33 / 51
29
しおりを挟む
「…これはアリかもな」
「なにがですか?」
「え!?いやいや、なんでもないよ、ははは」
PCで会社の在庫データを眺めながら、つい独り言ちた俺に、並木さんは訝しげな顔をした。
時刻は閉店時間である20時を少し回ったところで、そろそろ締め作業も終わる。
俺はパソコンの電源を落とし、買取テーブルの拭き掃除をしている並木さんに、声をかけた。
「あのさ、ちょっと頼みごとというか…アレなんだけど…」
「はい?なんでしょう?」
「その、業務と関係ないし、嫌ならぜんぜん断ってくれてよくて、ほんとうに嫌なら遠慮なく言ってほしいんだけどさ」
「なんですかwそんな大変なことなんですか?w」
「大変…まあ見方によっては大変かもだけど…その…」
手に汗が滲んできた。これから俺が言おうとしていることは、下手すれば会社での立場に影響することだから、とてつもなく緊張してしまう。
「このあとって、時間空いてる?」
「え?」
「ちょっと付き合ってほしいところがあるっていうか…」
並木さんは俺からの誘いに、ポカンと口を開けたままフリーズした。まずい…やはり上司からのプライベートの誘いなんて迷惑でしかないか。このままだとセクハラで訴えられかねないことを懸念した俺は、慌てて言葉を継いだ。
「なーんて、忙しいよね!?ごめんごめん、忘れて…」
「行きます」
「へ?」
「行きたいです」
「いや、ほんとに無理しなくても…」
「行かせてください」
「う、うん、じゃあ頼むよ」
並木さんは言いながらどんどん近づいてきて、最終的には頭突きが入りそうな距離感まできた。嫌だけど上司からの誘いだからことわりづらい…とかではなさそうだ。
俺はホッと胸をなでおろし、いそいそと閉店作業を終えた。
勤務を終えた俺たちが訪れたのは、立山駅近くにあるレストランだった。
「素敵なお店ですねえ」
並木さんは店内を見渡し、うっとりと告げた。
木製のテーブルが立ち並ぶ店内は、オレンジの明る過ぎず暗過ぎずな照明で暖かな雰囲気を演出していて、店の真ん中に無造作に積まれた木のラックによるタワーがそびえ、オシャレな雑貨や英字の本などが飾られている。大きな窓の向こうにはテラス席も見えた。
「ほんとうにお洒落な店だな」
俺はしみじみと呟きながら、ヤケを起こして一人で来なくてよかったと、あらためて思った。
平日だというのになかなかの混みようで、家族連れから、仕事終わりに一杯やっている若い会社員のグループ、もちろんカップルもいた。完全なデート仕様の店ってわけじゃなさそうだが、だからといって一人でリラックスできるような感じでもない。
店内の二人がけの席に案内された俺たちは、とりあえずビールを頼んだ。店員を呼ぶまでもなく、スマホから注文できるらしい。
並木さんはまだ飲んでいないのに、若干顔が火照り気味で、いたって機嫌が良さそうである。どうやら若い女性にもウケが良さそうで、またひとつ胸をなでおろした。
「ここに来たかったんですか?」
「まあね、気になる店だったんだけど、男一人じゃ来づらくてさ、ごめんね付き合わせて」
「いえ、嬉しいです」
なんか、落ち着かない空気だな。まあ仕事でしか絡みのない人間同士で初めて飲むのだから、多少気まずいのも当然か。
「…れいします」
失礼の失をほとんど発音しない店員がやってきた。20代前半の明るい髪色をした大学生バイトと思しき彼は、生ビーの中ジョッキを俺たちの前においた。
「ガンッ!」
卓に着地したジョッキが、思いのほか大きな音を立て、少しビクッとなってしまった。店員は気にした風もなく、そそくさと立ち去る。並木さんが、その背中を目で追い、眉根を寄せた。
気を取り直して、俺たちは乾杯し、料理を注文する。
事前に調べた通り、パイ食べ放題がウリで、他にもバーガーやローストチキンなど、アメリカンな家庭料理が充実している。よしよし、イメージ通りだ。ここでよさそうだな。
しばらくしてやってきた料理を口にすると、味も申し分ない。パイは看板メニューのアップルパイが絶品で、また肉や野菜を使った甘くない系のやつもあるようで、飽きもこない。
そして別で注文したチーズピザもやってきた。
「すごいですね、これ」
「胃にもたれそうだなあ」
若者らしく目を輝かせる並木さんに対し、俺はいかにもおっさんな感想が漏れた。
見た目はピザというよりは、ホールのチーズケーキのようで、カットされた一片を掴むとずっしりと重く、チーズがこぼれそうになる。一口かじれば濃厚なチーズのコクと、がっつりとパンチのきいた塩気、さらに焦げ目からくる苦さが舌にからむ。いろいろな種類チーズをまぜてるのか、ほんのりと癖のある風味が鼻をぬける。
「…これはきっと好きだろうな」
「はい!こういうの大好きです!」
俺の独り言に、並木さんは快活に返事をした。
「なにがですか?」
「え!?いやいや、なんでもないよ、ははは」
PCで会社の在庫データを眺めながら、つい独り言ちた俺に、並木さんは訝しげな顔をした。
時刻は閉店時間である20時を少し回ったところで、そろそろ締め作業も終わる。
俺はパソコンの電源を落とし、買取テーブルの拭き掃除をしている並木さんに、声をかけた。
「あのさ、ちょっと頼みごとというか…アレなんだけど…」
「はい?なんでしょう?」
「その、業務と関係ないし、嫌ならぜんぜん断ってくれてよくて、ほんとうに嫌なら遠慮なく言ってほしいんだけどさ」
「なんですかwそんな大変なことなんですか?w」
「大変…まあ見方によっては大変かもだけど…その…」
手に汗が滲んできた。これから俺が言おうとしていることは、下手すれば会社での立場に影響することだから、とてつもなく緊張してしまう。
「このあとって、時間空いてる?」
「え?」
「ちょっと付き合ってほしいところがあるっていうか…」
並木さんは俺からの誘いに、ポカンと口を開けたままフリーズした。まずい…やはり上司からのプライベートの誘いなんて迷惑でしかないか。このままだとセクハラで訴えられかねないことを懸念した俺は、慌てて言葉を継いだ。
「なーんて、忙しいよね!?ごめんごめん、忘れて…」
「行きます」
「へ?」
「行きたいです」
「いや、ほんとに無理しなくても…」
「行かせてください」
「う、うん、じゃあ頼むよ」
並木さんは言いながらどんどん近づいてきて、最終的には頭突きが入りそうな距離感まできた。嫌だけど上司からの誘いだからことわりづらい…とかではなさそうだ。
俺はホッと胸をなでおろし、いそいそと閉店作業を終えた。
勤務を終えた俺たちが訪れたのは、立山駅近くにあるレストランだった。
「素敵なお店ですねえ」
並木さんは店内を見渡し、うっとりと告げた。
木製のテーブルが立ち並ぶ店内は、オレンジの明る過ぎず暗過ぎずな照明で暖かな雰囲気を演出していて、店の真ん中に無造作に積まれた木のラックによるタワーがそびえ、オシャレな雑貨や英字の本などが飾られている。大きな窓の向こうにはテラス席も見えた。
「ほんとうにお洒落な店だな」
俺はしみじみと呟きながら、ヤケを起こして一人で来なくてよかったと、あらためて思った。
平日だというのになかなかの混みようで、家族連れから、仕事終わりに一杯やっている若い会社員のグループ、もちろんカップルもいた。完全なデート仕様の店ってわけじゃなさそうだが、だからといって一人でリラックスできるような感じでもない。
店内の二人がけの席に案内された俺たちは、とりあえずビールを頼んだ。店員を呼ぶまでもなく、スマホから注文できるらしい。
並木さんはまだ飲んでいないのに、若干顔が火照り気味で、いたって機嫌が良さそうである。どうやら若い女性にもウケが良さそうで、またひとつ胸をなでおろした。
「ここに来たかったんですか?」
「まあね、気になる店だったんだけど、男一人じゃ来づらくてさ、ごめんね付き合わせて」
「いえ、嬉しいです」
なんか、落ち着かない空気だな。まあ仕事でしか絡みのない人間同士で初めて飲むのだから、多少気まずいのも当然か。
「…れいします」
失礼の失をほとんど発音しない店員がやってきた。20代前半の明るい髪色をした大学生バイトと思しき彼は、生ビーの中ジョッキを俺たちの前においた。
「ガンッ!」
卓に着地したジョッキが、思いのほか大きな音を立て、少しビクッとなってしまった。店員は気にした風もなく、そそくさと立ち去る。並木さんが、その背中を目で追い、眉根を寄せた。
気を取り直して、俺たちは乾杯し、料理を注文する。
事前に調べた通り、パイ食べ放題がウリで、他にもバーガーやローストチキンなど、アメリカンな家庭料理が充実している。よしよし、イメージ通りだ。ここでよさそうだな。
しばらくしてやってきた料理を口にすると、味も申し分ない。パイは看板メニューのアップルパイが絶品で、また肉や野菜を使った甘くない系のやつもあるようで、飽きもこない。
そして別で注文したチーズピザもやってきた。
「すごいですね、これ」
「胃にもたれそうだなあ」
若者らしく目を輝かせる並木さんに対し、俺はいかにもおっさんな感想が漏れた。
見た目はピザというよりは、ホールのチーズケーキのようで、カットされた一片を掴むとずっしりと重く、チーズがこぼれそうになる。一口かじれば濃厚なチーズのコクと、がっつりとパンチのきいた塩気、さらに焦げ目からくる苦さが舌にからむ。いろいろな種類チーズをまぜてるのか、ほんのりと癖のある風味が鼻をぬける。
「…これはきっと好きだろうな」
「はい!こういうの大好きです!」
俺の独り言に、並木さんは快活に返事をした。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
東京カルテル
wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。
東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。
だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。
その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。
東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。
https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ガールズ!ナイトデューティー
高城蓉理
ライト文芸
【第三回アルファポリスライト文芸大賞奨励賞を頂きました。ありがとうございました】
■夜に働く女子たちの、焦れキュンお仕事ラブコメ!
夜行性アラサー仲良し女子四人組が毎日眠い目を擦りながら、恋に仕事に大奮闘するお話です。
■第二部(旧 延長戦っっ)以降は大人向けの会話が増えますので、ご注意下さい。
●神寺 朱美(28)
ペンネームは、神宮寺アケミ。
隔週少女誌キャンディ専属の漫画家で、画力は折り紙つき。夜型生活。
現在執筆中の漫画のタイトルは【恋するリセエンヌ】
水面下でアニメ制作話が進んでいる人気作品を執筆。いつも担当編集者吉岡に叱られながら、苦手なネームを考えている。
●山辺 息吹(28)
某都市水道局 漏水修繕管理課に勤務する技術職公務員。国立大卒のリケジョ。
幹線道路で漏水が起きる度に、夜間工事に立ち会うため夜勤が多い。
●御堂 茜 (27)
関東放送のアナウンサー。
紆余曲折あり現在は同じ建物内の関東放送ラジオ部の深夜レギュラーに出向中。
某有名大学の元ミスキャン。才女。
●遠藤 桜 (30)
某有名チェーン ファミレスの副店長。
ニックネームは、桜ねぇ(さくねぇ)。
若い頃は房総方面でレディースの総長的役割を果たしていたが、あることをきっかけに脱退。
その後上京。ファミレスチェーンのアルバイトから副店長に上り詰めた努力家。
※一部を小説家になろうにも投稿してます
※illustration 鈴木真澄先生@ma_suzuki_mnyt
隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい
四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』
孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。
しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。
ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、
「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。
この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。
他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。
だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。
更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。
親友以上恋人未満。
これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。


パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる