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一ヶ月のつもりだった俺の休暇は、結果的には二週間で終わった。

「これ、どこに展示すれば良いですか?」

「えっと…とりあえず店頭のケースのどれかに」

床に雑然とダンボールが転がり、壁一面に空のガラスケースが立ち並ぶ、十坪程度の敷地にて、俺と部下の並木さんはせかせかと作業していた。

「ちょっと休憩しようか」

「そうですね」

並木さんは肩を回しながら、疲れ混じりの声で告げた。

スラリとしたモデル体系であるためか、Tシャツにジーンズというラフな格好でもサマになる。

似たような格好の俺はというと、ただの服に無頓着なオッサンにしか見えんだろうな。

うーん、と伸びをした彼女の、裾から覗く白い肌から、俺はそっと目を逸らす。

「一から店を作るって大変なんだなあ」

「前の会社ではオープニングの経験なかったんですか?」

「そもそも新店舗自体あんまり出してなかったから」

並木さんは会話しつつも、床に直置きされたコーヒーメーカーをいじっている。

手持ち無沙汰な俺はダンボールの中にあるブランドバッグを手に取り眺め、どこに展示するかを思索していた。

「どうぞ」

「え?」

「あ、コーヒー苦手でしたか?」

「ううん、そんなこと無いよ。どうもありがとう」

彼女は俺の分までいれて持ってきてくれたのだ。

前の店では絶対に起こり得なかった気遣いに、面食らってしまった。

じんわりと沁みる色々な温もりにひっそりと感動しながら、ふと壁にかけた時計を見ると。

「うわ、もうこんな時間か。並木さんはもう上がっていいよ」

時刻は夜八時を回っていた。朝から作業しているから、とうの昔に時間外労働だ。

ところが、彼女は大きく首を振りながら、意気揚々と答える。

「いえいえいえ、せめて床が綺麗になるくらいまでは片付けちゃいますよ」

「それくらい俺がやっとくから」

「それじゃあ岩城さんが帰れないじゃないですかー」

高校、大学と陸上部に所属していたという彼女は、スポーツ女子らしい爽やかな笑みを俺に向け、快活に答えた。

前の職場の田淵さんと同じ歳くらいだったはずだが、こうも違うものか。

「どうしたんですか?」

「いや、ちょっと目が疲れてね。おじさんはすぐに色んなとこが疲弊するから困るよ、ははは」

俺はなぜか熱くなった目頭を抑えていた。


「…っていうことがあってさ、なんかこう、不思議とグッときちゃったんだよね」

いつものファミレスで、俺は数日前の体験を話した。

「ふーん」

杏子は相変わらず聞いてるんだか聞いてないんだかわからない調子で、ポテトを齧りながら相槌を打った。

「歳のせいか、自分でもよくわからないとこで涙腺が刺激されて困ったもんだよ」

「山王戦の後半でポロッと泣いたゴリとおんなじ気持ちだったんじゃね?」

「ああ!確かにそんな感じ…ってなんでそのネタ知ってるの?」

「ママが日本の漫画大好きだったから、うちに全巻あったんだよね」

杏子は垂れそうになったピザのチーズを舌で受け止め、口の中におさめ飲み込んでから、ペロリと唇を舌でなぞった。

その動作に艶っぽさを感じた俺は、情けなくも心臓が跳ねてしまう。

「ちなみにアタシはメガネくん推しだったなー」

「また渋い趣味だね」

アラサーとJKの共通言語になり得るとは、スラダンってやっぱりすごい作品だ。

しばらく名作バスケ漫画談義に花を咲かせていたが、ひと段落ついたところで杏子がふと尋ねた。

「で?新しい職場はどんな感じ?」

「まあ、まだ働いて三週間だからなんともだけど…」

「前の同僚が社長やってるんだっけ?」

「そうそう、仕事辞めたって話したらさ…」

俺よりも三年も前に辞めたその同僚とは、年に何度か連絡しあう程度の仲だった。

だから自らブランド買取系の会社を興していたのは知っていたが、どうやらかなり順調らしい。

そして、新店舗を立ち上げるから、ノウハウを持っていて信頼できる人材に任せたいとのことで…

「そんで、岩城さんを誘ったと」

「そんな感じ」

「なんか前の仕事の二の舞?になりそうだけど?」

「そこは俺も心配してる。でもたぶん大丈夫」

「なんで?」

「だって週休二日は確保してくれるし、残業代も出してくれるからね」

いっても立ち上げて間もないベンチャー企業なので、忙しいし残業も少なくないが、その辺はきっちりやってくれていた。

自信満々に告げる俺に対し、杏子は地に落ちたアイスクリームを見つめる視線をよこした。

「岩城さん…それ、普通のことでしょ?」

「それを言っちゃあおしめえよ」

「はあ、働くってムナシーね」

寅さんネタは伝わらなかった。まあ当然か。

「ところでその並木さんって美人?」

「まあ爽やか系美人って感じか…な?」

「ふーん」

杏子はコーラに刺さったストローを回し、不自然に沈黙した。

「どうかした?」

「セクハラで訴えられないようにね」

「そ、そんなことするわけないだろ!?」

「知ってた?エロい目でジロジロ見んのもセクハラなんだよ?」

「…」

そこに関しては、はっきりと否定しにくい。

杏子は少し前のめりになって、胸を机の上にポンと載せた。いや、むしろ「ドサっと載せた」の方が正しいかもしれん。

「そうそう、そんな感じの目」

「猛省いたします」

俺と杏子の一風変わったパパ活は、こんな風続いていた。

ハタからの見え方はともかくとして、ただ会って飯食って話すだけの、いたって健全な付き合いだ。

ただ一点、俺が彼女に本気で惚れていることが、どうにも後ろめたく、とにかく不健全な要素だった。
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