を抱えなおし、先に行ってしまった日当瀬を追った。
本当に最低な母親だ。
「おい、待てって」
無言でどんどん距離を開いていこうとする彼を必死で追いかけ横へと並んだ。
「あんま急ぐな、この子が泣き止まない」
その言葉に反応したのか、日当瀬は急に足を止めた。
前髪で表情は分かりにくかったが、怒りとも悲しみともとれない表情をしているように思えた。
「・・・そんな顔すんなよ。赤ん坊にうつるだろ」
日当瀬が立ち止まったことをいいことに、俺は赤ん坊を優しく揺らし再びあやす。
徐々に落ち着いてきた赤ん坊は、両手を差し出して必死に何かを掴もうとする仕草をしていた。
「ん?どうした?」
赤ん坊の手を伸ばす先を見る、そこには小さな公園があった。
相変わらず日当瀬は何も喋らないまま立ち止まっているので、あることを考えた。
「・・・おい、ちょっとこの子持ってて」
ずいっと無理矢理下を向いている日当瀬に赤ん坊を手渡す。
一瞬戸惑うような表情をしたが、慣れない手つきで赤ん坊を抱きかかえた。
「絶対落とすなよ!」
日当瀬が赤ん坊をしっかりと抱きかかえているのを確認し、公園の方へ向かった。
そこには小さめの自動販売機があり、缶コーヒーやジュース、お茶が並んでいる。
父親が欧米とかならコーヒー飲めるよな・・・?
俺はポケットから小銭を取り出し、少し甘めの缶コーヒーを選びボタンを二度押した。
取り出し口からそれをふたつ取り出した俺は、その場から缶を持った右手をあげ、少し大きめに声をあげる。
「日当瀬・・・ちょっと、こい!」
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【日当瀬 晴生】
きっと、俺の母親もこんなふうに邪魔だから俺を捨てたんだ……。
要らない子だと…。
千星に引き止められて、俺はその女に手を上げることなく、渋々帰ることにした。
(裏)生徒会の任務は既に終わっているのだが、頭の中を巡る過去の事のせいで
赤ん坊が泣き叫ぶ声すら聞こえずにどうやらかなりのスピードで歩いていた様子だ。
千星に引き止められて初めて気付き、歩みを止める。
俺は赤子をあやす事等出来ない為、俯むいていると赤子をあやし終えた千星から無理矢理、その子を押し付けられた。
「落とすかよ…」
赤ん坊は嫌いだが落としてはいけないことぐらいは知っている。
抱き方等わからない故に渡された状態で固まり、何とか落ちないようにするのが精一杯だ。
ったく、なんでこんな目に、つか、アイツ何しに行ったんだよ。
段々、俺の抱き方も悪いのか赤子が暴れ始め、その時になってようやく千星から声が掛かる。
命令口調か!、…と、思ったがその時に初めて腕の中の赤ん坊は公園に行きたいから暴れているんだと気付き、そちらに向かう。
そうすると、千星から缶コーヒーを渡された。
「俺…ブラックしか飲まねぇんだけど。」
しかも、コーヒーメーカーで淹れたやつ。
しかし、なんだか千星の瞳を見た瞬間、意志の強そうなものを初めて感じ、一瞬目を見開く。
今迄とは別人なような気がした俺は、ふっと小さく笑みを浮かべ、缶コーヒーを手に赤ん坊が強請っている方にあるブランコに向かい足を進める。
ブランコに座り少し前後に揺するだけで赤子は満足したように俺の膝に納まっている。
プルタブを起こすといつもより甘いコーヒーを喉に流し込んだ。
広がる甘さ、糖を接種したことで余計に自分の頭が回転していく。
無邪気に膝の上で笑っている子供の行く末が自分には分かってしまう故に自然と険しい表情で赤子を見つめ。
「やっぱ、殺すか……」
ポロリとそんな言葉が口から落ちてしまった。
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【千星 那由多】
日当瀬が俺の声に反応し、しぶしぶとこちらへ向かって来てくれる。
あいつが何を考えているかはまったくわからなかったけど、なんか、ちょっと悲しそうに見えたんだ。
「俺…ブラックしか飲まねぇんだけど。」
缶コーヒーのラベルを見たとたんに日当瀬は俺に言った。
ブラックしか飲めないなんてわがままだな・・・おぼっちゃまか!!!
俺は寧ろブラックが飲めねえよ!!
・・・だけどここで引いてはだめだ。
俺の120円が勿体無い!!!!
俺は缶コーヒーを差し出したままじっと日当瀬を見つめた。
そのせいかどうかわからないが、日当瀬はフッと笑い赤ん坊を不器用な形で抱えたままブランコへと向かった。
あいつちょっと笑うようになったな。
怖い奴だと思ってたけど、意外と素直だし。
俺は副会長・・・じゃなくって三木さんの「彼は優しい」と言っていた言葉を思い出していた。
「あながち間違ってないかもな」
俺はプルタブを開け、ぐっとコーヒーを喉に流し込んだ。
そして、赤ん坊を膝に乗せユラユラとブランコで揺れている日当瀬に近づいた時、彼が何かを呟いたのが聞こえた。
「ん、なに?」
俺が聞き返すと、少し間を開けてから、次ははっきりと日当瀬の独特な掠れた声が俺の耳に届いた。
「・・・・・・この子、殺すか」
俺は意味のわからない言葉に体が強張るのがわかった。
「・・・は?・・・何言ってんの・・・?」
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【日当瀬 晴生】
千星が再度聞き返してきたのでブランコを小さく揺らしたまま、特に考えもせずに言葉を反芻した。
「この子、殺すかって…」
親から愛情を貰えなかった子、その哀しみはよく分かる。
今は感情の赴くままに笑っている茜が、無理に作り笑いを覚えるか、
俺のように感情が乏しくなり、捻くれるかは分からないが、この純粋な笑顔は無くなるだろう。
それだけでなく後ろ指を立てられたり、自分が夢に描いた人生等、なかなか歩めないだろう。
そう考えるとやっぱり、殺した方がこの子に取っては良いのではと思ってしまう。
考えに耽って居たため千星の変化に気付く事無く、膝の上で機嫌よく座っている茜を眺め続けて居た。
「施設行っても大変だろうし、引き取りにくるっつってもあの親だろ…。生きていく望みねぇよな。」
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【千星 那由多】
何かの間違いではなかった。
日当瀬は本当にこの子を殺す、と言ったのだ。
俺は自分の中に今まで感じたことのない妙な感情がこみ上げてくるのがわかった。
言葉とは裏腹に赤ん坊を見つめて下を向いたままでいる日当瀬を見下ろしながら、右手に持った缶コーヒーを強く握った。
きっとこいつにも何か考えがあるはずなんだ。
だけど、やっぱり許せなかった。
「・・・冗談、で言ってんの?」
声が詰まってうまく言葉が出なかった。心臓の脈がどんどん早くなる。
俺は一度軽く息を吸ってから、小さく揺れていたブランコの鎖を左手で止めて続けた。
「おまえ・・・ふざけんなよ!?冗談ならもっと冗談らしく言え!!命を簡単に扱うな!!
おまえにどういった考えがあるかなんて俺にはわからない!
けどな・・・その子の生きる価値なんてお前が決めるんじゃない!!
これからその子が色んな人や・・・色んな事を経験して決めることだ!!
おまえの価値観で簡単に殺すとか言うな!!!」
日当瀬は驚いたように目を見開いて俺を見上げている。
怒りの声なんて、どれくらい久しぶりにあげただろう。
しかも昨日まで存在さえ知らなかった、こいつに向けてだ。
こういうのは、性に合わないし無駄に心が痛くなるから苦手だ。
俺はブランコの鎖から手を離して、見上げている日当瀬をしっかりと見据えた。
「・・・お前が優しいのはわかった・・・。
この子のために言ってるってこともわかる・・・。
だけど・・・お前一人で不安がるな。俺だってお前と一緒で不安だよ・・・。
・・・・・・だからそんな悲しいこと言うな・・・」
これが正直な俺の気持ちだった。
この赤ん坊の将来なんて誰にもわからない。
絶対に幸せになれるとも限らないのもわかってる。
極端に言えば、日当瀬の言っていることももしかすれば間違いではないのかもしれない。
でもやっぱり「殺す」なんて言葉は俺は悲しくて嫌いだ。
それに、俺には日当瀬がこの子を自分や誰かに重ねているんじゃないかと思ったんだ。
けど俺はこいつの本心に介入できる身分でもないし、まったくこいつのことを知らない。
ただ、今日見た限りの日当瀬晴生は、誰かに助けを求めてるような、そんな儚い脆さがあるようにも思えた。
少し間を開けてから赤ん坊は俺の怒号とこの雰囲気に耐えかねてか、再び泣きだしてしまった。
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【日当瀬 晴生】
「冗談……?」
千星の言葉が気に障って顔を上げた瞬間、ブランコを握られ、更に並べられる言葉に俺は絶句した。
怒られてる……?
余り人と関わらない自分には珍しい経験で理解に苦しんだ。
しかも、よりにもよって、怒りそうに無い千星によってだ。
呆気に取られたまま暫く聞いていると、次にはその怒りが無くなったかのようにポロポロ言葉が落ちてきた。
それを聞くと何だか不思議な気分で、相手が本気で自分と赤子の事を考えている事が分かってしまい、小さく笑ってしまった。
「ははっ、…変な奴だな…テメェ。…俺にそんな説教じみたこと言ってくれたのは夏岡さんくらいだったな。」
どうやら、俺はこの人を気に入っちまって、それが変わることはしばらく無さそうだ。
再び泣き出した赤ん坊を相手に押し付けて、残りのコーヒーを飲み干すとゴミ箱に投げ入れる。
「御馳走様でした。行きましょうか?」
尊敬している相手に乱雑な言葉を使う事は出来ない故に丁寧な言葉使いに直し、ゆっくりと歩き始める。
千星さんが赤子を抱きあやすと茜はまた笑みを浮かべ始めた。
やっぱり凄いな、と、眺めながら並んでいると、俺が敬語になったからか、何も言わなかったからか、
チラチラ、チラチラ此方を慌てながら伺う相手に少し笑ってしまった。
「俺、実は本当の母親の事、あんま覚えてないんスよね。
物心ついたときから父とお手伝いさんに育てられてて、養母からは毎日、お前は要らない子だ、邪魔だ…つっわれて、
まぁ、あんまりにも鬱陶しかったんで早々に家飛び出して来たんスけど。」
養母が自分が要らない理由はよく分かる。誰だって愛する者が余所で作った子なんて見たくない。
お前の母親も、お前が嫌いだから捨てた等も言われた。
お手伝いや執事が影で色々な事を言っていたのも知っている。
だから、俺は茜が育って行くのが怖かった、でも、俺は生きている楽しさも知っている、
夏岡さんや今、横にいる千星さんに出会えたから。
茜も自分で選択していくのが、やっぱり一番いいのかもしれない。
例え、その道がどんなに険しくても。
「茜は…ちゃんと生きていけますかね?」
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【千星 那由多】
自分の思ってることを一気に言ったせいで息は少しあがっていた。
日当瀬の反応が少し怖かったが、彼は俺を見て小さく笑った。
「ははっ、…変な奴だな…テメェ。…俺にそんな説教じみたこと言ってくれたのは夏岡さんくらいだったな。」
正直こんな偉そうなこと言って殴られるかと思ったが、どうやら気持ちは伝わったみたいだ。
少しほっとした自分に、日当瀬は赤ん坊を手渡してきた。
再び命の重みが俺の腕にかかる。
そして、日当瀬が缶コーヒーを投げ入れた後の言葉にさっきとは違う意味で耳を疑った。
「御馳走様でした。行きましょうか?」
・・・!!!????
敬語・・・?いや、俺の聞き間違いか??
何食わぬ顔で先を歩き出したので、泣いている赤ん坊をあやしながら日当瀬を追いかけた。
・・・俺の聞き間違い・・・じゃないよな?
こいつ今俺にすっげえ丁寧な言葉使ったよな??
なに?なんなの??怒ってんの???
俺は頭が混乱して、目が泳ぎ出す。
日当瀬の顔色を伺うようにチラチラと目をやっていると、彼は屈託のない微笑みを俺に向けた。
その後に日当瀬の喋った内容は、俺が想像もしていなかったものだった。
いや、想像よりはるかにこいつの今までの人生は悲しみや苦労、怒りや呆れでいっぱいだったんだろう。
平凡な人生送ってきた俺なんかより、この赤ん坊の未来を本当に心の底から心配していたんだと思う。
やっぱ俺、何も知らなかったとは言え、ちょっときついこと言ったかな・・・。
彼の壮絶な人生を想像して、薄っぺらい心が痛んだ。
「茜は…ちゃんと生きていけますかね?」
日当瀬の顔に目を向けると、また少し悲しそうな表情をしていた。
なんだかこいつは、こどもみたいに表情がくるくる変わる。
今日一日の少ない時間で、俺はこいつを少しは知れたんだろうか?
「・・・さーな、俺にもわからねーよ。
・・・・・・ただ、お前みたいに強く生きてけたらいいなって思う!かな!!」
こういうことを言うのは照れてしまって仕方がないので、少し歩調を早めて日当瀬に顔が見えない位置へと移動する。
日当瀬は何も言ってこないので、熱くなった顔を左右に軽く振ってから、
チラリと後ろを振り向いて、今日一番最大の謎を問いかけた。
「あと、なんで急に敬語になったんだよ・・・嫌がらせ?」
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【日当瀬 晴生】
「………!」
「俺は優しくも、強くも無い……。ただ、がむしゃらに生きてきただけです。」
自分を強いと形容した相手に互いの見えない位置で思わず照れてしまい、暫く言葉を無くすが、聞こえるか聞こえないかの声で独白し。
そのまま歩いていると、気を取り直した相手が振り向き、とてつもなく不思議そうに質問されたので、俺は首を傾げた。
「日本では尊敬する相手に敬語を使うのは普通ですよね?」
そう告げると、千星さんは固まりながらもなんとか頷いていたので、納得したのかと思い、追い付いた相手と並んで歩みを進める。
茜は相変わらず、機嫌が悪そうだ。腹でも減ったのかと思い、
頬をつついてみると自分の指に吸い付いてきたので驚いたが、やっぱりお腹が空いているのだろう。
しかし、取り敢えず指で我慢できるのか、その場はそれで我慢している様子なので仕方無く、指をそのまま貸してやる。
きっと訴えても貰えなかった事などよくあることだったのであろう。
俺がこうやって茜と出会ったのも何かの縁で、今から自分が茜にしてやれることは無いかと歩きながら考えると不意に妙案が浮かび小さく呟いた。
「俺、この子の里親になります。」
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【千星 那由多】
日本では尊敬する相手に敬語を使うのは普通って・・・。
それは俺が尊敬に値する人間だっていうことか?
頭も悪くて人生で始めて誰かに推薦してもらえた(裏)生徒会もやる気が無くて・・・
自分で言うのもなんだがヘタレなこの俺が?
今日だってなんもできなかったんだぞ??
俺は日当瀬の言葉に固まりつつも、そりゃそうだけど・・・、と頷いてしまった。
尊敬する相手に敬語を使うのは間違いではないけど、俺に対する尊敬は間違っているぞと言いたかったが、
日当瀬は冗談で言ってそうにもなかったので、俺はこの状況をとりあえず受け入れることにした。
そんな俺のことは気にしていないのか、当たり前のことを言ったまでと思っているのか、
日当瀬は俺の腕の中にいる茜と戯れている。
暫く歩いていると、なにを思ったのか
「俺、この子の里親になります。」
と、小さく呟いた。
俺は驚いて日当瀬の顔に目を向ける。
「えっ!?・・・そりゃあそうしてやりたいのは俺も山々だけどさ・・・おまえ一人なんじゃないの?
学校行ってる間とか誰が面倒見るんだよ?
あ、(裏)生徒会でとかか?・・・それもありだよな・・・
いや、でもあのイデアにこの子の面倒が見れるとは思えないし・・・
それに色々手続きとかそんなんとかいるんじゃねーの?そもそも学生の俺らに・・・」
俺がぶつくさと一人ごとのように色々思考を膨らませていると、日当瀬が目を丸くした後大げさに吹きだした。
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【日当瀬 晴生】
里親になると言った俺に千星さんは物凄い勘違いをなさったようだ。
確かに里親はそういう意味であっているので俺の言葉のチョイスが悪かったのかも知れないけど、
俺の一言一句に反応してくれる事がとても嬉しかった。
「ハハハハハハッ、…そうですね。すいません、言い方が悪くて。
流石に俺は一人で学生なので面倒を見てやる事は出来ませんが、
さっきも言った通り、家を飛び出せるだけの金があるんです。」
「まぁ、今は父親の名前を借りて立ち上げた事業なんスけど、
権限はちゃんとこっちに来る契約にしてますし、後、博士号の申請も下りそうなんで、
人一人くらいなら援助できるかなぁ…と。」
こんな話を他人にした事は無かった為に俺は気を紛らわすように頭の後ろを掻きながら、またしても呆気に取られている千星さんに説明した。
「勿論、甘やかすんじゃなくて貸したものはちゃんと返してもらいますし、
それか条件付きで援助します。…あしながおじさんつーんでしたっけ?こっちでは?」
そうこう言っているうちに学校に着き、もう日も暮れ始めたので人影も少なく、
難なく生徒会室まで戻ると事の顛末を全て知っているかのように、ミルクを用意してイデアさんが待っていた。
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【千星 那由多】
こいつってこんなに大声で笑えんだなーと、大口開けて笑っても整った綺麗な日当瀬の顔を見ながら思った。
いや、そんなことより、俺の「里親」とこいつの「里親」の意味は違ったらしい。
そしてこいつまた意味のわかんないこと言ってるんだが・・・。
事業?博士号??
なんかとにかくこいつはすごくて、この歳できちんと稼いでるってことはわかった。
やっぱり俺なんかに敬語使われちゃ困るな・・・と照れくさそうに頭を掻いている日当瀬を見ながら思った。
次元が違いすぎるわ・・・。
まぁこいつが自分でなんとか援助というものができるのであれば、個人の自由だし俺は反対はしない。
あしながおじさんってのも、なんだかこいつに似合いそうにない名前だが、俺は日当瀬の意思に賛成した。
(裏)生徒会室に着くと、イデアがミルクを持って待ち構えていた。
なんでもお見通しですか・・・と、俺は茜を抱きながら椅子へと腰掛け、
イデアからミルクをもらい茜の口へと近づける。
必死にミルクを飲む茜を見て俺は今日あったことを説明しておくことにした。
「あんな母親には返せなかった・・・。何されるか目に見えてる。
家族と離れるのはかわいそうだけどこの赤ん坊・・・茜は施設に預けた方がいい、だから帰ってきたよ」
隣に立つ日当瀬は俺の言葉に頷きながらイデアを見ていた。
「やはりソウカ。愛輝凪学園系列の児童保護施設ヘノ連絡はツケタ。コノ子は責任を持って育ててクレルだろウ。」
イデアは無表情で答える。
ヒューマノイドってのは、感情もないもんな。
悲しそうな顔なんてしない。
「初任務ゴクロウだった。今日の任務はA級任務以下ダ。次からは心シテカカレ」
AだかBだかわかんないけど、いつもと比べて重要な任務ではないことは伝わった。
けど、きっと茜にとっては人生が左右される、大事な1日だったと思う。
俺にとっても、この任務が(裏)生徒会でやっていくための大切な日になったんだろうか。
今日あった短いが濃い1日を思い出し、ミルクを飲む茜を見つめる。
この子がいつか大きくなったら、全てを乗り越えて優しく強くなって欲しいなと思いながら、祈りを込めて目を閉じる。
俺はこの時、(裏)生徒会というものを自分の目でもっと確かめたい。
と心の底で思っていたことに、気付いていないフリをしていた。
結局、三木の奴も他に会長から頼まれたことが有るから、と、メモは俺に渡ってくることになった。
イデアさんも地下のアトリエに戻っちまうし…。
こいつ、千星と二人きり…、いや問題はこの小さな生物だ。
どうやら女のようだが、小さくて柔らかくて、はっきり言ってどう触って良いかも分かりやしねぇ。
それをひょいと抱いてしまった千星を少し尊敬しそうになったのは秘密の話だ。
そもそも何で赤子なんかこんなとこに居るのかと思ったがどうやら今朝校門に捨て置かれていたらしい。
それを聞くとちょっと同情しちまうな、でも、だからって好きにはなれない。
今回の任務は、この赤ん坊を捨てた母親に返しに行く任務。返せなくてもせめて名前と事情を聞いてこいと言うことだった。
いつもは殴って気絶させて終わり、の、任務が多いためこういう面倒な任務があると益々、会計を辞退したくなる。
夏岡さんに知られたらどんな任務も一生懸命にしなきゃって言われるだろうけど。
千星にそのまま赤ん坊を抱かせて、他の生徒に会わないように気を付けながら校舎の外に出る。
地図を片手にチラチラとちゃんと着いてきてるか後ろを確認していたが、どうやら、こいつは任務を投げ出す気は無いようだ。
それに気付くと歩調を緩め、相手と並ぶように歩く。
腕の中の赤ん坊は先程とは打って変わってご機嫌な様子で、俺にまで笑顔を向けてくれている。
それに気を良くして思わず千星に話し掛けてしまった。
「テメェは、ガキ、大丈夫なんだな。」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
初めての任務とやらが日当瀬と二人きりだというのが嫌だったが、イデアに逆らうわけにもいかないし、
何よりこの赤ん坊のことを思うと早く母親に会わせてやりたかった。
母親はこの子を育てることができないから捨て置いたのかもしれない。
けれど、もしかしたら何か事件に巻き込まれて泣く泣くこの子を手放さなきゃならなかった可能性だってある。
母親に会いに行くという事がどういう結果になったとしても、この子のために真実を知る必要があると、俺は思っていた。
それと同時に、初任務が今朝見た焼却炉バトルのようなものじゃなくてよかったと、胸をなでおろしている自分もいた。
赤ん坊は幸い俺の腕の中で大人しくしてくれていて、
校内を目立たずに歩いていればただ少し大きい荷物を持って歩いている程度にしか見えないだろう。
先を歩いていた日当瀬が何度かこちらを振り返っていたが、暫くすると俺の横に並んで歩いていた。
俺は赤ん坊を見ながら歩いていたので、彼が隣にいることに気付いたのは、あの日当瀬が自発的に俺に話しかけてきた時だった。
「・・・・・え、あ、うん。別に嫌いじゃないかな」
なんだ、こいつまともなこと喋れんじゃん。
思わぬ質問に少し戸惑ったものの、俺は日当瀬の質問に差し当たりなく答えた。
ふーん、とすましたような表情で赤ちゃんを見ている。
こんな金髪碧眼男に見つめられたら、俺が赤ちゃんならガン泣きしてるな。
日当瀬の持っている地図通り歩いていると、住宅地が見えてきた。
もう少し入り組んだ先の小さなアパートの203号室に母親はいるという。
あの質問の後、お互い暫く黙って歩いていたが、今度は俺から話しかけてみることにした。
「日当瀬ってハーフなのか?」
俺の腕の中の赤ちゃんは少し眠そうにあくびをしていた。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
「ふーん。」
千星から返ってきた返事は可も不可も無いもので、そうなってしまうとこれ以上話題を考える事が出来なくなってしまった。
しかし、不思議と苛立ちはねぇ。
無駄にニコニコ笑うこの生き物のせいかもしれねぇが。
よく笑う癖にちゃんと食ってんのか、と思うほど小さいのは気になるが。
結局、暫く無言で目的地である203号室を目指して居たが、不意に千星から話し掛けてこられると目を見張る。
今まで睨みを聞かせていたから余り聞かれたことの無かった問いに自然と眉が寄るが
別に秘密にしている訳では無いので答えてやる事にした。
「クオーター。母方が日本人と北欧のハーフ。父親は生粋の北欧人。まぁ、もう、本当の母親は居ねぇんだけど。」
そういいながらボロいアパートの階段を上がる。
なんてない風に言って退けるのは慣れてるんだが、この赤ん坊のせいか、今日は少し感傷気味だ。
そう、思っている間に目的地に着き、出来れば笑顔で赤ん坊が帰れれば良いと思いながらチャイムを押した。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
日当瀬はハーフでなくクオーターらしい。
まぁハーフもクオーターも俺にはよくわかんないし、目の前で日本語ぺらぺら喋ってるんだから、何人であろうが日当瀬は日当瀬か。
髪はさらっと指どおりの良さそうな金髪で鼻も高いし睫も長い。
天然パーマの日本人顔の俺にはうらやましい限りだ。
それから少し話題を掘り下げようと思っているうちに、目的地の古いアパートの203号室前。
日当瀬は躊躇いなく玄関のチャイムを押していた。
「おいおい心の準備が・・・」
暫くすると玄関のドアがぶっきらぼうに強く開き、煙草を咥えた無愛想な化粧の濃いギャルが出てきた。
しかもそのギャルは愛輝凪高校の制服で三年のリボンをしている。俺達の高校の先輩みたいだ。
ああ・・・俺の嫌いな人種だ・・・。
そのギャルは玄関のすぐ前に立っている日当瀬を見て一瞬頬を赤らめたが、すぐにまた無愛想な表情に戻った。
「な、なにあんたら?うちの高校じゃん。なんか用?」
日当瀬を見ると眉間に皺が寄っている。
気に食わないからとかって殴るなよ~・・・。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
隣で心準備等聞こえたが、テメェが心準備するのを待ってたら朝になる、つーのは抑えて置いてやった。
玄関が開き、出てきた化粧が分厚い女は明らかに子供を育てる資格がねぇタイプだ。
そう、思った瞬間拳に力が入るが、いつも夏岡さんに人を見掛けで判断しては駄目だと言われている為に、俺は平常心を保つ。
「それ、テメェのガキだろ?……なんで学校になんか置いてったんだよ。」
一瞬赤くなったようにも見えた女の顔は赤子を目の前にしても無愛想から動く事は無かった。
更にとんでもない言葉を羅列し始め、俺は耳を疑った。
「ああ。茜?なんかさー、飽きちゃって、しかもその子の父親、金持ちだったんだけどさー、
その父親も飽きちゃったのか、最近金も入れてくんねーし?ぶっちゃけ、高校生が一人で育てて行けるわけないしねー。」
その女の品の無い口から落ちた言葉は想像を絶するものだった。
確かに産まれてしまったため無かった事には出来ないが、母親はこんなにも簡単に愛情を捨てれるものなのかと思ったが、
自分にも経験がある為にそこは何も言えない。
苛立ちよりも今募り始めたのは焦燥で、彼女の言葉は自分の生い立ち、そして、義母の言葉を肯定していく。
「後、新しい男できたんだけど、そいつが、子供嫌いでさー。
茜、殺すのなんて気持ち悪くて無理だし、学校に置いといたら適当に施設に入れてくれるかと思って。」
その言葉を聞いた瞬間俺の頭は真っ白になった、しかし、俺が手を出すよりも速く、
またあの赤ん坊のけたたましい泣き声がこだまし、ハッと我に返った。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
一瞬殴りかかりそうにも見えた日当瀬だったが、淡々と「任務」として彼女に接していた。
その任務としての質問に、彼の目の前にいるギャルがぺらぺらと喋った言葉に対して、
俺の方が日当瀬より先に殴りかかりたいと思ってぐっと堪えていた。
どうやら日当瀬はこういう時に落ち着くことはできるみたいだ。
少し安心したと同時に、心のどこかで見直していた。
だが、そんな日当瀬は怒り狂って黙り込んでいるというよりも、どこか別のことに思考が飛んでいるような・・・。
心ここに在らずといった表情であった。
赤ん坊の突然の泣き声に大げさに反応したように見えた日当瀬は、再びギャルを睨んでいた。
「・・・おい、もうやめとけ」
俺は赤ん坊をあやしながら日当瀬に声をかけた。
「一旦引こう。イデアの言ってたこと覚えてるか?
返せなかったら名前と事情聞いてこいって言ってたろ?それはもう喋ってくれたんだ。
それに・・・こんな奴に無理やり返しちゃ逆にこの子がかわいそうだ」
日当瀬の顔より少し下に視線を落としながら言う。
「えっなに?あんたら茜の面倒見てくれんのっ?超やっさしー!
じゃあさっさと行ってよ。うるさくて超迷惑」
俺はこの子の母親をこんなクソみたいな女だと思いたくなかった。
だからずっと彼女の顔を見ることができなかった。
世の中には色んな親がいていいと思う。
でも、こどもがこどもを産んで、自分の都合で放棄してしまうのはやっぱり人として許せないことだった。
押し黙っている日当瀬の肩を掴む。
「ほら、行こう」
赤ん坊の泣き声はますます大きくなっていた。
-----------------------------------------------------------------------
【茜の母親】
超ラッキー!!!同じ高校の子が茜を連れてきた時はまた面倒な事になるかと思ったけど。
これで、すっきりしたわ!オムツもかえなくていいし、ご飯の面倒も見なくていい、何より、あのウザイ泣き声も聞かなくて済む。
そう思いながら最後の茜の名前の漢字を聞いてから立ち去る二人の男の背を見送り、アタシは扉を閉じた。
すると目の前にはかなりの長身な美青年が立っていて、びっくりした。
アタシの目の前に整った顔が近付いてきた。
真っ黒な瞳に捉えられると目が離せず、どこかその奥が赤らんだような気がした。
「ふふ…。困りますねぇ。愛輝凪高校には貴女みたいな品の無い女性は必要ありませんよ。」
「え…?」
「一度、逝って来なさい。―――地獄へ。」
白い肌理の細かい手に頬を撫でられた瞬間、目の前が真っ暗になった。
それからは悲鳴を上げる暇もなく、アタシは小さくなっていた。
真っ暗闇の中、私のシルエットと思われる白い影が逃げるアタシを追い掛け。
茜にしたように殴ったり、蹴ったり、それでは終わらずに数時間、いや数ヶ月という月日を自分のシルエットをした白い影に育てられた。
ご飯は気が向いた時だけ与えられ、目の前で繰り広げられるセックス、泣けば体を殴打され、
アタシは身も心もボロボロで反省して泣き叫ぶとまた殴られる。
泣く事も出来なくなったアタシは笑う事しかしなくなった、ご機嫌を取るために必至に。
「茜……?」
――――そんなアタシの目の前に茜が姿を現した。
機嫌の良いときの茜のようにこっちを見てにっこりと笑った茜に救われた気がして近付いていった。
「茜…。ごめんね…ママ、間違ってた、ごめん…許し――――」
しかし、その茜に自分の手は届く事無く、後ろから来た自分のシルエットをした白い影に足首を捕まれ、
また闇へと引き摺り込まれた―――――。
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【千星 那由多】
日当瀬は肩にかけた俺の手を振り払って無言で先に進み始める。
俺はそれを追いかけようかと思ったが、母親に扉を閉められる前に、俺はこの赤ん坊の名前を持って来ていた紙に書いてもらった。
「じゃね~♪」
母親は陽気な声で俺たちを見送ったが、なるべく早く立ち去りたかった俺は、彼女の顔も見ずに軽く会釈だけ返す。
そしてまだ泣きやまない赤ん坊を抱えなおし、先に行ってしまった日当瀬を追った。
本当に最低な母親だ。
「おい、待てって」
無言でどんどん距離を開いていこうとする彼を必死で追いかけ横へと並んだ。
「あんま急ぐな、この子が泣き止まない」
その言葉に反応したのか、日当瀬は急に足を止めた。
前髪で表情は分かりにくかったが、怒りとも悲しみともとれない表情をしているように思えた。
「・・・そんな顔すんなよ。赤ん坊にうつるだろ」
日当瀬が立ち止まったことをいいことに、俺は赤ん坊を優しく揺らし再びあやす。
徐々に落ち着いてきた赤ん坊は、両手を差し出して必死に何かを掴もうとする仕草をしていた。
「ん?どうした?」
赤ん坊の手を伸ばす先を見る、そこには小さな公園があった。
相変わらず日当瀬は何も喋らないまま立ち止まっているので、あることを考えた。
「・・・おい、ちょっとこの子持ってて」
ずいっと無理矢理下を向いている日当瀬に赤ん坊を手渡す。
一瞬戸惑うような表情をしたが、慣れない手つきで赤ん坊を抱きかかえた。
「絶対落とすなよ!」
日当瀬が赤ん坊をしっかりと抱きかかえているのを確認し、公園の方へ向かった。
そこには小さめの自動販売機があり、缶コーヒーやジュース、お茶が並んでいる。
父親が欧米とかならコーヒー飲めるよな・・・?
俺はポケットから小銭を取り出し、少し甘めの缶コーヒーを選びボタンを二度押した。
取り出し口からそれをふたつ取り出した俺は、その場から缶を持った右手をあげ、少し大きめに声をあげる。
「日当瀬・・・ちょっと、こい!」
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【日当瀬 晴生】
きっと、俺の母親もこんなふうに邪魔だから俺を捨てたんだ……。
要らない子だと…。
千星に引き止められて、俺はその女に手を上げることなく、渋々帰ることにした。
(裏)生徒会の任務は既に終わっているのだが、頭の中を巡る過去の事のせいで
赤ん坊が泣き叫ぶ声すら聞こえずにどうやらかなりのスピードで歩いていた様子だ。
千星に引き止められて初めて気付き、歩みを止める。
俺は赤子をあやす事等出来ない為、俯むいていると赤子をあやし終えた千星から無理矢理、その子を押し付けられた。
「落とすかよ…」
赤ん坊は嫌いだが落としてはいけないことぐらいは知っている。
抱き方等わからない故に渡された状態で固まり、何とか落ちないようにするのが精一杯だ。
ったく、なんでこんな目に、つか、アイツ何しに行ったんだよ。
段々、俺の抱き方も悪いのか赤子が暴れ始め、その時になってようやく千星から声が掛かる。
命令口調か!、…と、思ったがその時に初めて腕の中の赤ん坊は公園に行きたいから暴れているんだと気付き、そちらに向かう。
そうすると、千星から缶コーヒーを渡された。
「俺…ブラックしか飲まねぇんだけど。」
しかも、コーヒーメーカーで淹れたやつ。
しかし、なんだか千星の瞳を見た瞬間、意志の強そうなものを初めて感じ、一瞬目を見開く。
今迄とは別人なような気がした俺は、ふっと小さく笑みを浮かべ、缶コーヒーを手に赤ん坊が強請っている方にあるブランコに向かい足を進める。
ブランコに座り少し前後に揺するだけで赤子は満足したように俺の膝に納まっている。
プルタブを起こすといつもより甘いコーヒーを喉に流し込んだ。
広がる甘さ、糖を接種したことで余計に自分の頭が回転していく。
無邪気に膝の上で笑っている子供の行く末が自分には分かってしまう故に自然と険しい表情で赤子を見つめ。
「やっぱ、殺すか……」
ポロリとそんな言葉が口から落ちてしまった。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
日当瀬が俺の声に反応し、しぶしぶとこちらへ向かって来てくれる。
あいつが何を考えているかはまったくわからなかったけど、なんか、ちょっと悲しそうに見えたんだ。
「俺…ブラックしか飲まねぇんだけど。」
缶コーヒーのラベルを見たとたんに日当瀬は俺に言った。
ブラックしか飲めないなんてわがままだな・・・おぼっちゃまか!!!
俺は寧ろブラックが飲めねえよ!!
・・・だけどここで引いてはだめだ。
俺の120円が勿体無い!!!!
俺は缶コーヒーを差し出したままじっと日当瀬を見つめた。
そのせいかどうかわからないが、日当瀬はフッと笑い赤ん坊を不器用な形で抱えたままブランコへと向かった。
あいつちょっと笑うようになったな。
怖い奴だと思ってたけど、意外と素直だし。
俺は副会長・・・じゃなくって三木さんの「彼は優しい」と言っていた言葉を思い出していた。
「あながち間違ってないかもな」
俺はプルタブを開け、ぐっとコーヒーを喉に流し込んだ。
そして、赤ん坊を膝に乗せユラユラとブランコで揺れている日当瀬に近づいた時、彼が何かを呟いたのが聞こえた。
「ん、なに?」
俺が聞き返すと、少し間を開けてから、次ははっきりと日当瀬の独特な掠れた声が俺の耳に届いた。
「・・・・・・この子、殺すか」
俺は意味のわからない言葉に体が強張るのがわかった。
「・・・は?・・・何言ってんの・・・?」
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
千星が再度聞き返してきたのでブランコを小さく揺らしたまま、特に考えもせずに言葉を反芻した。
「この子、殺すかって…」
親から愛情を貰えなかった子、その哀しみはよく分かる。
今は感情の赴くままに笑っている茜が、無理に作り笑いを覚えるか、
俺のように感情が乏しくなり、捻くれるかは分からないが、この純粋な笑顔は無くなるだろう。
それだけでなく後ろ指を立てられたり、自分が夢に描いた人生等、なかなか歩めないだろう。
そう考えるとやっぱり、殺した方がこの子に取っては良いのではと思ってしまう。
考えに耽って居たため千星の変化に気付く事無く、膝の上で機嫌よく座っている茜を眺め続けて居た。
「施設行っても大変だろうし、引き取りにくるっつってもあの親だろ…。生きていく望みねぇよな。」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
何かの間違いではなかった。
日当瀬は本当にこの子を殺す、と言ったのだ。
俺は自分の中に今まで感じたことのない妙な感情がこみ上げてくるのがわかった。
言葉とは裏腹に赤ん坊を見つめて下を向いたままでいる日当瀬を見下ろしながら、右手に持った缶コーヒーを強く握った。
きっとこいつにも何か考えがあるはずなんだ。
だけど、やっぱり許せなかった。
「・・・冗談、で言ってんの?」
声が詰まってうまく言葉が出なかった。心臓の脈がどんどん早くなる。
俺は一度軽く息を吸ってから、小さく揺れていたブランコの鎖を左手で止めて続けた。
「おまえ・・・ふざけんなよ!?冗談ならもっと冗談らしく言え!!命を簡単に扱うな!!
おまえにどういった考えがあるかなんて俺にはわからない!
けどな・・・その子の生きる価値なんてお前が決めるんじゃない!!
これからその子が色んな人や・・・色んな事を経験して決めることだ!!
おまえの価値観で簡単に殺すとか言うな!!!」
日当瀬は驚いたように目を見開いて俺を見上げている。
怒りの声なんて、どれくらい久しぶりにあげただろう。
しかも昨日まで存在さえ知らなかった、こいつに向けてだ。
こういうのは、性に合わないし無駄に心が痛くなるから苦手だ。
俺はブランコの鎖から手を離して、見上げている日当瀬をしっかりと見据えた。
「・・・お前が優しいのはわかった・・・。
この子のために言ってるってこともわかる・・・。
だけど・・・お前一人で不安がるな。俺だってお前と一緒で不安だよ・・・。
・・・・・・だからそんな悲しいこと言うな・・・」
これが正直な俺の気持ちだった。
この赤ん坊の将来なんて誰にもわからない。
絶対に幸せになれるとも限らないのもわかってる。
極端に言えば、日当瀬の言っていることももしかすれば間違いではないのかもしれない。
でもやっぱり「殺す」なんて言葉は俺は悲しくて嫌いだ。
それに、俺には日当瀬がこの子を自分や誰かに重ねているんじゃないかと思ったんだ。
けど俺はこいつの本心に介入できる身分でもないし、まったくこいつのことを知らない。
ただ、今日見た限りの日当瀬晴生は、誰かに助けを求めてるような、そんな儚い脆さがあるようにも思えた。
少し間を開けてから赤ん坊は俺の怒号とこの雰囲気に耐えかねてか、再び泣きだしてしまった。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
「冗談……?」
千星の言葉が気に障って顔を上げた瞬間、ブランコを握られ、更に並べられる言葉に俺は絶句した。
怒られてる……?
余り人と関わらない自分には珍しい経験で理解に苦しんだ。
しかも、よりにもよって、怒りそうに無い千星によってだ。
呆気に取られたまま暫く聞いていると、次にはその怒りが無くなったかのようにポロポロ言葉が落ちてきた。
それを聞くと何だか不思議な気分で、相手が本気で自分と赤子の事を考えている事が分かってしまい、小さく笑ってしまった。
「ははっ、…変な奴だな…テメェ。…俺にそんな説教じみたこと言ってくれたのは夏岡さんくらいだったな。」
どうやら、俺はこの人を気に入っちまって、それが変わることはしばらく無さそうだ。
再び泣き出した赤ん坊を相手に押し付けて、残りのコーヒーを飲み干すとゴミ箱に投げ入れる。
「御馳走様でした。行きましょうか?」
尊敬している相手に乱雑な言葉を使う事は出来ない故に丁寧な言葉使いに直し、ゆっくりと歩き始める。
千星さんが赤子を抱きあやすと茜はまた笑みを浮かべ始めた。
やっぱり凄いな、と、眺めながら並んでいると、俺が敬語になったからか、何も言わなかったからか、
チラチラ、チラチラ此方を慌てながら伺う相手に少し笑ってしまった。
「俺、実は本当の母親の事、あんま覚えてないんスよね。
物心ついたときから父とお手伝いさんに育てられてて、養母からは毎日、お前は要らない子だ、邪魔だ…つっわれて、
まぁ、あんまりにも鬱陶しかったんで早々に家飛び出して来たんスけど。」
養母が自分が要らない理由はよく分かる。誰だって愛する者が余所で作った子なんて見たくない。
お前の母親も、お前が嫌いだから捨てた等も言われた。
お手伝いや執事が影で色々な事を言っていたのも知っている。
だから、俺は茜が育って行くのが怖かった、でも、俺は生きている楽しさも知っている、
夏岡さんや今、横にいる千星さんに出会えたから。
茜も自分で選択していくのが、やっぱり一番いいのかもしれない。
例え、その道がどんなに険しくても。
「茜は…ちゃんと生きていけますかね?」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
自分の思ってることを一気に言ったせいで息は少しあがっていた。
日当瀬の反応が少し怖かったが、彼は俺を見て小さく笑った。
「ははっ、…変な奴だな…テメェ。…俺にそんな説教じみたこと言ってくれたのは夏岡さんくらいだったな。」
正直こんな偉そうなこと言って殴られるかと思ったが、どうやら気持ちは伝わったみたいだ。
少しほっとした自分に、日当瀬は赤ん坊を手渡してきた。
再び命の重みが俺の腕にかかる。
そして、日当瀬が缶コーヒーを投げ入れた後の言葉にさっきとは違う意味で耳を疑った。
「御馳走様でした。行きましょうか?」
・・・!!!????
敬語・・・?いや、俺の聞き間違いか??
何食わぬ顔で先を歩き出したので、泣いている赤ん坊をあやしながら日当瀬を追いかけた。
・・・俺の聞き間違い・・・じゃないよな?
こいつ今俺にすっげえ丁寧な言葉使ったよな??
なに?なんなの??怒ってんの???
俺は頭が混乱して、目が泳ぎ出す。
日当瀬の顔色を伺うようにチラチラと目をやっていると、彼は屈託のない微笑みを俺に向けた。
その後に日当瀬の喋った内容は、俺が想像もしていなかったものだった。
いや、想像よりはるかにこいつの今までの人生は悲しみや苦労、怒りや呆れでいっぱいだったんだろう。
平凡な人生送ってきた俺なんかより、この赤ん坊の未来を本当に心の底から心配していたんだと思う。
やっぱ俺、何も知らなかったとは言え、ちょっときついこと言ったかな・・・。
彼の壮絶な人生を想像して、薄っぺらい心が痛んだ。
「茜は…ちゃんと生きていけますかね?」
日当瀬の顔に目を向けると、また少し悲しそうな表情をしていた。
なんだかこいつは、こどもみたいに表情がくるくる変わる。
今日一日の少ない時間で、俺はこいつを少しは知れたんだろうか?
「・・・さーな、俺にもわからねーよ。
・・・・・・ただ、お前みたいに強く生きてけたらいいなって思う!かな!!」
こういうことを言うのは照れてしまって仕方がないので、少し歩調を早めて日当瀬に顔が見えない位置へと移動する。
日当瀬は何も言ってこないので、熱くなった顔を左右に軽く振ってから、
チラリと後ろを振り向いて、今日一番最大の謎を問いかけた。
「あと、なんで急に敬語になったんだよ・・・嫌がらせ?」
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
「………!」
「俺は優しくも、強くも無い……。ただ、がむしゃらに生きてきただけです。」
自分を強いと形容した相手に互いの見えない位置で思わず照れてしまい、暫く言葉を無くすが、聞こえるか聞こえないかの声で独白し。
そのまま歩いていると、気を取り直した相手が振り向き、とてつもなく不思議そうに質問されたので、俺は首を傾げた。
「日本では尊敬する相手に敬語を使うのは普通ですよね?」
そう告げると、千星さんは固まりながらもなんとか頷いていたので、納得したのかと思い、追い付いた相手と並んで歩みを進める。
茜は相変わらず、機嫌が悪そうだ。腹でも減ったのかと思い、
頬をつついてみると自分の指に吸い付いてきたので驚いたが、やっぱりお腹が空いているのだろう。
しかし、取り敢えず指で我慢できるのか、その場はそれで我慢している様子なので仕方無く、指をそのまま貸してやる。
きっと訴えても貰えなかった事などよくあることだったのであろう。
俺がこうやって茜と出会ったのも何かの縁で、今から自分が茜にしてやれることは無いかと歩きながら考えると不意に妙案が浮かび小さく呟いた。
「俺、この子の里親になります。」
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
日本では尊敬する相手に敬語を使うのは普通って・・・。
それは俺が尊敬に値する人間だっていうことか?
頭も悪くて人生で始めて誰かに推薦してもらえた(裏)生徒会もやる気が無くて・・・
自分で言うのもなんだがヘタレなこの俺が?
今日だってなんもできなかったんだぞ??
俺は日当瀬の言葉に固まりつつも、そりゃそうだけど・・・、と頷いてしまった。
尊敬する相手に敬語を使うのは間違いではないけど、俺に対する尊敬は間違っているぞと言いたかったが、
日当瀬は冗談で言ってそうにもなかったので、俺はこの状況をとりあえず受け入れることにした。
そんな俺のことは気にしていないのか、当たり前のことを言ったまでと思っているのか、
日当瀬は俺の腕の中にいる茜と戯れている。
暫く歩いていると、なにを思ったのか
「俺、この子の里親になります。」
と、小さく呟いた。
俺は驚いて日当瀬の顔に目を向ける。
「えっ!?・・・そりゃあそうしてやりたいのは俺も山々だけどさ・・・おまえ一人なんじゃないの?
学校行ってる間とか誰が面倒見るんだよ?
あ、(裏)生徒会でとかか?・・・それもありだよな・・・
いや、でもあのイデアにこの子の面倒が見れるとは思えないし・・・
それに色々手続きとかそんなんとかいるんじゃねーの?そもそも学生の俺らに・・・」
俺がぶつくさと一人ごとのように色々思考を膨らませていると、日当瀬が目を丸くした後大げさに吹きだした。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬 晴生】
里親になると言った俺に千星さんは物凄い勘違いをなさったようだ。
確かに里親はそういう意味であっているので俺の言葉のチョイスが悪かったのかも知れないけど、
俺の一言一句に反応してくれる事がとても嬉しかった。
「ハハハハハハッ、…そうですね。すいません、言い方が悪くて。
流石に俺は一人で学生なので面倒を見てやる事は出来ませんが、
さっきも言った通り、家を飛び出せるだけの金があるんです。」
「まぁ、今は父親の名前を借りて立ち上げた事業なんスけど、
権限はちゃんとこっちに来る契約にしてますし、後、博士号の申請も下りそうなんで、
人一人くらいなら援助できるかなぁ…と。」
こんな話を他人にした事は無かった為に俺は気を紛らわすように頭の後ろを掻きながら、またしても呆気に取られている千星さんに説明した。
「勿論、甘やかすんじゃなくて貸したものはちゃんと返してもらいますし、
それか条件付きで援助します。…あしながおじさんつーんでしたっけ?こっちでは?」
そうこう言っているうちに学校に着き、もう日も暮れ始めたので人影も少なく、
難なく生徒会室まで戻ると事の顛末を全て知っているかのように、ミルクを用意してイデアさんが待っていた。
-----------------------------------------------------------------------
【千星 那由多】
こいつってこんなに大声で笑えんだなーと、大口開けて笑っても整った綺麗な日当瀬の顔を見ながら思った。
いや、そんなことより、俺の「里親」とこいつの「里親」の意味は違ったらしい。
そしてこいつまた意味のわかんないこと言ってるんだが・・・。
事業?博士号??
なんかとにかくこいつはすごくて、この歳できちんと稼いでるってことはわかった。
やっぱり俺なんかに敬語使われちゃ困るな・・・と照れくさそうに頭を掻いている日当瀬を見ながら思った。
次元が違いすぎるわ・・・。
まぁこいつが自分でなんとか援助というものができるのであれば、個人の自由だし俺は反対はしない。
あしながおじさんってのも、なんだかこいつに似合いそうにない名前だが、俺は日当瀬の意思に賛成した。
(裏)生徒会室に着くと、イデアがミルクを持って待ち構えていた。
なんでもお見通しですか・・・と、俺は茜を抱きながら椅子へと腰掛け、
イデアからミルクをもらい茜の口へと近づける。
必死にミルクを飲む茜を見て俺は今日あったことを説明しておくことにした。
「あんな母親には返せなかった・・・。何されるか目に見えてる。
家族と離れるのはかわいそうだけどこの赤ん坊・・・茜は施設に預けた方がいい、だから帰ってきたよ」
隣に立つ日当瀬は俺の言葉に頷きながらイデアを見ていた。
「やはりソウカ。愛輝凪学園系列の児童保護施設ヘノ連絡はツケタ。コノ子は責任を持って育ててクレルだろウ。」
イデアは無表情で答える。
ヒューマノイドってのは、感情もないもんな。
悲しそうな顔なんてしない。
「初任務ゴクロウだった。今日の任務はA級任務以下ダ。次からは心シテカカレ」
AだかBだかわかんないけど、いつもと比べて重要な任務ではないことは伝わった。
けど、きっと茜にとっては人生が左右される、大事な1日だったと思う。
俺にとっても、この任務が(裏)生徒会でやっていくための大切な日になったんだろうか。
今日あった短いが濃い1日を思い出し、ミルクを飲む茜を見つめる。
この子がいつか大きくなったら、全てを乗り越えて優しく強くなって欲しいなと思いながら、祈りを込めて目を閉じる。
俺はこの時、(裏)生徒会というものを自分の目でもっと確かめたい。
と心の底で思っていたことに、気付いていないフリをしていた。
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私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
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