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★本編★あなたのタマシイいただきます!

【12-1/3】 モンスター

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∞∞ nayuta side ∞∞

只今、俺はレアモンスターに遭遇している。
勿論ここはゲームの世界ではないし、俺はコントローラーを握ってもいない。
だが、しかしッ!心情は正しくレアモンスターに遭遇したときのあのなんとも言えない高揚感!経験値やらゴールドやら、とってもおいしい気分になれるあの感じだッ!
絶対逃してはならない、殺らねば!!

と、言ってもマスターが共同スペースのソファーで寝てるだけなのだが。
しかし、これを“だけ”と表現してはならない。
ここに来てからマスターがソファーで寝ているところなんて見た事がない。
精神体が抜けている、とかは別として。
いや、もしかして抜けてるのか?
でも、余程の緊急事態じゃない限りマスターは不用意に実体を置いていったりはしない。
九鬼オーナーが居るなら分かるけど、居ないみたいだし。
いつもならモーニングの準備に降りてるし、なんなら時間よりも少し早い時間からマスターは店を開けているのに。
逆に起こしたほうがいいのかとマスターの横で焦燥感が増していく。
でも、さっき九鬼オーナーから“おっはよーなゆゆ!体辛いならモーニングは休んでオッケーだよ♪”と、連絡が来てたからオーナーがモーニングに出ているのかもしれない。
“体が辛い”に俺がドキッとしたのは言うまでもない。
昨日のい…色々で腰とかはなんか変な感じはする。
でも巽の能力のお陰なのかそんなに気にはならなかった。
九鬼オーナーはたまに日本語がおかしいので今回もその類だとは思うんだけど。

それにしても。
昨日の“ウィステリア”への変装を見て再認識したけど。
高い鼻、形のいい眉、薄い唇、長い睫。
本当に整った容姿をしているし、やっぱりちょっとエロい。
気怠げというか艶っぽいというか、今日はよりそう思えた。
自然と足はソファーに近づき、ちゃんと呼吸をしているのかと顔を覗き込むと…

「僕の顔に何か付いてますか?」

起きてた。

口角が緩やかに上がってから、静かに伏せられた長い睫が持ち上げられていく。
緋色の瞳と、俺の濃く蒼い瞳が自然と見つめ合う。
いつものように笑みを湛えたままマスターは言葉を綴っていく。

「おはようございます。」
「お、おはようございま、す!」
「九鬼から連絡は行かなかったですか?」
「来てました!けど、休むほどじゃないんでいけます!」
「そうですか。昨日はお疲れ様でした。」
「あ、や、マスターこそ…てか、これ返さないと、と思って…」
「差し上げますよ?その前にちょっとこっちに回ってもらっていいですか?僕、動けなくて…」

マスターに昨日借りたピアスを返そうとしたんだけど断られてしまう。
でも何かするみたいで俺が差し出したピアスのケース受け取ると頭側に回るように促された。
でも、動けないってなんだ?
意味不明な言葉にマスターをよく見てみると………ソファーと同化していた。
ブランケットがかけられているので分かりにくかったが、ソファーの革製の布がマスターを拘束してるし、マスターの背中の服もソファーに編み込まれている。
寧ろそのブランケットも拘束するための物の一つになっている。
こんな事をする奴は喫茶【シロフクロウ】には一人しかいない。
オーナーだ。九鬼オーナーである。

「それ…って…」
「九鬼ですよ。『今日のモーニングは一人で回すから休んで』と言われてしまいまして…服を破いて、ソファーを壊す気で暴れれば抜けられるとは思うのですが…大人しく好意として受け取って置こうと思ってます。」

マスターは小さく息を抜いて肩を竦めていた。
まぁ、確かにマスターは働き過ぎだとは思う。
昨日もきっと俺より帰りは遅かっただろうし。

「手は動かせるので大丈夫ですよ。僕の瞳を近い距離で見てもらっていいですか?」

俺を呼びながらマスターは青いピアスを自分の耳にはめていた。
それから訝しげに視線を眇める。

「すいません、怖い思いをさせてしまったみたいですね…」
「え!?何でわかるんですか!」
「ピアスが覚えているんです。」
「ピアスが……ですか?いやでも、俺が悪いんです。どうにもできなくなったら『助けて』って言うように言われてたのに、俺…動揺しちゃって、忘れてて…てか、マスター…その、…どこまで、ピアスは覚えて…るんです…か?」
「……あくまでもピアスなので…それよりも…」

もしかして、あんな事やこんな事、そんな事も分かってしまうのかと思ったがそんな事はない…のか?
俺の思考を止めるようにマスターが後頭部に手を回してくる。
そのまま自然な力で引き寄せられ、キス…………………される訳もなく、額同士が合わさる。
大丈夫だ今日は間違わなかった。
……………ちょっと危なかったけど。

でも、これはこれで昨日の巽とあった事が思い出されてなんか…。
複雑そうに眉を寄せているがマスターはいつも通り微笑んだままだった。
自分に付けていたピアスを俺の耳へとはめる。
そうすると、一気に俺の頭の中に情報が流れてくる。
それは客の目線なのか俺がシェイカーが振っているところが頭の中に映し出されていく。
そして俺の手にその感覚を伝えていく。
マスターの催眠術によって置き換わっていたことが通常になって戻ってくると言えばいいのか。
後ろの棚にあったお酒の瓶の名前も茶葉から全て正式な名前へと変わっていく。
特に自分が使ったお酒の名前は確りと頭に入ってきて覚えられそうだ。
今なら俺はカクテルを作れる、シェイカーを振れる!!

マスターの朱い瞳が揺らめいている。
俺がドリップして、ティーカップにお茶を注ぐという行為をシェイカーを振ってカクテルグラスに注ぐ行為に全て置き換えてくれた。
いや、実際俺はこれをやってたんだ。
こんな動きをマスターの幻術によって出来るようにされていたんだ。
めちゃくちゃ不思議な感覚だけど、自分が行った事なので違和感無く受け入れることが出来た。

マスターが艶かしく長く息を吐くと揺らめいていた瞳が元に戻った。
ピアスを外されるとケースに戻し、それを俺へと差し出してくれている。
曲げていた姿勢を戻すとピアスが入ったジュエリーケースを見つめた。

「催眠術を元に戻して置きました。多分、今日とか明日ならカクテルを作ることは可能だと思いますが…人間は忘れるのが早いので。
催眠術の効果が切れているのでそのピアスを付けても置き換えの効果は発動しませんが、はめて目を閉じ記憶を見る事は可能です。反復練習すれば、本当にシェイカーを振れるようになると思います。カクテルセットも回収してありますので那由多くんのロッカーに置いておきますね。」

俺の頭の中を見透かされているような言葉に自然と赤くなった。
そうだそんな簡単に技術は手に入らない。
喫茶【シロフクロウ】の練習のときもかなり辛かった。
でも、今はハッキリと手足が覚えている感覚に俺はそんな事も出来るんだと感心してしまった。
その時入口から足音が聞こえた。

「左千夫くん朝ごはーん!あ、なゆゆ、おはよう、居そうな気配したからキミの分もあるからネ。食べてから降りてきなヨ~」
「九鬼、忙しいなら降りますよ。」
「だめだめー。左千夫くんは昨日激しかったんだから休憩。あ、でもあの仙人みたいなおじいちゃんのモーニングメニューだけ教えて。頑として注文言ってくれないんだヨ~。左千夫殿は?って何回も聞かれるし、左千夫くん愛されてる~」
「嗚呼、兄さんの執事の祖父ですよ。傳藏〈でんぞう〉さんですね。彼はAセットで、コーヒーはマグカップへアメリカンにして合う豆を。熱々にならないように早めにマグカップに淹れておいてください。サラダのドレッシングはあっさりめのものがお好みで、ゆで卵はスライスしてサラダに添えてください。」
「りょーかい☆左千夫くん、それ一人ずつ覚えてるの?相変わらず気持ち悪いネ~。はい、左千夫くんの朝ごはん、こっちはなゆゆ。」

相変わらず九鬼オーナーが来ると会話の流れを持っていかれる。
オーナーは会話のカットイン能力が高過ぎる。
俺の前には野菜が少なめで、デカイ粗挽きソーセージが乗ったホットドッグとホットコーヒー。マスターの前には小さめのお皿に生ハムとオシャレな野菜が盛られているパンサラダとフルーツが沢山入ったアイスフルーツティが置かれた。
差がある気もするが俺的にマスターのと同じものを出されても食べる気がしないので、流石オーナーと言ったところだろう。
ソファーから外されたマスターが座ると朝ごはんを眺めている。

「九鬼……量が…」
「残さず食べなきゃ駄目だヨ!カロリー的にはどう考えたって足りてないくらいなんだから…!」
「僕は燃費が悪いんです…」
「燃費悪くてもこれくらいは食べられるヨ。後で食器下げに来るから、食べたらちゃんと休んどくようにネ。じゃ、なゆゆも、ごゆっくり~」

そう言って嵐は去っていった。
確かにマスターはホントに何も食べない。
休憩中も、俺の賄いは作ってくれるけど自分は紅茶やフルーツティーを飲んで終わってしまう。
ごくたまーに、ナッツやカットフルーツを口にするところは見かけた事があるけど。
昔は甘いものに目がなかったのに最近は食べてるところを見かけない。
珍しくマスターのトサカが目に見えて下がっている。
トサカと言うのは九鬼オーナーがマスターのご機嫌を測るのに使用している、マスターから一本伸びている、触角のように跳ねた髪のことだ。
オーナーはトサカや触覚と表現したりしている。
オーナーは1ミリでも動いたらわかると言っていたが俺にはそこまでの違いはわからない。

「とりあえず、食べましょうか…」

マスターは、ソファーに座り直し、俺もソファーに座ると、手を合わせて「いただきます」と、言ってからホットドッグに齧り付く。
普通にうまいからなんとなくムカつくのは言うまでもない。
イケメンで器用で体も鍛え抜かれていて非の打ち所がない九鬼オーナーを思い浮かべると、適当さを知っているので納得はいかない。
それよりも今は横でフルーツティーを一口飲んでからお皿を眺めているマスターが気になった。
俺もどちらかと言うと少食で偏食なんだけど。
チラリとマスターを見ると、生ハムと一緒に野菜を一口口に運ぶ。
咀嚼している間、とても自然に笑んではいるが多分もういらないのだろう、サラダをじーっと見つめている。

「俺、先に降ります。」
「……!……はい。すいません、後から持っていきますね。」
「俺、取りに来るんで、休んだほうが…いいと思いますよ…じゃないとまたオーナーにグルグル巻にされそうで…」

俺は急いでホットドッグを食べ終わるとトレーに全て片付けていく。
そう言うとマスターは口に手をやり珍しく難しそうな顔をしていた。

「とりあえず、食べます。那由多くんは【シロフクロウ】をお願いしますね」
「は、はい、わかりました…ッ!」

マスターはいつも通り綺麗な微笑を浮かべてから覚悟を決めたのかフォークを進めていた。
俺は九鬼オーナーだけでは大変だろうと喫茶【シロフクロウ】へと急いだ。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「んー、ボクはマスターじゃないから言ってくんないとわかんなーい。てか、皆左千夫くんに、頼りすぎだヨ~。普通は注文とか言わないと分かんないからネ!
だからどんどん言って~オーナーオススメアレンジも教えてあげるヨ☆」

コミュ力の塊が居る。
今日の喫茶【シロフクロウ】のモーニングはいつもと雰囲気が違う。
仕切る人が変わるとこんなにも変わるものなのか?
マスターも無口なわけでは無いので色々お客さんと話したりはするが、九鬼オーナーは別格だ。

しかも、初っ端はマスターじゃ無くて嫌そうな顔をするお客さんも最終的には友達になってる。
やっぱり陽キャは生きてる世界が違う。
手際もメチャクチャいい。

「あ、なゆゆごめーん、入口5番の下げてー、後お会計よろしく~」
「あ、はい。」

大体オーナーはホールかキッチンにいるのでカウンターに居ると違和感があるが、やはり長身ということもあり映える。
マスターは優雅という表現が合うが、九鬼オーナーは派手だ、その一言に尽きる。
全く違うのだが人目を惹く事に違いない。

「おい、小僧!なんじゃこのスパイシーなコーヒーは!」
「流石~よく分かったネ♪紅茶用のスパイスなんだけどコーヒーにも合うでショ?でんちゃん辛いの嫌いじゃないって言ってたから~」
「ふむ…確かにマッチしておる。中々やるな小僧…」
「でしょ~?クッキー特製スパイシーコーヒー♪一応マスターからも出していいって言われてるんだヨー」

カウンターではそんなやり取りをしながらも九鬼オーナーの動きは止まらない。
でんちゃんって呼ばれてる人は多分さっきマスターが言ってた傳藏さんだと思う。
あの人がこの前、三木さんとマスターのお兄さんと一緒に来て入口近くに陣取っていた錦織さんのお爺さんらしい。
確かにハイカラなスーツを着てるけど確かに仙人みたいだ。
そして結局九鬼オーナーと意気投合している。

「なゆゆ、ちょっとよろしくネー。左千夫くんの食器下げてすぐ戻るから。」
「あ、俺が……」
「いい、いい、様子も見たいカラ。」

俺の静止も顧みず、今居るお客さんの注文をすべて捌いてしまうとオーナーはシルバーと赤毛が混じった髪を揺らして、共同スペースへと行ってしまった。
本当に忙しない。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


なんやかんやでモーニング終了時刻が近付いてきたが、いつも以上に何故か疲れた。
そしていつも以上にお客さんとも話した気がする。
主にマスターと九鬼オーナーの事について。
と、言っても二人とも秘密主義なので話せる事はあまり無いのだけど。
そしてそこから世間話に繋がって延々と話す、と、言う流れになるんだけど。

「なゆゆ、もーいいよー。後、ボクやっとく~」
「え?でも…」
「今から大学でしょー、ボク今日は行かなきゃいけないの無いし。」
「え、あ、分かりました。ランチにはマスターに降りてきてもらうんですか?」
「んー、ちょっと悩みチュ。あの仕事人間繋いどかないと休まないでショ?昼シフトけんけんだしこき使ってやったら二人でも回せるカナー、て、思ってるとこ。」

その時のオーナーは顎に手をやり悩んでいる素振りはあったものの悪巧み満載の顔をしていて少し、いやだいぶ剣成に同情してしまった。
オーナーの頭の中は、マスターを休ませてあげようではなく、剣成をこき使ってやろうに変わってる!絶対!!

その時、入口の扉の鈴が鳴った。
それなのに扉は開くことがなくて気になった俺は九鬼オーナーをそのままに入口へと向かい扉に手を掛けて開いた。

「いらっしゃいま─────」

しかし、視界には誰も居なかった。
それでも俺が挨拶の言葉を掛けるとふわりと紅い揺らめきが灯る。

あれ、これって。

そう思ってる間に後ろからオーナーが俺を引っ張って体で守るようにしながら逆の手でその塊を握り潰した。

「あっぶなーい♪」

一気に膨れ上がった静かな殺気と共に、パシャンと水の玉が割れたように水飛沫が舞いちる。

地面にぶつかる頃にはその存在は消えてしまい、オーナーが小さく息を吸った。

「我已经吃饱了〈ウォ イー ジン チー バオ ラ〉」

オーナーが小さく中国語を言っている。
多分ごちそうさまに近い意味の事を言っていると思う。
じっとりと嫌な汗が滲んだが直ぐにオーナーが元通りに戻ったので、俺もホッとしたように息を抜いた。

「風で鈴が鳴ったみたいだね!ほらほら、なゆゆ行った行ったー。」
「あ、す、すいません、え、あ、ちょ、お疲れ様でし…たッ」
「はいはーい、おつかれ~」

そして追い出されるようにバックヤードに押し込まれてしまった。
そしてオーナーはエプロンを巻き直してまたホールへ戻っていく。
どっと疲れた俺は、巽と一緒に授業を受ける約束をしていたので大学へと急いだ。




ΞΞ haruki side ΞΞ


「ごめん、俺、急いでるんだ。手短にお願いしたいんだけど?」

喫煙所の近くで電子タバコを吹かしていたら天夜の声が聞こえた。
俺のタバコはニコチンもタールも入ってないので喫煙所の中で吸うと逆に俺が苦痛になるので近くの茂みで吸うことにしている。

「ちょっと、あんたどう言うこと!美由紀の他に別の子とも付き合ってるらしいじゃない!」
「梢ちゃん…これはね…」
「ちょっと黙ってて!こう言う浮気野郎はきっちり言ってやらないと分かんないのよ!」
「んー……美由紀ちゃん、俺ちゃんと説明しなかったけ?」
「そんなのどうでもいいのよ!!どうするの!私が言っても全然、美由紀は納得しないの!他と別れて美由紀一人と付き合う気あるの?」
「悪いけど…それは無理なんだ……。…ッ。」

パンッ!!!

空気が破裂するような音が響き渡る。
天夜の自業自得なんだがやっぱり女は怖ェ。
俺は出来る限り関わりたくねぇ。
折角の喫煙タイムを邪魔された気がして肩を上下させた。

「最低っ!!!こんな奴と付き合うことないよ!美由紀、行くよ!」
「梢ちゃん待って!天夜くん、ごめんね…」
「俺が悪いから、気にしないで。またね、美由紀ちゃん。」

電子タバコの紫煙を燻らしてから、直ぐ胸ポケットに押し込む。
天夜と話していた女が俺の方へ来そうだったので物影に隠れた。
電子タバコに変えてから一本という概念が無くなり、自分のタイミングで辞められるのでこういう時は便利だ。
天夜の行動、表情、声音は俺にとっては違和感が有りまくりだが、人様のプライベートまで首を突っ込むほど暇じゃねぇ。

「日当瀬、居るんだろ?」
「おー…。」
「恥ずかしいとこ見られちゃったかな…、那由多にはヒミツにしといてくれると助かる…」
「わざわざ千星さんとお話できる貴重なお時間にテメェのことなんて話すかよ。時間の無駄だ。」
「確かに、そうだね。」
「つーか、お前、千星さんとは…いや、なんでもねぇ。」

俺と天夜は千星さんと体の関係がある。
ただ彼は能力の記憶を失ったと同時に、俺達との関係も忘れてしまったようだった。
なのでお互いそこに関しては、もう何も無かったことにするつーことで決着が付いている。
今更蒸し返すのはアレなんだが、《霊ヤラレ》 と《idea─イデア─》 化の件があるのでどうしても気になっちまう。

天夜の顔には既に先程はたかれていた頬の赤みすらなく、いつも通りの何も感じない笑みを浮かべたまま俺を見ていた。
その時建物裏の茂みに人の気配、いや、《紅魂ーあかたまー》 の気配を感じた。
既に実体化しているところを見ると千星さんが話しかけたものだろう。
実はマスターから言われてここ1、2週間でかなりの《食霊》を熟した。
千星さんは無意識に《紅魂》を実体化してしまうらしい。
しかも本人が気づかない場合も多い。
今は千星さんに誰かがお伴するようにして《紅魂》を実体化したとしても直ぐに《食霊》できるようにはしているため、実体化して彷徨いて〈うろついて〉いる奴の数はかなり減った。
千星さんの実体化は特殊な為、俺の能力“アナライズ”を用いても遠距離では《紅魂》なのな人間なのか見分けるのは難しい。
そこは流石千星さんとしか言いようがない。

俺達の前に現れた《紅魂》はまるでホラー映画に出てくるような白いワンピースを着た髪の長い女性であったが、肌はミイラのようにカラカラに乾き、顔もほぼ白骨化していた。

「おい…お前……ちっ、聞こえねぇか…」

どういう経緯でそうなったかわからないがコチラの言葉は届きそうに無かった。
と、なると《食霊》するには耳に口を近づける必要があるのだが長い髪が邪魔だと、能力で風を起こそうとした瞬間。

「急いでるんだけどな…」

横で天夜が小さく呟いた。
そこからは一瞬だった。
足元に転がっている尖った石を蹴りつけると《紅魂》の脚を貫通する。

ギギィィ─ァァ!! 

声にならない声を上げてオバケのような女性はその場に蹲った。
天夜はスタスタと近づいていくと体を丸めるようにして貫かれた足を抱きかかえていた《紅魂》の髪を引っ張り上げる。

「あれ?血出てない…。困るんだよね…出してもらわないと…」

そう言うと次は尖った石で手や足や体を刺すように殴り始めた。

ギャ…………!ギッ!!………ァ゙ァ!!……ギィ!!


《紅魂》は人間ではない。
特に今回のものはミイラ化もしてしまっているので、人からかけ離れたものであるには違いねぇんだけど。
無残にも打ち砕かれていく肉体に俺の背筋は凍った。
流石に慈悲もなにも無い、その所行に耐え兼ねた俺は天夜の肩を後ろから掴む。
その瞬間、天夜の手は止まった。

「オイッ」
「あ。涙出るんだ。良かった、ね?」

白骨化して良くは分からなかったが、歪んだように見えた顔の瞳であろう部分から一筋の雫が滴る。
俺が声を掛けたから止まった訳ではない。
《食霊》条件が満ちただけだ。
天夜がその体液を指で掬い上げると唇を寄せた。

ォ゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙────────

断末魔が上がり、バチバチバチと空気中にスパークが飛び散る。
《紅魂》の肉体が閃光してから一瞬発火し直ぐに黒い煙が上がる。
肉体が炭化したように真っ黒になりポロポロと崩れるように形が消えていった。
既にエネルギーは天夜の中に入ったようで、俺はコイツから手を放した。
マスターの《食霊》も禍々しいものは沢山ある。
だが、コイツの《食霊》はなんつーか…。

「早く行かなきゃ、那由多と約束してるんだよね。じゃ、またね日当瀬。」
「…ちっ、出来ればテメェとは日に何回も会いたくねぇ。」
「仕方ないよ、家もバイト先も一緒なんだから。」

軽く手を振ってくる相手をポケットに手を突っ込んだまま見据える。
急いでいる理由は分かった。
俺も千星さん相手なら早く《食霊》を済ませたいとは思う。
ただ、アイツの《食霊》までの行為はもう痛みという概念が無くなってしまっているのではないかと思える程何も感じていなかった。
非情とはまた違う感覚に思えた俺は《紅魂》が消えた後も黒くなってしまった地面を見つめた。


×× tatumi side ××

「うん、そうだね。ごめん今日は無理そうかな…明日なら予定つくと思う。うん分かった。約束ね。うん、そうだね。愛ちゃんいつもありがと。」

あの後那由多と一緒に講義を受けた。
俺は今日の講義を遅くまで入れていたので、夕方から【シロフクロウ】のバイトシフトが入っている那由多は先に帰った。

大学からの帰り道に電話が掛かってきた。
カノジョの一人からであったが、今日も那由多と晩御飯の約束をしていたため丁重にお断りする。
何人かお付き合いしている女性が居るけど、那由多がバイトに来るまではうまく回していた。
けれど、どうしても那由多が来ると優先順位が決まってしまうため難しくなる。

今日も彼女の一人の友達から殴られてしまったけどああいう事はたまにある。
一応お付き合いしたいと言われたときに、“他に何人も居るけどいい?”と、言うお窺いは立てるようにしている。
好きという感情がよく分からないから色んな人と付き合ってみて、もし好きって感情が湧いたらその人一人に絞ろうとは思ってるってことも伝えてるけど。
まぁ、誰も選ばれることは無いんだろうけど。
既に俺の心は一人に掴まれてしまって居るから。

「はぁー…溜まるペースが速いなぁ。」

那由多が来てから《食霊》が加速化している、そうすると《霊ヤラレ》 になる回数も多くなるため女性を抱く回数も増える。
日当瀬みたいにセックスしないでムラムラし過ぎて淫乱になるのも困るし、急にムラムラして強姦魔みたいにその辺の人を襲っても困るのでマメに発散するしかない。
こういう時はカノジョという存在は有難かった。

共同スペースに向かう前に、エレベーターから直接地下へ向かう。
最近は毎日《idea─イデア─》 化をしないと体内に貯まったエネルギーを持て余してしまう。
イデアちゃんがいる部屋につくと、いつもは薄暗さが勝っていたのにここ数週間でガラリと変わった。
赤、青、白、黄、緑、紫、色とりどりのエネルギーの球体が鳥籠を灯していてかなり幻想的な空間になっている。
イデアちゃんの前にはマスターもいたので俺へ声が掛かった。

「おかえりなさい、巽くん。」
「今、戻りました。…かなりの数ですね。」
「そうですね、那由多くんには恐れ入ります。」

マスターはいつもの笑みを湛えたままそう告げると、白フクロウのロボット“ラケちゃん”を肩に乗せていた。

“タツミオカエリ”

体内に取り込んだエネルギーを《idea─イデア─》 化して雑念を聞くことが出来なかったそれは黒く一瞬歪んだが、属性化した手で無理矢理籠に入れてしまう。
すると、そんな機械音が聞こえて一瞬、イデアちゃんかと思ったが声の主は白フクロウのラケちゃんだった。

「ただいまー、すごい…話せるようになったんだ。」
「そうなんです。晴生くんも訝しく思われてました。何か特別なことをしたって訳では無いそうなんですけどね……、……ッ」

珍しくマスターの眉が潜む。
白フクロウのラケちゃんからマスターに視線を流すと血の涙が頬を伝っていた。
数度瞬いているうちにマスターはハンカチで拭って居たけどそのハンカチは既に赤く染まっていた。

「マスター、能力の使い過ぎじゃないんですか?」
「みたいなんですが…身に覚えが無くて。基本寝れば回復しますし、久々に広範囲に幻術を使ったのでその反動なのかもしれません。…もとよりキャパオーバーを繰り返して強くしてきたタイプなので、オーバーしたからと言って今色んなところに掛けている幻術が無くなるわけではありません。
なので、自分のキャパシティが広がるのを待ちますね。」
「ならいいんですけど…」
「それより、昨日はお疲れ様でした。」
「あ、いえ、マスターこそ。あ!ペンダント壊れてしまって、すいません…もしかして、これもキャパオーバーに関係してしまってますか?」
「いえ、大丈夫ですよ。そこまで大掛かりなものは仕込んでません。」

俺は急いでカバンからアクセサリーケースを取り出すと半分に割れてしまったアクセサリーをマスターに返した。
マスターは中の状態を一瞥してからケースを仕舞っていた。
関係ないと言ってもあれだけ大掛かりな幻影の炎を遠距離で発動させるのはかなりのエネルギーを必要とするはずだ。
逆に考えるとそんな事が出来るマスターが何度もキャパオーバーに陥る事態とは何なんだろうか。
この人は色んなところに自分の精神を分け与えたりしているので、積もり積もってというものもあるかもしれないが、基本それをこなしながら戦闘にも余すことなく精神で幻術を作り上げてくるので違う気もする。

マスターは特に自分のキャパオーバーを気にしていないようで、擦り寄るラケちゃんの頭を撫でてやっていた。

「マスタ~…今日の分ー!…てか九鬼オーナー酷すぎっスよ!俺を下僕かなんかと勘違いしてる…はぁ、はぁ…」

装飾刀を持った明智が珍しく呼吸を切らせながら地下に降りてくる。
そういえば那由多がランチはオーナーと明智の二人で回そうとしてるって言ってたな。
夕方から那由多も加わっただろうけど三人で回すのは結構大変だったかもしれない。


「すいません、剣成くん。…僕が休ませてもらったので」
「いや、それはイイっす。寧ろマスターは休んだ方がいいと思うっス!じゃなくて、九鬼オーナーのあの人使いが荒いけど理に適ってて俺のギリギリを攻めてくるやつがなんつーか…!!
お、天夜!おかえり!飯俺作っといたぜ、共同スペースに運んであるから先になゆと食っとけよ、日当瀬まだだし。」
「ただいま。わかった、那由多一人じゃ気になるから先行くね。」
「おー。なゆもバテバテだからよろしく~。」

剣成も《idea─イデア─》 化しに来たのだろう。
最近は1日一回《idea─イデア─》 化しないと体の中に蓄積しているエネルギーが過剰になってしまい、爆発までは行かなくても体が重くなる。
それは他のメンバーも同じだろう。
更に地下室が明るくなるのを一瞥してから俺はエレベーターに乗り込んだ。
少しいつもよりムラムラしてる気もするけど明日約束したから大丈夫かな、と、小さく息を抜いた。


End






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