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4章
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これでも園子は香一に必要とされているのだと思っていたのだ。
彼が家庭を大切にしていることは知っていたし、自分が二番目以下の女であることもよく理解していた。
けれど自分が必要とされていないとまでは考えていなかったのだ。
しかし目の前にいる最愛の男は恩着せがましい言葉で、容赦なく園子を拒絶してくる。
「これは君のためにも言っているんだ。君だって、家庭を壊したくないだろ?」
「そんなものもうとっくの昔に壊れているわ。だから私には帰る場所なんて無いの。私にはあなたしかいない」
「馬鹿なことを言わないでくれ。俺には大切な家族がいる。君の事なんて……とにかく、会うのはこれっきり。メルアドも消去するから」
完全に逃げ腰な香一は自分の鞄を掴んでそそくさと部屋を出て行こうとしたが、次に告げられた園子の言葉で足が止まった。
「メールアドレスを消したくらいで私から逃げられると思っているの?」
「え?」
「私はあなたの自宅だって、何もかも知っているのよ」
園子の言葉に、香一はぎょっとして振り返った。
まだ洋服を着ていなかった園子は身につけた真っ赤な下着を誇示するかのように、香一の前へと仁王立ちになった。
「どうやってそんなこと……」
「簡単な話。家へ帰るあなたの後をこっそり追いかけただけよ」
「な……っ」
「部屋番号だって分かるわ。だって、あなたはマンションの最上階に住んでいるって前に言ってたから。そしてあなたの住んでいるマンションの最上階には一つしか部屋が無い」
ここで園子は今まで見せたことも無い妖艶な笑みを浮かべていた。
「や、やめろ……やめてくれ」
園子がストーカーと化す状況を、家庭を崩壊させる状況をありありと思い描いてしまった香一は震えながら後ずさったが、園子はそんな気の弱い男を追い詰めるようなことをさらに告げてきた。
「私にはあなたしかいないのよ。両親も夫も失って、僅かな給料で貧しく暮らして、それでもあなたの事だけを想って生きていく覚悟はできている。それなのに、小説ふぜいに怯えて私を捨てるだなんて、許さないわ」
憎々し気に言い放った園子はベッドの上に勢いよく座り直した。
香一は、いまや指の一つも動かせなくないまま、その場に立ち尽くしている。
これが今まで盲目的に男の愛だけを貪って来た女の本性だったのか、こんなに怖ろしい女を俺は抱いてきたのか、と恐ろしくなってしまったのだ。
園子は長い髪の毛をかき上げた。その頬には痙攣したような笑いが浮かんでいる。
「そうね。私がその不倫小説の作者ならきっとこんなラストにするわ。ようやく愛人と別れられて男がせいせいしている日曜日の朝、インターホンが鳴るの。ドアを開けるとそこには、包丁を持った彼女が立っていて、そしてこう言うのよ……》
「……この『りのか』さんて人、最近エブリグーを始めたらしいんだけど、とっても面白いでしょ。『くるみ』さんに断らず勝手に書いた続編だから公開はできないけど、うまく書けたから、ぜひ焼け木杭ファンの私には読ませたいってメールしてくれてね」
顔面蒼白な俺に気付かぬまま瑠美子が笑った時、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。
「っ!!」
これにはもう、俺もびっくりしすぎて、椅子から滑り落ちてしまった。
同時に持っていたスープカップもひっくり返したものだから、瑠美子に「ちょっと、何やってるのよ」と怒られる。しかし彼女は訪ねてきた人を待たせてはいけないと思ったのか、俺の世話を後回しに、インターホンの画面を操作してしまった。
「はーい」
「回覧板です」
女の声だった。チャイムの音の違いで、エントランスからの呼び出しでは無くて、家の前まで来ていることは分かった。しかし本来映るはずのカメラの映像が無い。
「あら、インターホンのレンズに葉っぱがくっついちゃったみたい」
そう言いながらも瑠美子は首をひねっていた。そりゃあそうだ。インターホンのカメラには確かに落ち葉の葉脈がどアップで映っていたが、ここは地上15階。葉っぱがカメラのレンズに貼り付くなんてありえない。
彼が家庭を大切にしていることは知っていたし、自分が二番目以下の女であることもよく理解していた。
けれど自分が必要とされていないとまでは考えていなかったのだ。
しかし目の前にいる最愛の男は恩着せがましい言葉で、容赦なく園子を拒絶してくる。
「これは君のためにも言っているんだ。君だって、家庭を壊したくないだろ?」
「そんなものもうとっくの昔に壊れているわ。だから私には帰る場所なんて無いの。私にはあなたしかいない」
「馬鹿なことを言わないでくれ。俺には大切な家族がいる。君の事なんて……とにかく、会うのはこれっきり。メルアドも消去するから」
完全に逃げ腰な香一は自分の鞄を掴んでそそくさと部屋を出て行こうとしたが、次に告げられた園子の言葉で足が止まった。
「メールアドレスを消したくらいで私から逃げられると思っているの?」
「え?」
「私はあなたの自宅だって、何もかも知っているのよ」
園子の言葉に、香一はぎょっとして振り返った。
まだ洋服を着ていなかった園子は身につけた真っ赤な下着を誇示するかのように、香一の前へと仁王立ちになった。
「どうやってそんなこと……」
「簡単な話。家へ帰るあなたの後をこっそり追いかけただけよ」
「な……っ」
「部屋番号だって分かるわ。だって、あなたはマンションの最上階に住んでいるって前に言ってたから。そしてあなたの住んでいるマンションの最上階には一つしか部屋が無い」
ここで園子は今まで見せたことも無い妖艶な笑みを浮かべていた。
「や、やめろ……やめてくれ」
園子がストーカーと化す状況を、家庭を崩壊させる状況をありありと思い描いてしまった香一は震えながら後ずさったが、園子はそんな気の弱い男を追い詰めるようなことをさらに告げてきた。
「私にはあなたしかいないのよ。両親も夫も失って、僅かな給料で貧しく暮らして、それでもあなたの事だけを想って生きていく覚悟はできている。それなのに、小説ふぜいに怯えて私を捨てるだなんて、許さないわ」
憎々し気に言い放った園子はベッドの上に勢いよく座り直した。
香一は、いまや指の一つも動かせなくないまま、その場に立ち尽くしている。
これが今まで盲目的に男の愛だけを貪って来た女の本性だったのか、こんなに怖ろしい女を俺は抱いてきたのか、と恐ろしくなってしまったのだ。
園子は長い髪の毛をかき上げた。その頬には痙攣したような笑いが浮かんでいる。
「そうね。私がその不倫小説の作者ならきっとこんなラストにするわ。ようやく愛人と別れられて男がせいせいしている日曜日の朝、インターホンが鳴るの。ドアを開けるとそこには、包丁を持った彼女が立っていて、そしてこう言うのよ……》
「……この『りのか』さんて人、最近エブリグーを始めたらしいんだけど、とっても面白いでしょ。『くるみ』さんに断らず勝手に書いた続編だから公開はできないけど、うまく書けたから、ぜひ焼け木杭ファンの私には読ませたいってメールしてくれてね」
顔面蒼白な俺に気付かぬまま瑠美子が笑った時、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。
「っ!!」
これにはもう、俺もびっくりしすぎて、椅子から滑り落ちてしまった。
同時に持っていたスープカップもひっくり返したものだから、瑠美子に「ちょっと、何やってるのよ」と怒られる。しかし彼女は訪ねてきた人を待たせてはいけないと思ったのか、俺の世話を後回しに、インターホンの画面を操作してしまった。
「はーい」
「回覧板です」
女の声だった。チャイムの音の違いで、エントランスからの呼び出しでは無くて、家の前まで来ていることは分かった。しかし本来映るはずのカメラの映像が無い。
「あら、インターホンのレンズに葉っぱがくっついちゃったみたい」
そう言いながらも瑠美子は首をひねっていた。そりゃあそうだ。インターホンのカメラには確かに落ち葉の葉脈がどアップで映っていたが、ここは地上15階。葉っぱがカメラのレンズに貼り付くなんてありえない。
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