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4章 疑惑
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「あっちゃん言い方冷たすぎ。そういうとこ直さないと、いつまで経っても高梨先輩はあっちゃんのことなんて好きになってくれないよ」
璃子の憎まれ口は無視することにした。
そういえば、お前とは口きかない、と言っていたのを不意に思い出したのもあるが、自分の短所を指摘されてカチンときたところもある。
でも、好きでもない女に優しくしてやる義理なんて無いし、かえって変な期待を抱かせるよりましなんじゃないかと思う。もちろん篤樹の冷たすぎる態度が、先日の璃子の嫌がらせを招く一因になっていたのかもしれないから、少しは反省するべきなのかもしれないが……。
そうやって一年の二人がお互いにそっぽを向き合っているところへ、葵がやって来た。
「なんだかよく分かんないけどエリちゃんが抜けちゃったんだよね」
首をひねる彼女はどうやら、強引な引き抜き劇の真相に気付いていないらしい。
「じゃあ、これからは私たち三人でやろうね」
葵の提案に対し「私も抜けまーす」と璃子が手を上げて言い出した。イヤミったらしい、いじけた言い方だった。
「だって私ってお邪魔虫みたいだしぃ。瀬川先輩んとこにでも入れてもらいますよ」
「え……」
「高梨先輩だって、あっちゃんと二人きりの方がいいですよね?」
「そ、そんなことないよ。一緒にやろうよ」
葵はおろおろした表情を浮かべて璃子を引き留めにかかったが、彼女はそれを振り切ってテーブルを離れた。そして今日も周囲の喧騒をものともせず、妖しげな実験を繰り広げている瀬川先輩の元へ行ってしまう。
葵はそれでも璃子を追いかけようとしていたから、篤樹はその腕をつかんで引き留めた。
「もういいじゃないですか、あんな奴。それとも、先輩は俺と二人じゃ嫌なんですか?」
「そ、そういうわけじゃないけど、リコちゃんにも申し訳ないし……それに私と二人きりじゃ、あっちゃんにまた迷惑かけちゃいそうで、その……」
口の中でごにょごにょと言い訳らしい単語を並べている彼女には、心底イラついた。
「俺は先輩のことを迷惑だなんて思ったことないですよ。好きな人の役に立てたらそりゃ嬉しいし」
「え……っと、それは……」
ためらいのないまっすぐな言葉をぶつけられた彼女は耳まで赤く染め、激しく狼狽えてしまった。無駄に周囲を見まわしたのは、助けてくれる誰かを無意識のうちに求めたからかもしれない。
……なんでそう煮え切らないんだよ。他の奴なんて今は必要ないだろ?
篤樹は葵を好きだと言っている。それに葵がどう応えるかだけの問題だ。
戸惑うような話ではないはずだ。ここへ至るまで、考える時間はたっぷりあったのだから。
こうなったらまともな返事をくれるまで離してやらないからな、とムキになった篤樹が葵の細い腕をつかむ手に強い力をこめた時だった。
「よぉ」
実験室の入り口である建付けの悪い引き戸がガラガラと大きな音を立てて開き、その向こう側から身長が190cmはあるような大きな体の男子生徒が入ってきたのだ。
「田部井くん?!」
「え……部長……?」
葵の言葉でこの男の正体を知る。いや、部長ならば部活紹介の時に顔は見ていたのだが、あの時の彼は講堂で壇上に立っていたから、こんなに大きくて威圧感のある人だとは気付いていなかったのだ。
「なんだよ、俺が部活に来たら悪いのか?」
実験室のドアを開けた時からすでに仏頂面だった彼は、葵のあからさまな驚き方に不快感を露わにしていた。
そしてまた、彼女の腕をつかんでいる篤樹にも、キツい視線を投げかけてくる。
それに気づいた葵は、半ば突き飛ばすようにして篤樹から離れた。
「わ、悪いとかそんなことじゃないけど、田部井くんはバスケ部が忙しいって言ってたから、来ないものだとばかり……」
璃子の憎まれ口は無視することにした。
そういえば、お前とは口きかない、と言っていたのを不意に思い出したのもあるが、自分の短所を指摘されてカチンときたところもある。
でも、好きでもない女に優しくしてやる義理なんて無いし、かえって変な期待を抱かせるよりましなんじゃないかと思う。もちろん篤樹の冷たすぎる態度が、先日の璃子の嫌がらせを招く一因になっていたのかもしれないから、少しは反省するべきなのかもしれないが……。
そうやって一年の二人がお互いにそっぽを向き合っているところへ、葵がやって来た。
「なんだかよく分かんないけどエリちゃんが抜けちゃったんだよね」
首をひねる彼女はどうやら、強引な引き抜き劇の真相に気付いていないらしい。
「じゃあ、これからは私たち三人でやろうね」
葵の提案に対し「私も抜けまーす」と璃子が手を上げて言い出した。イヤミったらしい、いじけた言い方だった。
「だって私ってお邪魔虫みたいだしぃ。瀬川先輩んとこにでも入れてもらいますよ」
「え……」
「高梨先輩だって、あっちゃんと二人きりの方がいいですよね?」
「そ、そんなことないよ。一緒にやろうよ」
葵はおろおろした表情を浮かべて璃子を引き留めにかかったが、彼女はそれを振り切ってテーブルを離れた。そして今日も周囲の喧騒をものともせず、妖しげな実験を繰り広げている瀬川先輩の元へ行ってしまう。
葵はそれでも璃子を追いかけようとしていたから、篤樹はその腕をつかんで引き留めた。
「もういいじゃないですか、あんな奴。それとも、先輩は俺と二人じゃ嫌なんですか?」
「そ、そういうわけじゃないけど、リコちゃんにも申し訳ないし……それに私と二人きりじゃ、あっちゃんにまた迷惑かけちゃいそうで、その……」
口の中でごにょごにょと言い訳らしい単語を並べている彼女には、心底イラついた。
「俺は先輩のことを迷惑だなんて思ったことないですよ。好きな人の役に立てたらそりゃ嬉しいし」
「え……っと、それは……」
ためらいのないまっすぐな言葉をぶつけられた彼女は耳まで赤く染め、激しく狼狽えてしまった。無駄に周囲を見まわしたのは、助けてくれる誰かを無意識のうちに求めたからかもしれない。
……なんでそう煮え切らないんだよ。他の奴なんて今は必要ないだろ?
篤樹は葵を好きだと言っている。それに葵がどう応えるかだけの問題だ。
戸惑うような話ではないはずだ。ここへ至るまで、考える時間はたっぷりあったのだから。
こうなったらまともな返事をくれるまで離してやらないからな、とムキになった篤樹が葵の細い腕をつかむ手に強い力をこめた時だった。
「よぉ」
実験室の入り口である建付けの悪い引き戸がガラガラと大きな音を立てて開き、その向こう側から身長が190cmはあるような大きな体の男子生徒が入ってきたのだ。
「田部井くん?!」
「え……部長……?」
葵の言葉でこの男の正体を知る。いや、部長ならば部活紹介の時に顔は見ていたのだが、あの時の彼は講堂で壇上に立っていたから、こんなに大きくて威圧感のある人だとは気付いていなかったのだ。
「なんだよ、俺が部活に来たら悪いのか?」
実験室のドアを開けた時からすでに仏頂面だった彼は、葵のあからさまな驚き方に不快感を露わにしていた。
そしてまた、彼女の腕をつかんでいる篤樹にも、キツい視線を投げかけてくる。
それに気づいた葵は、半ば突き飛ばすようにして篤樹から離れた。
「わ、悪いとかそんなことじゃないけど、田部井くんはバスケ部が忙しいって言ってたから、来ないものだとばかり……」
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