慟哭

雪水

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窓を叩く雨音がうるさい。

軽音楽部のライブで聞いたドラムの音が頭の中で勝手に重なる。

今は土曜日の昼前。

本来なら学校があるはずのこの時間、僕は未だ布団の中から出れないでいた。

「何してんだろ、」

つい、口からこぼれ落ちる。

学校に行けない理由がある訳ではない。

虐められているわけでも、居場所が無いわけでも。

ただ、ただ今日は体の末端が鉛になったかのように動かなかったのだ。

そのくせ、瞼だけは嫌に軽くて眠ろうとしても閉じてくれない。

たったそれだけ、たったこれだけ。

塵も積もれば山となるとは言い得て妙である。

なんともないはずの雨音が殊更うるさく感じた。

気づけば僕は布団を頭まで被って外界からの刺激を全て取り払っていた。

…どのくらい時間が経っただろうか。

雨音はもう止んでいる。

僕は既に病んでいる。

外の世界は闇(や)んでいる。

こんなに暗い夜にはさぞ美しい月が昇っているのだろう。

幾分か軽くなった体を無理やり起こして窓の外を見る。

───当たり前だが、空は曇っていて月など見えるはずがなかった。

1つ息を吐いて机の上に置いてある食べ残したサラダせんべいを手に取る。

僕の好物だ。

1口かじって思い立つ。

僕は夜空に少し欠けた月を浮かべた。

美しい、それはそれは美しい月が浮かんだ。

僕はその月を

『ぐしゃり。』

握りつぶした。

少し歪な形をした妖精の鱗粉が宙に舞う。

「奇形、凡とはかけ離れたものとはなんとも美しい」

僕の好きな芸術家の言葉だ。

本当にその通りだと思う、平々凡々とした視点で見つけられる美とは本当の美とは呼べず、そんな生き様で身につけた美とは紛い物である。

奇を衒(てら)う、そんな言葉が蔓延するほど現代人の美意識というものは腐っている。

平凡な美、奇を衒っていない美、それらが受け入れられ奇を衒った美とは一線を画している現状。

奇こそ最大の美である。

かの有名なピカソの絵を見れば分かること、昔は奇こそ真の美であったのだ。

まぁそんなものは僕の持論に過ぎないが。

実は僕が今日の学校に行っていない理由の1つに美がある。

制服、校舎、教室、椅子、机、車、歩行者、信号機、ビル、バス停

全てが統一感のある美で汚されていた。

気持ちが悪い。

見たくないとさえ思える。

だから今日は外に出なかった。

シンメトリーよりアシンメトリー

正常な個体より奇形の個体

全て揃っている状態より何かが欠けている状態

僕が思う真の美とはこういうものであり、決して統一感があってはならないのだ。

バラバラで、奇々怪々で、気色悪くて、不快で、色褪せていて、何かが足りない

そんな美を僕は求めている。

まるでそう、僕のような。

僕は奇形児として生まれた。

生まれつき腕が1本しかないのだ。

僕の美意識と照らし合わせると僕はどうやら美しいようだ。

アシンメトリーで奇形児で腕が欠けている。

だが決定的に余分なものがある。

色味だ。

色味さえ無くなれば僕は真の美に近づくことが出来る。

手を洗い、歯を磨く。

手を洗うのは難しい、歯を磨くのは容易だ。

「あ」

そういう声が聞こえてきそうなほど大きく開けられた口の中には不整合という言葉が似合いそうな、ガタガタの鋭い歯が並んでいる。

布団に戻り、眠りにつく。

目が覚める。

日曜日の朝、闇(や)んでいた外の世界は白く眩しい暴力的な光で包まれていた。

台所に行き、ナイフを手に取る。

肩掛けカバンの中に入れる。

目的地なんてどこでも良かった。

ただひたすらに美しい場所を探して。

たどり着いたのは寂れたビル街のとある路地。

そこはかとなく異臭がするような、それでいて居心地のいいような。

色味も温度も感じられない、ただ、そこにあるのは想い出だけである。

僕は自分から『色』を抜くためにナイフを手に取った。

首に突き立てる。

…あぁ、色が抜けていく、美しく…なって…い…く…

僕は最後、張り裂けんばかりの泣き声を上げている太陽と目を合わせた。

真っ赤な涙をほとばしらせている太陽と。

なんと美しいハーモニーだろうか、

『太陽の慟哭』



───今日午後、○○町☆番地にてこの町に住む16歳の男性1名が何者かに殺害されました。

被害者には頸部に深い刺し傷があり、病院に搬送されましたが命を落としました。

警察は殺人事件として捜査を進める模様です。

それでは次のニュースです、明日からは───
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